Fate/ Witch Of The Beginning 作:五櫛みとも
ひょっとしてこの作品、他の方のと比べてスロウスタートなのかなあと思う、今日この頃。
「やっぱり、おかしい」
久遠寺有珠は書物をパタンと閉じると、一人呟いた。
青子と草十郎が学校での活動に精を出している間、アーチャーを街の探索に向かわせた彼女は、家に留まり、崩壊した実験室を調べていた。
散乱する書物や実験器具に埋もれた魔法陣。
その場所からアーチャーは召喚されたであろことが理解できる。
青子は本で得た知識から冗談のつもりで実験としてやってみたと言っていたが、果たしてそんないい加減な方法で本当に英霊召喚を成功させることは可能なのだろうか。
確かに決められた順序で手筈を整えて、資料の通りに召喚の儀を行えば素人であっても理論上は英霊召喚が可能であるのだろう。
だがそれも条件が揃っていればの話だ。
大聖杯からの供給があって初めて英霊は召喚が可能となる。なんの寄る辺もなしに術者一人の力で英霊を召喚することは通常、不可能である。
そして何より一番の問題はーー
「あのサーヴァントがここで召喚されたというならば、どうして触媒がないの」
英霊を召喚される際には、普通その英霊ゆかりの触媒が必要とされる。触媒なしに召喚されるケースもあり、その場合は召喚者と似た性質のサーヴァントが召喚されるという噂もあるようだがーー
「とても嫌な予感がする」
第六感とでも言うべきか。彼女はどこか全容を掴みきれない今の状況に薄ら寒さを感じていた。
存在する筈のない聖杯戦争。
唐突に召喚されるサーヴァント。
聖杯なしに水面下で動く事態。
確実に何かが起きている。だが、未だ手探りの中で掴めるものが依然としてない。
歯車が既に彼女らの運命をも巻き込んでいることを、彼女達はまだ知る由もない。
※※※※
今日一日疲れ切った青子は学校での活動を終え、眠気と疲労を抱えたまま屋敷に戻ってきた。
居間に入ると、アーチャーが紅茶をカップに淹れているところだった。どうやら紅茶を淹れるのを許す程度には有珠に受け入れられたようである。もっとも、サーヴァントが協力者である自分を殺す理由がないから、という打算的な目算からではあったのだが。
そして悔しいことに、アーチャーは紅茶の淹れ方はとても上手いのだった。
こうして二人が並んでいると、わがままお嬢様とそれを
アーチャーが有珠の前にカップを置くが、有珠は彼とは別に何か不機嫌な事柄があるようで、テーブルの上に置かれている開いた小箱を忌々しく睨んでいる。
「やられたわ」
有珠は苦虫を噛み潰したような顔を青子に向けた。何やら悔しげに歯噛みしている。
「どうしたの? チョコレイトの箱よね。それ」
「6ペンスの唄が封じられたわ」
チョコレイトというのは比喩ではない。有珠の使役するプロイキッシャーの一つ、通称6ペンスの唄はチョコレイトをもとにして作られる。通常、有珠はそれらを監視用の使い魔として外に解き放っていた。
「どうやら認識障害を起こす魔術を仕込まれたみたい。それも、魔力パスを通してウイルスのように伝達していく類の厄介なもの」
比較的単純な構造でできた6ペンスの唄は、互いの見る映像を共有するよう魔力も共有しあってるため、不具合を引き起こす魔術を仕込まれてあっという間に広まっていったとのことだった。
「じゃあ、結界から探知するしかない?」
「それが、午睡の鏡も封じられてしまったみたいなの」
午睡の鏡は有珠の持つ中でもトップクラスと称されるプロイである。有珠はこのプロイを結界と併用することで敵の索敵を可能としていた。
まさかあれほどの代物が封じられたとは、青子も予想外であった。
「過去の三咲町をベースに概念上に編まれた架空の三咲町を、結界の識別領域の上に重ねられてる。おかげで気付くのがこんなに遅くなってしまった」
青子は目線を左上に彷徨わせながら、思考を整理する。
「えっと、つまり例えるなら、仕掛けてた監視カメラの映像に映されていた景色が、いつの間にか写真にすり替えられていた、みたいなこと?」
有珠は忌々しげに膝の上の拳を固く握りしめる。
「屈辱だわ。こんな大胆な手口に引っ掛かるなんて。一つならまだしも二つとも欺かれるなんて。
胸の内は敵よりも自らの不甲斐なさへの怒りに満たされていた。
「確かに、貴方らしくないミスね。でもそれって偽の写真を用意するならまだしも、ダミーの街を概念上とはいえ丸々一つ作ったってことでしょ? そんなことって可能なの?」
「常人にはとても無理でしょうね。6ペンスの唄はともかく結界の方は、得られる利益と使う労力が見合わなさすぎる。言い訳にはならないけれど、私が予想できなかったのはそのせいもある。
でも余程桁外れの魔力を余していて相応の技術を持っているなら別」
「……サーヴァントの仕業ってこと?」
「キャスタークラスならこの離れ業も可能かもしれない。一概には言えないけれど、対城級以上の宝具を持っているか、それ相応の陣地作成の能力を有しているってところかしら」
「随分と厄介な特性ね。そちらのアーチャーもそんな特技があればいいんだけどね」
有珠の側で控えていたアーチャーは肩を竦める。
「あいにく私はただの弓兵でね。サーヴァントゆえ、魔術師まがいのことはできてもあまり魔術に手広くはない」
「でも昨晩のあなたの話しぶりを聞く限り、魔術に関してはそれなりに明るそうだったけど? ひょっとして生前は魔術師もやってたとか?」
「魔術によって生み出されるサーヴァントだ、魔術の基礎知識がもともと備わっていてもおかしくはないだろう。妙な勘繰りはやめてもらおう」
相変わらず取り付く島もない返答である。
その素っ気なさに、このサーヴァントを引いたのはハズレだったかしら、と青子は思う。
しかし今更、我儘を言ってもどうにもならない。
「話を戻すわ、青子。サーヴァントの実力というのは測りかねるけれど、こんな芸当はサーヴァントだけじゃ不可能だと思う。
おそらく魔術師であるマスターの協力もあったでしょう。それも並の魔術師じゃない。それこそ封印指定を受けていてもおかしくないほどの実力者。
そしてそんな魔術師ともなれば数は限られてくる」
「まさか……姉貴が一枚噛んでる?」
「可能性の話だけれど。どちらにせよ、油断できる相手じゃないわ」
有珠は全てを仕舞いきったチョコレイトの箱の蓋を閉める。
蒼崎橙子。
蒼崎青子の姉であり、ルーン魔術、人形、その他多くの優れた魔術を使役する天才魔術師。
既存のものを派生させ独自の魔術理論を創造するなどして、壊すことを専門とする青子と真逆の性質である。
また青子とは犬猿の仲である。
「それで、あの馬鹿姉が関わってるかどうかはともかく、敵の実力の高さは実感したわけだけど、明日からこっちはどう動くの? また結界を張り直す?」
「時間はかからないと言ったけれど、町にいるであろうサーヴァントを放って置いて結界を修正する暇はないわ。そんな時間があるならば戦力を整えるのに費やした方がずっとマシよ」
そこまで言うと、有珠は紅茶を一口飲んで乾いた喉を潤してから、続けた。
「敵は地道に探していくしかないわ。出せるプロイは厳重なプロテクトを張って出すつもりだけど、そのぶん数は出せない。期待はしないで」
「つまりこれで町にいるサーヴァントの反応を追うことは難しくなったということね。はあ、敵の術中に完全にはまってるわね」
青子は溜息を吐こうとするが、有珠がいることに気づいて咄嗟に抑える。こうなって一番辛いのは有珠の筈だ。
有珠はその気遣いを知ってか知らずか、静かに飲み終えた紅茶のカップをソーサーに置く。
「とりあえず今後の作戦を話し合いながら、明日には動きましょう。相手の目的がわからない以上、こちらも動きにくくはなるでしょうけれど」
「でも聖杯がないんなら、サーヴァントだって本来戦う必要がないんでしょ? 今回使われた偽装策も襲われないための自己防衛、という線もあるんじゃない? 今のところ目立った動きもないし」
「自己防衛に入るということは、襲われる警戒をしなければいけない程やましい何かを抱えているということよ。楽観視はしない方がいいわ」
窓の外に向けられた有珠の何者も射殺すような鋭い目は、得体の知れない何かを恐れていることの裏返しにも見えた。彼女とて女の子であるのだ。暗闇の中で手探りをしているような今の状況は不安で堪らないに違いなかった。
そんな、そこはかとない緊迫した空気の中、ぐうとその場にそぐわない可愛らしいお腹の音が鳴る。
有珠は顔を赤らめながら、お腹を抱えた。
「ま、しょうがないわよね。どんな状況でも人間、お腹は空くものだし」
どうやら先程から紅茶を飲んでいたのは、空腹を紛らわせるためのもののようであった。
青子はキッチン近くに置かれた当番制のホワイトボードの方に歩み寄ると、食事の欄を指で這わせる。
「えっと、今日の夕食の食事当番は……」
今日の日付の夕食と書かれた欄には、マジックで草と書かれたマグネットプレートが貼ってあった。
「あれ、草十郎の奴じゃない」
「そういえば、静希君はまだかしら」
壁に掛けられた振り子時計に目をやると、時刻はもう9時を回っていた。
バイトを掛け持ちしている手前たまに夜遅く帰ってくることもあれど、自分が食事当番の時はきっちりと午後8時までには帰ってくるのだが、今日に至っては大幅に時間をオーバーしている。
「あいつ変に真面目だからねえ。バイトで残らされてこき使われてるんじゃない?」
「そうだといいけれど……」
その会話を最後に二人はしばらく無言になる。
静寂な空間の中でカッコン、カッコン、と時計の振り子が揺れる音だけがこだまする。
「ねえ、いくらなんでも遅すぎない?」
「……そうね」
草十郎が何かに巻き込まれたのでは、と一抹の不安がよぎる。
「あの男、人質に取られたか、あるいは殺されたという可能性はないのか」
空気を読んでいるのか読んでいないのか、アーチャーはトーンを変えることなく言う。
その容赦のないアーチャーの言葉が戸惑いの空気を断ち切った。
「あり得なくはないわ。失念していたわね」
「そんな、まさか。私達を狙うならまだしも、魔術師でもないあいつが狙われるなんて……」
「何を言ってるの。彼はこの屋敷を出入りしているのだもの。敵がそれを突き止めたとして、彼が何らかの情報を握っていると考えてもおかしくはないわ」
青子はう、と呻く。
「確かに。あいつ魔術耐性とかゼロだし、ちょっと魔術かけられたらあっさり吐いちゃいそうだわ」
彼は魔術関係に詳しくないから洗いざらい吐かれてもダメージは少ないかもしれない。ただ、彼が知る限りの情報が流出するだけならまだしも、利用価値がないと知られれば殺されることもありうる。
青子は責めるような視線をアーチャーに送る。
「草十郎が狙われる可能性に気付いていながら、草十郎を放置していたのね」
「悪気はない。あの男が狙われる可能性は低いと考えていたのでな。それに私ばかりに非を押し付けるのはよくないのではないか。私はこれまで君らの指示に従ったまでだ。
だいいち、この身は一つだ。保護対象が3人となると流石に対応しきれないというもの
まあ、つまらないしきたりに縛られた魔術師や、かつての英雄を名乗る者達のことだから、真っ先に戦力となっている君らを狙ってくると踏んでいたのだが、脆い部分から攻めてくるとは案外敵も利口なようだ」
「いいからすぐに探してきて。こっちは魔術師が二人揃っているもの、心配はないわ。彼を見つけ次第、生かしたまま連れてきなさい」
「了解だ」
アーチャーは身体を霊体化させると、有珠の命令通りに草十郎を探しに行く。
彼が離れたのを確認すると、「あいつ、絶対生前は
そうしてアーチャーも出撃し、有珠と青子が屋敷に残される。
「私達も草十郎捜索に急ぎましょう。取り返しのつかないことになる前に」
青子は着替えることなく学生服姿のまま、有珠を急かせる。
「そうね。でもアーチャーも行ったようだし、その前に一つだけ、いいかしら」
「ん?」
有珠は青子の右腕を掴み、引き寄せる。青子の体は有珠の方へ力任せに引っ張られた。
「ちょっ、なに、有珠!?」
有珠は青子の右手を裏表ひっくり返して詳細に観察すると、次に左手を同様に確認する。念入りに調べた後、有珠は顔を上げて瞳に青子の当惑顔を映す。
そして、いつになく真剣な目で有珠は言った。
「青子、服を脱いで」
「なっ!! きゅ、急に何なの!」
自分の身体を抱きかかえるように上着を押さえつけて身を退く青子。小動物の威嚇のように前屈みになって、気でも狂ったかと有珠を警戒している。
「令呪は。貴方の令呪は一体、何処にあるの?」
「え、令呪? それなら早く言ってよ」
青子は胸に結ばれたリボンを解くと、ブレザーを着たままシャツのボタンを上から二つほど外していく。
シャツの上側の方だけ広げると鎖骨の真下辺りに、手を広げるようにして幾何学模様の令呪が広がっていた。
アーチャーがニヒル過ぎてママみが足りないですって?
彼は普段強がってるけど、一度落とすと世話焼き体質のお節介さんになるので、落ちるのも時間の問題ですよ。