君が演じ、僕は歌う   作:ソウリン

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第36話です
千聖編です


第36演目 夕日坂

それは、新学期が始まって直ぐのことだった。

 

「白鷺さん!今年度のシークレットステージ、パフォーマーに選出されました!」

 

生徒会に突如呼び出された私は、そのお達しを受けることになった。この時期に、生徒会に呼び出された時点で大体覚悟はしていた。しかも、下駄箱に手紙を入れるなんて古典的な方法ながらも、内密に伝えてくるなんてもう確定事項だったでしょう。おまけに、他の生徒にバレないように生徒会に来て下さいとだけ書かれた内容文書。疑う余地も無い。まぁ、封緘(ふうかん)にキスマークまで付けてラブレターにカモフラージュさせていたのはさすがにやりすぎだと思ったけれど。ここ、女子校なのだけれど。

 

それはともかく、シークレットステージというのはこの花咲川女子学園高校文化祭秋の部の恒例行事となっているステージパフォーマンスのことだ。この花女には年に二度文化祭がある。初夏に一度、秋に一度。その秋の部の終盤に催されるイベントだ。

 

毎年、学園に縁のある有名人をパフォーマーに据えて、ステージパフォーマンスをする。パフォーマンス内容も様々。ライブステージを開く年もあれば、漫才や演劇、パントマイムなんてものをする年もある。

 

昨年は、一学年上に在籍する、牛込ゆり先輩を中心に組まれたガールズバンド、Glitter*Greenが見事なライブパフォーマンスを披露していた。

 

「詳細はわかっていると思いますが、他の生徒、他校からの共同参加者を連れてきていただいても大丈夫です!パフォーマンス内容はパフォーマー自身に一任します!白鷺さんのことですから、内容は演劇ですかね?」

 

「ふふっ、それはどうかしらね」

 

正直なところ、何をするかはまだ決めていない。それも当然、知らされたのは今が初めてなのだから。事前に気づいていたとは言っても、考える時間まではほとんど無かった。本当に何をしようかしら。

 

「それでは、生徒会からのお達しは以上です!当日、素敵なパフォーマンスを期待していますね!」

 

「えぇ。期待に応えられるように頑張るわね」

 

その言葉を最後に、私は生徒会を後にした。本当に何をしましょうか。私の持ち味を活かすならば、生徒会の彼女も言っていた通り演劇が無難でしょう。次点で、ベースを使ったライブパフォーマンスといったところ。だけど、問題は協力者。

 

一人で演劇をするにも、どうしても限界がある。協力者は必要不可欠。ライブパフォーマンスだってそう。私は、ソロでのライブ経験は皆無だ。パスパレとしての、バンドとしてのライブ経験しか無い。それなのに、皆を納得させるような素晴らしいパフォーマンスができるとは到底思えない。どちらにしても、協力者は必要不可欠だった。

 

「はぁ、どうしようかしら」

 

私はため息を吐きながら、教室への重い足取りを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちーちゃん!ラブレターを受け取ったっていうのは本当なの!?ねぇねぇ、相手は一体誰からなの!?ねぇねぇ、あたし気になって夜しか寝れなくなっちゃうよ!」

 

ステージのことを思案しながら、教室に入った私を出迎えたのは賑やかな声だった。彼女はこのクラスの委員長。委員長とは言っても、決して真面目な子というわけでは無い。確かに成績はこの学園でもトップクラスに優秀。だけど、性格はごらんの通りだ。

 

真面目タイプでは無く、ムードメーカータイプの委員長。少しお調子者の気があるが、決して悪い子では無い。誰とでもすぐに打ち解けることの出来る、コミュ力の塊。噂では、バスジャックに巻き込まれたことがあるが、犯人とすっかり打ち解けて、自首させることに成功したことがあるらしい。あくまで噂だけど。

 

「あのね、委員長ちゃん。このクラスは女子校なのよ。それなのにラブレターなんて渡されるわけないじゃない。それに私彼氏がいるし・・・」

 

「え?」

 

しまった。今のは失言だった。考え事をしていたあまり、思ったことをそのまま口にしてしまった。私が雅と付き合っていることは、このクラスの誰にも言っていない。唯一、花音が知っているだけ。理由はバレるとめんどくさいことになるから。

 

「え?ええ?えええ?ええええええええええええええ!?」

 

急に取り乱したかのように、私の肩に手を置いて前後に揺さぶってくる委員長ちゃん。ダメ、気分が悪くなってきた。

 

「い、委員長ちゃん、落ち着いて・・・」

 

「誰?一体誰なの!?どこの馬の骨なの!?そのちーちゃんと付き合ってるって言う、うらやまけしからん男はどこのどいつなの!?は、まさか!?」

 

その言葉とともに、委員長ちゃんの手が止まった。ダメ、目が回ってる。世界がグルグル回っている。

 

「ま、まさかあの噂は本当だったの・・・本当だったと言うの・・・ちーちゃんと雅様が付き合ってるっていうあの噂は!?」

 

待って、あの噂ってそんなに広まってるの?まさかこのクラスにまで浸透しているとは思いもしなかった。

 

「本当なの?ねぇちーちゃん、本当なの?」

 

「えっと、それは・・・」

 

「本当、なんだね・・・?はぁ、同時に二回も失恋した気分だよ・・・」

 

どうして二回なのかはわからないけれど、どうやら彼女も雅のファンだったらしい。雅と付き合っている以上、同じようなことは見慣れている。だけど、同情なんてしない。誰がどれだけ、雅のことが好きでも、私の想いに勝てるわけが無いのだから。そんな弱い気持ちには同情なんてするわけがない。これは傲慢では無く、只の事実なのだから仕方ない。

 

「まぁ、委員長ちゃんにもきっと良い出会いがその内やってくるわよ」

 

「あはは、あたしみたいな賑やかなだけの女に寄ってくるなんて物好き、そうはいないと思うけれどね」

 

「ふふっ、それにしても、一体そんな噂、どこで広まってるのかしら?」

 

「え?隣のクラスの丸山彩ちゃんが言ってたらしいけど?」

 

あの子は一体何をしてくれているのかしら?確かに、私はそこまでこの情報を隠すつもりは無い。とはいえ、好き好んで開示するつもりも無い。だというのにあの子は。これはお説教が必要みたいね。

 

「ふふっ、そう彩ちゃんがね。ふふっ」

 

「どうしたのちーちゃん?笑顔が怖いよ?あーそれにしても、あーちゃんやれーくん、みーみーにガッキーやのんちゃんだけじゃなくて、ちーちゃんまで・・・ここ女子校なのにこのクラス彼氏持ち多すぎだよ!こうなったら全員纏めて祝ってやる!」

 

その後のホームルームで、半ば暴走した委員長ちゃんが発した鶴の一声により、文化祭の出し物がメイド喫茶に決定した。そしてこれまた委員長ちゃんの一声により、このクラスの生徒の彼氏をVIP待遇で持てなすことが決まった。どうしてこうなったのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それから早くも数週間が経過した。あれから、ステージの内容はまだ決まっていなかった。本番まではまだ少し時間がある。とはいえ、早く内容を決めないと、本番に向けた練習をする時間が無くなってくる。この数週間、毎日考えた。だけど、良い案は中々浮かばない。

 

いいえ、正確には一つだけ私の中に答えは浮かんでいた。だけど、その案を採用することを、私は躊躇していた。その案を採用してしまっては、雅にまた迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。

 

「千聖?」

 

そんな事を延々と考えていると、雅が私に声をかけてきた。現在は晩ご飯の後。雅と寛いでいる時間帯だ。

 

「雅、何かしら?」

 

「いや、千聖が何か考え事をしてういるように見えたからさ。どうしたの?何か悩み事?」

 

「いいえ、大した事じゃ無いの」

 

「そう?それにしては凄い考え込んでた気がするけど。気づいてた?何回も僕が呼んでたの」

 

何回も?私はてっきり一度呼ばれただけだと思っていた。だけど、どうやらその一度きりでは無かったようだ。自分でも気づいていなかったけれども、思った以上に私の中で深刻な問題になっていたのかもしれない。

 

「・・・ごめんなさい。気づかなかったわ」

 

「だよね。やっぱり、何かあったんじゃない?だったら遠慮無く僕に言ってよ。僕はいつだって千聖の力になりたいんだ。千聖がいつも僕の力になってくれてるように、僕だって千聖の力になりたいんだ」

 

雅のその言葉が今は有り難かった。私のことを心配そうな眼差しで見つめてくれる雅。それだけで、少し気分が落ち着く気がした。だけど、雅に相談することを私はしたくなかった。

 

「雅、ありがとう。だけど、ごめんなさい。これは私の問題なの。言っても、雅に迷惑をかけるだけだわ」

 

そう、これは私自身の問題。雅には何も関係が無い。それなのに、雅に相談しても、彼の迷惑になるだけ。それだけは絶対に嫌だった。

 

「あのね千聖。言ってくれない方が僕にとって迷惑になるんだよ。千聖、気づいてる?最近の千聖、元気が無いよ?よく暗い顔をするようになってるよ?そんな千聖を見てると、僕は気が気じゃ無いよ。心配で堪らないよ。はっきり言って迷惑になってるんだよ。言ってみて?僕にできる限りのことはなんでもするからさ」

 

「雅・・・」

 

そんな私の思考は、その雅の言葉で一瞬にして崩れ去った。雅に言われるまで、何一つとして気づいていなかった。まさか、既に私が雅の迷惑になっていたなんて。その事実に気づいたからには、私にはなんの躊躇も残っていなかった。

 

「わかったわ。雅、実はね・・・」

 

それから私は、雅に事のあらましを一から説明した。その間も、雅は一字一句聞き逃さないように、真摯になって耳を傾けてくれていた。そんな雅の姿勢が、嬉しかった。あぁ、本気で私のことを想って、私のために考えてくれているんだなと、それだけで幸せな気持ちになれた。

 

「なるほどね。よくわかったよ。だけど千聖、たぶんだけどもう既に千聖の中では答えができあがってるんじゃ無いの?」

 

その雅の言葉に、私は思わず驚愕してしまった。私が雅に説明したのは、あくまであらましだけ。私の意見等は全く説明していない。それなのに、雅に気づかれていた。雅は、人の気持ちに疎い。だけど、こうやって時々鋭い指摘をしてくることがある。そういうときは、決まってカンだと言うのだから驚きを通り越して、呆れてしまう。

 

「・・・雅の言う通りよ。だけど、これだけはダメ。雅に迷惑をかけてしまうことになるわ」

 

「言ったはずだよ千聖。僕にできることはなんでもするって。いいから言ってみて」

 

「・・・雅、このステージ、あなたにおまかせできないかしら?私では、皆を満足させるにも限度がある。私一人でなんとかするよりも、あなたにおまかせした方が適切かと思ったの。だから、お願いできないかしら?」

 

「うん、まかせておいて。千聖の期待に応えられる、素敵で最高なステージにしてみせるよ」

 

わかっていた。雅なら二つ返事で引き受けてくれることは。だからこそ、お願いしたくなかった。お願いしてしまうと、また次も彼の優しさに甘えたくなってしまうから。そんな甘い自分が、許せなかった。

 

「そうだわ雅。折角だからメンバーを集めて一日限りの限定バンドを結成しましょう」

 

「限定バンド?」

 

「えぇ、メンバー集めは私にまかせて。お祭りに相応しい、素敵で最高なメンバーを集めてみせるわ」

 

だからこそ、私は少しでも雅の力になってみせる。折角のお祭り。それに相応しいメンバーを集めてみせる。そう決意していたときには、私の不安は既に消え去っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた、凄いメンバーが揃ったね」

 

そう雅が言う。だけれども、それも仕方ないでしょう。今日は限定バンドの初顔合わせの日。そこに集まったメンバーは、私と雅、そして、花音、薫、イヴちゃんの五人。薫は、この前羽女の文化祭に出演する交換条件で勧誘した。花音は、一種の罰則で巻き込んだ。そして、メンバーの担当楽器のバランスを考えて、イブちゃんを勧誘しておいた。我ながら、凄いメンバーだと思う。色んな意味で。

 

「ほ、本当にこのメンバーで、学校の皆の前で演奏するの?ふ、ふえぇ、い、今から緊張してきたよ・・・」

 

「あはは。花音、緊張が苦痛ならば、今から本番まで練習に打ち込めばいいさ。シェイクスピアも言っている。楽しんでやる苦労は、苦痛を癒やす物だと。つまり、そういうことさ」

 

「あはは、まぁそうだね。緊張するなら、不安が無くなるぐらい練習に打ち込めばいいね。失敗するかも、って思うから緊張するんだよ。だったら、失敗を絶対にしないって確信できるぐらいに、練習すればいいんだよ。まぁ、単純な話だけどね」

 

「そうですね!私も緊張しますけど、それ以上に楽しみです!折角お誘いしていただいたこの機会、ブシドーの精神で頑張ります!皆さん、楽しんでいきましょう!」

 

「ふふっ、そうね。折角の機会だから、楽しまないと勿体ないわね。練習も、本番も。精一杯やって、楽しんで、そして最高の音を奏でましょう」

 

全員が決意を固め、練習に打ち込む。本番までの練習時間は限られている。一分、一秒も時間を無駄にしたくない。それに、私達が演奏するのは雅自身の曲。雅の曲は、そのクオリティも相まって奏でるのにも相応の技術が要求される。要するに、難しい。パスパレ用に作ってくれている楽曲は、私達に合わせた難易度にしてくれているからまだいい。だけど、雅自身の曲はとにかく難しかった。

 

だけど、決して中途半端なクオリティで妥協したくは無い。限定バンドを提唱したのは私自身。それなのに雅の足を引っ張るようなクオリティの演奏は絶対にできない。そもそも、雅の曲をそんな演奏で汚すことなんて、できるわけがない。それならば、二度と演奏できなくなった方がマシとさえ思える。

 

「薫、サビの入りが雑になってるよ。この曲のサビへの切り替えは変則的で難しいけど、だからこそ丁寧にお願い」

 

「わたった。心がけよう」

 

「イヴちゃんはまだまだ指が曲についていけてないっぽいね。この曲は忙しいから、まずは指が慣れるまでパートごとに練習していこう」

 

「うー難しいです・・・」

 

「花音ちゃん、この曲のドラムは凄く重要になる。リズムが変則的で難しいからこそ、ドラムが一番リズムを取り持って、皆の道標になってあげないといけない。だけど、さっきからリズムが全体的に遅れがちになってるよ。もうワンテンポ速いリズムを心がけて叩いてみよう」

 

「ふえぇ、これ以上は手が着いていけないよ・・・」

 

「千聖はさすがと言ったところだね。今のところ一番完成度が高い。だけど、丁寧にしようと心がけすぎるあまり、時々音が単調になりすぎてるよ。リズムだけじゃなくて、音の強弱もこの曲にとっては大切な要素になってくるから、場面場面で合わせた弾き方を心がけてみよう」

 

「えぇ、わかったわ」

 

こうして、雅も熱心に皆のことを指導してくれている。確かに、まだ全体的にクオリティは低い物になっている。だけど、絶対に皆で本番は成功させてみせる。全員の目が語っている。雅にダメだしをされて、弱音を吐いても、絶対に諦めるものかと。この曲を自分のものにしてみせると。

 

「皆!このセットリストの曲を全てものにした時には、今よりもワンランクもツーランクも上の演奏ができるようになってると僕が保障するよ!だから、絶対に諦めないで、食らいついてきてね!」

 

その雅の言葉に、全員の目に火が付いたのがわかる。勿論、私にも。それからの私達は、本番に向けて時間が許す限り、特訓に励んでいった。その甲斐もあって、直前の通し練習を迎える頃には、全員見違えるような演奏ができるようになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに文化祭当日を迎えた。その日私は、午前中クラスの手伝いをすることになっていた。私のクラスはメイド喫茶を催している。さすがメイド効果とでも言えばいいのかしら?私のクラスは大変な賑わいを見せていた。

 

ホール担当の子達が忙しなく動き回っている。そんな中、私は厨房の担当に指名されていた。私の料理の腕が買われたというのもある。だけど、それ以上に私がホールに出られない理由があった。その理由は、私自身。

 

私は、そこそこ名の通った有名人だ。そんな私が、人前でメイド服なんて着たら、それだけで文化祭どころでは無い騒ぎになってしまう。だから、私は厨房のお手伝いだけに留まっていた。といっても、服装事態はメイド服を着ている。理由はもちろん、雅に見てもらうためだ。

 

「び、VIPカスタマーM様ご来店です!」

 

と、花音の声が厨房内に響く。VIPカスタマーというのはこのクラスの子の彼氏の総称だ。そして、M様というのは雅のことだ。

 

「さぁ、ちーちゃん!雅様のことを思いっきり持てなしてあげて!・・・あーやっぱダメ!羨ましすぎるよ!やっぱり私がちーちゃんに持てなしてもらって、雅様を私が持てなす!」

 

「結局どちらの立場になりたいのよ・・・」

 

そんな委員長ちゃんに向かって、呆れたため息を吐き、私は隣に用意された個室に向かう。個室に入り、しばらくすると、扉が開け放たれ雅が入ってきた。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 

私のことを見て呆然としている雅。だけど、何故かすぐに違う方を向いてしまう。どうかしたのかしら?

 

「えっと、一応聞くけど、千聖、なんでそんな格好を?」

 

「あら?言っていなかったかしら?私のクラスは喫茶店を催しているのよ」

 

「それは聞いたけど、そんな格好をする必要があるの?」

 

「えぇ、もちろんよ。喫茶店は喫茶店でも、メイド喫茶だもの。当然だわ」

 

実際に、雅には喫茶店を開くと言うこと以外何も伝えていない。理由はその方が面白そうだったから。雅の驚いた顔が見たかったのだけれども、思っていた反応と全く違う反応が返ってきて悲しくなる。

 

「それとも、雅は私のこんな格好じゃ不満かしら?」

 

そういって、俯く私。正直、少し悲しかった。雅に喜んでもらえるかと思ってこんな格好をしたのに、お気に召さなかったとあれば、悲しくなってしまう。

 

「そ、そんな訳無いじゃないか!だって、その、千聖が眩しすぎて直視することができないほどなんだから・・・」

 

だけど、その悲しみはそんな雅の言葉で全て吹き飛んでしまった。それと同時に、今度は恥ずかしさと照れくささが込み上げてくる。

 

「そ、そう。あ、ありがとう」

 

そして、今度は恥ずかしくて俯いてしまう。恥ずかしくて、私も雅のことを直視することができない。だけど、いつまでもこのままいるわけにもいかない。

 

「そ、それより、折角来てくれたのだからおもてなしするわ。ほら、座って」

 

「あ、うん」

 

私は、恥ずかしさをごまかすように雅を席に着かせた。その後も、手際よく準備を整えていく。

 

「ゆっくり見てくれていいわよ」

 

「うん。そうだね。もうちょっと考えてみるよ」

 

そう言って、メニューを吟味していく雅。私もどうしてこうなったのかわからないけれども、この喫茶店のメニューは非常に豊富になっている。雅の好きそうなメニューも数多く取り扱っているので、悩むのも仕方ないでしょう。

 

「そういえば、あの特別招待券ってなんなの?」

 

急に雅がそんなことを聞いてくる。そういえば、これも雅には説明していなかった。といっても、説明するほどのことでも無い気がするけれども。

 

「あーあれね。このクラスって、実は恋人がいる子が多いらしいのよ。それで、それを知った委員長が折角だから、恋人を個室に閉じ込めて色々しちゃいなさいって言って、こんなことになったのよ」

 

本当に、どうしてこうなったのかしら?委員長の暴走があったとはいえ、やっぱりこの喫茶店はどこかおかしい気がする。

 

「それより、注文は決まったかしら?」

 

「うーん、そうだね。じゃあこのオムライスにしようかな」

 

「わかったわ。少し待っててね」

 

そう言って私は、厨房を借りに行く。私は、雅の注文だけは他の人に作らせるつもりが無かった。私が作る。雅の舌の好みを一番知っているのは私。顧客が最も求める物を提供するのは最も重要なことでしょう。

 

「おまたせ、雅」

 

「ううん、ありがとう。・・・ってあれ?」

 

私が運んできたオムライスを見て不思議そうにしている雅。その反応は、私が望んでいた物だから、つい嬉しくなってしまう。

 

「千聖、このオムライス、ケチャップがかかってないよ?」

 

そう。私が運んできたオムライスにはケチャップをかけていなかった。雅が不思議がるのも当然でしょう。だけど勿論、嫌がらせでこんなことをしているわけではない。ちゃんと今からかけてあげる。

 

「ふふっ、今からかけてあげるわよ。待ってて」

 

そう言って、私はオムライスにケチャップをかけていく。ゆっくりと、丁寧に、愛情を込めてかけていく。うん、我ながら見事な完成度だと思う。

 

「ほら、できたわよ」

 

「おー・・・」

 

そのオムライスには、綺麗なハートが描かれていた。我ながら惚れ惚れする出来だと思う。

 

「て、あれ?千聖、スプーンが無いよ?」

 

そう言う雅。だけど、それも勿論わかっている。スプーンは、私が持っているのだから。

 

「ふふっ、わかってるわよ。待っててね。はい、雅、あーん」

 

私は、オムライスを一口分すくって、雅の口元に持って行く。所謂、あーんと呼ばれる行為だ。自分でやっててあれだけれども、これ、恥ずかしいわね。

 

「ち、千聖?」

 

「ほら、あーん」

 

「あ、あーん」

 

口を開けた雅の口の中に溢さないように気をつけながらスプーンを入れてあげる。そんな雅の顔も、茹で蛸みたいに真っ赤になっていた。たぶん、私もなっていると思うけれども。

 

「ふふっ、ほら、じっとしてて」

 

「ん、ありがとう」

 

雅の口元についたケチャップを紙ナプキンで拭いてあげる。その後も、そんなことを繰り返して私達は幸せな時間を満喫していった。凄く幸せな時間だった。だけれども、いつまでも続けているわけにもいかない。時間は自然に流れていくのだから。

 

「あら、そろそろ時間ね。雅、着替えてくるからちょっとだけ待っててくれるかしら?」

 

「もちろんだよ」

 

そう言い残して、私は厨房の中に入っていく。もちろん、着替えるためにだ。

 

「うー、ちーちゃんにあーんされるのも羨ましいし、雅様にあーんするのも羨ましいし、結論どっちも羨ましい!私もそんなことしたいしされたい人生だった!」

 

「・・・やっぱり見ていたのね」

 

厨房に入った私を出迎えたのは頭を抱えて蹲った委員長ちゃんだった。なんとなく察してはいたけど、どうやら一部始終を見ていたらしい。まぁ、見られて減る物でもないからいいけれども。

 

「それじゃ、私は先に上がらせていただくわね。後はお願いね」

 

「はーい!楽しんできてね!」

 

私は直ぐさま制服に着替え、厨房を後にする。クラスの皆はまだ忙しなく働いている。そんな中抜けさせていただくのはなんとも罪悪感に駆られてしまう。だけど、ステージが始まる頃には出し物は全て終わり、皆見に来てくれる。だったら、最高のステージを披露して、せめてものお返しにしましょう。そう決意を新たにし、個室に入る。

 

「お待たせ。それじゃ、行きましょ?」

 

そう言って、私達は個室を後にした。外に出ると、そこにはまだ花音がいた。

 

「花音、それじゃ私は行くわね。また後でね」

 

「うん。あ、そうだ。えっと、お持ち帰りですか?」

 

花音のそんな発言に、思わずずっこけそうになってしまう。この子は、一体どこでそんなセリフを教わったのかしら?

 

「花音?一体そんな言葉誰に教わったのかしら?」

 

「ふ、ふえぇ、い、委員長に誰かが出てきたら言うようにって・・・」

 

どうやら、これもあの委員長ちゃんの仕業らしい。本当にあの委員長はなんて言葉を花音に言わせてるのよ。これは今度お説教が必要かしら?なんでかしら?お説教をすると何故か喜ぶ委員長ちゃんの姿が想像できた。

 

「本当にあの委員長は・・・まぁいいわ。それじゃあ雅、行きましょうか」

 

「うん、そうだね。じゃあ花音ちゃん、また後でね」

 

「うん、楽しんできてね」

 

そう言い残して、私と雅はその場を後にする。さて、どこから行きましょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の私達は、お化け屋敷で恐怖体験をしたり、彩ちゃんにお説教をしたり、女の子に囲まれた薫に呆れたりして文化祭を満喫していった。そして、ついにステージの時間がやってきた。途中で合流した皆と一緒に、私はステージへの扉を開けた。

 

「あ、白鷺さん、お待ちしてました!」

 

そしてステージの舞台裏に入ると、生徒会の子が私達を出迎えてくれた。といっても、彼女からは死角になっていて、私以外のメンバーには気づいていないでしょうけど。

 

「それで、どんなパフォーマンスを見せていただけるんですか?」

 

「この五人で、ライブパフォーマンスをするわ」

 

「五人?」

 

そこで、私の後ろに視線をこらし、漸く他のメンバーの存在に気づく。そして、その表情は一瞬で驚愕の色に変わっていった。まぁ、それも当然でしょうね。

 

「み、雅様!?」

 

「なるほど、君もそういうタイプの子だったんだね」

 

どうやらそうみたいね。委員長ちゃんもそうだったけど、やっぱりこの学校にも雅のファンは多いように感じる。まぁ、最近は女子中高生の間でカリスマ的人気になりつつあるって雑誌にも載ってたし、仕方ないのかもしれないわね。

 

「こ、こうしちゃいられません!それでは、間もなくステージが始まります!私の声に従って、ステージに上がってきて下さいね!」

 

そう言って、慌ただしくその場を後にする生徒会の子。おそらく、司会の準備に入ったのでしょう。

 

「さて、皆、これは今日限りのスペシャルライブだよ。思いっきり楽しんじゃおう!」

 

「そうね。こんな機会、もう二度とあると思えないわ。そんなの、楽しまないと損よね」

 

「あぁ、もちろんだ。輝くもの、必ずしも金ならず。今日という日を輝かしいものにしてみせよう」

 

「私も、精一杯頑張ります!今日は楽しみましょう!」

 

「ふえぇ、私は緊張するよ・・・でも、そうだよね。楽しまなきゃ勿体ないよね。私も、頑張るよ」

 

「大変長らくお待たせしました!間もなく花咲川女子学園高校文化祭秋の部恒例、シークレットステージが始まります!」

 

そして全員で、意気込みを語っているとその声が聞こえてきた。ついに始まる。緊張していないと言えば嘘になる。だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。心地良い緊張感と言うのかしら?逆に有り難いとすら思えた。

 

「なんと!今回のシークレットステージ、凄い人がパフォーマーとして来て下さってます!はっきり言わせていただきます!今日のステージこそが過去最高のステージになります!今日お集まりの皆さんは、是非歴史の生き証人になってください!それでは、お願いします!」

 

ついに呼び出しがかかる。私達の出番だ。雅を先頭に、全員ステージに上がる。その瞬間、会場は異様な静寂に包まれた。誰もが、雅を見て固まっている。それも当然でしょう。誰も予想しないような刺客が、ステージに躍り出たのだから。

 

「みなさーん!文化祭楽しんでますか!どうも、黒城雅です!知らない人は是非覚えて帰って下さい!」

 

その雅の声を聞き、徐々に沸き上がる歓声。数秒も経てば歓声の大合唱が巻き起こっていた。

 

「それじゃ、まずは挨拶代わりに一曲聞いて下さい!welcome to my world!」

 

そして、一曲目の演奏が始まる。出だしは全員順調。練習の時、全員一番苦労していたのがこの曲だった。雅自身をテーマにしたこの楽曲。そのテーマに相応しいように、この楽曲には雅の音があらゆる形で詰め込まれていた。変調的にならざるを得ないほどに。

 

その音達が、共存して高い水準でバランスを取り合っているのだから雅の作曲センスには脱帽してしまう。だけどその分、その変調的テンポとリズムに合わせるのに全員が苦労した。だけど、今ステージでしている演奏はどうだろう?全員、目を見張るような演奏で、この曲に食らいついていっている。

 

そして曲が終わる。素晴らしい演奏だったと思う。誰一人として、曲に振り回されること無く、しっかり食らいついていくことができていた。勿論、完璧とまでは言えなかったけれども、それでも十分すぎるぐらいの完成度にはなったと思う。

 

「改めましてこんにちは!黒城雅です!」

 

雅の言葉に、張り裂けんばかりの歓声が巻き起こる。ここは本当に学校の体育館なのかしら?どこかのドームやアリーナと変わらない気がしてきた。

 

「それじゃ、今日僕に付き合ってくれる、素敵で最高なメンバーを紹介していきまーす!まずはギター、薫!」

 

雅の紹介に応えて、ソロパフォーマンスを披露する薫。その演奏技術は、本当にレベルアップを果たしていた。その技術と彼女の容姿も相まって非常に様になっている。認めたくは無いけど、不覚にもかっこいいと思ってしまった。認めたくは無いけど。

 

「ベース、千聖!」

 

雅に呼ばれて、私もソロパフォーマンスを披露する。薫にだけは負けたくない。その一心でベースを弾く。もちろん、観客に向かって愛想を振りまくことも忘れない。

 

「キーボード、イヴ!」

 

そしてイヴちゃん。最初は中々指が曲に着いていけず苦労していた彼女。だけど、それを持ち前の向上心で克服して見せた彼女。おそらく、一番練習していたんじゃないかしら?とにかく、その練習量により見事に彼女は自分の殻を打ち破って見せた。そのソロパフォーマンスは、そんな彼女を体現したかのように高次元のものになっていた。

 

「ドラム、花音!」

 

そして花音。雅は言っていた。ドラムは皆の道標になってあげないといけないと。彼女は、そんな雅の期待に見事に応えて見せた。今なら、安心して花音に私の音を任せられる。私の音をきっと導いてくれるはずだと。

 

「そして最後に、ボーカルは僕黒城雅です!この五人で今日は皆に夢のような時間をお届けします!バンド名はエターナル!今日一日限りのスペシャルライブをご堪能あれ!それじゃ次の曲いってみよう!」

 

エターナル。その意味は永遠。このバンドとしての活動は今日一日限りだけど、皆で奏でた音は永遠に忘れないと言って、雅がつけたバンド名。他にも意味はあるみたいだけど、その意味が私は好きだった。皆で取り組んだ時間を忘れない。忘れたくない。本当に短いけど、最高な時間だった。だけど悲しいけれども、何事に対しても必ず終わりはやってくる。

 

「皆さん、盛り上がってますか!」

 

その雅の声に対して、最大限の歓声で応える皆。おそらく皆察しているのでしょう。終わりが来るということに。

 

「本当に名残惜しいですが、次が最後の曲になります!」

 

その言葉を聞いて、明らかな悲壮感に包まれる皆。私だって悲しい。叶うならば、永遠にこの時間を過ごしたいとさえ思っている。だけど、それは決して叶わない願い。だけど、終わりは別れでは無い。

 

「次の曲で今日はお別れになります!だけど、これだけは覚えていて下さい。僕が歌う、いいえ、誰が歌う歌にも決して目に見えた形はありません。だけど、それでも、皆さんの中には、皆さんの心の中にはいつまでも残り続けます!歌に形なんて、必要ありません!そんなもの無くたって、いつだって皆には見ることができるんだから!そのことを胸に留めて聞いて下さい!メモリア!」

 

歌に形なんて必要無い。本当にその通りだと思う。雅の歌は、私達の演奏はおそらくこれからも、ずっとずっと私達の中で鳴り続ける。音を奏で続ける。目に見えなくても、音を鳴らし続ける。

 

そして、最後の演奏が始まる。曲はメモリア。雅の始まりの歌。普段は謝罪の意を込めてこの歌を歌っている雅。だけど、今日のメモリアからは、溢れんばかりの感謝の意を感じ取ることができた。聞いてくれているお客さんに向けて。そして、私に向けての。

 

そんな雅と、不意に目が合った。そんな雅に私はアイコンタクトであることをお願いする。それに対して、彼は微笑みかけてくる。つまり、了承の合図だ。私達は、どちらからともなく、お互いに近づいていく。

 

そして、お互いに背を預け演奏を始める。ついでに、歌声も二つに増やす。私も今日の演奏を聞いてくれた皆に、そして雅に向けて感謝の気持ちを歌に込めて送る。素晴らしい時間を与えてくれたことに対する感謝の気持ちを。

 

その後の会場内は、私達の演奏が全て終わった後も、鳴り止まない大歓声に包まれていたのだった。素晴らしく心に響く、大歓声に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー、痛いわ・・・」

 

「ほら、もう少しだから頑張って」

 

私達は今、文化祭の全日程を終えて、帰路についていた。そんな帰り道、私は急激に訪れた筋肉痛に悩まされていた。原因は、お化け屋敷での全力疾走。あの時のダメージが今になって襲ってきていた。おそらく、ステージが終了した事による緊張感の喪失が原因だと思う。適度な緊張感が解けたことによって、それまで無意識に感じないようにしていた痛みが襲ってきたのだと思う。

 

そして私は今、帰り道の上り坂を上っていた。綺麗な夕日に照りつけられたこの坂が、今は地獄と化していた。最初は、雅が負ぶってくれると言っていたのだけれども、それは私が拒否した。さすがに人目もあるのに、そんなことをお願いできるわけが無い。私は雅の少し後ろを、ゆっくりとした歩みでついていっていた。

 

「ほら、もう少しだから」

 

そう言って、雅は私に顔を向けず、手だけを差し出してくれた。私は、その手を握る。私の足を気遣いながら、雅が引っ張っていってくれる。おかげで足への負担もかなり減った気がする。

 

その指から、雅の鼓動が伝わってくる。その鼓動が、なんだか凄く愛おしく感じた。

手を取ってくれてる、雅の優しさが凄く愛おしく感じた。

そんな、ありふれた幸せが、凄く愛おしかった。

叶うことならば、この幸せが永遠に続けば良いのに。

 

そう思わずにはいられない、夕日照らす坂における、ありふれた日常のほんの一幕だった。




どうも、ソウリンです。
現在時刻25日朝10時半。二日連続寝落ちからギリギリ間に合った(白眼
今回のサブタイトルはボカロより、dorikoさんの夕日坂です。
前話タイトル歌に形はないけれどと合わせて個人的dorikoさん二大巨頭を張ってる曲です。本当にもうすっごく良い曲なので、知らない方には歌に形はないけれどと合わせて是非聞いていただきたいですね。
それと、誤字報告ありがとうございました!はい、超重要な雅の見せ場であるライブシーンの、しかも曲名で誤字る無能はこいつです(白眼
何してるんだかほんと・・・
雅ごめんよ!
あ、そういえばお気づきの方はいるかもしれないんですけど、この作品タグに一応目標は週に一度って入れてあったんですよね
それを月に一度に変更しました(白眼
正直、今のままだと週一はさすがにきついかもしれないと思い始めてる作者です・・・
まぁ、一応毎回の目標報告と、間に合わない場合の活動報告は週一で設定しておきますね。
次回含めて、自分の予定通りに行くと二章終了まで丁度10回、計20話になってます(長い
正直、早く三章を書きたいので、なるべく執筆がんばりたいですね。
では、今回はこの変で。
次回は雅編です。とあるイベントストーリーのお話です。12月3日午前0時を目標とします。
ではでは、次回もよろしくお願いします!
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