Fate/ Witch Of The Beginning   作:五櫛みとも

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 今回は見ての通り、息抜きコメディ回。またはアーチャーさんちの今日のご飯回。



束の間の団欒 ~アンリミテッド・クッキングワークス

 

 

 アーチャーと共に帰宅した草十郎の目に入ったのは、玄関ホールの柱に背を預けて床に座りこむ有珠だった。

 扉が開く音が聞こえると、有珠は撥ねるように顔を上げた。草十郎がアーチャーの隣にいるのを確認すると、その場で立ち上がり、スカートの裾をパタパタと払う。

 居間のソファの上にでも腰を下ろしていればいいものを、どうやらわざわざ玄関前で待っていたらしかった。

 

「ただいま、有珠」

 

 有珠はしなやかな黒曜の髪を揺らしながら、こくりと頷く。彼女なりの「おかえり」の意思表示のようだった。

 

 それから言葉を交わすことなく、有珠は居間に戻ってゆく。草十郎の姿を確認できただけで満足したようだった。その振る舞いは歳相応の少女のそれだった。

 

「彼女は普段ああなのか」

 

「そうだな。玄関へ来てまで待ってくれることは稀だけど」

 

「私と対応が大違いだな」

 

 刺々しくもビジネス的な、そんな大人びた印象の彼女とのやり取りをアーチャーは思い出す。

 

「有珠は知らない人に対して警戒心が強いからじゃないかな。でも俺もそんなに有珠と話すことは多くないぞ」

 

 おそらく人見知りだとかそういった事情ではないだろう、とアーチャーは思った。言葉を交わさずとも共にいることができる親愛や信頼もある。有珠と草十郎の二人を見ていると、そのことがとてもよく理解できるようだった。

 

「気丈に振る舞ってはいるが、中身は残酷な程に少女か。ああいった手前は私は苦手だ」

 

 そう言うとアーチャーは真剣な眼差しで横にいた草十郎に語りかける。

 

「一つ君に助言をしておくならば、女性の機微に疎くあってはならない。鈍感さは時に破滅をもたらす。痛い目を見たくなければ、これだけは覚えておけ」

 

「う、うん。気を付けておこう……?」

 

 草十郎は理解しきれずに疑問符を浮かべつつ、アーチャーの真摯な忠言を受け止める。どこか説得力のある彼の言い分に草十郎はただ頷くしかなかったのだった。

 

 

 リビングに足を踏み入れると、そこでは腕を組んで仁王立ちする青子が待ち構えていた。

 

「さて、何か言いたいことは?」

 

「そうだな……ただいま、蒼崎」

 

「ええ、おかえり。ーーって、そうじゃなくて……!」

 

 青子は拳をわなわなと震わせる。

 

「こっちはあんたが何かに巻き込まれて死んじゃったんじゃないかと、気が気じゃなかったんだから! 幸い、アーチャーから見つかったと連絡が来たからよかったものの!」

 

「それで俺が怒られるのは不当じゃないか……?」

 

「口答えしない! こっちの気も知らないで! 何があったか、詳しく聞かせてもらうからね」

 

「ううん、なんと言えばよいのか。とにかく頑張るよ」

 

 青子からの地獄の尋問が始まるのかと思うと気が重くなる草十郎であった。

 

「はあ。まったく相変わらずね、あんたは。ところでそれ何?」

 

 青子はずっと気になっていた草十郎の手に提げていた袋を指差す。

 

「もらったんだ。カレーの材料」

 

 カレーという単語に、ソファに腰掛けていた有珠の耳が僅かにピクリと反応する。

 

「へえ。カレー、いいじゃない! 事情はたっぷりと聞かせてもらいたいところだけど、それよりもこっちはお腹ペコペコなのよ。今日の夕飯当番、草十郎でしょ? 早く作ってくれる?」

 

「うん、任せろ」

 

 レジ袋をソファ前のテーブルに置くと、ガチャリとガラスがぶつかり合う音を鳴らす。

 中を開くと大量の小さい小瓶が並んでいた。

 三人は囲むようにしてテーブル上のそれらを見て、顔を見合わせる。

 

「なにこれ。とてもスーパーのカレールウに見えないんだけど」

 

「なになに。ターメリック、カルダモン、コリアンダー、ナツメグ、ガラムマサラ……」

 

 草十郎は暗号を読み上げるように、聞きなれないワードの羅列を並べていく。

 

「ーーなんと。どれも見たことがない調味料だ」

 

 草十郎がそう言うと、その場が戦慄した。

 

「勘弁してよ! 私達お腹空かせてずっと待ってたのよ! あんたが作れなきゃ私達の今日の夕ご飯は抜きよ!?」

 

「青子、出前は?」

 

「もう時間遅いからやってないでしょうよ!」

 

 そんなこと言われても、と草十郎が困っていると

 

「やれやれ。貸せ、見せてみろ」

 

 アーチャーが割り込み、草十郎が不思議そうに眺めていた瓶類をひったくる。

 

「ふむ。なるほど基本のカレーベースが網羅されているな」

 

「ちょっと! 一体何を!」

 

「見るに堪えなかったのでね、私が作ってやろうと言っているのだ。カレーが食べたいのだろう。私の手に掛かればこれらの材料で本格インドカレーを完成させてみせるのだが」

 

「本格?」

 

「インド?」

 

「カレー?」

 

 三人が顔を見合わせる。

 グウという誰かのお腹の音だけが、正直だった。

 

 

※※※※

 

 

 黒いエプロンを装備する弓兵。どういう訳か妙にしっくり来るその姿は、エプロンボーイならぬエプロンガイとでも呼ぶべきか。

 そんな普段とのギャップを漂わせるアーチャーに、キッチンの陰から様子を見守る三人。

 

「ちょっと! あんなんに任せちゃって大丈夫だったの?」

 

「でも得意そうだったぞ」

 

「料理が得意な英霊なんている? そんな英雄、聞いたことないわよ」

 

「カレー作れるんだからインドの英雄とかなんじゃないか?」

 

「カレーだからインドってそんな安直な……」

 

「まあ、あれだけ大きな口を叩いたのだから。見せてもらおうじゃないかしら」

 

 ヒソヒソと語り合いながら、台所から少し離れた壁の陰から顔を出す三人。

 そんな三人の目を気にするでもなく、アーチャー改め、コックは包丁を手に取る。

 プロの手際で玉ねぎ、ニンニクを華麗に刻み、強火で素早く飴色になるまで炒める。

 次にスパイス類を炒めつつ鶏肉等の具材を加えてホールトマトと共に鍋にかけ、同時に炊飯器の早炊きでターメリックライスを炊き上げる。

 それらの手際のなんと華麗なことか。

 正体不明の粉が大半を占める材料達は(たちま)ち香りの多重演奏を奏で、台所がかぐわしいカレーの香りで満たされる。

 

「完成だ」

 

 完成した品はとってもインドな芳香を漂わせたアーチャー特製インドカレー。

 

「腹が空いていて急遽(きゅうきょ)食べたいとのことで時間短縮のため一部レシピを簡略化させている。時間をかけたものと比べれば多少味は落ちるかもしれないが、それでも味はお墨付きだ。いただくといい」

 

 よそわれた人数分のカレーライスがテーブルの上に並べられた。皿に盛られたインドカレーは鼻孔をくすぐるスパイスの香りが広がっている。

 手を合わせ、まず口にしたのは草十郎。スプーンで掬い、口に運ぶ。

 

「う、美味い。すごく美味いぞ、これ!」

 

 スプーンで運ぶペースは早まっていき、草十郎は夢中でカレーライスを掻き込む。

 

「そんな大げさな。がっつくこともないでしょうに。まあ草十郎の毒味は済んだみたいだし、食べても大丈夫かしらね」

 

 青子がカレーを絡めたターメリックライスを口に入れる。

 

「……なにこれ。うまっ!」

 

 驚きに一瞬口を抑える。想像を超えた美味しさに青子もつられるようにしてカレーを次々と口に運ぶ。

 

「有珠も食べてみなって! これプロの味よ!」

 

 浴びせられる称賛で心無しか胸を張っているようなアーチャー。しかし、カレーの美味しさに夢中になる青子と草十郎とは裏腹に有珠はなかなかスプーンを手に取らない。

 紅茶を淹れる程度は許していたが、料理となると少し話は別だった。彼女らが取り決めた料理番に他所者が割り込んでくるのは、これまでの三人の生活に不純物が介入してくるようで、それが少し嫌だったのだ。

 

「料理は冷めないうちに食べるべきだ」

 

 アーチャーはそう言うが、問題は味ではない。そうしている間に青子と草十郎の二人の皿に盛られたカレーはどんどん減っていく。

 草十郎はピタリと手を止め、有珠の皿に盛られたカレーを凝視し、スプーンを持たない方の手で指さす。

 

「有珠。勿体無いから、食べないのなら俺が食べていいか?」

 

 無言で草十郎へ叱責するような目を向けていた有珠だったが、その目を自分の手元に盛られたカレーに向ける。

 

 食欲を増進させる魅惑のカレーライス。

 その香りに口元は緩み、今にもはしたなく涎が垂れそうだ。

 

「それじゃ、食べないみたいだから」

 

 手を伸ばした草十郎に合わせて、有珠は避けるように皿をすっと自分の側に引き寄せる。添えられた両手で包み込むように皿を抱え込み前屈(まえかが)みになった彼女は、向かい側の草十郎を少し見上げる形となる。

 

「私の……」

 

「ん?」

 

「これ、私のだから。一応」

 

 意固地に皿を死守する子どものような有珠がそこにはいた。

 結局食事に手をつけ始めると、有珠は無言で黙々と食べていった。「おいしい」などと口に出すことはなかったが、悔しいほどに文句のつけようがないくらい美味しかったのは事実だった。

 

 どこからか現れた青い椋鳥(ムクドリ)が羽根を羽ばたかせ有珠の近くを飛ぶ。「マイ天使こと有珠さんは頑固ッスけど、小さい頃から自分の物を取られるのは嫌だったんスよねえ」とでも言っていたのだろう。悲劇の駒鳥ロビンは、後に主人たる有珠からのお仕置きが待っていることを知らない。

 

「腹が減っては戦はできぬと言うしな。魔力供給をなすマスターとその協力者がエネルギー摂取をできないのは、私としても困るだけだ」

 

 そう言うアーチャーはどこか捻くれた態度ではあったが、性根はお人好しなのかもしれなかった。そんなアーチャーを横目に草十郎は真っ先に食べ終えると、「ごちそうさま」とアーチャーに笑いかけて皿を流しに運ぶ。

 振り返ると、アーチャーと有珠と青子の三人が草十郎の視界のフレーム内に収まる。それはいつだか彼が友人から借りたビデオであった団欒のワンシーンのようだった。よく考えれば、平和に見える彼・彼女らは今こうしている間も戦いの最中にいるのだ。

 

 (明日は今日以上に大変そうだ)

 

 巻き込まれてしまった以上、自分も無縁ではない。草十郎のこの波乱の予感は、果たして間違ってはいなかったのだった。

 

 





 前回と打って変わって今回はほのぼの回でした。有珠の可愛さよ、伝われ…!
 まあ次回以降から密かに存在を匂わせていた人含めた怒涛の登場ラッシュが待ってるんで、シリアスばかりで疲れない程度に挟みたかったのです。
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