Fate/ Witch Of The Beginning 作:五櫛みとも
そんなわけで、今回はこの物語を扱うにあたってどーしても扱いたかった一つであるお話です。
ヒントも出してたつもりですので、もしかしたら勘のいい人は既にピンときていたかもしれませんね?
魔術師の工房は扱う人物の性質や性格によって大きく変わる。一見して一般的な作業部屋と変わらないようなものから、童話に出て来るようなおどろおどろしいものまで、その種類は多岐に渡る。
その男の工房は、窓からの光量を抑える設計となっており、薄暗く湿気じみた一室にシンプルなデスクや収納具類が置かれている。壁に設置されたアルミ棚には花の植えられた植木鉢が並べられ、反対側には研究器具を仕舞うガラス戸の棚が置かれていた。
先程まで話をしていた綴里が英霊召喚のために戻り、男は自身の工房に一人残る形となる。しかし、綴里と男以外の第三者がこの場には存在していた。ずっとこちらの様子を伺っていた気配に実のところ男も気付いていたのだが、あえて黙っていたのだった。
男は苛立たしげに舌打ちをする。
工房を他人に踏み荒らされるのは、魔術師にとって不快極まりない行為である。味方という立場の者であっても無断で忍び込むのは許されざるものであり、殺されても文句は言えないだろう。
「もういいだろう。いつまでコソコソ隠れている」
その声を聞くと、扉の隙間をすり抜け、耳障りな軋みを立てながら一匹の蟲が現れた。それに続き、窓・天井・床板と隙間という隙間から次々と蟲が這い出てくる。やがてそれらが集まり群体となると、人の形を成していく。
❝話は終わったみたいだの❞
小さな虫の集まりは、他ならぬ彼の雇い主である間桐臓硯を模した姿へと変貌していた。
「ノックの一つもせず、あげく盗み聞きとは。マキリの気高さも失われたものだ」
❝今は
マキリだろうと間桐だろうと大して変わらないだろう。呼び名が変わろうと目の前の
❝それにしてもぬしも冷たい男よ。あの
善良な老人のような口調で語りかけるが、決して彼女への心配から発した言葉ではないだろう。目の前の老人の中に他人への配慮など一欠片もないことは男も知っている。
「下手に人間扱いしても要らぬ人の心を育てるだけだ。道具として使い潰すのがまだマシだろう」
❝ホムンクルスは気に入らんか❞
「道具に生を与え、意思を持たせるなどという発想、正気の沙汰とは思えないな。なまじっか個人として思考することを覚えてしまえば、モノであれば得られることもなかった苦痛や懊悩に悩まされることとなる」
❝甘いの。それも含めて御することが
「悪趣味な。いつか飼い犬に手を噛まれないよう気を付けることだ」
言いながら男は棚に飾られていた植木鉢を手に取る。植えられていた一輪の花は、持ち上げられた振動で土に蕾を落とす。花開くことなく落ちるその様はどこか不吉な予感を匂わせる。
実験の失敗作がまた一つ増えたことを理解し、少し男の語調が強くなる。
「それで、何の用だ。世間話に来たわけでもあるまい。こちらは封印指定として追われる身、他者と会話をするだけでも協会の連中に感知されるリスクは発生するのだ。加えてこちらの都合もある。できるだけ手短にしてもらおう」
封印指定。
それは魔術協会によって保護すべき対象、同時に危険対象と判断された者にのみ与えられる称号である。
封印指定を受けたものは生涯を逃亡生活に費やすか、技術の保存という名目で魔術教会の下で封印されるかの二択である。協会の申し出を受け入れるか、逃亡の末に捕まり封印の道を余儀なくされた者が、果たして協会の下で人の形を保ったままいられるかはわからない。実のところ、当人と協会の関係者以外は誰にもその行き先がわからないブラックボックスである。
❝ああ、ああ。知っているともさ。だからこそ、ここまで協力してやっているのではないか❞
「老人の戯言に付き合う暇はない。悠長に構えていられる貴様とは違うのだ、臓硯」
カカと笑うしわがれた声が虫を通して伝わってくる。虫の羽音と合わさり、男に一層不快感を募らせた。
❝無駄話の一つも看過できぬほど焦ることはなかろうて。しょうがない、では本題に入るとしよう❞
虫が形作る老人の顔が怪訝な顔つきへと変わる。その
❝どうやら計画の進行に支障が出ているようだの❞
「ああ。死徒が邪魔をしてきた上に、こちらのあずかり知らない別のサーヴァントが現れた。当初の予定の中であんな話、こちらは聞かされていないぞ」
❝あれはこちらも予想外の事態での。いつの間にか蒼崎の娘が英霊を召喚していたとのことだ❞
「偶然としては出来過ぎているな。抑止力か、はたまた本物の聖杯が正しき聖杯戦争の
❝なあに、驚くことでもあるまい。この地で儀式を執り行う以上、おぬしとて蒼崎の介入は想像出来ただろうて。サーヴァントを従えてるといえども半人前の娘っ子の一人二人程度、なんとでもなろう❞
「そうだな、だがここで悪いニュースがある。死徒共を通して、この近辺で蒼崎橙子の
それを聞くと、臓硯は眉を釣り上げる。
❝なんと、姉の方もおるのか。あのハイエナめ、どこからか嗅ぎつけてきよったか❞
「あれの相手は骨が折れる。あの女の足止めは貴様に任せる。あの蒼崎橙子と言えど、お前とあのシラビとかいう奴ならばさすがに心配あるまい」
❝おぬしはどうするのだ❞
「私は久遠寺家の娘に注意を払う。今回の戦いにおいて、おそらく久遠寺は大きな脅威となりうるだろう。なにせ全くと言っていいほどあちらの使役する魔術に関しての情報が掴めない。久遠寺家は代々魔法とも見紛う奇跡を成す大魔術を駆使すると噂に聞くが、その特質性ゆえ実体を知る者を見つけられなかった。
大まかにでも術式の全体像を把握し、弱点となる手掛かりを見つけなければこちらに勝ち目はないだろう」
❝して、蒼崎姉妹の妹の方はいかがするつもりか❞
「そちらはさほど気にかける必要はないだろう。あのホムンクルスの少女に足止めさせるかして、片手間にでも抑えておく。無論、彼女は後々こちらのために利用させてもらうことにはなるだろうが」
❝むう。しかし、家の魔法を継いだのは妹の方であるぞ。妹の側もそれなりの力を有しているのではないか、そう軽く見てよいものであろうか❞
「蒼崎青子は魔術師として経験が浅く、未だ未熟と聞く。加えて彼女に関しては大した実績も聞かない。
おおかた、派閥争いの末に消去法的に継承者が選ばれたのだろう。家督相続による内輪の揉め事など、著名な魔術師家系では珍しい話ではない。
それに長女である蒼崎橙子の破天荒さはその界隈では有名で、存分に悪名を轟かせていると噂に聞く。魔術素養の低い次女が後継者に選ばれたとしても何ら不思議ではないだろう」
男はこれまで魔術師という連中を多く見てきた。魔術師と言えば一般社会からかけ離れたような印象を浮かべるだろうが、彼らとて人間であることに変わりはない。子へと受け継がれる魔術刻印を巡るつまらない派閥争いに家柄が乱れることはよくある話だ。
❝果たして本当にそうか、油断は禁物であるぞ。聡明なぬしのことだ、その判断にケチはつけんがな。まあ戦力として死徒を使いこなせる今の状況ならば要らぬ心配か❞
男は次の実験体である花を手に取ろうとしたところで手を止めた。臓硯の死徒という単語にいささか渋い顔をする。
「ふん、死徒などとよく言えるものだ。あれでは死徒もどきだ。私の薬とお前の虫で操り人形のごとく無理やりに制御しているだけではないか。吸血衝動を抑えられず、理性まで完全に失われたアレを完成したまっとうな死徒と呼ぶのは
❝しかし、おぬしの死徒の研究は一度成功させていたのではなかったか?❞
「成功例は一つだけだ。再現性のない成功例に縋り、偶然に身を任せるのは魔術師として三流だ」
次に手に取った花も失敗作だった。
「私の研究はまだ完成していない。目指すべくはこの先だ」
ここで何処からか風が入り込むのを感じた。
男は気にした風でもなく、新たな来訪者に発言を促す。
「お話中、失礼。ただいま戻った次第」
すると、影から髑髏面の人物が姿を現した。黒いマントを羽織ったその人物は、男と契約したサーヴァントであった。クラス=アサシンのサーヴァントは男を前に、どこか所在なさげに顔を
「帰ったか。調子は落ち着いたか?」
「申し訳ない、マスター殿。みすみす獲物を見過ごした」
不甲斐ないと歯を噛み締めるが、マスターである男はさほど気にしていない様子である。
「構わん。あれは仕方のないことだ。お前はひとまず引き続き監視を続行しろ。詳細な指示はまた明日に出す」
「御意」
身体を霊体化させたアサシンはマントを翻しながら再び気配を消してその場を去る。その様子を観察していた臓硯は満足げに笑っていた。
❝サーヴァントの方は使いこなしているみたいだの。儂の用意したアサシンは気に入ってもらえたか❞
「気に入るだと、馬鹿な。英雄などという連中、はなから信用していない。サーヴァントなど、栄華に飾られた幻を都合よく投影させたモノでしかない。それを人の下で強制的に使役するとは、なんとも皮肉な話だ」
片手間に次の植木鉢を手に取り、落ちた葉を拾い上げる。それもまた、灰となって消えていく。
「まあアサシンの隠密スキルが性にあっているのは事実。冷静な分析と試行の末に事を為すには最善の選択であったことは認めよう。だが、私が目指すのは根源だ。サーヴァントなどそのための手段でしかない」
根源の渦。それは魔術師が目指す悲願。そのために多くの魔術師達は目を
「そしてこの戦いの末に❝ヘパイストス❞の大規模術式を完成させる。私の目的はただその一点のみ。その為に、私はお前に協力しているだけだ、臓硯」
❝勿論わかっておる。そして
「冗談でも笑えんな。お前に対して信用などないし、そちらも同様だろう。私達は利益に見合った共益関係なだけだ」
そこで二人の会話を遮るように振り子時計が鳴り響いた。
❝ふむ、もう時間のようだ。この後にも人に会う約束をしていたのであったな。ここのところ忙しなくてまったく老体には堪える❞
「ほざけ。老衰するような
それを聞くと、皮肉げに笑う臓硯の姿が透けて薄れていく。間桐臓硯を形作る蟲が集まりを解いているようだった。消えていく間際、最後に臓硯は男に向かって言った。
❝では期待しておるぞ。
ーーーー
そう言い残すと、一個の群体を為していた虫達は一斉に空中や地面へと散り散りに分かれて消え去る。
衛宮矩賢と呼ばれた男は臓硯が去るのを見送ると、側の椅子に腰掛けた。机上にはばら撒かれた紙の束。その中から久遠寺有珠の資料を手に取る。
(アサシンの完全復帰に一日は必要だ。諸々の準備の為にも動くのは明日となる。ーーまずはお手並み拝見といかせて貰うとしよう、久遠寺の娘)
そう独りごちると、矩賢は静かに資料を置く。動くのは明日と決めた以上、今のうちに済ませる仕事としては後は死徒の実験のみだった。しかし綴里や臓硯との会話で興が削がれたこともあり、今日は研究に手をつける気が起きなかった。
矩賢は深呼吸し腕や肩を伸ばした後に、体を椅子に沈ませて溜まった疲労の回復を図る。
矩賢は虚ろな目で棚に並べられた白い花々を見渡す。それらは単なる試薬の実験台以上の思いを矩賢に抱かせた。その思いが頭をよぎるたびに、自らの為しうるべき使命を忘れそうになる。悔恨、慚愧、安らぎ、郷愁、それらが織り交ざる感情は矩賢にとって大切な宝物であり、❝根源❞への道を阻害する障害でもある。
「不老不死の悲願か」
土に根を張る花々は生きているとも言えないその身体でなお栄養を欲する。しかしどれだけ栄養を摂取しようとも、その茎の管の中を流れる力に耐えきれずに花々は枯れ果ててしまう。矩賢が求めた『永遠』への探求は未だ成し得ていない。
永遠になり損ねたこれらの花々を見ていると、今は遠い昔の記憶を想起させる。それは彼にとって苦くも温かい記憶。
矩賢は作業台横に立てかけられた写真立てに手を触れる。端が煤けており、硝子越しにこちらにピースサインを贈る人物が写っている。アリマゴ島という南の島に滞在していた頃、助手であったシャーレイが撮ったものだ。それは、サファイアブルーの海とヤシの木を背景にこちらに向かって笑いかける無邪気な男の子の写真だった。
この写真だけは協会から逃亡する中で、どれだけ時間のない危機的状況であっても決して置いていくことはしなかった。そして今もこうして肌身離さず持ち歩いている。
「ーー
矩賢は愛おしげに写真の表面を撫でる。写真の向こうの少年は変わらずいつも笑っている。この笑顔をもう見ることは叶わないのだと感じるたびに、矩賢はこの写真を手に取るようにしていた。
「お前がもし、このことを知ったならば、私のこれから行う行為を是が非でも止めていたのだろうな」
男は
満足するまで眺め終えると、写真立てをパタリと伏せた。決意を揺らがさないためにも、しばらくこうしておいた方がいい。
彼は今度こそ望みを手にする。
その手から全てを取り零し、ついぞ果たせなかった願いを叶える。
それがたとえ誰にも理解され得ないものだとしても。
気になる方もいると思うので、ここでFate/zeroとの立ち位置を確認しておこうかとも思いましたが、色々とボロが出そうなので止めときます。ほら、あんまり詳細に語って先の展開とか読まれたら困るし……。そんなわけで、一応今は時系列とか辻褄とかはぼんやりさせておきたいと思います。け、決して、細かい設定とか突っ込まれたら困るとかそんなことではないですよ!