千聖編です
変わり映えしない、穏やかな朝だった。
初夏という季節にしては涼しく、過ごしやすい朝。
「えーっと、あれは・・・」
「はい、雅お醤油」
「あ、ありがとう」
私と雅も、この平和な朝を満喫していた。本当に穏やかな、心安らぐ朝。
「おやおや、『あれ』だけで意思が伝わるなんて、本当にもうどう見ても夫婦ですよね」
「ちょ、ちょっと、千景!かかかからかうのはやめなさい!」
ただ一つ、千景の存在を除けば。ほんと、なんでこの子は着いてきたのかしら?
「千景、今日はどうしたの?休日とはいっても、朝から僕の家に来るなんて珍しいよね?」
「あ、すいません。熱いお二人の邪魔になってますよね」
「いや、誰もそんなこと言ってないから」
雅も、千景相手にたじたじになっている。今の千景の顔なんて、中学生と言うよりは、どこにでもいる恋愛ネタ大好きの熟年主婦の顔そのもの。こんな調子で、本当に運命の人を見つけるつもりはあるのか疑問に思う。
「まぁそれはおいておいて、今日はおにいさんライブですよね?」
「そうだね。ライブだね」
そう、今日雅はライブの予定が入っている。しかも、ただのライブじゃない。あの人気アイドルグループMarmaladeとの合同ライブ。当然、話題性は十分。Marmaladeのファン、雅のファンがチケットを求めたおかげで、チケットはものの数時間で完売したらしい。
因みに、私は販売開始前から雅にチケットを頂いた。通常購入をしようと思ったら、購入できたかどうかもわからないから、本当にありがたい。実際に、販売開始前から待機してたファンの多くがチケットを入手できない事態に陥っていたらしい。
「それでですね、私も今日はライブを見に行きますので、今日のおにいさんの状態を確認しに来たのです。体調に異常は無いですか?ちゃんと睡眠は取れましたか?」
「大丈夫だよ。コンディションばっちし!今日のライブ、期待しててね!」
「ふふっ、がんばってね。私もレッスンが終わってからすぐに行くわ」
「うん、満足してもらえるようなライブに絶対するよ!」
どうやら、千景は正規ルートでチケットを購入できたらしい。一部からは、戦争とも揶揄されたあの過酷な戦場を勝ち抜いたということだろうか。だとすると中々の猛者ね。
「・・・続いてのニュースです」
その後も、私達はニュースを聞き流しながら、朝食に舌鼓を打っていく。今日の朝食も中々の出来。本当においしい。私の料理は置いておいて、千景の料理も非常においしい。
本当にこの子も料理が上手い。うかうかしてると、私も負けてしまうかもしれない。この際、料理学校にでも通ってみようかしら?正直、そろそろ一人で勉強するのも限界を感じてきていた。そう思うと、いい機会かもしれない。
「・・・ここで臨時速報が入ってきました」
そんなことを考えているときだった。ニュースのアナウンサーが臨時速報を報せてきた。何かあったのかしら?そんな前置きを置かれたらすごく気になってしまう。私は、それまで聞き流していたニュースに耳を向けた。
「人気アイドルグループMarmaladeが、来月のライブを最後に電撃解散することを発表しました」
「・・・え?」
最初、そのアナウンサーが何を言っているのかがわからなかった。だって、信じられるはずが無い。彼女達は、今日雅とライブを行う。そんな、彼女達が、解散?何かの間違いかと思った。
「嘘・・・ですよね・・・?」
千景の呟きがやけに耳に残る。私だってそう思いたい。嘘だと今すぐ言って欲しい。
「わからない。でも、確かめなくちゃいけない」
その後の私達は、口数も少なく朝食を口にしていった。穏やかな朝が、急に不穏なものに変わる。そんな、やるせない朝だった。
朝食を食べ終えた私は、事務所にあるレッスンスタジオに来ていた。今日はここでパスパレのレッスンが行われる。ここに来るまでに、Marmaladeの情報を調べてみた。その結果、やっぱり解散は嘘でなかったことがわかった。Marmalade本人も、事務所も認めているらしい。そうなると決定的だろう。
「おはようございます」
「あ、千聖ちゃんおはよう!」
スタジオに入ると、すでにそこにはメンバー全員が集まっていた。私が一番最後だったらしい。なんだか、最近私が最後になる確率が高い気がする。ほぼほぼ、私か気まぐれな日菜ちゃんの二択。日菜ちゃんは、早いときは早いのだけど、遅いときはとことん遅い。本当に気まぐれな存在。だけど今回は、私の方が遅かったみたい。
「千聖ちゃん遅いよー。早くレッスン始めようよ-」
「日菜ちゃんには言われたくないのだけれども、今日は私の方が遅かったみたいだから、あまり強く言えないわね」
ちょっと悔しいけど。そして、私の準備が完了すると、レッスンが開始された。みんな気合いが入ってる。今日はいつも以上に音が合っている気がする。演奏していて楽しい。そして、一時間ほどレッスンを続けたところで、休息に入る。
「はー、疲れたー、私クタクタだよー」
「アヤさん、今日はすごく頑張ってました!」
「うん、なんだか、レッスンを頑張ってないと、今日は落ち込んじゃいそうだからさ」
「彩さん、何かあったんですか?相談なら聞きますよ?」
彩ちゃんが落ち込むなんて珍しい。何かあったのかしら?
「実は今日私が憧れてる人のライブがあるんだけど、そのチケットが買えなくて・・・行きたいのに行けないんだよね」
「憧れてる人?」
「そう。Marmaladeっていうグループのあゆみさんって言うんだけどね。私は、その人に憧れてアイドルを目指したの」
あゆみさん。それはMarmaladeのセンターを務める、正しくトップアイドル。なるほど、言われてみれば彩ちゃんのアイドルとしての姿勢は彼女に似ている。本当に憧れているんだということがよくわかる。
「それに、今日は雅君との合同ライブなんだよ。私、実はあゆみさんと同じぐらい、昔から雅君に憧れてたの。同い年で、こんなに頑張って、夢を叶えようとしてる子がいるんだ、って。そんな雅君の姿を見てたらすごく勇気をもらえて、私も頑張らなくちゃ、って気持ちになれたんだよね。雅君の前では恥ずかしくて言えないけど」
彩ちゃんが雅に憧れていたというのは初耳だった。以前から、雅に熱い視線を向けていることがあったから、恋愛感情を持っているのかと思って警戒していたけど、なるほど、憧れからくる視線だったのね。少し安心した。
「でも、雅君のライブなんだったら、千聖ちゃんならチケットなんとかなるんじゃないのー?」
「さすがに無理よ。私も、自分の分のチケットしか持ってないわ」
「え!?千聖ちゃん今日のチケット持ってるの!?お願い!私に売って!」
「彩ちゃん・・・何か言ったかしら?」
「ひっ、ご、ごめんなさい、な、何も言ってません・・・」
「ち、チサトさんの顔がまるで般若みたいになってます・・・」
「顔は笑ってますけど、目と心は全く笑ってないですね・・・」
全く、私が今日のライブをどれだけ楽しみにしてきたと思ってるのかしら?前回の雅のライブは、お披露目イベントと被っていたため行けなかった。だから、今日は本当に久しぶりの雅のライブ。正直言って、昨日の晩は興奮してあまり寝付けなかった。我ながら子供っぽいと思う。
「でも、残念だったわね、彩ちゃん。あゆみさんに憧れてたのに、今回みたいなことになっちゃって・・・」
「え?ライブのチケット買えなかった事?だったら私は大丈夫だよ。本当は行きたかったけど、来月のMarmaladeのライブのチケットはちゃんと買えたから、それまで我慢するよ。来月が楽しみだなー」
・・・これはもしかして、彩ちゃんは、解散のことを知らないのだろうか?もし、朝からニュースを見ていないのだとしたら、わからなくもないけど。
「そういえば、そのMarmaladeっていうグループ、解散するんだよね?朝ここにくる電車の中でお客さんが噂してたよ-」
「・・・え?・・・う、そ?」
「彩ちゃん、本当の事よ。今朝のニュースで発表されたの。事務所もMarmalade本人も認めてるそうよ。来月のライブを最後に解散するって」
「そんな・・・」
彩ちゃんは目に見えて落ち込んでいた。それも当然だろう。楽しみにしていた来月のライブが、まさかの解散ライブになってしまった。それが、彩ちゃんの原点にもなった、憧れの人のライブとなったら当然だろう。
「アヤさん・・・」
「彩さん、その、うーん、こればかりはなんて声をかけていいのかわからないですね」
皆そうだろう。誰も彩ちゃんに対してかける言葉が見つからない。その後、彩ちゃんはレッスンが再開しても、元気が戻ることは無かった。レッスンに対しても、ミスが多く、心ここにあらずといった状態だった。そして、結局その日は最後までその調子のままなのだった。
ライブの時間が迫っていた。私は会場に着くなり、とある場所に向かっていた。それは、関係者入り口の奥にあるとある人物の控え室。ここに来るように、メールが来た。中にはすでに人がいた。この控え室の使用者雅と、私を呼び出した張本人の早乙女さんがいた。
「まぁ、シー達に関しての事情はラバーも交えてトークしようか。入ってきたらどうだい?」
私が部屋に近づいたのを気配で察したのか、仁さんは振り返ることもせずに私の入室を促す。恐ろしいまでの察知能力だと思う。中に入ると、雅は私の登場が予想外だったのか、少し驚いた表情をしている。それも当然。ここは関係者以外立ち入り禁止の場所。いくら芸能人とはいえ、おいそれと入れる場所じゃない。
「千聖?どうしてここに?」
「ミーが呼んでおいたのさ。今からするトークはシーにも一緒にリッスンしてほしかったからね」
「えぇ、会場に着いたら雅の控え室に来るように早乙女さんに呼ばれたのよ」
呼ばれた理由は正直よくわからない。だけど、仁さんは彼女達の事情、そして私にも一緒に聞いて欲しかったと言った。ということは、おそらくMarmaladeの解散と関係あるのだろう。
「まず、今回のMarmalade解散のリーズンからだ。それは、とあるメンバーのマリッジだ」
マリッジ。それが意味するところは、結婚。つまり、アイドルの結婚。そこで、私は早乙女さんの伝えたいことを大まかに察することができた。なるほど、確かに私達にも関係があるかもしれない。
「ユー達にはリッスンして欲しかったんだ。シー達も今回のことで悩みに悩んだ。解散か、残りのメンバーで活動継続か。そしてメンバー全員で出したアンサーが解散だった。Marmaladeは全員揃ってこそMarmalade。例え一人でも欠けたらそれはもうMarmaladeじゃ無い。それがシー達のアンサーだ。アーミーもそう認めた。だが、シーは本当にMarmaladeのことがベリーライクだった。今もそれがベストだと理解はしている。メンバーのマリッジを祝福するべきだということはわかっているし、実際祝福している。だが、解散したくないと思っているシーが、シーの中にいるんだ。このままだと、シーは解散することをリグレットしてしまうだろう。なんとかリグレットの残らない方法は無いかと考えてはいるのだが、全くグッドなアンサーが出てこない。シー達のフリーダムを尊重したい。そう思って、シー達の事務所ともトークして、ラブに対する規制を設けてなかった弊害が今回の解散だ。ミーも、その措置がベストだと思っていた。実際に、シー達のフリーダムを尊重することによって、シー達のパフォーマンスはエクセレントなものになった。だが、このままだと、ミーも、アーミーもリグレットしてしまうかもしれない。ユー達の事務所もラブに対する規制は設けていないだろ?だからこそ、ユー達の関係が認められているわけだから。だが、チーサ、ユーもアイドルなのだからこれだけはラーンしておいてほしい。ラブは、少なからず周りにも影響を与えると。ユー達の関係は応援しているが、そのことだけはラーンしておいてほしい。ロングトーク失礼した」
早乙女さんから私達に伝えられたメッセージは大方私の予想通りのものだった。確かに、私はアイドルという立場だけれども、雅と現在恋仲にある。これは、事務所が恋愛規制を設けていないからなのは間違いない。聞いた話では、私と雅のことを見てると、規制するだけ無駄だろうと思ったのが理由らしい。何が無駄だと思ったのかはよくわからないけれど、私としてはありがたい。
「では、ミーもこれで失礼するよ。今のミーのトーク、よく考えてみてほしい。では、また後で会おう」
そう言い残して、早乙女さんは控え室から出ていった。早乙女さんの言葉を私は
「愛って、重いのね」
「そう、だね」
愛は重い。だからこそ大切にしたい。愛はガラス細工のように繊細でいて、壊れやすい反面、まるで鉄材のような重さも合わせ持っている。要するに、扱いが非常に難しい。だけど、扱い方さえ誤らなければ、それはどのような芸術品よりも美しく輝く。それこそ、高級ジュエリーよりも美しく。だからこそ人は愛を求める。だからこそ人は愛に溺れる。愛は壊れやすい。そして同時に、人をも壊してしまう。
と、愛のことばかり考えていたけれど、私にはもう一つ気がかりがあった。彩ちゃんのことだ。
「雅、Marmaladeのことも気になるのだけど、実は彩ちゃんも今問題なのよ」
「彩ちゃんが?」
彩ちゃんは今、おそらく自分の拠り所、目標を失った状態になってるんだと思う。悔しいけど、私には何もいい打開策が思い浮かばない。自分のふがいなさが情けない。
「実は、彩ちゃん、Marmaladeのあゆみさんに憧れてたそうなのよ。それで、解散することを知って、元気が無くなっちゃって、レッスンにも全く気が入ってないみたいで・・・」
「あらら、それは大変だね」
だけど、雅ならもしかしたら、何か思いついてくれるかもしれない。彩ちゃんが前に進めるような名案を。そして、その私の期待に雅はちゃんと応えてくれた。
「そうだね。彩ちゃんに元気になってもらうために、一つサプライズプレゼントを用意しようか」
「サプライズプレゼント?」
雅は、その内容まではまだ教えてくれなかった。だけど、きっと大丈夫だろう。こういうときの雅は本当に頼りになる。間違いなく成功するだろう。私はすでにそう確信していた。もう心配することは何もない。後は、ライブを楽しむだけ。私は、ライブが始まるのをワクワクしながら待つのだった。
今日のライブは本当にすごかった。過去のライブももちろんすごかったのだけれど、今日は一段とすごかった。何がすごいって、とにかくすごかった。それしか言えないぐらいにすごかった。
「本当に今日の雅はかっこよかったわ!日菜ちゃん風に言うと、本当にぴかってた!」
「あはは、そんなに言われると照れちゃうよ」
さっきからずっとこんな調子で二人で帰ってる。例のように、今日も千景は一人で帰った。本当にいつからあんなに気を使う子になったのか。
「でも本当にすごかったわ!本当にかっこよかったわ!もう、本当にギターが比喩表現とかではなく、光ってるように見えたわ!」
「あはは、大げさだよ」
「でも、本当にそう見えちゃうぐらい、雅が輝いて見えたわ!」
「ちょっと千聖、本当に僕照れちゃうから」
「だって、私が言わないと気が済まないもの」
「いや、でも僕もう恥ずかしくなってきたんだけど」
「だって、それぐらいかっこよかったんですもの。だけど、いくら演出といっても、あゆみさんと背中をくっつけて歌うのは見てていい気がしなかったわ」
「ありゃりゃ、ごめん。妬いちゃった?」
「・・・そうね。少し妬いたわ。だから、今度は私ともステージでやってね」
「あはは、もちろん。千聖とだったらいつでも大歓迎だよ」
「えぇ、約束よ」
だけど、本当に今日の雅はかっこよかった。これは、もしかしたら今日も興奮して眠れないかもしれない。そして、この私の読みは的中し、次の日も寝不足で朝を迎えるのだった。
そして、それから一ヶ月が経過した。Marmaladeの解散ライブ当日、私はこの日彩ちゃんと一緒にライブ会場に来ていた。彩ちゃんだけではない。日菜ちゃん、イヴちゃん、麻弥ちゃん、パスパレ全員で会場に来ていた。
「でも、みんなどうしたの?ライブのチケット持ってるの?」
「ううん、持ってないよー」
日菜ちゃんの言う通り、彩ちゃん以外の私達は、ライブのチケットを持っていない。当然、真正面から会場に入ることはできない。だけど、私達には会場に入る術があった。
「彩ちゃん。ちょっと着いてきてくれる?」
彩ちゃんを先導し、会場の裏側に回る。そこにはすでに、待ち合わせをしていた人物が来ていた。
「雅、連れてきたわよ」
私達の姿を確認すると、雅はこちらに近づいてくる。そして、彩ちゃんの様子を見て満足そうにしている。彩ちゃんにまだ今回のサプライズがバレてないようで、安心しているのだろう。顔は完全にイタズラ少年のそれだけど。
「み、雅君?どうしてここに?それにここって関係者入り口だよね?こんなところにいたらまずいんじゃ」
雅に疑問を投げかける彩ちゃん。その質問は至極当然のもの。だけど、すでに手続きは済ませてある。
「大丈夫だよ。事前に仁さんに許可はもらってるから。さぁ、こっちだよ。着いてきて」
そう言って、雅は先頭を歩いて行く。しばらく歩くと、とある部屋の前で立ち止まる。ここが目的の部屋。その部屋には、あるグループ名が書かれていた。
「さぁ、着いたよ」
「ここって?・・・ぱ、Pastel*Palettes控え室!?な、なんでこんなのがあるの!?」
そう。私達Pastel*Palettesの名前が。今から行うことを考えると、さすがに私も少し緊張する。だけど、それと同じぐらい楽しみでもある。おそらく、このような機会は今回が最初で最後。楽しまなきゃ損だと思う。
「さぁ、みんな。そんなに時間は無いんだから準備を早くしちゃってね」
「えぇ、さぁ、みんな、いきましょ?」
そう言って、みんなで部屋の中に入る。中には、すでにメイクさん達、スタッフの方が準備をしてくれていた。スタッフさんの助けを借りて手早く準備をしていく。だけど、彩ちゃんだけは未だに何が何だかわかっていない様子で、準備に手間取っていた。その姿にスタッフさんも苦笑いを浮かべる。そして、準備を終えた私達は直ぐさま外に出る。そこでは、雅がずっと待機してくれていた。
「雅、おまたせ」
「へへへー、さぁ、今日はがんばっちゃうよー!」
「私も、今日はやる気十分です!さぁ、いざイクサへ!」
「じ、自分は彩さんほどじゃないですけど、なんだか緊張してきました・・・」
「ちょ、ちょっと待って。衣装にまで着替えて、ほ、本当にどういうこと!?」
「彩ちゃん、本当はもうわかってるでしょ?」
「わ、わかってるけど、わかってるけど、そんなのって・・・」
「さぁ、もう時間だよ?行こう?」
ここまで来たら、さすがの彩ちゃんも状況を理解してきたのだろう。だけど、そんなことはありえないと思っているみたい。それもそうだろう。私だって、逆の立場だったらそう思うかもしれない。それほどまでに、衝撃的な事態になっているのだから。そして、私達はステージの舞台袖にやってきた。そこには既に、主役の姿があった。
「あゆみさん、今日はありがとうございます」
「ううん、お礼を言うのは私の方よ。一度、Pastel*Palettesのみんなとは共演してみたかったの。雅君、ありがとうね?」
「あ、あ、あゆみ、さん・・・!?」
「うん、Marmaladeのセンター、柑橘系な桃こと、あゆみです!」
Marmaladeのセンター、あゆみさん。日本中に、その名を轟かせるトップアイドル。そんな彼女が、すぐ目の前で笑顔を振りまいていた。彩ちゃんの様子を見てみると、何を言っていいのかわからなくなっているようだった。まぁ、いきなり憧れの人と話せる機会が来たらそうなるでしょう。心の準備もできてないでしょうし。
「な、なんで・・・」
「最近、彩ちゃんの元気が無かったから、雅がサプライズプレゼントとしてこの舞台を用意してくれたのよ。彩ちゃんにとっても良い思い出になるだろう、って」
「うん、私もPastel*Palettesのみんなと、彩ちゃんと最後に共演してみたかったから嬉しいわ」
「雅君・・・」
「さぁ、そろそろライブが始まるわ。私が合図したら入ってきてね?思いっきり楽しみましょ?」
そう言って、ステージに入っていくMarmaladeとあゆみさん。雅に聞いた話によると、あゆみさんは今回の申し入れを二つ返事で許可したらしい。なんでも、元々あゆみさんはPastel*Palettes、強いては彩ちゃんと共演したいと思っていたらしい。その機会が最後にやってきた。逃す手はないとあゆみさんは言っていたらしい。雅が教えてくれた。
彩ちゃんは、未だに緊張が抜けない様子。そういう私も少し緊張している。だけど、彩ちゃんの緊張は度を過ぎていた。このままだと、まともなパフォーマンスは期待できないだろう。
「彩ちゃん緊張する気持ちもわかるけど、そんなんじゃいいパフォーマンスできないよ?」
「うぅっ、でも・・・」
「それに、泣いても笑っても、あゆみさん達Marmaladeと共演できるのは今回が最初で最後なんだよ。楽しまなくちゃ絶対後悔するよ」
「後悔、する・・・」
「そう、だから、最高の思い出になる、最高のステージにしようよ!」
「最高の思い出・・・うん、そうだよね!こんなチャンス絶対にもう来ないよね!雅君、ありがとう!私、おもいっきり楽しんでくる!」
雅のおかげで、彩ちゃんの緊張は和らいだみたい。これなら、大丈夫かしら。このライブは彩ちゃんにとっても大切なライブになる。彩ちゃんは今、自分の支えと目標を失い、アイドルとしてなすべき事が見つからず、迷走している。だけど、きっとこのライブを契機に、前に進める。新たな道を歩んでいける。
「みんなー!今日は私達のライブに来てくれてありがとうー!最後まで全力で楽しんでいってね!そして、今日はなんとサプライズゲストがきてまーす!まずは、彼女達とのオープニングイベントを行うよー!入ってきて-!」
「さぁみんな、後悔の無いようにね!」
雅の声が背中を押してくれる。その声に押され、私達はステージに飛び出した。Marmaladeと同じステージに。その瞬間、観客席にざわめきが起きる。
「おい、あれってPastel*Palettesだよな?」
「Pastel*Palettes?なんだそれ?」
「知らねーのかよ。アイドルなのに、プロ級の演奏をするアイドルバンドだよ」
「やべー、俺この前のイベントでパスパレのファンになっちまったんだよ。正直、今日のライブ、ナイーブな気持ちで来てたんだけど、なんかテンション上がってきちまった!」
観客からの声は軒並み上々。どうやら、私達の登場は皆に受け入れられたみたい。少し安心した。
「知っている人も多いと思うけど、いちお紹介するね!Pastel*Palettesのみんなです!今日私は、どうしても最後に彼女達と一緒のステージに立ちたかったから、わざわざ呼んじゃいました!じゃあ彩ちゃん、軽く自己紹介よろしくね!」
「はいっ!みなさんこんにちは!Pastel*Palettesボーカル担当の丸山彩です!今日は、憧れのあゆみさんに呼んでもらってここに立たせていただいてます!本当は、今すぐ泣きたい気持ちですけど、がんばって歌います!」
「彩ちゃーん!俺も泣きたーい!」
「日菜ちゃん今日もぎゅいーんってよろしくー!」
「イヴちゃん今日も髪型かわいい!」
「千聖さん僕のことを蔑んでください!」
「麻弥ちゃんふへへって言って!ふへへ!」
観客も、私達に声援を送ってくれている。グループ全体に送ってくれている人が多いけれど、中には個人に送ってくれている人もいる。素直に嬉しい。若干名声援がおかしい人もいるけれども。
「私達、Marmaladeは今日で解散しまーす!だけど、Marmaladeのバトンは、Pastel*Palettesのみんなに、私、あゆみのバトンは彩ちゃんに託します!みんな!これからはPastel*Palettesのことをもっと応援してあげてね!それじゃ一曲歌うよ!Pastel*Palettesで、しゅわりん☆どり~みん!」
あゆみさんの声に合わせて、演奏を始める。少し緊張するけれども、動きは悪くない。むしろ、ほどよい緊張感が私の、いいえ、みんなのパフォーマンスを上げてくれている。Marmaladeの振り付けに、彩ちゃんとあゆみさん、二人の歌声も合わさり、最高級のパフォーマンスを実現できている。こんなステージで演奏できるなんて、なんて素敵なのだろう。
そして、演奏が終了する。非常に短く感じる時間だった。本音を言うともっと演奏していたい。だけど、今日の私達はあくまで引き立て役でしかない。助演には助演の役割がある。自分の仕事を終えたら、後は主演にバトンを託すだけ。後のことは、Marmaladeにまかせて、私達は挨拶を終えるとステージを後にした。ステージを出て、舞台袖に戻ると、そこには当然のように雅が待ってくれていた。
「みんなお疲れ。どうだった?」
「素晴らしかったわ。本当に、いいステージだったわよ」
「もうみんなぴかってたよね!Marmaladeもあたし達も本当にみんなぴかってた!」
「最高の舞台でした!みなさん本当に武士のように輝いてました!」
「じ、自分は緊張しました・・・でも、それでも本当に素晴らしいステージでした。楽しかったですね」
「うん、本当に、楽しかった!雅君本当にありがとう!最高の思い出になったよ!」
間違いなく、今回のステージは最高の思い出になった。私は、今日という日のことを将来忘れることは無い。そう言い切れるほど、素敵な、最高のライブだった。演奏したのはたったの一曲だったけれど、それでも本当に素晴らしいステージだった。
そしてその後も、Marmaladeのライブは続く。ステージの中央で一際輝きを放つあゆみさん。彼女の姿に、皆釘付けになっていた。唯々、美しかった。綺麗だった。今までテレビでは何度も見たことはあったけれど、実際に生で見る彼女のステージは、本当に言葉に出来ないほど輝いて見えた。そんな彼女の虜になっていた。
その時、私は少し後悔をしていた。もっと、もっと早く彼女達のファンになりたかったと。そうすれば、今日だけと言わず、過去に行われたライブにも、幾度か足を運んでいたかもしれない。そう思ってしまうほどに、私は彼女に魅了されていた。だけど、終わりとはいつか必ず来てしまう物。
「みんなー!楽しんでくれてるかなー?・・・次で最後の曲になります」
「次で・・・最後・・・」
ついに、その時が来た。彩ちゃんの呟きが、切なさを呼び込む。
「その前に、少しだけいいかな?今日で、Marmaladeは解散します。だけど、Marmaladeがこの世界から消えるわけじゃないよ。もちろんあゆみも!みんなのなかで、Marmaladeは、あゆみはどんな存在ですか?きっと歌が苦手で、きめポーズがへんてこで、感動してすぐ泣く、だけど、何があっても絶対にめげない、諦めない!どんな時だっていつも笑顔!みんなにとって、そんな存在になれていたらうれしいです!そしてあゆみも、Marmaladeももんなの中でずっと生き続けます!もしもつらいことがあった時、ぽんこつなりにがんばってた変なアイドルがいたな、って思い出して元気になってくれたら嬉しいかな」
「・・・っ、あゆみさん・・・」
堪えきれずに涙を流す彩ちゃん。私も泣きたい気分だった。だけど、涙を必死に堪え、彩ちゃんのことをあやしにかかる。私なんて、今日ファンになっただけの俄ファン。そんな私が、彼女達と同じ気持ちを共有しようとするなんて、少し都合のいい話な気がする。だからこそ、私は堪える。
「ううっ、みんな、ありがとう!それでは最後の曲、全力で楽しんで下さい!」
そして最後の曲が始まる。ステージの方のあゆみさんを見てみると、彼女の顔も、涙に塗れていた。だけど、その輝きは最後まで消えず、それどころか、より強く輝きを放つ。その姿を見て私は感じる。あぁ、これがトップに立つ者の証なのかと。私もいつか、あの境地に達することは出来るのだろうか?できることなら、達してみたい。今日のステージを見て、私はその気持が強くなっていた。
そして最後の曲が終わる。これで、Marmaladeは解散した。彼女達は、私達にトップアイドルのあるべき姿というものを見せてくれた。果てしなく遠い、頂の輝きを教えてくれた。
「・・・みんな行こうか」
雅の声に従い、私達は舞台袖を後にした。私の両眼に焼き付いた彼女の輝き。私にも新たな目標ができた気がした。今はまだ、その場所には届かない。だけど、いつか必ず、辿り着いてみせる。立ち止まってる暇は無い。一歩ずつ前に進もう。私は、いつか来るその日を夢見ながら、彩ちゃんをあやしつつ、控え室への道を前に進むのだった。
会場からの帰り道。私は、すっかり暗くなった道を雅と二人並んで歩いていた。彩ちゃんはあの後、あゆみさんと交流を持てたことですっかり元気になった。今では、以前よりも元気かもしれない。あゆみさんと早乙女さんの後悔も、彩ちゃんを通じて解消されたみたいなので、本当に安心した。全て丸く収まり、最高の結末を迎えることができた。
「本当によかったわね。彩ちゃんも、あゆみさんと早乙女さんも。みんな本当によかったわね」
「・・・そうだね」
だけど、それと対照的に、会場を後にしてから雅の元気が無くなっていた。今度はどうしたのかしら?
「雅、何かあったの?元気が無いみたいだけど」
「・・・うん、ちょっとね。さっき、仁さんと話してるときに、この前仁さんが話してくれた内容思い出しちゃってさ。この先、千聖に負担をかけることもあるかもしれないと思うと、不安になっちゃって」
なるほど。雅は、私と恋仲にあることによって、将来アイドルとしての私の迷惑になるかもしれない。壁になるかもしれないと考えてるみたい。だけど、そんなの私からしたら余計なお世話。いらぬ心配だというのに。
「雅、あなたは私に言ってくれたわ。私と一緒なら、どんな壁だって乗り越えられるって。それは私も一緒よ。私も、雅と一緒なら、どんな壁だって乗り越えることが出来る。だから、そんなのは余計な心配よ?」
「千聖・・・うん、そうだね。ありがとう。うん、二人でどんな壁だってぶっ壊して前に進んじゃおう!」
そう言う雅に、もう迷いは見えなかった。そう、私達ならきっと、この先どんな壁にぶつかっても、きっと乗り越えるどころか壊すことが出来る。態々、高い壁を乗り越えるなんて遠回りをしなくても、壊して直進距離を進めばいい。私達ならきっと可能だろう。だから、心配は何もいらない。私達は、私達らしく毎日を過ごせばいい。私はつないだ右手を、強く握り直し、月光りの照らす道を二人並んで歩いて行くのだった。
どこまでも。どこまでも。
どうも、ソウリンです
はい、初の10000字オーバー(12000字オーバー)です(知ってた
これでもカット入れてるのにな(白目
文字数が安定しない作品で申し訳ないです。
今回のサブタイトルはポピパの前へススメ!です。ポピパでも指折りで好きな曲です。でも、一番好きなのは1000回潤んだ空かな。ほんと名曲ですね。
そして、ちょっとばかし裏設定を。
今回のお話、あゆみさんのファンになったと千聖が地の分で言ってる場面。まるで千聖はMarmaladeのライブを初めて生で見たかのような言い方をしています。だけど、雅との合同ライブで見てるはずなんですよね。
理由は、雅ばっか注目して見過ぎて、Marmaladeのことをあまり見てなかったっていう一途な千聖さんです。(呆れ
なので、あの時初めてじっくりとあゆみさんのステージを見たわけですね。
ハハハ、こやつめ。
それと、以前のあとがきで、彩ちゃんにはちょっとした裏設定があると言いました。それが今回出てきた、雅に憧れていたという設定ですね。まぁ、あまり意味は無い設定ですが。
それと、もう一人実は似たような裏設定があるメンバーがいます。誰でしょうね。答えはその内本編で出します。
では、今回はこの辺で。
次回は雅編です。あのバンドが登場します。6月2日午前0時までを目標とします。
ではでは、よかったら次回もよろしくお願いします!