それぞれの休日が明けて月曜日の放課後、図書委員が休みのリンは帰宅部の恵那に声をかけて、野クルの面々がいるであろう校庭の一角に向かっていた。
「それにしてもリンが自分から野クルに顔出すなんて珍しいね……はっ!?さてはお主……あたっ」
と、先日のやり取りを繰り返そうとする恵那に、リンは手刀でツッコミを入れる。
「それはもういい。ちょっとみんなに相談があるんだよ」
「へー、ふーん、ほーぉ」
「そのニヤけ顔をやめろ。ほら、みんな待ってるぞ」
そう言ってリンが指さした先には焚き火台を囲んでちろちろと燃える炎を眺める野クルの面々がいた。そんな彼女たちにリンと恵那が手を挙げながら挨拶をしようとした時だった。
「ははは!よく来てくれた二人とも!いやーしまリンから集まって欲しいと言われたときは何事かと思ったけど、ついに我らの仲間になってくれるのか!」
「いや、違うけど」
おおきく手を広げながら立ち上がって二人を迎え入れようとする千明をリンがバッサリと切り捨てる。それを聞いて千明は笑顔をひきつらせて崩れ落ちた。
「うわー、一刀両断とはこのことやねぇ。リンちゃんお見事やぁ」
「あ、思わず……ごめん」
「リンちゃん、せめて峰打ちくらいで勘弁してあげて……」
「いや、峰打ちってどういう……」
「そうだよー嘘でも少しくらい迷うところ見せてあげてもいいんじゃない?」
「斎藤よ、それはそれでひどくないか?」
勝手なことを言ってくるあおい、なでしこ、恵那の言葉に律義に突っ込んでいくリン。そこへ顧問である鳥羽美波がやってきて、その光景を見てつぶやく。
「何してるの?あなたたち……」
そんな顧問に対して千明以外のメンバーが、なんとも言えない表情ではっきりと返事を返せずにいると、うなだれていた千明が手についた砂埃をパンパンと払いながら復活した。
「さて、グビ……じゃなくて、先生も来たところで、野クル+2の活動を始めようか」
そんな千明を見たあおいの「さすがあき、切り替え早いわぁ」というツッコミをスルーしつつ、千明が言葉を続ける。
「それでしまりん、今日呼び出した理由って?」
そこで話を振られたリンはなでしことアイコンタクトをすると、二人でスマホを操作してある写真を皆に見せた。それに対するそれぞれの反応を見て、説明をしようと口を開こうとしたところで「あっ!」と何かに気が付いた千明に手で制された。
「……わかった、みなまで言うなしまりん……君はそうやってお高そうな釣り道具を貧困にあえぐ我々に自慢しようとしているのだろう!?しかもなでしこまで!ランタン一つに一喜一憂していたあの頃の君はもういない!」
「で、あきの事気にしとったら話進まんし、説明してもらってええかなぁ?」
拳を強く握り込んだ千明の熱弁をさらりと流したあおいの言葉に促されて、改めてリンが説明を始めた。
「実は――」
そんな切り出しでリンは昨日までのなでしことのやり取りを説明していった。時折なでしこが補足というか、合いの手というか、チャチャを入れながら話を続ける。
「――って感じなんだけど、どうかな」
説明を終えたリンは少し不安そうな表情で皆の顔を見渡す。なでしこには自分からキャンプの誘いをかけたことはあったが、こうしてみんなに声をかけるというのはソロキャンメインのリンにとっては些かハードルが高いことでもあった。
そんなリンの胸の内を察したのかどうかはわからないが、一番付き合いの長い恵那が優しく声をかける。
「いいじゃん、釣り。やってみようよ」
「うん、おもしろそうやん?」
恵那の言葉にあおいが同調すると、すかさず千明も賛成した。
「道具を貸していただけるというのであれば、ぜひやってみたいのであります!」
最終的に三人から賛成の言葉を聞いて、リンの表情も和らいだ。そして、そんな生徒たちの和やかな会話を聞きながら、美波は笑みを浮かべて言った。
「あら、私を忘れないで欲しいわね。私だって顧問っていう野クルのメンバーなんだから。言ってくれれば車も出すわよ」
「先生ほんと?あ、もしかして……ねぇ、先生。鱒の塩焼きには?」
「ビール!……いえ、日本酒かしら?」
「……やっぱりそっちが目当てなんじゃ?」
顧問と部員との心温まる交流かと思いきや、なでしこに魂胆を見透かされて言葉を詰まらせる。どうやら美波は釣りをした後のキャンプで、釣った魚をつまみに一杯やるつもりだったようだ。
「ごめんなさい先生。慣れるまでの何回かは日帰りで管理釣り場のつもりだったんですけど……」
と申し訳なさそうに当面の予定を話すリンと、その言葉に絶望の表情を見せる美波。さすがに教師が生徒の前でその表情はどうかと思うが、このメンバーであれば取り繕った所で、もはや手遅れかもしれない。
しばらく微妙な空気が流れたが、なんとか美波は言葉を絞り出す。
「……い、いえ、教師に二言は無いわ。予定が無かったら車出してあげるから言ってちょうだい。でもその代わり……各務原さん、よろしくね」
急に話を振られて首を傾げるなでしこだったが、しばらく考えて言わんとしていることに気が付いたのか美波に向けて敬礼をした。
「お任せください!塩焼き以外にもてんぷら、ムニエル、唐揚げ、炊き込みご飯等いろいろありますであります!」
なにやらふんわりした先の見えない小芝居が始まったところで、その他の四人はすでに計画を詰めていた。
「いきなり釣りに行く前に、使い方とか練習しといた方がええんと違うかなぁ」
「えー、習うより慣れろでいいんじゃね?」
あおいのもっともな意見に、千明が異議を唱えた。意見が対立した二人が「ぐぬぬ」と睨み合いを始めたところで、横からリンと恵那が口を挟む。
「昨日一昨日といろいろ調べてみたんだけど、私も練習はしておいた方が良いと思う」
「そだねー、借り物を壊しちゃったり、針が刺さったりしたら嫌だし……ざっくりと」
軽い口調にもかかわらずスプラッタな恵那の言葉に、自分がそうなることを想像したのか千明がのけると、その大げさな仕草が皆の笑いを誘った。
その後も謎の盛り上がりを見せる教師と生徒を尻目に四人の企画会議は進み、今度の休日は各務原家でのルアーフィッシング講習会が本人のあずかり知らぬところで決定したところで、本人に伝えるべく千明がなでしこを呼ぶ。
「おーい、なでしこ、今度の休みにお邪魔するからよろしくね」
「え?それって決定事項なの?あきちゃん」
「もしかして用事あった?バイトとか」
「んーん、大丈夫だよ。待ってるね」
「……というわけで!やってきました各務原家!」
「なんやあきテンションあがっとるなぁ」
「いあー、あれ以来自分でも色々調べてみたら、なんかハマっちゃったというかやりたくなっちゃってさ、釣り。はやく道具を触ってみたかったんだよね」
ちょっと照れながらあおいの質問に答える千明。それを聞いて、あおいと恵那が自分たちもだと同意して笑い合った。
「みんなー、いらっしゃーい」
チャイムを押して出てきたなでしこに三人が案内されてリビングへと向かうと、既にリンが来ていてリールを触っていた。
「みんな、おはよう」
「はやいねー、リン」
「いや、私もさっき着いたばかりだよ」
「飲み物コーヒーでいい?インスタントだけど。あ、お茶菓子クッキーだし紅茶がいいかな」
「なんでもええでー」
「じゃあイヌ子は水でいいな!」
「ええよ、山梨の水はおいしいもんなぁ」
「え……?」
「嘘やでー。なでしこちゃんにお任せするわ」
三人が来たことで一気にリビングが賑やかになる。各々ソファーに座り、なでしこが運んできた紅茶を飲んで一息ついたところでさっそく本題をとなでしこが切り出す。
「それでは!リンちゃん先生、よろしくお願いします!」
「えー、やっぱり私がやるのやめない?」
三人が来る前に何やら二人で相談して、リンが先生役として色々教えることになっていたのだけれど、いざその段になると尻込みしてしまった。なでしこの方を見てみると、笑顔で首を横に振っているし、他の三人は期待に顔をキラキラ……と言うよりもニヤニヤさせてリンのことをじっと見ていた。
彼女たちの表情に後ずさりそうになるものの、そこはすでにソファーの上。背後は背もたれで逃げ場はなく、リンは諦めて大きくため息をついた。
「わかった、わかった。よーしお前ら、ビシビシいくぞー」
セリフの割には相変わらずの平坦な口調のリンの言葉に「はーい」と幼稚園児のような返事を他の四人が返したことで、さらに呆れの表情を濃くしたリンだったが、そこはそれ。気を取り直して道具の使い方の説明を始めた。
とはいえ、彼女たちの事である。軽口を言い合いながら和気あいあいと話が進んでいく。
タックルの使い方、セッティングの仕方、どうやって魚を釣るのかなどを実際に触ってみたり、リンが調べるのに使ったサイトをみんなでのぞき込んだりしながら、ルアーフィッシングについて勉強していった。
途中で出てきた、釣り特有の『ライン(釣り糸)の結び方』を練習した時はなかなか苦労していたが、それでも普段から各種キャンプ道具を使いこなす程度には器用な彼女たちの事、時間はかかったものの何とかものになったようだった。
「このクリンチノット言うの、図で見ると複雑そうやけどできるようになると簡単やなぁ」
「こっちのパロマ―ノットの方が簡単かも。強度もあるって」
「堅むすびじゃだめなんだねー。やっぱりこれは練習に集まって良かったかも……」
あおいやリン、恵那はまだいろいろな結び方を試しながら練習しているようだったが、そこに千明が横から口を挟んだ。
「頭使ったらお腹減った……なぁ、お昼ごはんはどうする?そろそろいい時間だけど」
その千明の言葉に一同が時計を見ると、既に短針が天辺を通り過ぎてからしばらく経っていた。するとそこでなでしこが「はい!」と手を挙げ皆の注目を集め、不敵な笑みを浮かべながら話し始める。
「ふっふっふ、今日はせっかく来てもらったから、私がお昼ご飯作っちゃうよ……君たちには真の餃子というものを見せてあげよう……」
いかにもな怪しい言い方で言い放ち、キッチンへと引っ込むなでしこ。他の面々も散らかっていた道具類を手早く片付け、ダイニングへと向かいキッチンを覗き込む。
なでしこが冷蔵庫から取り出したのは『丸寿商店』と書かれた白い箱。その蓋を開けると、ぎっしりと詰められた餃子がずらり。それを油を引いたフライパンに丸く置いていく。箱の中身の半分くらいを敷き詰めたところでいっぱいになったので、水を回し入れて蓋をして蒸し焼きに。
水を入れた瞬間立ち昇る蒸気と「ジュワァ!」という音になでしこ以外の四人が声を上げた。それを見て微笑みながらなでしこは次の作業に移った。
隣のコンロでお湯を沸かしていた鍋に、麺を茹でる時に使うテボざるにもやしを入れて放り込む。数十秒もやしを茹でたらお湯から出してざるにあけ、水気を切っている間に鍋に千切ったレタスと中華だしの素、塩、コショウを入れて味を見ながら調整したら、溶き卵を流し込んで菜箸で軽く散らしてすぐに火を止めた。
その間に餃子の方もいい感じになっているようで、なでしこが耳を近づけて音を聞いてみると、フライパンから聞こえるのはそれまでのグツグツという水が沸騰する音から、チリチリという音に変わっていた。
「よしそろそろいいかな」
なでしこはそう言ってフライパンの火を止めて蓋を開け、代わりに大皿を被せると「ふんっ!」と気合を入れてひっくりかえした。そしてゆっくりとフライパンを外していくと、そこに現れたのは……。
「おー!」
作った本人ですら声を上げてしまうような、きれいな焦げ目と羽根が付いた餃子だった。カウンター越しに見ていた他のメンバーからも「うわぁ、羽根つきやぁ」「うまそー」と言うような声が次々と上がる。
最後に円形の餃子の中央に茹でたもやしを乗せて、テーブルへと運ぶ。合わせて白ご飯と中華スープ、お茶と揃えて専門店にも負けない餃子定食が完成した。
「なんだかんだで、なでしこって料理上手だよね」
「えへへー、さぁみんな食べて食べて」
リンの言葉になでしこは照れて頭を掻きながらも皆に「食べて」と促すと、それを聞いた他のメンバーは揃って手を合わせた。
唐突な飯テロ
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