千聖編です
「まもなく、男子100M走が始まります。出場する選手の皆さんは、入場口までお集まりください」
そんなアナウンスが、会場内に響き渡る。今日は、雅が通う花咲川高校の体育祭だ。私は今日、雅の応援をするためにこの高校に足を運んでいた。と言っても、今日は私一人では無い。
「あ、おにいさんいますね。おや?おにいさんの前の列に高身長イケメンが!これは優良物件ですね」
今日は妹の千景も一緒に来ている。千景は、来年この学校に入学するつもりだ。そのための、事前調査という形で今日は来ている。表だった名目は、校舎見学及び、生徒の雰囲気調査としているが、本人の最大の目的は、運命の人探しだ。
千景は、私と雅の関係に憧れて、自分も素敵な異性、運命の人に出会いたいと考えている。この高校を選んだのも、それが主な目的だ。この高校は、男女比率が男子に大きく偏っている。そのため、運命の人に出会える確率も高いはず、という本人談だ。運命の人探しはいいけど、本当に悪い男にだけは捕まらないようにしてほしい。
「あの高身長イケメンさん凄いですね。同走の生徒さんもおそらく走力上位に入るような人達だと思いますけど、そんな人達に圧勝ですか。これは中々、興味深い物件ですね」
「ツバをつけておくのはいいけれど、その物件って言い方なんとかならないの?まるで物扱いじゃない」
「おっとこれは失礼しました。品が無かったですね。おや?姉さん、次はおにいさんの番みたいですよ」
千景に言われて、走者の方に目を向ける。確かにそこには、雅の姿があった。その姿が見えると、観客席から黄色い声援が飛び交う。雅は当然のことながら、女性ファンが多い。声援にも、雅様と聞き慣れた愛称で声援を送る人も多い。
「さぁ!お聞き下さいこの声援!これも全て、次の走者、その内の一人に送られたものです!それはもちろん、皆さんご存知この男、黒城雅だ!」
実況席からも、一際大きな実況が飛んでくる。慣れた手つきで、その声援に向けて片手を軽く上げて応える雅。だけど、その意識は、視線は観客席には向けられていない。ただ一点、百メートル先に設置されたゴールテープだけを見据えている。ライブの時にも劣らない、凄い集中力が今発揮されている。
「おー、これまた凄い歓声ですね。それに、歓声の大半は女の人みたいですね。まぁ、当然のことですけど。姉さんも、少しは妬いちゃうんじゃないですか?」
「そんなことないわよ。今の雅を見ればわかるわ。雅にはこの歓声は聞こえていない。いえ、聞こえてはいるかもしれないけれども、意識には入っていない。今反応を返したのだって、無意識に体が反応しただけよ。決して雅が
「おー、さすが姉さん。これが正妻の余裕という奴ですか」
「正妻って、まるで側室がいるみたいに言わないでくれるかしら?」
そんなくだらないやりとりを千景としている内に、レースがスタートする時がやってきた。雅を含めた六人の走者が、クラウチングスタートの姿勢を取る。そして、合図となるピストルの音が鳴った。最初に前に躍り出たのは雅だった。とはいっても、ほんのわずかな差だ。後続の五人もほぼ横並びの状態。
見たところ、六人の走力に大した差は無いように見える。そのまま、団子状態でゴールに突っ込んでいく。結果、雅は三位となった。結果こそ残念ではあるけれども、このレースを見ていたならわかる。ほんの少しの切欠で、この順位は違う数字に変わっていたであろうことに。
まぁ、上の順位に変わる可能性は大いにあったものの、場合によっては下の順位に変わっていた可能性も十分にあった。今回はこの順位で良かったのではないだろうか?といっても、本人は納得していないかもしれないけれども。その証拠に、こちらへ向かって歩いてくる雅の顔は、浮かない顔をしていた。
「お疲れ様雅。残念だったわね」
こちらに近づいてきた雅。やはりその顔は申し訳なさそうな顔をしている。大方、折角私達が応援に来ているのに、一位になった姿を見せられなくて申し訳無いと思っているのだろう。そんなこと、気にしないのに。
「あはは、情けないとこを見せちゃったね」
「そんなこと無いわ。すごくかっこよかったわよ。ただ、ちょっと運が悪かっただけ。次は絶対勝てるわよ」
「千聖、うん。ありがとう」
「うむうむ、青春の一ページって素晴らしいですね」
雅を励ましていると、千景が茶々を入れてくる。本当に、この子がいると雅とゆっくりお話することもままならない。別に、嫌なわけではないのだけれども、できたら雅と二人にしてほしいとも思う。
「はぁ、千景。あなたは校舎の見学でもしてきたら?先生にお願いしてるんでしょ?」
「え?そ、それは私が邪魔だということですか?」
「誰もそんなこと言ってないわよ。ただ、あなただって学校の見学したいんでしょ?そう思って提案しただけよ」
「うぅ、わかりました。ただ、姉さんに追い出されたと思い込んだ私は、ショックのあまりおにいさんのファンクラブ掲示板に姉さんとの有ること無いこと書き込むかもしれませんが」
「やっぱりあなたはここにいなさい。どこにもいかないで」
「え?いいんですか?それじゃお言葉に甘えて」
「あはは、千景は相変わらずだね」
本当に相変わらずすぎて困る。昔から、この子は口が強い。私だって、芸能界という荒波で揉まれた人間。口にも自信がある。だけど、この子を相手にするとどうも勝てる気がしない。
「ただいまより、二年生男子による借り物競争の入場準備を開始します。出場する生徒は速やかに集合してください」
と、雅達とそんな他愛も無い雑談をしていると、そんなアナウンスが聞こえてくる。確か、借り物競走は雅も出場する競技だったはずだ。それにしても、出場競技の感覚が短くないだろうか?さっき、競技を終えたばかりな気がするのだけど。
「あ、ごめん出番だからいってくるよ」
「あら?もう出番なの?早くないかしら?」
「うん。まぁこれも戦略の内なんだよ。僕はここさえ乗り切れば最後のリレーまで出番が無いからね。リレーに向けて体力を回復しておく作戦だよ」
確かに、リレーは体育祭の目玉競技だ。最後を飾るに相応しく、配点も高めに設定されていたはずだ。優勝を狙うなら、このリレーでいかに結果を出せるようにそれまでの競技を組み立てるかも重要になってくるのかもしれない。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「えぇ、頑張ってね」
「姉さんのことはご心配なく。私がちゃんとお守りしておきますので」
「それは余計心配になるだけよ」
「あはは、まぁ、頑張ってくるよ」
そう言って、集合場所へと向かっていく雅。その背中からは、気力が満ちあふれているように感じる。よっぽど、さっきの百メートル走で負けたのが悔しかったのだろう。次は絶対に負けないと意気込んでいる。そのやる気が空回りしなければいいけれども。
「おにいさん大丈夫でしょうか?なんだか少し、気合が入りすぎているようにも感じるのですが。少し心配ですね」
「その割には、あなた楽しそうな顔してるわね」
「えぇ、それはもちろん。なんだか面白そうなことが起きそうな予感がしてるんですよね。だってほら、借り物競走と言えば、体育祭の恋愛イベントの定番じゃないですか。二人三脚、フォークダンスと合わせて三大体育祭恋愛イベントですよ。それなのに、何かを期待しないなんて、ありえないじゃないですか」
「はぁ、どうせそんなことだろうと思ったわ」
そもそも、そんな都合のいい話があるわけがない。千景が言いたいのは、借り物競走のお題で恋人に関するネタが当たるかもしれないということだ。そう簡単に当たるわけがない。もし当たったとしたら、なんだか運命的な気がして嬉しいけれども。
と、そんなことを考えている間にも、借り物競走が進んでいく。だけど、どうならお題の難易度がかなり高めに設定されているらしい。ほとんどの走者が、お題を見つけられずにギブアップしている。ゴールできる走者なんて、一組につき、一人二人ぐらいだ。
そのゴールできた走者の持って帰ってくる物も、色々とおかしい。サボテンに、蜂の巣に、ミッシェルとバラエティ色が豊かだ。そもそも、なんでミッシェルがこんなところにいるのだろうか?あの中身は美咲ちゃんなのかしら?気になるわね。因みに、蜂の巣を持ってきた生徒はその後蜂との熾烈な追加レースを行っていた。姿が見えなくなったけど、大丈夫かしら?そして、ついに雅の番がやってくる。
スタートの合図と共に、勢いよくお題の書かれた紙に向かう雅。だけど、走力的には周りの生徒の方が上みたいだ。少し遅れて紙を拾う雅。そして、中身を確認するなり、一目散へこちらへ駆け出した。見間違いだろうか?私達の席に向かってきてる気がするのだけれど。そして雅は、本当に私達の席の前までやってきて、止まった。
「え?雅?」
「おやおや?もしかして、この展開は?」
「ごめん千聖。一緒に来て!」
そう言うなり、雅は私の手を取って引っ張った。だけど、私には一つ問題があった。
「ちょっと待って、私今靴も履いてないから」
そう。私は今、靴を履いていなかった。私達の座る観客席は、ビニールシートが敷かれているだけの簡易的なものだ。まさか、ビニールシートの上に土足で上がっているわけが無い。なので、せめて靴を履く時間が欲しかった。だけど、どうやら雅はその時間も許せなかったらしい。
「千聖、ごめん!」
「え?きゃっ!」
「あらあら、これはシャッターチャンスですね」
急に何かを覚悟したかのような表情をしたかと思うと、私のことを横抱きにした。所謂、お姫様だっこという状態だ。確かに、これなら靴はいらない。だけど、かなり恥ずかしい。お姫様だっこ自体は、別にされるのが初めてというわけではない。以前にも文化祭のお化け屋敷で雅にしてもらったことがある。
だけど、こんな大勢の人前でっていうのはさすがに初めてだ。周りからの視線を感じてかなり恥ずかしい。そして、そのままの状態で雅は走り始めた。すぐに、周りの視線が最も集まるグラウンドの中に入っていく。
「おーっとこれは!早くもグラウンドの中に走者が一人帰ってきました!しかし、なんてものを持ち帰ってきたんだ!帰ってきた走者は黒城雅!そして、持って帰ってきた借り物は、顔は胸元に隠れて見えないが間違いないでしょう!今ワイドショーでも熱愛が報じられている、日本一有名な高校生カップルの片割れ、女優兼アイドル、白鷺千聖その人だ!」
グラウンドに入るなり、そんなハイテンションな実況が聞こえてくる。と同時に、観客からの歓声も聞こえてくる。女性客からの黄色い声や、羨む声。男性客からの野次にも似た声や、私への声援。マイナス的に聞こえる声も入っているが、それらの声も口調等から本気で言っているのでは無く、冗談目的で言っていることがわかる。
「さぁ、黒城雅、ゴール目前!後続の姿は未だに見えないぞ!圧倒的!圧倒的早さで今、ゴールイン!このレース勝者は、黒城雅だ!色んな意味で勝者だな!羨ましいぞこの野郎!」
実況の野次を背に雅が今ゴールした。その間、当然ながら私はずっと抱えられている。雅の腕で抱えられている私。胸元に抱えられている私。雅の鼓動が直ぐ近くで聞こえる。走ったため、凄く早く動いている。その音を聞いて、なんだかまた恥ずかしくなる。
「一位おめでとうございます!念のために、お題を確認させてください!」
そう言って、誰かが近づいてくる。私には、その姿が見えない。まぁ、雅の胸にずっと顔を埋めてるから当然だけれども。ただ、声の内容からどのような役割をした子なのかは大体わかる。それにしても、本当に今回のお題はなんだったのだろう?私に関する物だとしても、色々と考えられる。少し、気になってしまう。
「ごめん。渡したいのは山々なんだけど、この子の靴が無くて、降ろせないんだ。ちょっとだけ待って」
そういえばそうだった。この状況に慣れてきていたせいで忘れていたけれども、私は今靴が無いのだった。雅に降ろしてもらおうにも、降ろしてもらえない。非常に困った状況に置かれていた。
「はいはい、こうなるだろうと思って、お届けに来ましたよ」
と、二人して困っていると、そんな千景の声が聞こえてきた。その内容からして、私の靴を持ってきてくれたのだろう。案の定、直ぐに雅が私を降ろしてくれて、靴を履くことができた。久々に地に足をつけることができた。自分の足で立てるって、素晴らしいことだと実感できた。
「さすが千景。ありがとう」
「本当に助かったわ」
やっぱり、今日は千景も来てくれていて助かったかもしれない。このままだと、また席まで雅に抱いていってもらわないといけなかったかもしれない。私としては、それはそれで有りかもと思ってしまったのは秘密だ。
「えーっと・・・お幸せに?」
「あはは、うん、ありがとう」
そして、女生徒にお題の書かれた紙を見せる雅。私にはその内容は見えなかったけど、その女生徒の反応が凄く印象的だった。おそらく、何かしら抽象的な書き方で私、というよりは恋人のことを書いていたのでは無いかと思う。一体どんな書き方だったのか少し気になる。だけど、その後雅に聞いても、はぐらかされて教えてくれなかった。余計に気になってしまう。
まぁ、何はともあれ雅が一位になれて嬉しかった。これで後はリレーだけらしい。それまで、鋭気を養うと雅は言っていた。そのためにはまずはお昼ご飯だ。今日は腕によりをかけて豪勢に作ってきた。雅もきっと気に入ってくれるはず。このお弁当を食べて、最後のリレーも絶対に勝ってもらう。私はるんるん気分で、自分達の観客席に戻るのだった。
雅と一緒に、雅のクラスへ報告に行ったらサイン責めにあったことだけ追記しておく。
お昼休みになった。
私達三人は、ブルーシートの上でお弁当を囲んでいた。昨晩から仕込んでおいた、自慢の三段重だ。我ながら素晴らしい完成度だと思う。これならきっと、二人も満足してくれるでしょう。
「朝からこんなに作ってくれてたの?大変だったでしょ」
「そんなこと無いわよ。仕込みは昨日のうちに済ませてたから、見た目ほど労力はかかってないわ。さぁ、遠慮無く食べてね」
「はい。では遠慮無く」
「あなたは少し遠慮しなさい」
そう言って、いち早くお弁当に手を伸ばす千景に少し呆れる。でも、美味しそうに食べてくれてるので良しとしましょう。やっぱり作った身としては、美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しい。作った甲斐があったというもの。その顔を見せてくれたことに免じて許しましょう。
「あ、千景。その唐揚げは僕が狙ってたんだぞ!」
「ふっふっふっ、甘いですねおにいさん。世の中には早い者勝ちなんていう素晴らしい言葉があるんですよ。・・・て、おにいさん、その磯辺揚げは私が狙っていた・・・」
「ふっふっふっ、甘いね千景。世の中には早い者勝ちなんて便利な言葉があるんだよ」
「むぬぬ、やりますねおにいさん」
「そう言う千景こそね」
「はいはい、量も余裕を持って作ってきたし、お弁当は逃げないわよ。もっと落ち着いて食べましょうね」
「はーい」
子供みたいに取り合いをする二人を見て、それを注意する。そんなやり取りをして、なんだか世話のかかる夫と娘を叱りつけるお母さんみたいだな、なんて考えて恥ずかしくなる。おそらく、顔もまた赤くなってしまっていることでしょう。幸い、二人はお弁当に夢中で気づいていない様子。良かった。もし千景に見られていたら、どんなことを言われていたかわからない。
そしてその後も、二人の食事ペースは衰えない。余ることを想定して作ってきたはずのお弁当が、見事に数十分で跡形も無くなっていた。正直に驚いた。特に雅の食欲は本当に凄かった。いつもの倍は食べていたのではないだろうか?体を動かして、食欲が増したのだろうか?でも、最後まで美味しそうに食べてくれたから嬉しかった。
「さて、では私はこれより校舎見学に行って参りますね。お二人はお好きにラブラブしていてください」
「別にこんなところでしないわよ」
「おや?こんなところではしない?ということはする場所もあるということですよね。それは具体的にはどのような場所で」
「いいから早く行ってきなさい!」
「あはは、千景は相変わらずだね」
「本当に、相変わらずすぎて頭が痛くなるわ」
そう言って私は頭を抱える。千景は本当に相変わらずの調子だ。家でもよくからかわれている。あれさえなければ、良く気が利く良い子なのだけれども。まぁ、本人も直す気が一切無いみたいなので、願うだけ無駄だろう。本当に、どうしてこんな風に育っちゃったのかしら。
そんな、千景に頭を悩ませている中、ふと雅を見てみると、コク、コク、と船をこいでいた。満腹になって眠くなってきたのだろうか?今にも寝てしまいそうな状態だ。
「雅?眠いの?」
「うん。お腹いっぱいになったからかな。なんだか眠くなってきたや」
そう言って、我慢できないとばかりに横になろうとする雅。よっぽど眠いのだろう。その発言も、なんとか言えましたといった様相だ。寝転がれば数秒で夢の中に入ってしまいそうな気がする。
「ごめん、少しだけ寝るよ」
「あ、待って。そのまま寝転がると痛いでしょ?ほら、頭乗せて」
しかし、雅が今寝転がろうとしていた場所はブルーシートの直ぐ下が地面になっている。そもそも、この観客席すら、地面の上にブルーシートを敷いただけの簡易的な作りになっている。寝転がると、頭の下が固くて寝にくいだろう。寝るには適していない場所だ。だから、私は雅に枕を提供することにした。枕と言っても、私の膝だ。されど、無いよりはマシだろう。
「いいよ、このままで。そんなことしてもらうなんて、千聖に悪すぎるから」
「私なら気にしないわよ。それとも、私の膝の上なんかじゃ寝れないとでも言うのかしら?」
拒否されたので、少し悪戯っぽく言ってみる。勿論、雅がそんなことを思っているなんて微塵も思っていない。ただ、雅の逃げ道を塞いだだけ。こんなことを言われて、雅が拒否できるわけが無い。我ながら、ずるいことをしていると思う。だけど、雅が頭を痛めるよりはマシだろう。それに、困ってタジタジしている雅がなんだか可愛いので、言ってみて良かったと思う。
「うっ、じゃあお言葉に甘えます」
「ふふっ、はい、どうぞ」
そして、私の膝に頭を乗せてくる雅。丈の短いスカートを履いてきていたため、素足に雅の頭が当たる。髪の毛が太ももを撫でて、少しくすぐったい。雅の顔が直ぐ近くにある。それを見て、なんだか恥ずかしくなってくる。と同時に、幸せな気持ちにもなる。嬉しくて嬉しくて、堪らなくなってくる。
「寝心地はどうかしら?」
「うん。最高だよ」
「ふふっ、それは良かったわ」
その会話を最後に、雅は直ぐに寝息を立て始めた。よっぽど眠かったのだろう。寝付くまでに然程時間は要さなかった。そう言えば、最近雅は良く、朝隈ができていることがある。聞いてみても、最近寝付きが悪いとしか教えてくれなかった。そういうことも今日の寝付きの良さに一因しているのかもしれない。
本当ならば、このままずっと寝させてあげたい。だけど、この後雅には大仕事が残っている。寝させてあげたいのは山々だが、時間になれば起こさざるを得ない。そうやって、雅の頭を優しく撫でながら、寝顔を眺めていると、気づけば一時間以上が経っていた。
雅の髪の毛の触り心地が良く、更に寝顔が可愛くて飽きがこないまま、時間ばかりが経過していた。リレーまであと三十分といったところだろうか?もう少しだけなら、寝させてあげても問題無いだろう。そう思い、雅の寝顔を再び眺める。ふと、その柔らかそうな唇に眼がいく。
付き合い始めてから、幾度も重ねてきた唇。その感触も、何度味わったって飽きが来ない。その唇に、自身の人差し指を触れさせる。そして、その人差し指を自分の口元に持って行く。
「ふふっ」
そんな些細な事だけで、今まで重ねてきた唇の記憶が蘇り、自然と笑みがこぼれる。自然と幸せな気持ちになる。だけど、自分がしたことを思い返して、我ながら乙女っぽいな、なんて気持ちにもなる。誰かに見られていたらかなり恥ずかしい。
「乙女ですか」
「きゃっ!」
そしてその場面は、最悪な人物に見られていたらしい。千景が、私の前に立っていた。驚きのあまり、その場で立ち上がりそうになってしまった。立ち上がっていたら、雅の頭をその場に落としてしまうところだった。危ないところだった。だけど、今の私の置かれた状況は、それどころでは無かった。
「ち、千景、見ていたの?」
「えぇ、バッチリ見させて頂きました。姉さんって本当に見かけによらずウブで乙女っぽいですよね」
「・・・否定はしないわ」
私の顔は、今猛烈に赤くなっていることだろう。本当に、今日何度目だろうか?正に、顔から火が出てしまいそうな状態になっていた。穴があったら飛び込みたい。
「それより姉さん、おにいさんを起こさなくていいんですか?」
「え?」
千景に言われて時計を見る。すると、タイムテーブル通りに進めば後十分ほどでリレーが始まる時間になっていた。そろそろ雅を起こしてあげないと、マズいだろう。私は、気持ちよさそうに寝ている雅に申し訳無く思いつつも、その肩を揺らして声をかけた。
「雅、時間よ。起きて」
声をかけると、雅が徐に目を開ける。寝ぼけ眼をした雅。その表情が可愛らしくて、また自然と笑みが浮かぶ。
「おはよう、雅」
「うん、おはよう千聖」
様子を窺ったところ、体調も良好そうだ。これなら、リレーでもきっと良い結果を出してくれるに違いない。
「よく眠れたかしら?」
「うん。お陰様でグッスリだよ。ありがとう千聖」
「ふふっ、どういたしまして」
「ゴホン。えーラブラブしてくださるのは大いに結構なのですが、私がいることも忘れないで下さい」
雅とそんな何気ない会話をしていると、あからさまな咳払いをして間に千景が入ってくる。そういえば、千景もいたのをすっかり忘れていた。
「あら?千景いたの?ごめんなさい気づかなかったわ」
「おや?ずっといたのに気づかれなかった?これはまさか私、透明人間にでもなれましたか?もしかして今なら、おにいさんが寝ていた間に姉さんがしていたことを言っても、誰にも気づかれないんじゃ」
「ごめんなさい千景。私が悪かったわ。だからやめなさい」
自分でいじっておいて、直ぐにしまったと思う。そういえば、千景には取れたての新鮮な弱みを握られていたのだった。本当に、こういうことに関しては学習しない。いえ、そもそも、こうも姉に対して遠慮無く脅迫材料を使ってくる妹がおかしい。きっと千景がおかしいに決まっている。決して私は悪くない。
「千景、千聖は何をしていたの?」
「実はですね、姉さんは」
「ちょっと、千景、やめなさい!」
「ただいまより、、二年生クラス対抗最強リレーの入場準備を行います。参加する生徒の皆さんは速やかに集合してください」
「ほら、呼ばれてるから!早く行って!」
アナウンスに救われた。今私は心からそう思っていた。もう少しで千景に暴露されている所だった。本当に油断ならない。少しでも油断するとすぐにこういうことをしてくる。重ね重ね言うけれども、本当にこういうところが無ければ誇らしいほど良い妹なのに。と、そう千景のことを考えていると、雅がリレーに向かおうとしていた。そういえば、大事なことを伝えるのを忘れていた。そう思い、雅を呼び止める。
「雅」
「ん?何?」
「頑張ってね」
「・・・うん、勝ってくるよ」
そう言い残し、雅は集合場所まで歩いて行った。その背中からは並々ならぬ気迫を感じる。どうやら、私の気持ちはちゃんと雅に力を与えられたらしい。今の雅なら、きっと勝ってくれるだろう。
「うむうむ、青春の一ページって素晴らしいですね」
「あなた、それさっきも言ってたわよ」
なんて千景の発言に呆れながらも、雅の勇姿を見守ることに意識を集中させる。しばらくすると、リレーの火蓋が切って落とされた。雅はアンカーを努めるらしい。一番最後の走者。レースを締める重要な役割だ。まだまだ雅の出番はやってこないとはいえ、今からドキドキしてきた。
雅のクラスの作戦は先行逃げ切りらしい。とにかく序盤に速い人を揃えて、序盤で一気に差を広げる作戦らしい。その作戦通り、雅のクラスは序盤で大幅なリードを稼いでいた。しかし、レースが後半に突入すると、そのリードが少しずつ縮まっていく。走者が進むごとに、縮まって、縮まって、縮まっていく。そして、雅の番まで回ってきた。
「おや?あのおにいさんと一緒に待機しているのって、百メートル走にも出てた高身長イケメンさんじゃないですか」
そう千景が言う。確かに、雅と一緒に並んでいる人には見覚えがあった。百メートル走を走っていたときも見ていた。凄まじい速さで周りの生徒を圧倒していたのを覚えている。おそらく、学年で一番速いのではないだろうか?そんな人と、雅は優勝争いをするらしい。段々と前の走者が近づいてくる。そして、今雅にバトンが渡った。そしてその約三秒後にその背の高い人がバトンを受け取る。
その人は、本当に圧倒的なスピードを持っていた。雅も悪くない走りをしているけれども、そんなもの関係無いとばかりに一気に距離を縮めてくる。そしてゴールまで残り三十メートルというところで、真後ろにつけられた。
「ま、まずいわ。このまま行くと確実に負けちゃう・・・」
「そうですね。間違いなくおにいさんは負けてしまうでしょうね。むー、こうなったら奥の手を使うしかありませんね」
「奥の手?まだ雅に勝つ手段は残されているの?」
藁にも縋る思いだった。雅が勝つためなら、なんだってする。そういう思いで普段は気にもとめない千景の言葉に耳を傾けた。
「えぇ。単純なことですよ。姉さんがちょっと声援を送ってあげればいいんです」
「私が、声援を?」
「そうです。おにいさんがリレーに向かう際、姉さんの声援に応えておにいさんの気迫が上がっていたでしょう?でも、どうやらそれだけではまだ物足りなかったみたいですね。ならば、もう一押しです。もう一押し声援を送ってあげればきっと・・・」
「雅!負けないで!」
「って、躊躇無いですね」
人生でもこんな大きな声出したことあっただろうか?そう思うような声で雅に向けて声援を送っていた。千景の意見を聞くなり、私は直ぐさま実行に移していた。縋れる物なら何にだって縋り付く。その一心で声を張り上げていた。そんな私の声が届いたのだろうか?その後の雅の走りは目を見張る物だった。あの圧倒的な走力を持った人に並ばれながらも、決して抜かせない。それどころか、自身が前に出ようとしているのだ。
私は、そんな雅の姿に見惚れていた。本当にかっこよかった。ただただ、かっこよかった。ライブの時に見せるかっこよさとは、また違うベクトルのかっこよさ。私は、雅がゴールする瞬間まで、そんな雅の姿に見惚れていた。そして、ついにゴールテープが切られる。結果は・・・
「ここで両者ゴール!僅かな差ながら、先にゴールしたのは・・・な、なんと黒城雅だ!信じられません!まさかあの局面から勝利するなんて!これが愛の力なのか!?」
雅の勝利。その結果を見届けると、私の眼から自然と涙がこぼれ落ちていた。
「やった、やった!雅が勝ったわ!やったわよ千景!」
「ま、まさか本当に勝つなんて信じられません・・・これが本当に、愛の力なんでしょうか?」
千景が何か言っているが、そんなこと今の私の耳には届いていなかった。雅に目を向ける。すると、雅も丁度私の方に目を向けてくれる。雅が私に向けて、拳を突き出してくる。私もそんな雅に合わせて拳を突き出した。そして、顔には笑みが浮かぶ。雅も、私に負けじと笑みを浮かべる。その笑顔は、本当に眩しかった。滴る汗は、本当に美しかった。
このリレーの結果を経て、雅のクラスは無事に優勝を果たした。体育祭MVPには、当然のことながら雅が選ばれることになった。そんな、MVPなんて制度が体育祭にあるのかなんて思ってしまったのは、きっと些細なことだろう。
夕日が照らす帰り道、私は雅と二人並んで帰っていた。千景は、いつものごとく気を使ってか、一人で先に帰った。本当に、こういうところだけは気を使う子だ。まぁ、こちらとしても雅と二人でいられて嬉しいから、有り難い気遣いだとも思う。
「雅、改めてだけど、体育祭優勝とMVPおめでとう」
「うん、ありがとう。まさかMVPまで取れるなんて思ってなかったけどね」
おそらく、最後のリレーが決め手になったのだろう。あそこまで、感動的なフィナーレを飾られたら、誰も文句を言えないだろう。身内贔屓を抜きにしても、私だって雅を選ぶ。それ以外ありえないだろう。と、そんなことを雅と話しながら帰っていると、不意に雅の制服のポケットから何やら紙が落ちた。
「あら?雅何か落としたわよ?」
「え?あ、そうだった。体操着から着替えたときに制服のポケットに入れ直したんだった。ちゃんと入ってなかったのかな?」
私は、その紙を拾う。その紙には、見覚えがあった。借り物競走の時の、お題が書かれていた紙だ。あの時は、何が書かれていたのか気になっていたけれども、結局知れずじまいだった。私は、その中に書かれた文字を見てみる。そして、思わず涙が込み上げてしまった。
「わぁ!?どうしたの、千聖!?」
「ご、ごめんなさい。す、凄く嬉しくて、つい・・・」
そこに書かれていたお題は、一番の宝物。そう、確かに書かれていた。一番の宝物。そのお題で、雅は私を選んでくれた。あの時の雅は、お題を見るなり一瞬の迷いも無く私に向かって一直線で来てくれた。昔の雅なら、考えられなかったであろう。間違いなく、ギターを取りにいっていたはずだ。それが、迷い無く私を選んでくれた。これを喜ばずにいれるわけがない。嬉しさのあまり、私は涙が止まらなくなっていた。
「なんだか、このお題を見た時に、千聖のことしか考えられなかったんだよね」
「ふふっ、雅、変わったわね」
「そうかな?」
「えぇ、別人かと思うぐらいに」
そう言って二人で笑った。でも、本当に変わったと思う。音楽のこと意外全く興味が無い雅。その常識が、少しずつ変わっていっている。この半年で、まぁ、言い方はおかしいかもしれないけど、人間らしくなったと思う。音楽意外に対する感情を知らなかった雅が、段々と感情に目覚めてきてる。素晴らしい変化じゃないだろうか?
「そういえば、優勝チーム賞とMVP賞で、商店街で使える無料券二枚もらえたんだよね。折角だから、羽沢珈琲店でも寄って行かない?」
「ふふっ、雅の奢りね」
「あはは、そうだね。正確には違うけど」
そう言って笑いながら、私達は商店街へと足を向けた。本当に、素晴らしく愛しい一日になった。今日という一日が、素敵な思い出として私達にとっての宝物になったことだろう。勿論、私にとっての一番の宝物は雅だ。これだけは、この先何年、何十年経っても変わらないだろう。
だけど、物事は基本的に常に変化を遂げる物。今までは常識と思っていた物が、今まではありふれた日常と思っていた物が、突然思いもよらぬ変化を遂げることもあるかもしれない。だけど、それでもきっと、私達の愛には変化は訪れないだろう。これは決して願望でも憶測でも無い。事実だ。
根拠を述べろと言われたら、そんな物は無い。いえ、見せれない。あえて言葉にするなら、魂がそうできている、といったところだろうか?自分で言っておいて、頭がおかしくなったのだろうかと思う。だけど、そんなものなのだ。根拠なんていらないのだ。私達だけがそれを知っていればいい。
誰に言ったって、馬鹿らしいと思われるのが眼に見えているのだから。まぁ、そういった人達も、数十年もすれば気づくかもしれない。あぁ、本当に事実だったんだなと。そう思わせてみせるように、これからも何十年、この命尽きるまで幸せを紡いでいこう。そう私は密かに、不変の愛に誓うのだった。
どうも、ソウリンです
サブタイトルネタバレ?よくあることです(白眼
今回のサブタイトルは、Angel Beats!より一番の宝物です。
作中では二人歌ってるこの曲ですが、作中キャラユイが歌ってるバージョンのボーカルをLiSAさんが努めています。ユイ自体、声優を喜多村英梨さんが努めているのに、歌唱を他の人に任せるのか、と放送当時思いましたね
まぁ、この作品でLiSAさんを知ったって人も多いんじゃないでしょうか?自分もその一人です。正に、LiSAさんの名前を世に送り出した作品にして、曲と言えるのではないでしょうか?この一番の宝物は
本当にいつ聴いても泣いちゃいますね
鍵曲は本当に名曲の宝庫
LiSAさんは、この作品で一躍有名になり、この直ぐ後に、Fate/zeroのoath signでメジャーデビューし、2ndシングルのSAOop、crossing fieldと連続で大ヒットを記録して一気にアニソン女王への階段を駆け上がりましたもんね
本当に今でも大好きです
それと、今日はリサちーの誕生日ですよ!皆お祝いだお祝いだ!
まぁ、リサちーの誕生日にLiSAさんの曲タイトルに使うって凄い偶然ですね
全く狙ってないですけど(笑)
リサちーということでゆっきーの宣伝
ゆっきー今、めぐちぃとコンビを組んでユーチューバーやってますので応援よろしくお願いします!マイクラをメインにゲーム配信してるので、見てみてね!
そして来月、ついにFILMLIVE公開ですね!
公開日ポピパファンミ大阪と被ってるんですよねー
あ、自分大阪に参戦しますので参戦される方よろしくお願いします!
まぁ、映画も公開日に見たいので見てから現地行きます
まぁ、もう既に先行上映で見たんですけどね(笑)
さて、では今回はこの辺で
次回は雅編です。とあるイベントストーリーのお話です。投稿目標は9月中の午前0時にしておきます。次はなるべく早く投稿できるように頑張ります(白眼
ではでは、次回もよろしくお願いします!