強欲ルフィ 作:炭素
ルフィの強欲
「はら…へったぁ」
そんな一声と共に、少年は意識を取り戻した。
背中に感じる冷たい感触は、ふかふかのベッドなどではない。硬い、ゴツゴツとした地面が、少年が今いる場所だった。
仰向けに転がっている少年の視界は真っ暗で、ずっと先の方に、木々に覆われた拳一つ分の日の光が有るのみだ。それでも、明かりを見つけたことで、少年の心に少しだけ余裕が生まれた。夜のジャングルに放り込まれた時よりマシだ。
「くそぅ…」
光をぼーっと眺めて少し、少年は歯を食い縛りながら、ポロポロと涙を流した。
甦るのは、吊り橋から落とされた時に見えた、冷たい顔だ。
拒絶されて悲しかった。
仲良くなりたかった。一緒に遊びたかった。友達になってほしかった。
少年は、未だ七歳だ。
相手のことを考えるだけの余裕はない。祖父に鍛えられて打たれ強くなっている少年だったがーー心までは、まだ強くなれなかった。
「はらぁへったぁ…」
お腹が空いて、力が出ない。一歩も動けそうになかった。
ズボンのポケットを探っても、出てくるのは砂利だけ。そして今日食べたのは、コップ一杯の水と、茶碗半分の米だけだ。
「めしぃ…めしぃ…」
呟く程度の小さな声が、岩壁を伝って反響する。余計に寂しくなった。
少年はうつ伏せになって、何かないかと手を地面に這わせる。以前祖父に崖から落とされた時に、同じことをやってキノコを手にいれたのだ。そして、喜んで食べて、笑いがしばらく止まらなくなった。
「あ」
淡い願いは叶った。右手の指の先に、ぷよぷよとした感触。
キノコだ!
少年の目に輝きが生まれる。逃がすまいとの如く、キノコ?を掴み取り、大きく開けた口の中に放り込もうとしてーーそれが無くなっていることに気づいた。
$$$
少年は、真っ白な世界の中に立っていた。上下左右を見回しても、全て真っ白で何もなかった。
「どこだここ??」
谷底にいたはずた。とてもお腹が空いていて、キノコを見つけて、でも食べようとしたら無くなっていてーー
「左手…」
左の手のひらを訝しげに見る。そこにキノコはなく、崖から落ちた時にでも出来たのか、切り傷が一つあるのみだ。
少年は諦めた表情になって、所在なさげに手を開閉する。そして、手を横に傾けた時に気づいた。
手の甲に、見覚えのない模様があったのだ。
「なんだこれ…」
「'よう、ガキンチョ'」
突如、後ろから声がした。
誰かいたのか!
少年はホッとして振り向くーー
「ぎゃあぁあああーー!!オバケー!!」
「'はあ?'」
振り向いた先、というかすぐ後ろに大きな顔のような物があった。黒い影に、鋭い二つの目と、剥き出しの歯。
それが、ゆらゆらと宙に浮いているのだ。
「ま、まけねェぞ!オバケにだって!おれは海賊王になるんだ!こいっ!」
「'おいおい…聞く耳ねえなこりゃ。……おっ'」
影は、一瞬で人の形をとった。十代中頃の、目付きの悪い少年の姿に変化した。
「ひ、人になった…」
「'…なんでリンの姿なんだ。…まあいいか。俺は
少年は、唖然とした様子からハッとなって、グリードと名乗った人物を睨み付ける。
「おれはルフィだ。なんなんだお前!」
「'何ってそりゃあ…なんだろうな…。ストックは一つもねえし…ただのグリードってとこか?悪いな、わからん'」
「じゃあ、仕方ねェか」
「'…素直なガキだな、お前'」
「ガキじゃねェ!ルフィだ!」
「'おう、ルフィ'」
グリードは、現状に頭を悩ましながら、ルフィの頭をわしわしと撫で回す。
ありえないーーなんて事は、ありえない。これを持論とするグリードとしても、この事態に混乱していた。
ホムンクルスとしての、数百年分の記憶ーーは、あるとは言えないが、リンの身体を乗っ取ってからの記憶は全てハッキリとしている。
そして最期、自分が消えていくのを感じてーーと、思ったらここにいた。
訳がわからない。
だが、自分はツイている。それだけはわかった。今なら、神とやらに祈ってもいいくらいだ。
やめろーと抵抗するルフィの手を避けながら撫で続けていると、あるものが目についた。
驚きはない。少々勝手は違うが、一応納得する。
「'ルフィ、その手のヤツはどうしたんだ?'」
「ん?知らねえよ。さっきまでなかった」
「'ほー'」
「それより、グリード。友達になってくれよ」
「'はあ?'」
グリードは、撫で回す手を止める。そして、胡散臭げにルフィを見つめた。
キラキラとした視線が返ってきた。思わぬ事態に、笑みが漏れる。
「'…くくっ、がっはっは!それよりいいものがあるぜ。まあ、ちょっとばかしガキすぎるがな'」
「だから、おれはガキじゃない!」
「'あー悪い悪い。…と、さっき海賊王とか何とか言ってなかったか?'」
「うん、おれは海賊王になるんだ。いつか強い仲間を見つけて!世界一の財宝をみつけて、海賊王になってやるんだ!!」
グリードは、ルフィの言葉を聞いて眉を潜めた。こんな子どもが、日陰者中の日陰者、ましてやその王などになると豪語しているのだ。どんな育て方されているだろうか。親の顔が見てみたい。
だが、その意気込みは嫌いじゃなかった。子どもながらに、この強欲。悪くない。
自然と口元が吊り上がっていく。
「'はっ!やっぱりガキだな!リンの奴もそうだったが、小さい小さい…'」
「なんだと!」
「'海賊王、海賊王か…いいぜ、何であれ王を望むその欲、中々じゃねえか…'」
怒るルフィを尻目に、グリードは益々機嫌良さそうに笑みを浮かべた。
そして、かつてを思い出しながら、同じ言葉を繰り返した。
「'けど、どうせならよ…ーー世界の王になるってのはどうだ?'」
「…え?」
ククっと、笑みが漏れる。
「'この世の物全て俺の物!!
金も欲しい!女も欲しい!
地位も名誉も
この世の全てが欲しい!!'」
ルフィの頭に左手を乗せる。そして、膝を折って目線を合わせた。
「'だが、それよりも欲しいもの…大切なものを教えてやる…
ーー仲間。魂の仲間だ…自分の魂に誓える仲間が俺は欲しい!!じゃ、これからよろしくな、小さな相棒よ!!'」
$$$
三日後ーー。
「うめえ」
『'喉につまんぞ、もうちょっとゆっくり食べろよ'』
「わかった。うめえ」
太陽が高く昇る時間帯、ルフィは焚き火の前で、骨付き肉を頬張っていた。
ルフィの目は、次はどこを食べようかと、丸焼き肉に釘付けだった。
ルフィは三日前、感情の高ぶりに流されるままにグリードと握手を交わした後、ほどなくして現実へと戻った。そして、僅かに回復した体力で谷底から這い上がってきたのだ。
途中、狼に襲われそうになったが、グリードがルフィの身体の主導権を握り、飛び出してきた一匹を撃退した後からは、狼の群れは一定の距離から近づいてくることはなかった。
「うおっ、親指が真っ黒になった!!」
『'ルフィの“時”はこれが精一杯なんだよなあ…通りが悪い。んで'』
グリードとルフィの身体の主導権が入れ替わる。
『おい!まだ肉食ってる途中だ!グリード!』
「'俺の“時”は、全身可能っぽいんだが…ゴム…じゃ、なくなるのか?それと…何か違げえなこれ'」
グリードは、顔以外の全身が黒一色に染まった姿を水面に写して、両手を打ち鳴らしながらぼやいた。
「グリード!肉が食いたいなら、先に言えよな!でも、これは俺のだ!」
『'身体の主導権も、半々…と'』
「聞いてんのか!」
『'ん、ああ。聞いてるよ。肉は全部食っていいぜ'』
「そっか。ならいいんだうめえー」
『'…俺が力を使ったら、こいつはいくらでも食うってのも追加。あと試してねえのはーー'』
「もぐもぐ…なんか言った?」
『'いっぱい食って、早く大きくなれよ'』
「…?おう」
ニヶ月後ーー。
「いでェ!!かすった!グリード!助けてくれ!」
『'バッカ野郎、俺にばっか頼んな。これくらい自分でなんとかしろ。エースと友達になるんだろ?'』
「そんなこと言っても!ハァ…ハァ…でけェし!!」
ルフィは、自分の何倍もの大きさがある熊に襲われていた。
『'ほら、気の流れを読むんだよ。…そう、自分の手のひらを見るようにな'』
「ッ!グリードはできないのに何でそんなに偉そうなんだ!」
『'俺はいーんだよ。出来なくても硬化があるし。でもお前はやれよ。少しでも感触あるなら、リンにやれて、相棒に出来ない道理はねえ'』
「…へへっ」
『'バッカ、油断すんな!'』
熊の鋭い爪がルフィの肩部を捉えてーーガキィ!と硬質な音が鳴る。ルフィは吹き飛ばされ、木に勢いよくぶつかった。
「いてぇっ!…あ、痛くはねェ!おれゴムだから!グリードありがとな!」
『'アホ言ってないで立てよ。次来んぞ'』
熊が怒声を上げた。切り裂くつもりで振るった爪は、無惨にも半ばから折れていた。
怒り一色の顔だ。目は血走り、ダラダラと涎がしたっている。
「うっ」
『'あー…代わるか?'』
「いいよ!まだやるっ!おれは負けねエ!」
『'よっしゃ、そうこなくちゃな相棒!'』
ルフィは斜めに構えた。そして、自分に言い聞かせた。
自分でもかわせる。まだできる。今は倒せなくとも、いずれは必ず!
「お前のにくは!おれのものだァーー!!!」
『'いいねいいねぇ…'』
三ヶ月後ーー。
「よう!久しぶり!」
「ルフィの奴が帰って来やがったぜ!!!」
「コイツ…生きてやがったのかいっ!!」
「?誰だっけこのチビ…」
夜、ダダン一家のアジトは、大騒ぎだった。ガープから預かったルフィが、初日に行方不明になってから三ヶ月も経った今になって戻ってきたのだ。
行方不明になった当初は、流石に不味いと考え、何度か一家総出で捜索したものの見つからない。こっそりフーシャ村にも確認しに行っても、その姿はなし。もはや誰もが、ルフィが生きてはいないと思っていた。
そのルフィが帰ってきたのだ。
「コラルフィ~!お前この三ヶ月何してやがったんだ!!」
ダダンが冷や汗を流しながら叫ぶ。そろそろガープに言わなければと思っていたところで、焦っていたのだ。
「三ヶ月もたってたのか。…誰だっけ、ばあさん」
「ばあさんて!!おめェあたしはまだそんな歳じゃねェ!!」
「そっかごめんババア」
「ダダンだよ!!てめェブッ飛ばすぞ!!」
「お、うまそうな肉」
「聞きやしねェ!!それに、あの肉は食わせねェぞ!!エースが獲ってきたもんだ!前にも言っただろ!」
「まーまーお頭、今日くらいは…」
山賊達が、ダダンを宥めようとする。
その横を、ルフィがスタスタと通りすぎた。
「おれ、今日はもう食ったからいいよ。それより寝る」
「はぁ…!?」
「'グリードだ。これからよろしくな、お前ら'」
ルフィは、奥に入っていった。
「訳わからネェが、これだけは言えるぜーーエース以上の化け物かよチクショウッ!」
ダダンの悲痛な叫びが、コルボ山に響き渡った。