君が演じ、僕は歌う   作:ソウリン

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第41話です
雅編です


第41演目 いけないボーダーライン

秋も末に差し掛かったとある昼下がりのことだった。

僕はその日の仕事を終え、家路に着いていた。本来なら、今日は丸一日仕事の予定だったのだけれど、午後から予定していた雑誌の取材を担当するはずだった記者さんが、急に体調を崩してしまったために、午前中だけで引き上げることになった。最近、冬が近づくにつれて気温も下がってきた。季節の変わり目、体調管理が難しい時期だ。僕も気をつけないといけない。

 

「あ!雅さんだ!」

 

そして、商店街を歩いているときだった。不意に前方から声をかけられた。そこには香澄ちゃんが立っていた。周りを見てみると、ポピパのメンバーが全員集まっている。

 

「やぁ皆。なんだか久しぶりだね」

 

「ここで会ったが三年目」

 

「三年も経ってねーし物騒だろうが」

 

「あはは、お久しぶりです」

 

「み、雅さんこんにちは」

 

りみちゃんとはこの前のハロウィンで会ったけど、他の皆とは本当に久しぶりな気がする。あの初めて会った花火大会の日以来だろうか?あの時は彼女達に本当にお世話になった。良い情報を教えて貰った。来年、機会があればまた千聖とあの神社で花火を見よう。千聖の受験勉強次第だろうけど。

 

因みにだが、僕は大学に進むつもりは一切無い。高校を卒業すれば、音楽に全てを費やすつもりだ。音楽と千聖以外に使う時間は不要。勿論、勉強だって例外じゃ無い。全ての受験生を敵に回しかねないかもしれないけど、正直勉強なんてしても無駄だと僕は思っている。絶対に声に出しては言えないけれども。

 

「皆はこれからバンドの練習?」

 

「そうです!これから蔵に行くんです!」

 

「蔵?」

 

「実は、有咲の家に蔵がありまして。私達、いつもそこで練習してるんです」

 

と、沙綾ちゃんが説明をしてくれる。蔵。そういえば、彼女達と初めて会った日も、蔵の話をしていた気がする。

 

「そうか。確か、有咲ちゃんは蔵みたいなところが好きだって言ってたね」

 

「ちょま、誰だそんなこと教えたや・・・そ、そんな好きとかじゃないですよ。おほほほ」

 

「有咲、今更猫被っても無駄だと思うけど?」

 

「・・・うるせぇ」

 

「あはは、まぁ、有咲ちゃんの素はこの前の花火大会の時にも見せてもらったから、気にしなくて良いよ」

 

「そういう問題じゃない・・・」

 

そう言って、頭を抱えてふさぎ込む有咲ちゃん。まぁ、誰にだって見られたくないことの一つや二つあると思う。有咲ちゃんの場合、それがあの素の姿なんだろう。そんなに気にしなくてもいいと思うんだけどな。

 

「あ、そうだ!私、良いこと思いついた!」

 

そうやって、有咲ちゃんの様子を伺っていた時だった。急に香澄ちゃんが大きな声を出したのは。良いこと、一体なんだろうか?そもそも、僕にも関係あることなのだろうか?

 

「香澄ちゃん。何を思いついたの?」

 

「どうせ碌な事じゃないだろ」

 

「雅さん、私達のこと鍛えて下さい!」

 

「鍛える?」

 

「ほら、禄でもないことだった」

 

鍛えて下さいか。といっても、僕も暇というわけではない。学校に、仕事に、自分の練習もしないといけない。正直、彼女達の練習を見る時間を作れるかどうかがわからない。

 

「香澄、雅さんも忙しいと思うし、流石に無理だと思うよ」

 

「うーん、でも雅さんに鍛えてもらったら、今よりも皆でキラキラドキドキできると思う!だから、お願いします!」

 

「香澄ちゃん・・・」

 

「私も、お願いします」

 

「おたえ、お前まで」

 

「私、テレビで雅さんのギターをいつも見てきた。そして思った。どうしたら、こんなに心に響く音が出せるんだろうって。雅さんの音は、いつも私の心の深いところまで響いてくる。その理由は、音楽にかける想いとか情熱とか、そういったものも確かにあると思う。だけど何よりも、その演奏技術が音に何重もの圧を持たせていた」

 

そう語るたえちゃん。演奏技術。それは一朝一夕で身につくような代物では無い。毎日の積み重ね、弛まぬ努力が何よりも大事になる。僕は、小さい頃から一日たりとも欠かさずにギターを弾き続けてきた。その結果が、今の僕に表れている。

 

「その技術に少しでも近づきたかった。その為に、雅さんのライブにだって何度も足を運んだ。出演した番組の録画だって何度も見返した。だけど、全然届かない。いつまで経っても届かない。もうこうなったら、直接お願いするしかないと思う。私は、もっとギターが上手くなりたい。今よりもずっと、上手くなりたい。だから、お願いします!」

 

そう言って頭を下げるたえちゃん。正直、驚いた。普段は少し抜けた、天然さんな印象のあるたえちゃん。だけど、まさかギターに対してここまでの想いと情熱を持っていたなんて。もしかしたら、あの紗夜ちゃんにも引けを取らないかもしれない。周りにいるポピパのメンバーも少し驚いた後に、たえちゃんに続いて頭を下げてきた。たえちゃんの想いに感化されたのだろう。参ったな。ここまでされたら、断れるわけがないじゃないか。

 

「皆、頭を上げてよ。皆の思いはわかったから。わかった。皆のことをできる限り鍛えてあげるよ」

 

「本当ですか!ありがとうございます!やったねおたえ!」

 

「うん。本当に、よかった」

 

「きっと、おたえちゃんの想いが雅さんに伝わったんだね」

 

「ま、プロの人に練習を見てもらえるなんて、そうそうできる経験じゃないからな。悪くないんじゃないか」

 

「そうだね。こんな機会滅多にないだろうし、張り切っちゃおうかな」

 

「それじゃ、今から早速見てもらおう!」

 

「あ、ごめん今からは無理かな?今手がけてる新曲があって、それを今日中に仕上げたいんだ」

 

僕は現在、新曲を数曲作成している。今回は自分用の曲だ。その新曲が、もう少しで完成するのだ。順調にいけば、今日中にできあがるはずだ。今日はこの後、その新曲作りに取り組むつもりだ。折角午後からの予定が無くなったのだ。こういう時ぐらいは自分の時間に使いたい。

 

「そうですか・・・」

 

「あ、でも明日なら午後から空いてるよ。皆さえよければ、どうかな?」

 

「本当ですか!お願いします!皆も大丈夫だよね?」

 

「うん。バイト入ってるけど、休みにしてもらう」

 

「そこはバイトに行けよ。あ、私は大丈夫です」

 

「私も、午後からなら大丈夫です」

 

「私も、大丈夫です」

 

どうやら、みんな大丈夫らしい。なら明日は、ポピパの皆を思いっきり鍛えてあげよう。僕にできる限りのことはしてみせる。皆の期待に応えてみせよう。と、そんなことを考えていた時だった。

 

「あれ?雨?」

 

突然の雨だった。前触れも無く、雨が降り出す。天気予報でも確か、今日は一日晴れだと言っていた。なので、傘を持って歩いている人も少ない。当然、僕も持ち合わせていない。そして雨脚は、みるみるうちに強くなってくる。

 

「これはマズいね。早く帰らないとビショビショになっちゃうよ。それじゃ皆、また明日ね!」

 

「雅さん明日はよろしくお願いします!」

 

皆の別れの言葉を背に受け、僕は雨の商店街を駆け抜けた。その間も、雨脚は強まる一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポピパの皆と別れて約一時間。僕は家に辿り着くことが出来た。本来なら、十分程で着く距離。だけど、途中で雨宿りをしていたたため、こんなに時間がかかってしまった。雨宿りしたはいいけど、雨は一向に止む気配がなかった。このままではいつ帰れるのかもわからない。なので、意を決して雨の中を駆け抜けてきたというわけだ。

 

逃げるかのように、ドアを開けて家に転がり込む。そのまま直ぐさま自室に駆け込み、着替えを用意し浴室に向かう。早くシャワーを浴びないと風邪を引いてしまうかもしれない。只でさえ体調管理が難しい季節なのだ。少しでも早く暖まりたい。

 

そして浴室の扉に手をかける。この時僕は、帰って来れた安心感と、早くシャワーを浴びなければいけないという焦燥感で失念していたことがいくつかある。一つは、朝鍵を閉めて出たはずの家の鍵が開いていたこと。二つ目は、開いていたのに、誰も家の中にいないということ。

 

冷静になれば気づくはずだった。いるべき人物がいないということに。では、一体僕より先に鍵を開けて家に侵入した人物はどこにいったのか?おそらく、答えは一つしか無いだろう。

 

「・・・え?」

 

浴室のドアを開けると、思わずといった感じで声が出た。だが、決してこれは僕の声ではない。何故なら、僕は衝撃のあまり声すら出すことができなかったのだから。それは、先客の声だった。

 

風呂上がり故に、隅々まで紅潮した白い肌。濡れそぼって、強烈な色気を放つ美しい薄黄色の髪。思わず目を奪われてしまう、女性を象徴する妖艶な二つの双丘。一糸まとわぬ僕の恋人がそこにいた。

 

「あの、み、雅・・・?」

 

「・・・あ、ご、ごめん!」

 

千聖の声で、正気に戻った僕は急いでドアを閉めてその場を後にする。リビングに入り、頭を落ち着けようとコップに水を注ぐ。脳裏には、ずっと先ほどの千聖の姿が浮かんでいる。思春期真っ盛りな僕にとっては、あまりにも刺激的な光景だった。

 

コップ一杯の水を飲み干し、心の鎮静化を図る。しかし、早まった鼓動は一向に落ち着く気配を見せない。それどころか、益々気持ちが高ぶっているようにすら感じる。先ほどの光景が頭から離れない。目に焼き付いて離れない。

 

飲み干したばかりのコップに、直ぐさま次の一杯を注ぐ。それをまた一気に飲み干す。わかってはいた。こんなことをしても、無駄だろうということは。案の定、高まった気持ちは治まる気配すら見せない。

 

「雅」

 

「ひゃっ!?な、何・・・?」

 

そんな、気持ちを落ち着けようと無駄な努力を行っていたときだった。急に千聖に話しかけられた。髪もまだ禄に乾かしていないのだろう。その髪はまだ濡れたままだった。

 

「何って、雅もシャワー浴びるでしょ?私はもう出たから、入っていいわよ?」

 

「でも、千聖まだ髪も」

 

「これぐらい大丈夫よ。それより、雨でビショビショでしょ?早く暖まらないと風邪引いちゃうわ。私のことは気にしなくていいから、早く暖まってきて」

 

「う、うん。ごめん」

 

その千聖の優しさに感謝し、僕は浴室に向かう。先ほどまでは動揺していてすっかり忘れていたが、千聖の言う通り僕は今びしょ濡れの状態だ。早く暖まって着替えないと本当に風邪を引いてしまう。僕は浴室に入るなり、直ぐさま服を脱ぎ捨て、かけ湯もそこそこに湯船に体を沈めた。

 

暖かい。先ほどまで冷え切っていた体に熱が戻ってくる。心地よい暖かさだった。だけど今は、邪心とでも言うべき感情が、心地よさと共に浮かんでくる。先ほどまで、この湯船を千聖が利用していた。そう考えただけで、よからぬ妄想が浮かんでくる。

 

今までも、千聖の入った後の浴槽に入ることなんて数え切れないほどにあった。その際は、はっきり言って何も感じなかったのだけれど、今は違う。あのような光景を見てしまった直後なのだ。自分の意思とは無関係に、嫌でも様々な思考が浮かんでは消えてまた浮かぶ。頭から一時たりとも消えてくれない。

 

「雅」

 

「ひゃ、ひゃい!?ど、どうしたの・・・?」

 

浴室に千聖が入ってくる。よからぬ事を考えていただけに、思わずまた変な声で返答してしまう。

 

「どうしたのって、リビングに着替え置き忘れてたから持ってきたわよ。置いておくわね」

 

「あ、そっか。ありがとう」

 

そういえば、着替えの存在をすっかり忘れていた気がする。確か、リビングに逃げ込むなり机の上に置いたはずだ。そのまま慌ててコップを用意して、そしてまた慌ててこの浴室に逃げ込むように入ったんだった。着替えの存在をすっかり忘れていた。

 

「雅。さっきのことなら、あまり気にしなくていいわよ?私は全然気にしてないから、大丈夫よ?」

 

「あ・・・うん、ごめんね」

 

どうやら、千聖は僕の態度から先ほどのことを気にしていると思ったようだ。勿論、それもある。それも大いにあるのだけれども、気にしている方向性が違ってくる。千聖が考えているのは、おそらく罪悪感だろう。勿論それもあるのだ。だけど、今僕の心を占めているのは、感情とも呼べる代物じゃ無い。人間が持つ三大欲求の一つ、性欲、つまりただの欲望だ。

 

僕だって、思春期真っ盛りの清純な男子高校生だ。勿論、千聖とそういったことがしたいと考えたのは一度や二度では無い。だけど、今まではグッと堪えてくることが出来た。僕達の間には、暗黙のルールとして、そういった行為は高校を卒業するまではしないでおこうというものがある。

 

これは、もしもの間違いが起きないようにするためだ。もしもの間違いが起きてしまった場合、僕も千聖も間違いなく高校にいられなくなる。そうなってしまうと、お互いの芸能界での将来にまで悪影響を及ぼしてしまうだろう。それは、お互い本意では無い。なので、せめて最低でも高校卒業まではしないでおこうと決めている。

 

今までは、そのルールを遵守したい一心でグッと堪えてくることができた。だけど、今回ばかりはマズいかもしれない。一向に欲が治まる気配が見えない。不意の事故とはいえ、あんな刺激的光景を目にしてしまったのだ。それも仕方ないことかもしれない。

 

湯船から上がり、頭からシャワーを浴びる。心の中では煩悩退散と念じ続けている。だけど、消えない。消えてくれない。いくら努力しても、微塵も消えてくれない。むしろ、益々強くなっていっているようにすら感じる。これは本気で危ないかもしれない。

 

シャワーを止め、直ぐさま着替え、リビングに戻る。そこでは、千聖がテーブルに向かって座り、何やら本を読んでいた。どうやら台本のようだ。新しいドラマのだろうか?かなり真剣に読んでいる。

 

僕は近くに置いてあったギターを手に取り、千聖の向かいに座る。新曲作りのためだ。もう少しでこの曲も完成する。絶対に今日中に完成させてみせる。そのためにはこんな状態だろうが、休んでいる場合ではない。

 

「ご、ごめん。ギター弾いてもいいかな?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

千聖の許可も取り、ギターを弾く。ギターを弾いている間は、余計な事を考えずにいられた。ただ、音楽のことだけを考えていられた。音楽に没頭できた。それでいて、なんだかいつも以上に感性が研ぎ澄まされている気さえしてくる。おそらく、最悪な心理状態から急にいつも通りの状態に持ってこれた影響だろう。上がり幅の違い。ゼロの状態から始めたのでは無く、マイナスの状態からギターを始めたため、いつも以上に良い状態で弾けていると勘違いしてしまっているだけだろう。別段いつもとなんら変わりはないのだ。と、そんなどうでもいいようなことを考えていると、急に頭に軽い衝撃がきた。千聖だ。千聖が僕の頭にバスタオルを被せてきたのだ。

 

「ち、千聖?」

 

「ほら、まだ髪が濡れてるじゃない。いいから、じっとしてて」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

そう言って、僕の髪をバスタオルで拭いてくれる千聖。その手つきは、とても優しかった。そして、千聖が至近距離までやってきたから感じるのだろう。千聖から、非常に良い香りが漂ってくる。おそらく、シャンプーの香りだろう。僕と同じ物を使っているはずなのに、とてもとても同じ香りだとは思えない。バニラのような、スッキリとした甘い香りが僕を刺激する。

 

その影響で、忘れかけていた欲がまた浮かび上がってくる。先ほどの光景がまた脳裏に蘇ってくる。到底ギターに集中なんてできる精神状態では無くなってしまった。千聖のことばかりが頭を占めている。以前友希那と初めて会った日、僕は一日のほぼ全ての時間、音楽のことを考えているという話をした。日に数度だけ、それを忘れてしまう瞬間があると。その理由が千聖であるということは、その際に語ったと思う。

 

いつもなら、本当にほんの数秒のことなのだ。千聖のことしか考えていない瞬間というのは。大抵の場合、千聖のことを考えつつも平行して音楽のことも考えている。だけど今日は違う。あの時を境に、千聖のことしか考えられなくなっている。先ほどギターに触れた時は、確かに音楽のことが頭に戻ってきていた。だけど今は違う。もう、今日は音楽に思考が戻れないかもしれない。

 

「はい。これでもう大丈夫よ。ギターの邪魔をしてごめんなさい」

 

「う、ううん。謝るなら僕の方だよ。台本覚えてたんでしょ?邪魔してごめんね」

 

「私なら大丈夫よ。もう台本自体は覚えてあるの。今はただ復習をしてただけ。だから気にせずギターを続けてくれていいわよ」

 

「う、うん。ありがとう」

 

千聖はそう言う。だけど、到底弾く気にはなれなかった。こんな状態で、まともに弾ける訳が無い。僕はギターをケースに直した。

 

「あら?ギターを弾かないの?」

 

「う、うん。なんだか集中できなくて」

 

「集中できない?珍しいわね。大丈夫?体調が悪いの?」

 

「な、なんでもないよ。大したことじゃないさ。そ、そうだ。テレビでも見ようか。何か面白い番組やってないかな」

 

僕は、気を紛らわせるためにテレビをつけることにした。千聖の気を逸らす目的もある。というよりも、そちらの目的の方が比重は大きかった。チャンネルを手に取り、電源をつける。

 

「あーん。いいわ。もっと私をめちゃくちゃにして!」

 

そして、電源をつけた瞬間に流れてきたのはまさかのドラマの濡れ場シーンだった。思わず直ぐさま電源を切ってしまう。ダメだ。気を紛らわせるどころか、余計に助長してしまった。そしておそらくだが、今の僕の反応で千聖に完全に気づかれた。

 

千聖は、僕の様子がおかしいことにはとっくに気がついているだろう。だけど、おそらくそれは僕の罪悪感からきてるものだと思っているはずだ。だけど、今ので完全に、僕の今の状態が見抜かれたはずだ。性欲に取り憑かれた僕の状態が。

 

俯いて目を瞑っている僕。千聖の方を見るのが怖い。千聖は、こんな僕を見てどう思うだろうか?見損なっただろうか?軽蔑しただろうか?千聖を見るのが怖い。その目を見るのが怖い。果たして、その目にはどんな色が映っているのだろうか?見るのが怖い。と、そんなことを考えていると僕の足に何かが触れた。

 

恐る恐る僕は目を開ける。足に目を向けると、そこには誰かの左手が置かれていた。誰かと言っても、今この場でそんな行動をする人物は一人しかあり得ない。その手の先に目を向けると、案の定千聖がそこにいた。しかし、想定していたよりも距離が近い。

 

椅子に座る僕よりも、さらに下に顔がある。つまり、千聖は僕の直ぐ傍にしゃがみ込んでいた。その右手は、軽く口元に添えられ、僕が見るのを恐れていたその目は、羞恥と不安の色を在り在りと映している。さらには、その顔はまるで絵の具でも塗ったかのように真っ赤に染まっていた。そんな千聖が、上目遣いで言ってくる。

 

「み、雅。その、み、雅がしたいなら・・・私は、その、いいわよ・・・?」

 

そんなことを千聖に言われて、今の僕が耐えられる訳が無かった。昔テレビで、男は皆(けだもの)だと言っていたのを思い出す。その時の僕は、そんなわけが無いだろうと考えていたが、今は違う。僕は今、まさに(けだもの)だった。千聖を喰らうことしか考えていない、身の毛がよだつおぞましい(けだもの)だった。

 

「ち、千聖。僕は・・・ぼ、僕は・・・」

 

「いいのよ。遠慮なんてしないで。雅・・・来て・・・」

 

今、僕の中の野生が解き放たれる。もう、制御できない。僕は、自身の欲望に従い、千聖へとその手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伸ばした手が止まる。チャイムだった。聞き間違いではないだろう。それは、チャイムだった。我が家のチャイムの音だった。

 

「もう。こんな時に誰よ」

 

「はぁ。仕方ないか。ちょっと出てくるよ」

 

僕は、渋々ながら立ち上がり、玄関へと向かった。外はまだ雨が降っている。いつまでも、そんな中で待たせるわけにもいかないだろう。僕は、静かにその扉を開ける。

 

「あ、雅君!良かったー。中々出てきてくれないからいないのかと思ったよ」

 

彩ちゃんだった。雨の中走ってきたのだろう。その体は雨に晒され濡れていた。

 

「彩ちゃん?雨の中いらっしゃい。こんなところで立ち話もあれだし、まぁ上がっていってよ」

 

「うん!お邪魔しまーす」

 

本当に邪魔だよ。と、内心で毒づいてしまったが外面に出さないように気をつけてリビングまで案内する。そこでは、千聖が既に椅子に座り直し、台本を読んでいた。おそらく、玄関での僕達の声が聞こえていたのだろう。そこには、先ほどまでの羞恥に染まった顔は欠片も存在しなかった。

 

「あら?彩ちゃんじゃない。どうしたの?」

 

「あ、やっぱり千聖ちゃんもいたんだ。実はさっきまで私バイトしてたんだけど、終わって帰ろうと思ったらこの雨でしょ?今日雨降るなんて予報で言ってなかったから傘持ってきてなくて。それで、バイト先から家まで傘を差さず帰るのも遠いし、だったら雅君の家で雨宿りさせてもらえないかなーなんて思ったんだけど、ダメかな?」

 

なるほど。事情はわかった。彩ちゃんは、とあるファーストフード店でアルバイトをしている。なんでも、花音ちゃんと同じバイト先らしい。そしてそのお店は、僕の家のご近所さんだったりする。歩いて三分ほどだろう。まぁ、僕の家から近いということは、千聖の家からも近いということなのだが。おそらく、千聖も僕の家にいるだろうと考えて、ここに真っ先に来たのだろう。その考えは大正解だ。

 

「うん。事情はわかったよ。そういうことなら、ゆっくりしていっていいよ」

 

「本当?ありがとー!」

 

「だったら彩ちゃん。お風呂に入ってくるといいわ。そんな濡れた服でいつまでもいると風邪引くわよ?着替えは私のを貸してあげるから。浴室に案内するわ」

 

「え?いいの?本当に助かるよ-!ありがとう!」

 

そして、二人が部屋から出て行く。その場には僕だけが取り残された。ドンヨリとした空気が僕を包む。もう少しだったのに。もう少しで、手が届くところだったのに。結局その手は届かなかった。

 

「雅・・・」

 

千聖が戻ってきて、椅子にまた座る。千聖の空気も今は重い。きっと、僕と同じ事を考えているのだろう。来客がなければ、間違いなく僕達は・・・

決して、彩ちゃんが悪いわけではない。彼女も、雨の中大変だったのだ。仕方の無いことだろう。きっとこれは、神様が僕達の行為を止めたのだ。一度決めたルールを破るなと。高校を卒業するまではやめておけと。そう思っておかないと、やってられない。本当に悲しい。

 

「え?何?この空気?」

 

そして、そんな僕達の状態は彩ちゃんがお風呂から出てくるまで続いていた。あぁ、彩ちゃんの前でまでこんな状態でいるわけにはいかない。なんとか持ち直さないと。

 

「ふふっ、大したことじゃないのよ。さて、そろそろ晩ご飯の準備をするわね。彩ちゃんも食べていく?腕によりをかけて振る舞うわよ」

 

「え?いいの?じゃあお言葉に甘えて!何か手伝うことある?」

 

「気にしなくていいわよ。適当に雅と時間をつぶしてて」

 

そう言って、立ち上がりエプロンをする千聖。彩ちゃんは僕の横で機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。そうだね。僕もいつまでもこのままでいるわけにはいかない。気持ちを切り替えギターを手に取る。その後は、先ほどの集中力の欠如が嘘かのように、音楽に没頭することができた。そのお陰で、なんとかその日中に新曲も完成させることができた。

 

その後、彩ちゃんは結局千聖が帰る時間まで我が家で過ごしていった。帰りは、千聖と一緒に彼女を家まで送っていった。その頃には、もう雨もすっかり止み、綺麗な満月が顔を出していた。

 

今日のことは、もう忘れようと思う。まぁ、そう簡単に忘れられるわけはないのだけど、忘れるように努めようと思う。やっぱり、そういうことは、学生の間はあまりよくない。万が一の事態に陥ったら、お互いの将来までをも壊してしまいかねないのだから。

 

だから、今日のことはなかったことにして、明日からはまたいつも通りの僕達に戻ろう。いつもの、僕達らしい日常に。きっと、それが、きっと僕達にとってベストな形だと思うから。

 

そんな、子供と大人の境界線で彷徨う、思春期のとある一日の出来事だった。

 

 




どうも、ソウリンです
この小説は全年齢対応用体験版です
ムフフアハンな展開を期待した方は商品版をご購入下さい(嘘宣伝
まぁ、それは置いておいて
千聖ちゃん!お誕生日おめでとう!
今日はおめでたい一日ですよ!皆で千聖ちゃんをお祝いしましょう!
そして、この作品も本日をもって、一周年を迎えることが出来ました。
これも、ここまで読んで下さっている皆様方のお陰です。
これからも、更新速度はノンビリしたものになるかと思いますが、完結まで頑張りますので、おつきあいの程よろしくお願いします!
まぁ、本来の予定なら、今日から最終章となる3章をスタートさせる予定だったんですよね
だいぶ遅れてますね(白眼
このままのペースだと、おそらく3章スタートは秋頃になるかと思います
頑張れば夏中にいけるかな?
まぁ、なるべく早く取りかかれるように頑張ります
そして、今回のサブタイトルは、マクロスΔよりいけないボーダーラインです
ボーダーライン、境界線という意味ですね
マクロスシリーズいいですよね
自分は、全作通してみています
中でも一番好きなのは7ですね
バサラ様信者です
バサラ様超かっこいい
余談ですが、実はとあるシーンで雅君に「僕の歌を聞けええええええええええ!」ってセリフを言わせようとしたことがあります(笑)
没にしましたけど
そして、今回のサブタイトル、いけないボーダーラインなのですが、劇中に登場するグループ、ワルキューレという5人組ユニットが歌っています。
それで、次回のサブタイトルなのですが、そのワルキューレのメンバーの一人、レイナ・プラウラー役の東山奈央さんに関する曲からタイトルをつけます。
超マイナーだと思います。知ってる人は凄いと思います
今回のが割と有名なだけに落差が(汗
ま、たまにはそういうのも良いよね(開き直り
では、今回はこの辺で
次話は千聖編です。午後12時に投稿します
ではでは、次回もよろしくお願いします!
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