Fate/ Witch Of The Beginning 作:五櫛みとも
さて、今回は久遠寺邸には欠かせない彼が登場します。
青子と有珠と彼。
そのお馴染みの3人が揃い、物語が動き始めます。
彼を知らない人は、『どこか人とズレてる草食系っぽいが実は野生児系男子』程度の認識でお願いします。
時刻は午後8時を回ったところ。
雲のない星空を月がほんのりと照らす夜だった。しかし久遠寺邸の周囲の生い茂った森は月の光さえも大部分を覆い隠している。
静希草十郎は、左右を木や草に囲まれた暗い久遠寺邸に続く道を安定した足取りで進んでいる。
彼はもともと山育ちであり、木の中を歩くことは苦にはならない。
かといって人より軽快に森を歩けるかというと、そうでもない。
森の恐ろしさを誰よりも身に沁みて知っているからこそ、森を歩く際には厳重な警戒を怠らないのだ。
そんな彼がここまでこの周囲の森を気にせずに軽快に歩くことができるのは、やはり慣れであるところが大きいだろう。
久遠寺邸への道のりは、もはや彼にとって普段の日常の一つとして含まれていたのだった。
屋敷の前門を開け、また少し歩いたところに見える久遠寺邸。
その入り口のドアを開けると広々とした玄関ホールが広がっている。
草十郎は明かりの付いた居間へとまっすぐ向かう。バイト先で「頑張ってくれたお礼に特別に」と貰ったお菓子を手にして、楽しげに居間に入った。
「ただいま」
にこやかな帰りの挨拶を交わした草十郎を待っていたのは、ピリピリとした空気で満たされた、いつ爆発するともしれない火薬庫のような空間だった。
ソファに座り本を読んでいる有珠に、横で雑誌を読む青子。
それはいつもの光景であるはずなのだが、そこには緊張感と僅かな殺意が張り詰めていた。
魔術と関わりのない一般人である草十郎は二人の魔術師からすれば赤子同然のようなもので、彼女らの気分次第で一捻りで命を取られかねない立場にある。
そのため、当初は鈍感だった草十郎も近頃はなんとなく不機嫌な場の雰囲気というものを察知できるようになっていた。
その空間を作り出している元凶である人物は、どこ吹く風とでも言うように壁の隅で腕を組みながらじっと目を瞑っている。
あまりにも堂々としている爆弾の導火線。
だからこそ、そこの見慣れぬ赤い人物が原因だということに草十郎は気が付かなかった。
あの有珠が屋敷に上げるんだからよっぽど仲がいいんだろうな、などと見当違いのことを考えていた。
「なあ、有珠。ところでそこの赤い人はーー」
「静希くん」
「なんだっ!?」
有珠の口ぶりからとてつもない圧を感じて、思わず過剰に反応してしまう。
「喉が渇いたから紅茶を淹れてくれる?」
「うん、わかった。とりあえず紅茶を淹れればいいんだな!」
紅茶を淹れれば機嫌は直るのかと草十郎は勝手な勘違いをしていたようだったが、あえて有珠は何も言わなかった。
その真意の掴めない無言の態度は草十郎を一層不安にさせる。
無言を貫く有珠に密かに怯えつつ草十郎は緊張の中、注意しながら紅茶を入れた。
できるだけ前に言われた通りに。指定の茶葉で、教わった淹れ方で。決して間違ってはいけないと。
しかし、緊張のためか草十郎の淹れた紅茶は茶葉こそ合っていたものの淹れ方はまるで間違っていた。冷えたティーポッドに入れられたお湯は紅茶の茶葉本来の風味を飛ばしてしまっていた。
間違った淹れ方をした紅茶を、そうとも知らずに有珠のもとに運ぶ草十郎。野生の本能で危険を察知した彼の身体は、心臓の鼓動を早め、いつでも逃げれる準備を整えていた。
呆れて自分で淹れ直すか、草十郎を見下すような目つきでカップを下げさせるか、はたまた今日ほど不機嫌ならば口にできぬほど恐ろしい嫌がらせをしてくるか。どれかしらをすると思われた有珠は、無言でその紅茶を飲んだ。
青子はその様子を雑誌越しに横目で見て冷や汗をかいている。
赤い人は草十郎のぎこちなく紅茶を淹れるさまを見て、なぜか勝ち誇るように薄笑いを浮かべている。
まさに一触即発。
いつ火種が投下されて爆発するかもわからない状態。
火薬粉の舞うこの空間で、誰もが動きをとれない。
しかし、そこで動くのが静希草十郎という男である。
「そういえばバイト先でこれ貰ったんだけど、皆食べないか?」
場を和ませようとするためか、草十郎は手に提げていたビニール袋からガサガサとお菓子の箱をテーブルに取り出す。
お菓子の箱には、「教会式手作りクッキー・チョコクランチ味」の表記。デフォルメ化された白髪の神父らしきキャラクターが描かれご当地限定感が目立つようになっている。❝手作り❞とあるのに量産臭のする、見るからに胡散臭いご当地お菓子のパッケージであった。
これは教会での掃除バイトで詠梨神父から貰ったものだった。なんでも、他の教会へ出張に行った時に貰ったものらしく、在庫が余っているようで宣伝用にとたくさん渡されたとのこと。
草十郎としては都会ではまだ食べたことのない食べ物というものが多く、チョコレートは食べたことがあるがチョコクランチクッキーなる派生菓子は食べたことがなかったため、密かに楽しみにしていたものであった。
「ちょうど紅茶もあることだし、たまにはこういうのもお茶菓子として悪くないんじゃないかな」
もともとはスコーンやブリオッシュといったきちんとしたお菓子しか口にしなかった有珠であったが、青子や草十郎の影響で俗世間的な食べ物も食べるようになってきていた。食費管理をするようになった草十郎としてはあまりお金のかかる食べ物は食費がかさむので食べないでほしいと願うばかりである。
「そうね。とりあえずお菓子でもつまみながら歓談してみるっていうのはどう?」
先程から、黙っていてくれと思いつつ、草十郎の奇想天外な行動にどこか現状打破の一手を期待していた青子は、ここが攻め時だと決意を固めると、重い腰を上げた。
どうせこのまま黙っていても事態は進行しないのだ。それならば危険を覚悟で突き進むしかない。
青子が話に乗ってくれたので草十郎は、パッケージの紙をビリビリと破いて中身を取り出した。
個包装のチョコクランチの入った箱がテーブルに置かれる。
「そこの赤い人も、どうかな?」
草十郎の発言に青子も緊張に目を向ける。今回は有珠による妨害も入らなかった。
草十郎からの誘いを聞くと事の元凶はここでようやくじっと閉じていた目を開く。
「あいにく私は食べ物などなくとも現界できるのでね。君たちで食すといい。それと、私のことはアーチャーと呼ぶといい」
「アーチャーさんか。うん、よくわからないけど食べなくても生きていられるんだな」
草十郎はあっさりと納得する。
都会での未知の体験に加え、青子たち魔術師を見てきた草十郎は不思議な出来事というものに慣れを感じていた。
そのせいで、大抵のことは「そんなこともあるのか」の一言で済ませる癖がついていた。
「そうね。意地を張っていても仕方ない。対話も大事だわ。馴れ合う気はないけれど、ある程度お互いのことを知らないと今後、妙な軋轢を生んでしまいかねない。そして静希君にも事情を説明しないといけないものね」
ようやく口を開いた有珠は、個包装された一口サイズのお菓子に手を付けた。
ここでようやく話をする場が整ったのであった。
※※※※
実際のところ、二人は大方の聖杯戦争の説明を既にアーチャーから聞いていた。
青子と有珠を相手としたほとんど尋問紛いのものであったが、アーチャーは気にする風でもなく全ての質問にはっきりと答えていった。
しかしいくら情報を引き出してもどうしても拭えない疑問が残った。
問題は聖杯がこの地にないという事実である。
アーチャーも何かしらの原因によって召喚されたのだろうが、全くその見当がつかない。
議論はここで停滞したまま、時間だけが過ぎていった。
そして互いに世間話などする気もなく、無言で続いた結果今に至るいうわけであったのだった。
そこまでの説明を草十郎は黙ってコクコクと頷きながら聞いていた。
「えっと。とりあえず、あのアーチャーさんはここで住むことになるってことか?」
青子からこれまでのいきさつを聞き終えた草十郎がまず聞いたのがそれだった。
魔術の知識に関してからっきしの草十郎には青子も事の次第を説明しづらい。ところどころ面倒な部分をぼやかしつつ話したのだった。
そしてそれらの話から草十郎が自分なりに考えをまとめた結果出たのがその疑問であった。
「俺は構わないけど、二人はそれでいいのか?」
「いいわけないでしょ」
ピシャリと否定したのは有珠。青子はサポートに入る。
「しょうがないことなのよ。
どうやらあのサーヴァントってのが出た以上、この街で何が起こるかわからないみたいなの。
それなら非常時に備えて、手元で手綱を握るしかない。戦力には違いないからね」
旅行に出る友人に強引に世話を押し付けられた番犬のような扱いである。
アーチャーは苦笑いを浮かべる。
そして他人事じゃない草十郎も自身の首にかけられた青子の首輪を握り苦い顔をする。
「……なあ、それってひょっとして蒼崎のいつもの手口なのか?」
「ちょっ、人聞きの悪いこと言わないで!まるで私がドSで鬼畜な変態みたいじゃない!」
「……違ったかしら?」
「そこ! ぼそりと誤解を招くようなこと言わない!」
うがー、とでも言いそうな形相で青子は訴える。
三人のショートコントをアーチャーはやれやれといったように眺め、青子は顔を赤くして否定する。
場の緊張も解れ、久遠寺邸の面々はようやくいつもの調子を取り戻していた。
「ところで、蒼崎の言う何かってなんだ? そのサーヴァントってのがいると何か大変なことが起こるのか?」
「それに関しては❝何か❞としか言いようがないわ」
「ふむ。蒼崎や有珠にもわからないことがあるんだな」
「そりゃそうよ。私だってさっき聞かされたばっかりなのだもの。
ざっとわかることを説明するなら、通常サーヴァントには割り振られたクラスがあって、それが
そしてそれらを用いて戦い、万能の願望機である聖杯を手に入れるというのが聖杯戦争というもの。
まあ聖杯はここにはないらしいけど」
「なるほど。アーチャーってあの人の本名じゃないのか」
「相変わらず変なところに引っかかるわね……」
そこで草十郎はある事に気付く。
「でも聞く限り、聖杯戦争っていうもののためにアーチャーさんは召喚されるんだよな。その聖杯ってのがないなら、ここに召喚される意味がないじゃないか」
「それが私達にもわからないから今の状況になってるの」
「ああ、なるほど」
そこでようやく草十郎はなんとなく今の事情を理解して納得した。
「でもそうね、仮定は全く無いわけではないの。サーヴァントってのが聖杯戦争の起こる舞台に召喚されるのが常だというならば、例えば逆に考えればーー」
「静かに」
落ち着いて話ができるようになりようやくリラックスしてきたかと思われた時、有珠が二人を制す。
有珠は人差し指を唇の前に置きながら目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。
有珠がこうして声を張る時は何か非常事態が起こっている場合である。
青子が次の有珠の指示を待ち集中する。
「張っておいた結界に誰かが入った。今まで感じたことのないとても大きな魔力ね」
「発信源は?」
「街の郊外。三咲町第二団地の公園の辺り」
ここ一帯は蒼崎の管理地である。この地を狙う魔術師は多く、ついこの間も激しい戦いをしたばかりであった。
そこで今後の対策として有珠は魔力を察知する結界を街の要所に張っていた。外から来た魔術師はこの地に無断で入ると、センサーに引っ掛からざるをえない。
「桁外れの魔力量よ。偽装結界を外した魔術師の工房レベルか、あるいはそれ以上……!」
「なによ、それ。魔術師の工房レベルってとんでもないじゃない! 本当なの、それ!?」
「事実よ。通常ではあり得ないけど、確かに結界が探知してる。とりあえず監視用のプロイをそっちに向かわせる。新しいのも放つわ」
有珠はチョコレイトの箱のような小箱から一口大の使い魔ーープロイを開けると、中のほとんどを外へと放った。
「間に合う?」
「わからない。近いものから向かわせてもあそこまでは距離がある。でも何もしないよりはマシでしょ?」
「出れる準備をしておいた方がいい?」
「ええ。そうして」
青子は近くにソファに掛けられた白いコートを羽織る。
「それにしても、突然何もないところからそんな大規模な魔力が湧いて出るように放出されるなんて、そんなことがーー」
「一つだけ、可能性はあるな」
魔術師の二人がやり取りしている中、静かにしていたアーチャーが話を中断させて口を挟む。
屋敷内に通る彼の声は青子と有珠の動きを止めた。
「それは何かしら」
有栖はわかっていながらも、アーチャーに問う。自分の頭に浮かんだ考えが間違いであってほしいと願うように。
しかし、アーチャーのこれから言う言葉は有珠の想像が現実となることを突きつけるものとなった。
「
彼はわざわざもったいぶって普通を強調して語った。
あたかも今の状況が異常であり、これからそれ以上の予測不能な異常が起こるとでも言うように。
「だが、魔術回路を持たないものが、新たにサーヴァントを召喚した。それならば全て説明がつく筈だ。サーヴァントは魔力の塊なわけだからな」
一同が息を飲む中、弓兵はそのまま続ける。
「つまり、この街に新たなサーヴァントが召喚されたということ。
そして聖杯戦争同様、ここも戦場と化すかもしれないということだ」
そう言うと、アーチャーのクラスを割り振られたサーヴァントの赤い弓兵は不敵に笑うのだった。
そんな訳で静希草十郎くんの登場です。
やはり彼はシリアスな場を和ませてくれるいいキャラをしてますね。
そしてチョコクランチのネタは気付かれたでしょうか。ヒントはバレンタイン。
これからもこういった、わかる人だけわかる小ネタもちょいちょい入れたいと思ってます。
それではまた次回。