千聖編です
「あぁ、なんて儚い・・・」
それは、とある秋色も
私は、駅前にて最も関わり合いたくない人物と遭遇していた。意味もなく儚いと連呼する後ろ姿。瀬田薫がそこに立っていた。幸いにも、薫はこちらに気づいていない。今ならまだ、気づかれずに横を通り抜けられるかもしれない。
「おや?千聖じゃないか。こんなところで出会うなんて、やっぱり私達は運命に導かれていたようだね。あぁ、儚い・・・」
「失礼していいかしら?」
通り抜けようとした際に、薫に気づかれてしまった。やはり、そう上手くはいかない。薫と出会うのは、それほど久しぶりという訳でも無い。ついこの間の、ハロウィンの一件で会っている。あの時は皆に恥ずかしいところを見せた。
「ふっ、相変わらずつれないお姫様だ」
「はぁ、まぁ、この間はあなたにお世話になったみたいだから、一応お礼を言っておくわ。ありがとう」
「この間?なんのことだい?」
「ハロウィンの件よ」
「あぁ、あのことかい。だったら尚のことわからないな。私はお礼を言われるようなことを何もしていない。ただ、ハロウィンという素敵な一日を満喫していただけなのだからね。それに、お礼ならあの日にも受け取ったじゃないか」
「そうね。ただ、私が思っていた以上にお世話になっていたようだから、改めてお礼を言っておくわ。ありがとう」
あの時は、実際に薫にお世話になった。私があこちゃんとひまりちゃんにしてしまったことの火消し、精神状態が不安定だった私の相手、雅に対する根回し。私は、確かに当日、一度薫に礼を言っていた。しかし、その時の私はこれらの内の一つ、私の相手をしてくれたことしか知らなかった。残りの二つは、後から知ったものだ。だから、改めて礼を言う。
「まぁ、お姫様がそう言うのならまた受け取っておくよ。それから、かのシェイクスピアはこう言っている。いかに美しいものでも行為によっては醜怪になる。腐った百合は
雑草よりひどい臭いを天地に放つ。つまり、そういうことさ」
「誰が腐った百合よ」
おそらく、言葉の意味はわかっていないのでしょう。だけど、あながち間違いというわけでもない。先日の私が醜怪だったのは事実。我ながら、ひどいことをしてしまったと思う。あの後日、約束通り雅とはデートに行った。その後も、私達の予定が合った日は積極的に出かけたり、二人で過ごす時間を増やしている。その甲斐もあってか、あの時に比べれば心にゆとりが出来ていると感じる。
「その様子を見る限り、もう心配はないようだね」
「あら?態々心配してくれていたのかしら?」
「あたりまえじゃないか。前にも言っただろう?私にとっては、君たちの愛こそが全て。君たちに何かあれば、当然心配する。当然悲しむ。私は、もうあの時のような二人は見たくないんだ」
「薫・・・」
少しからかうつもりが、私の予想に反して真面目な回答が返ってくる。薫が言うあの時とは、中学一年生時代の雅が倒れた一連の事件のことだ。あの頃は、薫が変わり始めていた頃だった。かおちゃんから、薫に。
あの頃は、薫に対して少し不信感を抱いていたが、それでもまだ毎日のように顔を合わせていた。雅共々。あの頃の私達は、薫曰く相当にひどい有様だったらしい。雅についてはわかる。あの頃の雅は、日を追うごとに、目に見えて顔色が変わっていっていた。
だけど、薫が言うにはそれに比例するかのように私の顔色も変化していたらしい。自分では全く気づいていなかった。だけど、言われてみればあの頃の私は、雅の事が心配で禄に眠れない日々が続いていた気がする。自分では普段と変わりない状態を保っていたつもりだったけど、そう思っていたのはどうやら自分だけだったらしい。
あの頃の私達が、薫にとってはトラウマのようになっていると以前教えてくれた。私達が、どこか手の届かない遠い地へ行ってしまうような気になったと。それを知りつつも何もすることが出来ない己の無力さに嫌気が指したと。そんなことがあったからだろう。薫が私達の仲に敏感になったのは。お節介とも言えるほどに気を使ってくるようになったのは。
あの事件は、多くの悲しみに包まれていた。悲劇と言っても過言ではない。だけど、私達三人の絆は間違いなくあの事件によって深まった。決して悪いことばかりというわけでもない。あんなものでも、私達にとっては忘れられない思い出の一つだ。
「そうね。私が間違っていたわ。ごめんなさい」
「何も謝ることはないさ。君たちが幸せなら私はそれでいい。君たちには笑顔が似合う。喜劇が似合う。これからも思うがままに、幸福に満ちた日常を満喫するがいいさ」
「ふふっ、そうね。ありがとう」
「おや?もうこんな時間か。では、私はこれからバンドの練習が待っているので失礼するよ」
「えぇ、本当に、ありがとう」
薫は、そのまま颯爽と街の中へと消えていった。時に、呆れるほどの馬鹿をしでかす薫。だけど、根はあの頃のかおちゃんから何も変わっていない。本当に、私は恵まれている。雅に、薫に、パスパレの皆や千景。本当に多くの、素晴らしい人々に囲まれている。本当に、恵まれすぎていて恐怖すら覚える。
「こんなに幸せで、いいのかしら?」
その呟きに答えてくれる人はいない。だけど、きっといいのだろう。きっといいからこそ、幸せに変化が訪れないのだろう。そもそも、ダメだと言われたところで手放す物か。この幸せに、これからも存分に溺れて生きよう。私は、溢れんばかりの幸せを噛みしめ、歩を進めるのだった。
それは、雅の家まで約二百メートルという距離でのことだった。
「あら?」
鼻先に何か冷たい物が当たったような感覚を覚えた。程なくして、その冷たい物の正体が判明する。秋時雨、要するに雨だ。
「はぁ、もう少しで着くのに」
本当にもう少しの距離。しかし、雨は決して待ってはくれない。次第に雨脚が強くなっていく。私は、いても立ってもいられず走り出した。私は運動が得意ではない。むしろ、苦手と言って差し支えない。雅の家までは二百メートルほど。たかが二百メートルと思う人もいるだろう。だけど、私にとっては数キロにも感じられるほどの長い距離だった。
五十メートルも走れば、息が上がる。百メートルも走れば、足が言うことを聞かなくなってくる。重い。足が重い。だけど、止まるわけにも行かない。私は、たっぷり五分ほどの時間をかけて、二百メートルもの距離を走破してみせた。鍵を開けて、玄関に倒れ込む。
「はぁ、はぁ、もう動けない・・・」
といっても、そのままでいられるわけがない。私は、悲鳴を上げる足に鞭を打って、浴室へと向かった。そしてすかさず浴槽に湯を張り、湯船の準備が出来るまでの間にタオルで体を拭いていく。冬も近づき、今日は非常に冷え込んでいる。そんな気温の中、いつまでも濡れたままでいるなんて自殺行為にも等しい。丁寧に体の隅々まで拭いていく。そして程なくして、お風呂の準備が整った。私は、濡れた服を脱ぎ、直ぐさま湯船に体を沈める。
「ふぅ・・・」
温かい。体の芯まで温まる。さっきまで冷え切っていた体に、熱が戻ってくる。お風呂に入ることを、命の洗濯だという人がいる。実はこの言葉、お風呂に入ること自体を指す訳ではない。もっと広い意味で、常日頃の苦労から解放されて、寿命が延びるほどに何かを楽しむことを意味する。お風呂は、その内の一種というだけだ。まぁ、そんなことはともかくとして、お風呂は本当に安らぎを、癒やしを与えてくれる。それこそ、本当に命が洗われているかのように。
私は、そんな洗濯をたっぷり三十分ほど満喫し、体の隅々まで丁寧に洗い、脱衣所へと出た。本当に気持ちよかった。あれほど冷え切っていたのが嘘かのように、体は熱で赤みを帯びている。さて、体をしっかり拭いて、服を着ようかと思っていた時だった。急に浴室の扉が開いたのは。
「・・・え?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。扉を開けた犯人は雅だった。事態を飲み込めていないのか、扉を開けた状態で、硬直している。完全に油断していた。雅はまだまだ帰ってこないものだと。今朝の段階では、帰ってくるのは夜になってからだと言っていた。しかし、今はまだ夕方になる手前といった時間。だからこそ、油断していた。しばらくは私一人しかいないと。雅は未だに硬直している。その体はびしょ濡れだ。おそらく、雨の中走って帰ってきたのだろう。雅は未だに動かない。
「あの、み、雅・・・?」
「・・・あ、ご、ごめん!」
私が話しかけると、漸く動き出した。そして、扉を慌てて閉める。脱衣所の外からは、慌てて駆けていく足音が聞こえてくる。雅に裸を見られた。だからといって、私は特に気にはしない。雅と私は付き合っている。いずれは結婚もすると思う。そうなると、遅かれ早かれ、いつかは裸を見られる日が、いや見せる日がやってくるのだ。その覚悟はとっくの昔に決めている。勿論、恥ずかしいに決まっている。だけど、特段気にするほどではない。
と、そんなことを思考しながらも、私は大急ぎで服を着ていく。雅は、びしょ濡れの状態だった。いつまでもあの状態でいると風邪を引いてしまう。そうなる前に早くお風呂に入って貰わないと。髪を乾かす時間も惜しい。私は、服を着ると急ぎ脱衣所を後にした。
雅はリビングで水を飲んでいた。こちらには背中を見せている。その背中は、震えているように見える。寒いのだろうか。それも当然だろう。こんな寒い中、びしょ濡れの状態でずっといたのだ。体だって震えるだろう。
「雅」
「ひゃっ!?な、何・・・?」
雅に背後から話しかけると、何かに怯えたかのように飛び退いた。よっぽど、さっきのことを気にしているのだろうか?私は全然気にしていないのに。まぁ、事故とはいえ異性の裸を見てしまったのだから、罪悪感を覚えるのも仕方ないことかもしれない。
「何って、雅もシャワー浴びるでしょ?私はもう出たから、入っていいわよ?」
「でも、千聖まだ髪も」
「これぐらい大丈夫よ。それより、雨でビショビショでしょ?早く暖まらないと風邪引いちゃうわ。私のことは気にしなくていいから、早く暖まってきて」
「う、うん。ごめん」
そう言うと、雅はそそくさと脱衣所へと消えていった。まるで逃げるかのように。明らかに様子がおかしい。といっても、罪悪感から来る気まずさによるものだと思うが。私はそこで、視線をテーブルに向ける。そこには、飲み干されたコップとともに雅の着替え一式が置かれていた。どうやら、慌てるあまり置き忘れていったらしい。私は、その着替えを抱えて浴室を目指す。
脱衣所の扉をノックする。が、返事は返ってこない。どうやら、既に浴室に入ったらしい。先ほどのような事故が起きないように、念には念を入れてゆっくり扉を開いていく。思った通り、脱衣所内に雅の姿はなかった。私は、着替えを持ってきた旨を説明するために雅に声をかける。
「雅」
「ひゃ、ひゃい!?ど、どうしたの・・・?」
またも、素っ頓狂な声を上げる雅。罪悪感を抱えている彼に思うのは不謹慎かもしれないが、今の声は少し面白かった。
「どうしたのって、リビングに着替え置き忘れてたから持ってきたわよ。置いておくわね」
「あ、そっか。ありがとう」
私は、雅に説明をし、着替えを置く。そして目に入るのは、床に脱ぎ捨てられた雅の服。よっぽど早くお風呂に入りたかったのだろうか。いつもなら丁寧にたたんでくれているはずなのに、今日は床に散乱していた。私は、その衣服を片付けつつ、雅に声をかける。
「雅。さっきのことなら、あまり気にしなくていいわよ?私は全然気にしてないから、大丈夫よ?」
「あ・・・うん、ごめんね」
その声には、やはり元気がなかった。まぁ、直ぐに元に戻れというのは無理な話かもしれない。いくら私が気にしないといっても、雅はそれを受け入れないだろう。雅は人一倍優しい。だからこそ、いざという時の罪の意識も人一倍強い。ほとぼりが冷めるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。
私は脱衣所を後にし、リビングに入る。夕食の準備をするには時間が少し早い。何をして時間をつぶそうかと考え、そういえば今度撮影するドラマの台本があったと思い出す。内容自体はすでに完璧に覚えているため、読む必要はあまりないのだが、こういうものは何度も目を通すことによって演技に対する新たなアイデアが生まれたりする物だ。そう思い至り、台本を静かに開く。
台本には、事細かに注釈が記されていた。もちろん記入したのは私だ。ここはこのように演じる。ここのセリフはこの部分で何秒の
今度のドラマで私が演じるのはロシアからの帰国子女の役だ。その設定を活かすため、セリフにもロシア語のものが多い。最初は発音に苦労するかもしれないと思っていたけれども、予想以上に上手く話せたために自分でもビックリした。もしかしたら、私はロシアでも生きていけるかもしれない。なんだか、ロシアに親近感が湧いてきた気さえしてくる。いつか、実際に行ってみたいものだ。
そして、そのまましばらく台本と向かい合っていると、雅がリビングに入ってきた。そして、近くに置いてあったギターを手に取る。雅は今、今度リリースする予定の自身の新曲を作っていた。おそらく、その続きを今からするのだろう。
「ご、ごめん。ギター弾いてもいいかな?」
「えぇ、いいわよ」
ギターを弾く許可を取ってくる雅。いつもならそんな確認をせずに弾き始めている。やはり、まだ罪悪感は消えていないらしい。まぁ、時間が経てば消えるでしょう。私が気にしたところでどうすることもできない。こればかりは、雅自身の問題なのだから。そこでふと、私は雅に視線を向ける。ギターを弾くのに集中している雅。私が注目したのはその髪だ。濡れている。おそらく、禄に乾かしもせずに出てきたのだろう。このまま放置しておくと、風邪を引く可能性もある。そう考えて、私はタオルを手に取り立ち上がり、雅に近づく。そして、背後からタオルを雅の頭に被せた。
「ち、千聖?」
「ほら、まだ髪が濡れてるじゃない。いいから、じっとしてて」
「あ、うん。ありがとう」
そして、ゆっくりと丁寧にその髪を拭いていく。拭いていると、シャンプーの良い香りが漂ってくる。このシャンプーは、私のお気に入りのものだ。昔から愛用しており、雅にも同じ物を勧めている。このシャンプーは、なんといっても香りが良い。バニラのような後引く甘い香りが大好きだ。
雅は、私が髪を拭いている間ギターを中断している。邪魔しないように気を使っていたつもりだったけど、この行為自体が既に邪魔になっていただろうか?だとしたら、早く終わらせないといけない。あまり、雅の邪魔はしたくない。かといって、雅の髪をこのまま濡れた状態にしておくわけにもいかない。雅には申し訳ないけれど、もう少しだけ我慢してもらおう。そして数分雅の髪を拭き続け、完璧に乾かすことができた。
「はい。これでもう大丈夫よ。ギターの邪魔をしてごめんなさい」
「う、ううん。謝るなら僕の方だよ。台本覚えてたんでしょ?邪魔してごめんね」
「私なら大丈夫よ。もう台本自体は覚えてあるの。今はただ復習をしてただけ。だから気にせずギターを続けてくれていいわよ」
「う、うん。ありがとう」
そして、雅から離れてまた元の位置に座る。雅のギターをBGMにまた台本を読もうかと思っていたのだけれども、その雅がギターを弾かずに、そのままケースに直してしまった。
「あら?ギターを弾かないの?」
「う、うん。なんだか集中できなくて」
「集中できない?珍しいわね。大丈夫?体調が悪いの?」
「な、なんでもないよ。大したことじゃないさ。そ、そうだ。テレビでも見ようか。何か面白い番組やってないかな」
珍しい。本当に珍しい。雅がギターに、音楽に対して集中しすぎることはよくあることだ。それこそ、時間を忘れてしまうほどに。しかしその逆、集中ができないというのは非常に珍しい。珍しいどころか、初めてかもしれない。そんなことが過去にあっただろうか?覚えがない。
どうやら体調が悪いというわけでもないらしい。先ほどの罪悪感が何か関係しているのだろうか?わからない。初めてのこと故に、何も原因がわからない。考えても答えが出そうにない。答えがわからないまま、雅が付けたテレビに目を向ける。
「あーん。いいわ。もっと私をめちゃくちゃにして!」
そこには、ドラマの濡れ場シーンが映し出されていた。艶やかな女優さんの演技が光る。私もいつか、あんなドラマに出ることもあるのだろうか?正直、雅がいる手前そっち系の描写がある作品には出たくない。
そんなことを考えていると、付けたはずのテレビが一瞬にして消された。消した犯人はもちろん雅だ。でも、なんで消したのだろうか?疑問に思い、雅の方を見てみる。そこには、俯く雅がいた。その肩は、なんだか震えているように見える。一体どうしてしまったのだろうか?
先ほどのテレビに何か原因があるのだろうか?先ほどのドラマに何か原因が。そもそも、ドラマだけが原因なのだろうか?今日の雅は様子がおかしかった。それは例の事件に対する罪悪感からくるものだと思っていた。だけど、果たして本当にそれだけが原因だったのだろうか?
そこで、私はふと気づいてしまった。二つの事象が一つの要因に繋がれる。あぁそうか。今日の雅がおかしかった原因は罪悪感が原因では無かったのか。勿論、それも原因の一つとしてあるだろう。だけど、最たる原因は違う。最たる原因、それは思春期特有の性欲だろう。
おそらく、雅は不意の事故とはいえ私の裸を見てしまって、発情してしまったのだ。それ以降、私が話しかけるたびに自分の中に生まれた欲望を抑え込むのに必死になって、どこか様子がおかしくなっていたというわけだ。それなら、先ほどのドラマを見たときの反応にも納得がいく。これで間違いないだろう。
ただ、雅にとって間違えていたことが一つある。それは、別にそんな物抑え込む必要なんて無いということだ。私達の間には、暗黙のルールがいくつかある。その内の一つに、そういった行為は高校卒業まではしないというものがある。だけど、そんなルール知ったことではない。雅がしたいなら、すればいい。雅のことよりも優先される暗黙のルールなんて存在しない。私は、そんな雅に従うだけ。
だからこそ、私は決意して椅子から立ち上がった。そして、雅へと近づく。顔が熱い。今から私達がする行為を思うと、自然と体が熱くなってくる。当然ながら、私にはそういった経験が一切無い。勿論不安だ。勿論恥ずかしい。だけど、それ以上に嬉しくもあった。あぁ、私は雅に捧げることができるんだと思うと、喜ばしくて仕方が無かった。
雅に近づき、しゃがみ込む。雅は眼を瞑って、震えていた。おそらく、私が近づいたことにも気づいていないでしょう。そんな雅の足に手を乗せる。目を開けた雅が、私のことを見て驚いたような表情を見せる。今になって、恥ずかしさが頂点に達してきた。だけど、今更引き返す気も無い。私は、勇気を振り絞って雅に告げた。
「み、雅。その、み、雅がしたいなら・・・私は、その、いいわよ・・・?」
雅の目が、驚愕により見開かれる。そして、その体が先ほど以上に震えているように感じる。おそらくこれは、歓喜から来る震え。雅は喜んでいるのだ。嬉しいのだ。私からの許可が出て。自身が抑えてきた性欲を解き放つことができて。そして、嬉しいのは私も同じだった。いつか、こんな日が来ると思っていた。初めては勿論、いえ、これから先私が関係を持つのは雅だけだと決めている。そして、ついにその日が来た。これが嬉しくないわけがない。
「ち、千聖。僕は・・・ぼ、僕は・・・」
「いいのよ。遠慮なんてしないで。雅・・・来て・・・」
雅の手が私に迫ってくる。それを私は嬉々として受け入れる。私まで残り数十センチ。さぁ、早く来て。私はもう準備できている。私まで残り数センチ。さぁ、今私は、あなたに全てを捧げる。
ピンポーン
しかし、捧げることは叶わなかった。誰かがチャイムを慣らす。なんてタイミングだろうか。奇跡的間の悪さだ。
「もう。こんな時に誰よ」
「はぁ。仕方ないか。ちょっと出てくるよ」
こんな雨の中態々来てるのだ。出ないわけにもいかないだろう。私はため息を一つ吐き、出ていく雅を見送る。程なくして、玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、雅君!良かったー。中々出てきてくれないからいないのかと思ったよ」
彩ちゃんの声だ。こんな雨の中何をしに来たのだろうか?まさか私達の邪魔をしに来たわけでもあるまい。もしかしたら、長くなるかもしれない。そう思い、私はまた椅子に座り直す。
「彩ちゃん?雨の中いらっしゃい。こんなところで立ち話もあれだし、まぁ上がっていってよ」
「うん!お邪魔しまーす」
玄関からそのような会話が聞こえてくる。どうやら、本格的に上がっていくようだ。これじゃ、今日はもう雅とできないかもしれない。私はまた一つため息を吐き、側に置いてあった台本を手に取った。それから直ぐに、二人がリビングに入ってきた。
「あら?彩ちゃんじゃない。どうしたの?」
「あ、やっぱり千聖ちゃんもいたんだ。実はさっきまで私バイトしてたんだけど、終わって帰ろうと思ったらこの雨でしょ?今日雨降るなんて予報で言ってなかったから傘持ってきてなくて。それで、バイト先から家まで傘を差さず帰るのも遠いし、だったら雅君の家で雨宿りさせてもらえないかなーなんて思ったんだけど、ダメかな?」
なるほど。雨宿り目的でやってきたらしい。それは、バイト先ではできなかったのかしら?まぁ、店内だとお客さんや店員さんが忙しなく動き回るから邪魔になるのかもしれない。それにしても、雨宿り先に雅の家を選ぶのはどういうことかしら?
仮にも、雅は男だ。そんな一人暮らしの男の家にびしょ濡れの状態で転がり込むなんて、女として危機感が無いのではないだろうか?今回は私がいたからいいけれども、どういう危機管理能力をしているのかしら?これは今度お話が必要ね。きっと、雅なら大丈夫だと思ったとか、私がいると思ったからだとか言われるのでしょうけど。
「うん。事情はわかったよ。そういうことなら、ゆっくりしていっていいよ」
「本当?ありがとー!」
「だったら彩ちゃん。お風呂に入ってくるといいわ。そんな濡れた服でいつまでもいると風邪引くわよ?着替えは私のを貸してあげるから。浴室に案内するわ」
「え?いいの?本当に助かるよ-!ありがとう!」
そして私は、彩ちゃんと二人リビングから出て、浴室へと向かった。それにしても、本当に何でこんな時に来てしまったのかしら?彩ちゃんも大変だったのはわかる。だけど、どうしてもやるせない気分になってしまう。
「ち、千聖ちゃん。なんだか顔が怖いよ・・・?」
「ふふっ、気のせいよ。ここが浴室よ。ゆっくりしてていいわよ」
「うん!ありがとう!」
そして彩ちゃんを浴室に案内し、着替えを渡してリビングに戻る。そこでは、雅がドンヨリとした空気を放っていた。
「雅・・・」
そして私も、ドンヨリとした空気を放ち、椅子に座る。彩ちゃんがいるのに、そういった行為をする度胸は私にも雅にも無い。最高の気分から、一瞬にして最悪の気分へと突き落とされた。本当にショックで泣きそうだ。
「え?何?この空気?」
そして私達は、彩ちゃんがお風呂から上がってくるまでその状態を維持し続けた。ダメね。彩ちゃんが見てるのに、早く立ち直らないと。
「ふふっ、大したことじゃないのよ。さて、そろそろ晩ご飯の準備をするわね。彩ちゃんも食べていく?腕によりをかけて振る舞うわよ」
「え?いいの?じゃあお言葉に甘えて!何か手伝うことある?」
「気にしなくていいわよ。適当に雅と時間をつぶしてて」
そして、私は立ち上がりエプロンを手に取った。夕食を丹精込めて作っていく。その後ろからは、ギターの音色が絶えず響いていた。どうやら、雅も完全に開き直ったらしい。まぁ、今日みたいな日は開き直らないとやってられない。本当に、思い出しただけで泣けてくる。
その後彩ちゃんは、結局私が帰る時間まで雅の家で過ごしていった。私が帰る頃には、雨もすっかり止んでおり、綺麗な満月が顔を出していた。今日は本当に天国と地獄を味わった気分だった。
最高の気分から最悪の気分への突き落とし。本当に質の悪い冗談だ。まぁ、機会はいくらでもあるのだ。私達の未来はまだまだ長い。遅かれ早かれいつかは幸せな瞬間がやってくる。その時を、捧げる瞬間を私はノンビリ待ってればいい。気長に待ってればいい。
幸せはいつか訪れる。待ってればいつか訪れる。そう遠くない未来に。私は、その瞬間を夢想し、幸せな帰り道を堪能したのだった。雅と二人での、幸せな帰り道を。いつかくる、幸せに想いを馳せながら。雅と、二人で。
あら?彩ちゃんもいたのを忘れてたわ。ふふっ。
どうも、ソウリンです
超お久しぶりの同日投稿です!これからもがんばりゅ!
お気づきの方もいるかもしれませんが、実は今回のお話秋時雨イベントの裏側という裏設定があります
秋時雨に傘をは本当に最高のイベントですよね
さよひなを語る上では絶対に外せません(笑)
この前のファミ通のアンケートでも、好きなイベントランキングで2位に大差を付けて1位になってましたもんね。それも当然だと思います
まぁ、それを見越して自分はさよひな七夕イベに投票したんですけど、見事にランキング外でした(白眼
悲しみ
それと、今回のサブタイトルは、ノブナガ・ザ・フールよりDEDICATEです
歌ってるのはヒミコというキャラです。というより、キャラソンですね
マイナーすぎると思ってる
そして、勤めてる声優さんは東山奈央さんです
初めて見る人は、絶対名前読み間違える声優名上位ランカーじゃ無いでしょうか?簡単だけど読めない!って名前ですよね
「ひがしやまなお」ではありませんよ
「とうやまなお」です
実は今回のサブタイトル、過去最高に悩みました
基本この作品のサブタイトルって、話の内容から汲み取って、雅編千聖編どちらかのタイトルを先に決めて、それに関連する知ってる曲からもう一方のサブタイトルきめるんですけどね
ストーリーを作ってる段階、要するにプロット段階で既に両サブタイトル決まってるお話も多くあるのですが、話をいざ執筆してる段階で閃く物もあるんですよね
で、今回のサブタイトル、雅編のサブタイトルは実はプロット段階で「いけないボーダーライン」に決まってたんですよ
ですが、千聖編が全然決まらなくて困ってたんですよね
知ってる曲から探しても、全然候補すら見つからない有様
困りに困って、曲検索サイトで色々と探すことになっちゃったんですよね
で、マクロス関連じゃ全然見つかんない
声優関連でもめぼしいの見当たらない。
じゃあもう声優が演じてる他作品のキャラしかねーじゃんと思い、探していったわけです
で、東山奈央さんの演じてるキャラで調べていた時、ふと気になる曲を見つけたんですよね
知らない英単語でした
どういう意味なんだろう?と気になってグーグル翻訳にかけました
その結果、今話のサブタイトルにこれ以上相応しい物は無いという結果に至りました
DEDICATE、その意味は、捧げる、献身するです
まさしく、今話の千聖にお似合いのサブタイトルでした
まぁ、悔しいことは、初めて知らない曲をサブタイトルに使用したことですね
ノブナガ・ザ・フールという作品は、名前は聞いたことあるけど、それだけっていう作品なんですよね
キャラとか全くわからないんで、このヒミコというキャラがどういう子なのかも全くわからないんですよね
まぁ、素敵なサブタイトルが見つかって安心しました
え?そんなに悩むんだったらサブタイトル普通なのにしろって?
だってこういう付け方なんだか面白いんだもん(開き直り
サブタイトルって、各話の顔みたいなものですからね
普通に付けようにもやっぱり悩んじゃうものですよね
だったら、どうせなら楽しく考えようと思ったのがこのサブタイトルなんですよね
まぁ、数多ある二次創作小説
こういう作品が中にはあってもいいと大目に見て下さい(笑)
では、今回はこの辺で
次回は雅編です。またオリジナルストーリーになります
投稿目標としては、平成の間としておきます
まぁ要するに今月中なんですけどね(笑)
ただ、今月から新年度が始まり、職場の人事体制も変更になりました
その変更が大幅だったうえに、碌でもない変更だったために、かなり今仕事がばたついています
その影響で遅れる場合もありえますのでご了承下さい
またでき次第、午前0時に投稿します
ではでは、また次回もよろしくお願いします!