強欲ルフィ 作:炭素
「ほら、おっさん。ちゃんと載ってるだろ?図鑑も海軍のヤツだからよ」
「うーん、しかしなぁ。この悪魔の実自体が本物かという根拠にはならないよ」
「それはなー…。あ、おれ悪魔の実食ってるからなのか、変な気をこの実から感じるんだけど…」
「うーん…ウソップ君。君はどう思う?」
「…こいつはウソはつきません。でも、それでこの悪魔の実の真偽を判断するのは難しいですね」
「えー、でもウソップ。これ海軍の支部で末端の一億は値がついたんだけど」
「それ先に言えよ!」
難航するかに思えた取引は、その一言で好転した。信用って大事なんだなーと云うのがルフィの感想である。でも直ぐに、「ま、おれまだ子どもだし、しょうがねェか」と前向きだった。
結果として、海軍が提示した額の倍。二億の値がついた。そうなれば、もっと高くと欲が出たルフィだったが、このスベスベの実の知識は全くないに等しい。そもそも悪魔の実の相場も理解できているわけでもない。基本嘘をつかないルフィと、嘘をつかないことをポリシーとするグリードとしては、虚言で商売を進めるつもりはなかった。
「ねえ、あなた。その実、私がいただいてもいいかしら?」
スベスベの実の行き先は、屋敷の夫人の元へと決まった。しかし、他に売るつもりだった物の上、危険性を考慮してやめるように説得を試みた主人だったが、「もうすぐ結婚記念日でしょ」と「いつまでもあなたに綺麗な私を見てほしい」という言葉で敢え無く撃沈した。泳げなくなることについては、元々泳ぐのは得意ではないらしく、別に気にしないらしい。
結果、夫人はスベスベになった。スベスベになり過ぎて、座り込んだままツルツル滑ってまともに動けなくなった。主人は慌てふためき(妻の美貌に更に磨きがかかったことも含めて)、大混乱だった。スベスベになった本人は、楽しそうだったが。
一時間後には、夫人が摩擦のコントロールを覚えたことにより、騒動は収束した。
「おれも、ゴムのオンオフとかできねェかな?」
『'全身ゴムになってるし、難しいんじゃねえの'』
「そっかー。まあいいけど」
ルフィは、屋敷の庭で大の字になって寝転んでいた。太陽の光を受けたフカフカの芝生が実に気持ちよく、心地よい眠りを誘ってくる。
「いいなぁ…お母さん凄く楽しそうだった。あ…私、このユキユキの実って食べてみたい。雪になれたら素敵だし、寒い日でも体調悪くならないよ、きっと」
屋敷のお嬢様が呟く。彼女は敷物を敷いた隣で、先程貸した悪魔の実の図鑑を真剣な表情で読み込んでいた。
目に留まったのが、ユキユキの実らしい。
「お前、身体弱いのか?」
「うん、人より少しね。でも、前よりは体力ついたのよ。ウソップさんと、毎朝お散歩してるから」
「へー…あ、そうだ。そのユキユキの実、見つけたら持ってきてやるよ!」
「本当?でも、この…自然系って凄く希少だって書いてあるわ。そんなに簡単に見つからないと思うけど」
「んー、じゃあ期待しないで待っててくれ」
「そうね、ふふ」
「何の話してるんだ?」
ウソップの、不思議そうな声。見上げると、両手にバスケットを持っていた。香ばしい小麦粉の匂いが、風に乗ってほんのりと鼻を通り抜ける。
「くれ!腹減った!」
「慌てんなよ。ほら、出来立てだぜ。カヤも、ほら」
「ありがとうウソップさん。今ね、悪魔の実の図鑑を見てたの。ウソップさんは、食べるならどれがいい?」
「うーん、泳げなくなるのは勘弁してほしいんだけど…」
「例えばよ、例えば。本当に食べるんじゃないわ」
「そうだなあ…」
ウソップは、図鑑を受け取って、パラパラとページをめくっていく。
「ウソップさん、読むの速いわ。もうちょっとゆっくり」
「ああ、ごめんごめん……あ、これなんかいいな、ギロギロ…。ブキブキの実…バラバラの実なんてのもいいな…おっ、ナギナギの実なんてのもあるぜ!くぅー迷うな!」
「ふふっ、ウソップさん楽しそう」
「んぐ、ごくっ。なんだよウソップ、微妙なのばっか選ぶなお前」
「ゴムゴムに言われたくねェよ」
「ゴムゴムをバカにすんなよ!」
「…じゃあ、ゴム人間のルフィ君。君は何ができるのかね」
「のびる」
ルフィは、びよーんと鼻を伸ばして、ウソップの真似をしてみせた。
「ぷっ!あはは!すごい、そっくり!」
「…カヤ〜」
「えっ、何か追加でくれんのか!?」
「ああ、妻も大変喜んでいてね。何か欲しいものがあるなら是非言ってくれ。もちろん、上乗せでも構わないよ」
屋敷の主人は、上機嫌だった。今ならば、何を頼んでも汲んでくれそうな雰囲気だ。だが、ルフィの気持ちは既に決まっていた。
「おれ、あのヒツジの船が欲しいんだ!」
「ヒツジ…ああ、ゴーイングメリー号のことか。しかし、ルフィ君。あの船は一人で動かすには厳しんじゃないかな?」
その意見はもっともだ。グリードが航海術を持っているとは言っても、あの規模の船を一人の身体で動かすのは流石に厳しい。
しかし、あの船を今欲しいわけではないのだ。
「おれ、十七歳になったら
「ああ、なるほどね。…うん、構わないよ。それまで船は此方で管理しておこう。でも、いいのかい?新品の船を用意することも出来るんだよ?」
「いいんだ。おれ、もうあのヒツジって決めたし。あの船で冒険するんだ」
「そうかい…」
屋敷の主人は、一人の執事に向かって笑いかけた。その執事は、照れ臭そうに小さく笑いを返した。
「じゃ、預けた一億と船よろしくな!たぶん、四年後に取りに来るから!あとウソップ、仲間になれよ!」
「だから、なんねェって。何回言うんだよお前」
「次会ったら、本気で闘おうな!」
「それもしないって」
朝、ルフィは海岸でウソップに見送られていた。
今の船では小さいだろうと、屋敷の主人の好意で貰った、一回り大きな船。そこには、一週間分の食糧と、それに加えて保存食から生活用品までもが詰められていた。まさに、至れり尽くせりである。
昨日の今日の出発だ。もう少し滞在していくのはどうかと、別れを惜しまれはした。しかし、ルフィの行動は早かった。ウソップを仲間に誘って断わられ、勝負を挑んで断られた昨日の時点で、特に滞在する理由はなかった。それよりも、まだ未知の海への冒険を早く早くと望んだ。
「またな、ウソップ!」
「'ラースみたいにはなんなよ!'」
「ひゃー、すげェ嵐だな」
『'しかし、どうすっかな船。貰ったばっかなのに…あーあ'』
「明日、修理すればいいじゃねェか。木だって生えてるし」
『'素人修理で不安が残るが…それしかねえか'』
シロップ村を出て数日、突然の嵐に遭遇して、あわや難破しかけたところで見つけた小島。しかし、あと少しの距離で上陸というところで、運悪く岩に乗り上げてしまい、船は中破した。
それでも幸いというべきか、何とか島にたどり着き、船をつないで荷物を降ろしてテントを立て、小休止の現在。
ルフィは肉を頬張りながら、強風に揺れる船の様子をじっと見つめていた。
「グリード、何か船きた」
『'不幸なお仲間さんの到着だぜ'』
小型の船が、ゆらゆらとこちらに向かってきていた。雨に打たれる小さな人影が一つ。双眼鏡を荷物から取り出して確認する。
『'海賊旗は見えねえな。しかも、乗ってるのはガキ一人だぜ。これは珍しい'』
「おれも子どもで、見た目一人だ」
『'がはは、そうだな。違えねえや'』
そうして上陸してきたのは、たった一人の少女だった。歳は、ルフィと同じか少し上と言ったところだろう。
ルフィは善意から、雨でびしょ濡れになっている少女をテントに引き入れて、毛布を貸した。
オレンジ色の髪の少女の名は、ナミと言った。
「どうしたんだお前、そんなに落ち込んで。腹減ってるのか?」
ナミは、目に見えて落ち込んでいる様子だった。彼女が話したのも、手を貸してくれたお礼と、自分の名前のみだ。それ以上、口を開いていなかった。
「お金…落とし…て」
「え?声小さくて聞こえねェよ」
少女の声は小さく、そして震えていた。ルフィは、耳を近づけてみるが、それでもブツブツ言っているだけで、何を言っているのか聞き取れなかった。
そう思っていたら、ナミは唐突に立ち上がって、口を大きく開いた。
「だ・か・ら!!!」
「うわっ」
「お金!落としちゃったのよ!!」
そう叫んだナミは、荒げた息が落ち着いた後、その場に座り込んで、更に沈み込んでしまった。ルフィも、その様子に何が出来ると言うわけでもなく、困り果ててしまう。が、そこで閃いた。
「金、必要なら貸してやるよ。いくらだ?」
『'貸すだけじゃなくて、ちゃんと利子取れよルフィ'』
「わかった」
ルフィの提案に、ナミはゆっくりと顔を上げた。その瞳に輝きはない。期待していないのだ。ガキがバカにしているのかと、怒る気も起きない。しかし、目に飛び込んできたのは、信じられないものだった。
「あっ、やべ」
ナミを満たしたのは、驚愕。そしてーー歓喜だ。目の前に置かれたケースの留め金が外され、ボトボトと落とされたのは、信じられない数の札束だった。
『'裏表くらい確かめろよ。あと、全部出すなよ'』
「悪い悪い」
何を謝る必要があるのだろうか。ナミは、今この瞬間、神に感謝した。神が遣わしてくれたのだろう、目の前の少年に後光が射した。
「全部下さいっ!」
「いや無理。なんだこの女」
『'くくっ、強欲だねぇ…'』
歓喜から一転。ナミの表情は、絶望に染まった。この少年は神の遣いではなかったらしい。しかし、だからといって、彼女がそこで諦めるはずもなかったのだ。
『'おい、ルフィ。わかってると思うが…'』
「うん、わかってるって。おれも決めた。ナミはおれの女にするさ」
『'そうじゃねえよ'』
ルフィのハツラツとした声に、グリードは呆れた。どうやらルフィは、一度同じ年代の子どもから騙されたことを、もう忘れてしまっているらしい。
「…ねえ、なんか今変なこと言わなかった?」
ナミが、恐る恐る尋ねてきた。聞いていたのなら話は早いと、ルフィは笑顔で口を開いた。
「おまえ、おれのモノになれよ」
「いや」
「おれの女になるなら、一億貸してもいいぞ!」
「これからよろしくね、ルフィ!」
「あははっ、すごい!のびる!」
「おれはー、ゴム人間〜だからな!」
『'…おいおい'』
ごうごうと風が鳴り、雨がテントを打ちつける中、ルフィとナミは顔を赤くしてテントの中で身を寄せ合い、酒盛りをしていた。ルフィは、酒の味はそこまで好きではなかったが、酔って仕舞えば別だった。
ちなみに、酒盛りの発案はナミである。
「それでぇ…私には、一億が必要なのっ。私は村を買うのっ」
「へー、じゃあお前村長になるんだ。まだじーさんじゃねェのにな!あははは!」
「そうよっ。ココヤシ村の村長に!私はなるの!だから一億よこせっ!ちょうだい!」
「あひゃはははは!」
二人とも、それなりに酔っていた。ルフィは今年十三、ナミも今年で十四という子どもである。将来は酒豪になるだろう彼女も、アルコールに対する耐性はまだ高くなかった。
「あ…ちょっと、わたし」
「ん?あ、ションベンか。気をつけてな」
「デリカシーなしか!!」
ナミは、ぱんっとルフィの頭を叩いて、憤りながら、傘を持ってテントを出ていった。残されたのは、叩かれた頭を何となくさするルフィである。
『'おい、ルフィ。気づいてんだろ。油断はすんなよ'』
「わかってるさ。金だろ」
そう言うルフィの声には、酔ってはいるものの、理性を感じさせた。
『'なんだ。思ったより酔ってねえな'』
「グリードが呑んでるからだろ。多分、それでおれにも耐性できた」
『'なるほどな。感謝しろよルフィ'』
「あーうん。…グリード、決めごと覚えてるか?」
『ん……ああ!』
はて、何だったかと考えたのも一瞬、グリードはルフィが何を言いたいのか察した。そして、ニヤリと含んだ笑みを浮かべた。
相手が少しガキすぎる気もするが、考えるまでもなくルフィもまだガキなのだ。特にこれと言うことはない。
「『'金も地位も全てオレ達の物。だけど、オンナだけは別物'』」
この航海の前に決めたことだ。一方の邪魔はしない。逆もまた然りだ。
酔い潰れている訳でもなし、外もこの天気で島も小さい。まあいいかと、グリードは納得した。
『'んじゃ、俺寝るから。うまくやれよ。ただし、合意の上でだぜ'』
「おう」
「あー…ちょっとは酔い冷めたかな…。早くあのガキを酔い潰さなくちゃ」
ナミは、テントから少し離れた場所で、目を閉じて立っていた。雨の音に耳を傾けて、酔い覚ましに努める。ここまで酔ってしまうのは計算外だった。何か、余計なこともたくさん言ってしまった気がする。
相手は、酒は飲めるようだが、まだまだ子どもだった。そう言った目も、向けられていないのも確認済みだ。その上で、あの距離を許している。もしかしたら、弟がいたのならば、あんな感じなのだろうか。
「あー、駄目駄目。余計なことは考えないようにしないと」
事実、あのケースは頭からずっと離れていない。ちゃんと確かめもした。目測だが、確かに一億入っていたのだ。これを逃す手は、絶対にない。
あと少し、あと少しで村を買える。村を救えると感情が先走りそうになってーー冷静になる。慎重にと、自分に言い聞かせる。
こんな機会は、多分もう二度と訪れない。絶対に失敗できないのだ。
やっと、自由になれるんだ。
あと少しで、みんなの笑顔が戻るんだ。
「おまたせ。さっ、続き飲もっ」
「え、腹減ったから飯をーー」
「いいから、いいから」
コップになみなみと酒を注いで渡す。早く飲めと、ナミは念じながら、ルフィにニコニコと笑いかけた。
「ナミ。おれ、一生お前を離すつもりねェからよ」
「はいはい」
自分よりも年下のガキが何を言っているのかと、内心嘲笑する。少しも心に響かないその言葉にーーいや、むしろ嫌悪するそのセリフに、何とか笑顔を取り繕って、言葉を返す。
あと少しで一億が手に入ると思えば、何だってできるんだ。
「じゃあ、決まりだな!」
「ええ、私はルフィのものになりました!」
そう。あなたのお金は、全部私のもの。だから早く寝ろ。そして、朝まで起きるな。…ほんのちょっとは悪い気もするけれど、私に会ったのが運の尽きだと、どうか諦めてほしい。
「そっか。しししし、これからよろしくな!じゃあ、いただきます」
ああ、屈託のない、子どもらしい笑顔が眩しい。別に浄化なんてされないけど。
「うん、こちらこそよろしく!めしあがれ!……えっ」
え?
なんで顔ちかーー