Fate/ Witch Of The Beginning   作:五櫛みとも

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 読んでくださる方、ありがとうございます。投稿が不定期になると思いますが、頑張って完結までは進めるつもりですのでよろしくお願いします。




2日目 出会い
商店街での邂逅


 

 

 起床時間を告げるベルが鳴り響く。

 

 青子は目覚まし時計を壊さんばかりに叩きつけた。

 朝の目覚めは最悪だった。正直なところ、目覚めどころかほとんど寝ていない。

 それほどに昨夜の出来事はあまりに衝撃的過ぎた。

 

 

 結局、あれから突如発生した魔力反応は忽然と消えてしまい手がかりはなくなってしまった。

 

 アーチャー曰く、「おそらく召喚後サーヴァントがすぐに霊体化したのだろう」とのこと。

 敵だって馬鹿じゃない。こっちに察知されたとわかってすぐに正体を隠して移動したのだろう。おかげで場所の特定ができなくなりこっちから急行して叩くこともできず、かといって向こうから攻めてくる可能性もあるため呑気に寝ることもできず、一晩中気を張りっぱなしだった。

 アーチャーは「ここは私が監視しているので、いつでも出れるように君たちは休息を取るべきだ」と睡眠を勧めていたが、冗談じゃない。青子でなくても、この状況で寝れる奴などいる筈がない。おそらく有珠も今日は徹夜だっただろう。

 腹立たしくは唯一の例外、静希草十郎。

 

「とりあえず俺にできることはなさそうだ」

 

 そうあっさりと宣うと、さっさと自分の部屋である屋根裏部屋に引っ込み、ぐっすりと眠りこけてしまった。

 

 嫌がらせに草十郎の部屋に押し入り、大音量でロックミュージックでもかけて草十郎もろとも眠気を誤魔化してやろうとも青子は考えた。だがこうなった以上、草十郎に構う余裕もない。

 何より、草十郎のバイト代収入から払われる家賃等の徴収は今やこの久遠寺邸の生活費としてかけがえのないものである。

 もし寝不足により仕事効率が下がりバイト代が入らず家賃類の滞納などされたら、どこかの山から適当なものを拾ってきて食いつなげそうな草十郎はともかく、青子と有珠は共倒れだ。

 これはどんな魔術師やサーヴァントの攻撃よりも苦しい大打撃だ。

 

 青子は休息を求める重い体を起こし、学校へ向かう準備をする。

 生徒会長たるものこんなところで欠席して学業をおろそかにするわけにもいかない。学業と魔術の両立は彼女が自らに課した課題なのである。

 寝ぼけまなこで着替えて居間に向かうと、草十郎が朝ごはんを食べ終わって学校へ向かうところだった。ご丁寧に青子と有珠の分もティーとトーストを用意して。

 

「おはよう、蒼崎。そして俺はいってくるよ」

 

 憎たらしいほどに心地良い挨拶である。

 きっと疲れているだろうと青子と有珠のために朝食を用意しているせいで怒りをぶつけることもできず、より一層憎たらしい。

 

 青子は目の下のくまをこすり仏頂面になりつつ、抑えきれない怒りをテーブルの上のトーストにぶつけて、もっしゃもっしゃといつもの六割増しの強さで咀嚼する。

 

「焦って食べる必要はないと思うぞ、蒼崎。通学時間を踏まえてもまだ始業のチャイムまで結構時間はあるし」

 

「うるひゃい!」

 

 草十郎は怒られたことに少し納得のいっていない様子だったが、青子から八つ当たりが飛んでくる前に学校へと向かった。

 

※※※※

 

 未知の地ほど自身の無力さを実感するものはない。

 かつて草十郎は電気さえ通らない世間から隔絶された山奥で暮らしていた。

 厳しい自然によって鍛えられた体は、細身な見かけによらない強靭さを内に秘めており、草十郎は運動神経も常人と比べて発達していた。

 それでも、そんなものは都会ではほとんど役に立たない。車に轢かれれば死ぬし、ビルから落ちても死んでしまう。力仕事だって機械で事足りる。

 

 今でこそ慣れ親しんだ通学路も、都会に来たばかりの当時の草十郎には全てが魔法に溢れた魔境のように映ったものだった。

 一体こちらに来てから何度、郷愁の念を抱いたことか。

 しかしそんな山の民である草十郎であっても、やがて生活に合わせてその場の色に染まっていく。

 朱に交われば赤くなるとはよく言ったもの。

 今や、走る箱と称し青子達を失笑させたバスさえ乗りこなせるようになった。

 

 だからこそ地図を持ちながら辺りを見回す外国人などを見かけると、たとえそれが通学途中であっても声をかけずにはいられない。

 異郷の地に戸惑う気持ちが痛いほどわかるので彼にはその異邦人を見逃すことなんてできなかったのだ。

 

 

 未だシャッターの開かない朝の商店街の真ん中でウロウロと右往左往し彷徨う外国人らしき女性は、何度も立ち止まっては地図を逆さにしたり目を細めて、自分のいる場所はどこか、地名を見逃していないか、と確認しているようだった。

 その姿は、時代錯誤的な和服に腰にはチャンバラ刀。いかにもスシ・サムライの間違った日本知識で来た旅行中の外国人といった出で立ち。

 

 英語を全く喋れないどころか国語の点数さえ赤点ギリギリの草十郎である。言葉が通じる確信などはなかったが、そこは人類皆兄弟。困ったら身振り手振りのボディランゲージでなんとかなるだろうと高をくくり、勇気を持って話しかけた。

 

「ドウシマシタカ、プリーズ」

 

 なんともひどい言い回しである。

 学校で習いたての知識を強引に使い、下手に話しぶりを工夫しようとした結果である。これでは日本人であっても真意が伝わらないかもしれない。

 しかし、声をかけられた女性は意図を理解したらしく、嬉しそうに返事を返す。

 

「いやー声かけてくれて助かったよ。私、ここ来るの初めてだから。道行く人もなかなか見慣れない格好でなんだか話しかけづらくて」

 

「日本語喋れるのか!」

 

 スラスラと日本語を話す女性に、目をパチクリと開く草十郎。

 

「喋れるも何も、私はヤマト……えっと、じゃなくて日本人なのです! それとも海の向こうの人にでも見えた?」

 

 髪の色が見慣れないものであったので草十郎は彼女を外国人だと勘違いしていた。しかし、よくよくその容貌を見ると、確かに日本人だと言われれば日本人に見えなくもない。

 

「じゃあ、単純に道に迷ってたってことでいいのか?」

 

「お恥ずかしながら、そうなの。私はそこまで方向音痴な方ではないと思ってたんだけどね」

 

 顔をほんのりと赤らめながら、あははと笑う。最初は勇気が要るものだったが話してみればとても気の良さそうなお姉さんだった。

 

「俺の知ってるところだったら案内できると思う。場所の名前を聞かせてくれますか」

 

「えっとね……。あれ? なんだっけ」

 

 地図を見ていたのに場所の名前を忘れるのか、と草十郎は少し驚いた。案外無鉄砲にフラフラと旅をするタイプなのかもしれない。

 

 和服女性は懐に手を突っ込みガサガサと中を探り、一枚の紙片を取り出した。

 

「そうだそうだ! ❝伽藍の堂❞ってところなんだけど、知ってるかな?」

 

「❝伽藍の堂❞?」

 

 草十郎は首を傾げる。

 どこかで聞いたことがあるような、ないような。

 これでもそれなりに長くこの街に住んでいるつもりだがそんな観光地はあったかと記憶を辿る。しばらく考え込むが、やはり思い当たるものはないようであった。どこかで聞き覚えがあると思ったのも気のせいだったのだろう。

 

「俺は知らないかな。この辺りで有名な場所じゃないみたいだ」

 

「知らないかー。まあ知らないならしょうがないよね」

 

 女性は再び懐へ紙を折り畳んで仕舞う。

 

「うん、でも有難う! 独りぼっちで放浪の身。声をかけてもらえたのはとっても嬉しかったりするのです!」

 

 彼女が爽やかに笑うと、自然と草十郎も釣られて笑顔になる。彼女の笑顔はなんだか不思議な魔力を持っているようだった。

 

「役に立てなかったようで、申し訳ない」

 

「いえいえ、いいんです。私もちょっと変わった美人さんに、ここに来いって連絡受けたただけの事なんで」

 

 変わった女の人って、知らない人の言うことを聞いてやってきたのか。それはいささか不用心なのでは、と草十郎ながらに思った。

 

「うーん。でもここの人でもわからないなら、ひょっとしたらこの辺りじゃないのかな」

 

 額に人差し指を押し付けて考え込む彼女に、草十郎は自分なりにアドバイスを与えられないかと模索する。

 

「なんの根拠もないかもしれないけど、探してる場所はきっと見つかると思う。探しものは見つけようと思っていれば、いつか思いがけないところで見つかるものだ」

 

「そういうものかな?」

 

「うん。きっとそうだ。俺もそうして見つけたことがあった」

 

「へえ、何か探しものが思いがけず見つかったような経験があったんだ。例えばどんなの?」

 

 案外お喋り好きなのか、興味しんしんに身を乗り出す女性。草十郎は思いがけない突っ込みに少したじろぐ。

 

「うまく言葉にするのは難しいな……」

 

 草十郎は頭をかきながら、言葉を探り探りに紡ぐ。

 

「正確には探しものを見つけたわけじゃないんだ。ようやく自分が何を探しているかを知った、ってところかな」

 

「というと?」

 

「最初ここに来たときは、この世界の全てが自分と関わりのない異物のようにさえ思えたんだ。どこを向いていいのかさえわからずに、ただ周りのものをありのままに受け入れて納得するしかなかった。

 でもここでの生活に翻弄されて人と関わっていくうちに、ただ受け入れるだけじゃなくて、自分の求めているものっていうのをなんとなくだけど知れた気がする」

 

 彼のその言葉は自身の内側に向けられていた。自分にその気付きを与えてくれた誰かに想いを馳せながら。

 

「うん、やっぱりうまく言い表わせない。というか、話がずれてしまった。別にそっちの探してる場所とは何も関係なかった。これじゃただの俺の身の上話だ」

 

「ううん、そんなことない。でもそっか、君はここで自分なりの道を見つけたんだ」

 

 彼女は優しげな表情を見せる。

 自身を語る草十郎を映す瞳は、まるで全てを見通しているようで、それでいて物事の本質の向こう側さえも見通しているようだった。

 草十郎が心の内を吐露したのも、その透き通るような目にあてられたからなのかもしれない。

 

 草十郎は自分の発言に少しズレを感じていたが、彼女は笑うことなく真剣に受け止めていた。

 

「それじゃ、私も負けてられないかな。ここで君と会ったことも、仏様の与えてくださった縁なのかもしれないものね」

 

 目をつぶり、念を集中させるようにパン、と手を叩く。

 

「この生涯、真に至るは五輪の真髄。色即是空の礎と共に、己が剣で目指すは諸法無我の無空の果て、か。

 うん、有難う! なんだか私も元気が出てきた!」

 

 草十郎は、彼女の内にくすぶる強い志を感じ取った。

 彼女の発する言葉を理解しきることはなかったが、彼女なりの自身を鼓舞させる言葉だったのだろうことは理解できた。

 きっとこれまで多くの荒波に揉まれてきたことだろう。それでも彼女は自分の目指す理を見失うことなく駆け抜けてきたのだ。宿命という名の糸を手繰り寄せ、己が信じる光に向かって。

 多くの言葉を交わさずとも、彼は彼女の生の在り方を直感的に理解したのだった。

 

「そうだ。目的地までの道なら、俺が他の人にも聞こうか? その場所を知っている人がいるかもしれない」

 

「いえいえ、ここからは自分で見つけてみせます! そこまで面倒はかけられません!」

 

「自分でするっていうなら止めはしないです。あまり踏み入った余計なお節介はあまりするべきじゃないって、蒼崎にも言われてたんだ」

 

 彼にとって、道に迷っている人に声を掛けるという行為はお節介の範疇に入っていないようであった。

 

「ひょっとしてその蒼崎さんって人が、あなたに気付きを与えてくれるきっかけとなった人だったり?」

 

「うん。蒼崎にはすごく助けられたーーいや、どちらかというと襲われた、の方が正しい気もするけど。

 ともかく、普段は怖いが、俺がどうしようもなく困ってるといつも側にいて助けてくれるのが蒼崎って奴なんだ」

 

「ふうん。いい出会いをしたんだ。人生を変える出会いというのは貴重なことだよ。

 あーあ、私も無空を極めるきっかけとなるような人との出会いが欲しいなー。って、こんなこと言ってるようじゃ私もまだまだ修行が足りないか!」

 

 彼のセリフを青子が聞いていれば顔を赤くして「そんなんじゃない!」と怒っていただろうが、幸い青子はいなかったので、目の前の女性がつられて笑うだけだった。

 

 ガラガラと横の店のシャッターが上げられた。話し込んでいる間に商店街の店の幾つかは営業はじめの時間となっていたようだ。

 

「さて、立ち話も長くなっちゃった。こんなところでお別れかな。あまり君を引き留めるのも悪いしね。

 一期一会をもたらしてくれた仏様に感謝をこめて。君とのお話、とっても楽しかったよ。

 それではさらば! また会う日まで!」

 

「うん、それじゃ。もし何かの機会にまた偶然会うことがあれば、よろしくだ」

 

 そして二人は別れる。

 着くべき場所はわからずじまいだったが、二人は各々の道に向かって歩みを進めていく。

 

「あ、そうだ」

 

 立ち去ろうとしたところで、かんざしで結った銀髪をたなびかせて着物の女性は振り返った。

 

「この辺りで美味しいうどん屋とかないかな? なんなら今からお姉さんが奢ってあげましょう!」

 

 先程の慈しむような表情から一転、彼女は再び快活な様子で草十郎にグーサインを掲げる。「ま、美少年というには君は歳がちょっと上だけど、今回は特別!」と後に続けたのがいささか余計ではあったが。

 今度こそは草十郎は快く答えることができた。

 

「美味しいうどん屋なら知ってる。学校に行かなきゃならないから時間の都合で一緒に食べることはできないけど、案内だったらできるかな」

 と草十郎はクラスメートの木乃実にかつて連れて行ってもらった美味しい町のうどん屋を紹介した。

 

隠れた名店と称される(木乃実談)うどん屋の前で二人が別れる頃には、もう始業の時間までギリギリの時間となっていた。

 

 

 遅刻寸前だったが、ロスタイムを取り戻そうと駆ける草十郎の内にあったのは不思議と焦りよりも充実感だった。

 

 やはり都会は魔境だ。

 思いもしないところで思いがけない出会いがある。

 あまり役には立てなかったけど、声をかけたのは決して無駄ではなかった。

 やはり親切は人を気持ちよくさせるものだ。

 

「そういえばあの人の名前、聞き忘れてたな」

 

 そのことに気付いたのは、無事時間内に教室に到着し席についた後のことだった。

 




 
 うどんと美少年が好きな謎のチャンバラ和服女性の登場。その正体は一体……。
 と冗談は差し置いて、彼女も第二部に登場することを知って、設定の食い違いに怯える日々。なので、こっちの並行世界ではこうなんだといっそ開き直って書いています。
 それではまた次話。
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