君が演じ、僕は歌う   作:ソウリン

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第49話です
千聖編です


第49演目 すきなことだけでいいです

私はその日、いつものように朝早くから雅の家に来ていた。

いつものように洗濯をし、いつものように朝食の準備をする。ただいつもと違うのは、私の服装と朝食の内容。私はその日、鮮やかな黄色い振袖に身を包んでいた。朝食もお重に入れられた縁起料理、つまりおせち料理がテーブルに並べられていた。

 

今日は一月一日。元旦だ。一年の始まりを告げる特別な日。かと言って、特別何かが変わるわけでもない。いつも通りの朝を過ごす。まぁ、今日はこの後、雅と初詣に行く予定なので、そこが変化と言えば変化だろうか。ただの、いつも通りのデートとも言えるが。

 

おせちの準備はできたが、少し作りすぎてしまったかもしれない。この量を二人で食べるのは、少し辛い物がある。まぁ、おせち料理というのも元は保存食みたいなもの。数日おせち料理が続いても、特に問題は無いでしょう。

 

朝食の準備も整ったので、雅を起こしに行く。雅の部屋に入ると、静かに寝息をたてる雅が布団に包まっている。その体を、優しく揺する。すると、雅は徐に瞼を開ける。

 

「あけましておめでとう、雅」

 

「あけましておめでとう・・・ってもう年開けて直ぐに言ったじゃん。おはよう、千聖」

 

そう言えば、昨日は年明けの瞬間も雅と二人で過ごしていたのだった。その時に当然年明けの挨拶は済ませている。

 

「えぇ、おはよう雅。朝ご飯の準備できてるわよ。早く準備して降りてきてね」

 

そう言って、ダイニングへと歩を進める。温めておいたお雑煮を椀に入れ、テレビの電源を付ける。放送されているのは、どの局も普段流れている番組とは異なっている。お正月特有の、特番ばかりだ。昨年は私にも出演依頼は来ていたのだけれども、今年はどこの局からもお呼ばれされなかった。なんだか悲しい気持ちにはなるけれども、雅とノンビリできると考えれば悪くない。

 

それに、生放送には呼ばれなかっただけで、お正月のスペシャルドラマには出演させていただいた。明日放送される予定なので、雅と一緒に見ようと思っている。今回のドラマでの演技には、かなり自信がある。これを機に、更に出演オファーが増えることを期待しよう。

 

「お待たせ、千聖」

 

テレビを見て暇をつぶしていると、雅が準備を終えてダイニングに入ってくる。お腹に手をあて、如何にもお腹が空きましたと言いたそうな仕草をしている。流石食べ盛りの男子高校生といったところだろう。

 

「おー!見事なおせち料理!千聖、毎年ありがとうね」

 

「いいのよ。もう慣れたことだから」

 

私は、雅のお世話をするようになってから、毎年おせち料理も自分で作るようにしている。流石に初年は母に手伝ってもらったが、それも初年だけ。次年からは私一人で作っている。流石に作る品目が多いので大変だけど、前日から仕込みはしてあるので、そこまで苦にはなっていない。

 

「さぁ、早速食べましょ?ふふっ、今年のは自信作よ。きっと気に入ってもらえると思うわ」

 

「おー!それは楽しみ!それじゃ、いただきます!」

 

そう食事の挨拶を済ませると、勢いよくおせちを口の中へと掻き込んでいく雅。よっぽどお腹が空いてたらしい。数分経ってもペースが全く落ちる気がしない。

 

「もう、どれだけお腹空かせてたのよ」

 

「だっふぇ、ちひゅてょのおしぇ・・・」

 

「何言ってるかわからないわよ。口の中のものを無くしてからしゃべって」

 

本当に、こういうところは子供っぽいんだから。この前のライブ中は、なんだか大人びていて格好良く見えたけど、やっぱり雅は子供っぽかった。まぁ、どっちの雅も好きだから別にいいんだけれども。

 

「ん、だって、千聖のおせちは毎年の楽しみなんだもん。実は、昨日の晩ご飯も量少なくして、お腹空かせておいたんだよね」

 

「そ、そうだったの」

 

そう言えば、確かに昨日の夜、いつもに比べて食べる量が少ないなとは思っていた。まぁ、こういう日もあるかと気にしてはいなかったのだけれども、それが理由だったなんて。まぁ、そう言われると悪い気はしないけれども。

 

その後も、雅は数分間ペースを緩めず食べ続け、多めに作りすぎたと思っていたおせちも、三分の二ほどが姿を消した。流石に全部食べきるのは無理だったけれども。

 

「ふぅ、ごちそうさま!僕もう食べれないし動けないよ」

 

「はい、お粗末様。それじゃ、行きましょうか」

 

「え?もう行くの?」

 

「当たり前じゃない。絶対混んでるに決まってるんだもの。早く行かないと、帰りが遅くなるわよ」

 

「はーい。あ、そういえば千聖」

 

「どうしたの雅?」

 

「振袖、今年も似合ってるよ」

 

「そ、そう?あ、ありがとう」

 

不意にこんなことを言ってくるから困る。思わず顔を赤らめてしまう。そんな私を見て、してやったりといった顔をしている雅。なんだろう。なんだか少し悔しい気がしてくる。

 

「ほ、ほらそんなことより早く行くわよ」

 

「あ、ちょっと千聖待ってよ!」

 

だけど、今は特に反撃できる材料も無かったので諦める。赤くなった顔をなるべく雅に見られないように玄関へと向かう。外に出ると、思ったよりも寒くなくてホッとする。全く気にならないような気温。空も快晴。絶好のお出かけ日和。今日は何か良いことが待っているかもしれない。そんなことを考えながら、神社への道を歩むのだった。雅の私を呼び止めようとする声を背に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

神社は、予想通り大混雑の様相を呈していた。右を見れば人。左を見ても人。前を見ても、後ろを見ても人人人。視界に入るのが人ばかり。私と雅は、はぐれないように手を繋ぎながら、神社の中を歩いていた。

 

「思った以上に人が多いね。これじゃ、お賽銭するだけでもかなり時間かかりそうだよ」

 

「そうね。まぁ、早めに家を出たから時間もあることだし、ちょっと寄り道していきましょうか」

 

「そうだね。お賽銭は最後で良いよね」

 

そう判断し、私達は神社の中を少し彷徨いてみることにした。普段はあまり立ち寄ることの無い神社。おそらく今日ここに集っている人々も、年に一度しか来ない人が大半では無いだろうか。私達だってそうだ。幼い頃には七五三で来た記憶もあるが、今はもう年に一度しか来ない。

 

ただ、人には人生に三度、厄年というものがある。その時は、神社でお祓いした方がいいのだろうか?確か女性の場合は、十九歳が最初の本厄になるらしい。その前年の十八歳は前厄、翌年の二十歳は後厄と呼ばれる。そして私は、今年十八歳。つまり、今年は前厄にあたる。

 

という訳でも無い。この厄年というのは、どうも数え年が基準になるらしい。数え年ということは、実年齢から一歳が加算される。つまり、私の場合は、十九歳ということになる。要するに、今年私は、本厄なのだ。お祓いをしておくべきなのだろうか?私は一切そのような迷信は信じないのだけれども。

 

昨年、前厄の年は本当に色々あった。確かに、厄と言われてもおかしくないような辛いこともあった。だけど、いくつか目標にしてたことも達成できたわけだし、総合的にはいい年だったのではないかと思う。そう考えると、やっぱりただの迷信に過ぎないのでは無いかと考える。やっぱり、厄年がどうのなんて気にしないでおこう。

 

「出店も本当に多いね」

 

「そうね。フランクフルトや焼きそばなんかの定番の食べ物もあるし、金魚すくいや輪投げなんかもあるのね」

 

香ばしい匂いを漂わせてる屋台から、楽しそうな賑わいを見せている屋台まで様々な縁日が側道にズラッと並んでいる。これも、初詣の醍醐味とも言えるだろう。どれもこれも楽しそうだ。

 

「お?そうだ。久々にあれやってみない?」

 

そう言って、雅が指を指したのは射的の屋台だった。昔はお祭りとかで、雅とよくやったものだ。最近は全くやってなかったけど、確かに久々にやってみてもいいかもしれない。

 

「そうね。やりましょうか。射的なんて本当に久しぶりね」

 

「最後にやったのいつだったかな?小学生のときだっけ?」

 

そんなに前だっただろうか?そう思い記憶を遡ってみる。確かに最後にやったのは小学生の時だったかもしれない。中学に上がってから、全くやった覚えがない。

 

「そうだったかもしれないわね。ふふっ、久しぶりすぎて、できるかわからないわね」

 

「ま、千聖が外しても、僕が当てるから心配しないで」

 

そう自信満々に言ってのける雅。雅って、そんなに射撃得意だったかしら?あまり上手かった記憶が無いのだけれども。雅の射撃の実力を思いだそうとしていると、雅がコルク銃を二つ持ってやってくる。どうやら、私の分も払っておいてくれたらしい。

 

「はい、これ千聖のね」

 

「えぇ、ありがとう」

 

「それじゃ、僕から行くからね。千聖、お手本を見せてあげるよ」

 

そう言って、コルク銃を構える雅。集中して的を見定める。どうやら狙っているのは正面にあるぬいぐるみらしい。ピンク色の熊のようなキャラクター・・・ってどこからどう見てもミッシェルじゃない。ミッシェルのぬいぐるみを狙っているらしい。そして狙いを研ぎ澄まして、撃った。銃から放たれたコルクは、寸分違わずミッシェルに命中・・・するどころか、正面に撃ったはずだったコルクが何故か遙か横に逸れていき、テントを支えている鉄柱に命中し、跳ね返ってきたコルクが、景品が置かれているテーブルで一度バウンドし、そして・・・

 

「いてっ!」

 

跳弾したコルクが雅の額に直撃した。どんな撃ち方したらそうなるのよ。店主さんも顔が引きつってるじゃない。そういえば思い出した。雅は射撃が得意どころか、天才的に下手なんだった。流石才能を音楽に全振りしているだけのことはある。

 

「くそっ、もう一回!」

 

その後、ムキになった雅が、五回連続でコルクを撃つが、全て全く同じ軌道を描いて雅の額の同じ箇所に直撃する。これは、ある意味射撃の才能に溢れているのかもしれない。段々赤くなっている雅の額が面白い。

 

「ふ、ふふっ」

 

「あー!笑うなんてひどいよ!」

 

「ふ、ふふっ、だって、こんなの、ふ、ふふっ」

 

「ううっ、もういいよ。僕帰る」

 

「ご、ごめんなさい。ふぅ、いいわ。変わりましょう」

 

「えー?千聖大丈夫なの-?」

 

「まぁ、少なくとも雅よりはマシじゃないかしら?」

 

「ぐっ!」

 

「それじゃいくわね。雅、お手本を見せてあげるわ」

 

そう言って、コルク銃を正面の獲物へと向ける。狙うは、雅と同じミッシェルのぬいぐるみ。慎重に、慎重に狙いを澄まして、角度と向きを調節し、そして撃つ。銃から放たれたコルクは、寸分違わずミッシェルに命中・・・して見事その体を地面に落とした。

 

「やった!やったわよ雅!」

 

「うっそー・・・」

 

大はしゃぎする私と、対照的に肩を落として落ち込む雅。思わず、射的屋台の店主さんも雅の肩に手を置いて、励ましてくれている。そんなこと気にもせず、あまりの嬉しさに大はしゃぎしている私。その後、その光景は数分間続くのだった。すっかり臍を曲げた雅が、私を置いて、先に歩いて行こうとするまで続くのだった。

 

「ふふっ、ごめんなさい雅。つい嬉しくて」

 

「ふんだ。どうせ僕は射撃が下手さ」

 

「ほら、機嫌直して。ミッシェルあげるから」

 

「うっ、いいよ。それ、元々僕が取って千聖にあげるつもりだったから」

 

「あら、そうだったの?ふふっ、ありがとう」

 

どうやら私は雅からのプレゼントを自分で取ってしまったらしい。セルフプレゼントとでも言うのだろうか?意味合いとしてはそんな感じかもしれない。その後、私達はお賽銭をしに行こうと思ったのだけれども、その前にあるものが目についた。

 

「あら?おみくじがあるわ。引いてみましょうよ」

 

おみくじ。謂わば占いの一種。一年の運勢を占う運試し。去年は確か、私も雅も末吉という反応に困る結果を引いていた。今年はきっと、大吉を引いてみせる。そう意気込み、雅と二人で籤を引く。

 

「ふふっ、今年はなんだか良い結果を引けそうな気がするわ」

 

「僕は千聖が引いたのより良い結果を引くからね。射的では負けたけどおみくじでは負けないよ!」

 

「おみくじで勝負してどうするのよ・・・」

 

子供っぽいことを言う雅に呆れつつ、おみくじの結果を見る。結果を見て、そして、私の顔は青くなった。

 

「なに、これ・・・」

 

そこに記されていた文字は、大凶。おみくじの結果の中でも、最悪の二文字。引く方が難しいとされる結果。そもそも、一般的なおみくじには、実は凶までしか結果には入っておらず、大凶は籤の中に混ざっていないのだ。この神社は、大凶を含む特殊なおみくじを取り扱う神社だったらしい。それでも、確率的にはかなり低いはずだが。

 

記された項目ごとの内容にも、悪い内容のことばかりが記されている。その中でも、私には気になってしかたない項目があった。それは、縁談の項目。謂わば、結婚相手や、結婚に関する出会いのことが書かれた項目。私にとっては、そんなの雅以外に考えていない。つまり、この項目に関しては雅に関する項目と言っても過言では無いだろう。その項目には、こう書かれていた。

 

『遠ざかる。覚悟をするべき』

 

それを見た瞬間、私は思わず膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。私は徹底して現実主義な人間だ。このような占いなどの結果を信じるようなタイプでは決して無い。だけど、だけれども、流石にこの結果を気にするなと言われて、はい、わかりましたと言えるような内容では無かった。頭が真っ白になる。目の前が真っ暗になる。見たくもない現実を直視してしまったような、最悪という言葉も生温いような、到底言葉では表現できないような気分だ。立ち上がれそうにもない。そのまま、私は意識を手放そうとしたが

 

「ちょっと、千聖!しっかりしてよ!大丈夫!?」

 

「え?あ、雅・・・」

 

雅の声が、(かろ)うじて私の意識を取り戻してくれる。だけど、気分が優れないのは間違いない。私は、未だに立ち上がれないままだった。

 

「大丈夫?そこにベンチがあるから、そこまで移動しよ?」

 

「え、えぇわかったわ」

 

雅に言われたとおり、雅に肩を借りながら近くのベンチに腰掛ける。まだ、腰が抜けてしまったのか、まともに歩けそうにない状態だった。そんな私に、雅がホットティーを買ってきて渡してくれる。紅茶の甘い香りと、その温かさが今の私に染み渡る。少しずつ、本当に少しずつだが、気持ちが落ち着いてきた。

 

たかがおみくじだと言われるかもしれない。何を取り乱しているのかと言われるかもしれない。だけどそれだけ、書かれていた内容は私にとって衝撃的なものだった。雅と遠ざかる。そんなことは考えたことすらない。・・・いや、去年一度だけあった。

 

パスパレお披露目ライブの失敗を経て、雅の夢の障害になってしまうかもしれないと考えた私は、雅から距離を置くという決断を下した。今思えば、なんて愚かな選択をしたのだろうと思う。もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓った。だから、遠ざかるなんてことはもうありえないと思うのだが。

 

「どう?少しは落ち着いた?」

 

「えぇ、お陰様で。ありがとう」

 

雅が心配そうにこちらを窺ってくるので、もう心配無い旨を伝える。かなり気持ちにも余裕が出てきた。ずっと塞ぎ込んでいるわけにもいかない。折角の年に一度の初詣なのだから、楽しまなくては。だけど、その前に私には気になることがあった。

 

「そういえばおみくじ、雅の結果はどうだったの?」

 

雅の結果だ。私の結果は見た通りの内容だったが、雅の結果はどうだったのだろうか?もし、雅の結果が良好なものだったとしたら、私としてもプラスマイナスゼロで、ホッとした気持ちになれる。

 

「僕の結果?そんなのどうでもいいじゃん」

 

「よくないわよ。私の気が晴れないもの。いいから、見せて!」

 

「あ、ちょっと!」

 

私は、雅が未だに手に持っていたおみくじを隙を突いて奪い取る。これで気が晴れるといいな。そんな軽い気持ちで結果を見た。見てしまった。その結果を見た私は、思わずおみくじを落としてしまう。

 

「こ、これって・・・」

 

そこに書かれていたのは先ほども見た二文字。大凶の文字だった。内容も、私とほぼ同じ。ご丁寧にも、縁談の項目に至っては全く同じ内容が書かれていた。私は、またしても崩れ落ちそうになってしまう。

 

「たかがおみくじだよ」

 

だけど、そんな私の体を、雅の声が支えてくれる。私を倒してたまるものかと、雅の声は続けられる。

 

「千聖がどう思おうとも、これはたかがおみくじだよ。こんな結果で、僕達の未来は決められない。僕達の未来を決めるのは、僕達自身だ。だからこんな結果、気にするだけ無駄だよ。僕達の関係は、神様にだって阻ませやしないんだから」

 

「雅・・・」

 

雅のその言葉に、私の体は力を取り戻す。神様にだって阻ませない。つい吹き出しそうになってしまう。神様を奉ってる神社で、まさか神様に喧嘩を売るなんて。(ばち)当たりもいいところだろう。だけど、そのお陰で私の体も心も軽々としたものになった。

 

「そうね、そうよね。私達の関係は、誰にも阻めないわよね。神様!見てるかしら!私達の邪魔をできるものならしてみなさいよ!」

 

「ちょ、ちょっと千聖!声が大きいよ!」

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

私の声を聞いて、周りの目が集まる。だけど、叫ばずにはいられない気分だった。叫んだら、すっかり気分は爽快になっていた。もう、おみくじの結果なんてどうでもいい。私達の未来は、私達のもの。誰にも邪魔も干渉もさせない。

 

「はぁ、スッキリした。それじゃ、お賽銭に行きましょうか?」

 

「うん、そうだね。いつも通りの千聖に戻ったみたいで良かったよ」

 

「ふふっ、心配かけてごめんなさい。えぇ、もう私は大丈夫よ」

 

そして私達は、お賽銭を待つ行列へと参戦する。長々と続く行列。賽銭箱は全く見えないけれども、そこは言ってしまえばたかがお賽銭。長々と時間をかけて行うような人などいないので、列が進むのは非常に早い。先の見えなかった行列も、ものの数十分でお賽銭箱まで辿り着いた。

 

お財布から小銭を取り出して賽銭箱に投げ入れて、お願いをする。願うは、雅の夢が叶いますようにと。正直、私自身の願いは去年一年でほとんど叶ってしまった。となると、私が願うのは、自然と雅の願いになる。雅の夢は、まだその階段にすら足がかかっていない状態だ。今年一年で、少なくともその階段には足が届くようにと、お願いをする。

 

「千聖はなんてお願いをしたの?」

 

「それはね、秘密よ」

 

「えー!いじわる!」

 

「ふふっ、そう言う雅はなんてお願いしたの?」

 

「・・・僕の声が届きますように」

 

「え?」

 

意味がわからなかった。声が届きますように?なんのことだかさっぱりわからない。急に雅がそんなことを言い出すものだから、驚いて雅の顔を見る。その表情は、正に無だった。無表情。無感情。何もわからない。ゾッとするような無。私はそのとき初めて、雅が怖いと思ってしまった。

 

「・・・さぁ行こうか」

 

「え?ちょっと雅!」

 

そして、もうここに用は無いと言わんばかりに早足で歩き出す雅。元来た人混みを掻き分けて進む。人混みが邪魔で中々前に進めない。なのに、雅はまるで人混みなど意に介していないかのように、凄いスピードで先を行く。

 

「ちょっと雅!待って!」

 

私の声が聞こえていないのか、雅に止まる気配は一切無い。その背中が人混みの中に見えなくなるまで、そう時間は要さなかった。雅に何があったのかはわからない。だけど、何かがあったのは間違いないだろう。焦る気持ちを押しとどめて、私は人混みを掻き分け進む。掻き分け、掻き分け、漸く神社の入り口まで辿り着くことができた。そこには、私を待っていてくれたのかはわからないが、立ち尽くす雅の姿があった。

 

「ちょっと雅、急にどうしたのよ。何かあったの?」

 

私の声はやはり聞こえていないのか、雅は一切その問いかけに答えてくれない。今も、立ち尽くしたまま、何を考えているのかも全くわからない。

 

「雅?」

 

その私の呼びかけがやっと聞こえたのか、雅が徐にこちらを振り向く。その顔は、あの賽銭で見た時と全く同じ顔、つまり無だった。私の中に、またも恐怖が芽生える。雅と出会ってから今まで、雅の事がこんなにも怖いと思ったのは初めてだ。恐怖感と同時に、雅の事を怖いと思ってしまっている事への罪悪感も湧いてくる。雅は本当に、一体どうしてしまったのだろうか?疑問は尽きないが、考えたところで答えは出なかった。

 

「本当にどうしたのよ?さっきから雅、変よ?」

 

「これでお別れだね。今までありがとう」

 

「え?」

 

私は、雅が何を言っているのかが理解できなかった。お別れ?何をふざけているのだろうか?誰と誰が?そんなのこの場では二人しかいない。その言葉に、流石の私も堪忍袋の緒が切れた。

 

「ちょっと雅!あなた一体何を言っているの!いい加減に・・・あれ?」

 

しかし、不思議なことが起こった。私は勢いのまま雅に詰め寄ろうとした。詰め寄ろうとしたのだが、体が一切動かないのだ。手も、足も、一切動かない。まるで、立ったまま金縛りにあったような感覚。唯一、口と頭だけは動く。動く頭で、雅に目を向ける。雅は、またも何かを口にしていた。だけど、なぜだか私の耳には何も聞こえない。雅の口だけが動いている。読唇術の心得など無い私には、雅の発言を聞き取ることは不可能だった。そして、言いたいことを言い終わったかのように、口を閉じた雅がまた振り向き、私を置いて歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと、雅?ねぇ、聞いてるの?雅、お、お願い!お願いだから、置いていかないで!」

 

声を張り上げ叫ぶが、雅には聞こえない。足を振り上げ歩こうとするが、前に進めない。腕を突き上げ掴もうとするが、その腕も動かない。ただただ、私には、遠ざかっていく雅の背中を見ていることしかできなかった。

 

「い、いや、いや・・・いやああああああああああああああああ!」

 

私の号哭は、決して雅に届かない。そして、雅の背中が完全に見えなくなり

 

「はっ!」

 

気づいたら自室のベッドに私はいた。何が起こったのか、さっぱり理解できない。

 

「一体、何が・・・?」

 

何がなんだかわからず混乱する私。混乱のままに、室内を見渡してみる。見渡した私の眼に、枕元に置かれたピンク色の物体が入る。それは間違いなく、ミッシェルのぬいぐるみだった。私は次に、スマホを手に取り、今日の日付と時刻を確認する。そこに表示されていたのは、一月二日という日付。そして、時刻はお昼過ぎといったところだろうか。

 

「そうか、私・・・」

 

そこで私は全てを思い出した。昨日、私は雅と初詣に行った。そこで、おみくじで大凶を引いて、雅と神様に喧嘩を売ったのまでは実際にあった出来事だ。そして、お賽銭のあたりからは、夢だったのだ。嫌にリアルな夢だった。悪夢以外の何物でも無い。昨日夢を見た記憶が無いので、おそらくこれが私の初夢だろう。なんて初夢を見ているのだろう。最悪の一年のスタートになってしまった。

 

そして私が、こんな時間に家で寝ている理由。至極単純なものだ。風邪を引いた。今朝から体調を崩し、こうやって自宅療養していたのだ。全てを思い出したら、なんだか頭が痛くなってきた。今朝よりは幾分かマシになった気がするけれども、復調にはほど遠い。

 

もう一度寝ようかなと考えていると、私の耳に何やら物音が聞こえてきた。誰かが家の中を歩いているような音。家族、ではない。私の両親と千景は、今朝から旅行に行ってしまって今は家にいない。私が寝込んでいるときに、薄情なものだ。まぁ、元々私は一緒に行く予定も無かったし、ドタキャンしてキャンセル料を払うのも勿体ないのだから、仕方ないけれども。

 

では一体誰なのだろうか?まさか、泥棒?そう考え、体に自然と力が入ってしまう。その足音は、段々と私の部屋へと近づいてくる。足音が段々大きくなる。そして、私の部屋の前で立ち止まり、誰かが声をかけてきた。

 

「千聖、起きてる?入って大丈夫かな?」

 

それは、聞き慣れた声だった。出会ってこの方、聞かなかった日など無いのではないだろうか?それほど、私の生活の、人生の一部になっている声。そして、私が今最も聞きたかった声。

 

「えぇ。大丈夫よ」

 

返事をすると、扉を開けて彼が入ってくる。私が愛する彼。黒城雅が。

 

「体調は大丈夫千聖・・・って千聖どうしたの!?」

 

私を見るなり酷く取り乱す雅。私がどうしたのと聞きたい。

 

「それはこっちのセリフよ。どうかしたの?」

 

「だって千聖、泣いてるじゃないか」

 

「え?」

 

その雅の言葉に驚き、目元に手を持って行く。そこには確かに、冷たい雫があった。どうやら、あの夢を見た後に、雅の姿を見ることができて安心してしまったらしい。本当に、どうしてあんな夢を見たのだろうか?まさか、神様に喧嘩を売ったことで罰でも当たったのだろうか?だとしたら、心の狭い神様なことだ。

 

「大丈夫よ。ちょっと欠伸をした拍子に出ちゃっただけよ」

 

「そうなの?だったらいいんだけど。あんま無理をしないでね?」

 

「えぇ、ありがとう。それにごめんなさい。ご飯を作りに行けなくて」

 

「そんなの気にしないでよ!いつも千聖にはお世話になってるんだから!だから今日はほんの少しの恩返し。じゃん!お粥を作ってきたよ!」

 

「え?雅が?」

 

その言葉に驚いてしまう。まさか、あの雅がお粥を?ちゃんと作れたのかしら?不安でしか無い。差し出された土鍋を恐る恐る見る。思っていたよりも、悪くない。真ん中に置かれた梅干しとのコントラストも素晴らしい。見事な紅白が完成している。

 

「これを、雅が?」

 

「えっへん!僕だってやればできるんだよ!」

 

「ま、まぁ味が悪ければ意味ないわよね。味見させていただくわ」

 

「そ、そこまで僕って信用無いかな?」

 

無い。全く無い。普段の自分の行いを振り返って欲しい。私は恐る恐るそのお粥を口に運んだ。

 

「・・・おいしい」

 

「でしょ!僕だってやるときはやるんだよ!」

 

悔しいけど、確かに美味しかった。未だに雅が作ったなんて信じられない。悔しいので、その後は無言で食べ進める。朝から何も食べていなかったこともあり、非常にお腹が空いていた。どうやら、風邪でも食欲はあったらしい。そのまま食べ進め、見事に完食することができた。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

 

「うん!お粗末様!千聖、何か欲しいものとか無い?今日は日頃お世話になってる恩返しがしたいからね。僕にできることならなんだってするよ!」

 

「ふふっ、ありがとう。そうね、それじゃ、食後のデザートにアサイーボウルが食べたいわ。作ってくれるかしら?」

 

「えー!そんなの僕作れないよ!しょうがないな。買ってくるから待っててよ」

 

「えぇ、ありがとう。ついでに、紅茶もお願いね」

 

「はいはい。もう我が儘なお姫様なんだから」

 

「あら?知らなかったの?女の子はみんな、我が儘な生き物なのよ?」

 

そう言うと、雅は苦笑いしながら部屋から出て行った。アサイーボウル、紅茶、共に私の大好物だ。私は、未だにさっきの夢のことを忘れられずにいた。本当に嫌な夢だった。思い出すと身震いするほど嫌な夢だった。

 

そんな嫌なものは、嫌だ。だから忘れるためにも、今は好きな物のことだけ考えよう。今日は雅もずっと一緒にいてくれるらしい。それは非常に心強い。アサイーボウルに、紅茶に、雅。今は好きなことだけでいい。嫌なことに対抗するのは好きなこと。それしかないと思うから。私は、雅が帰ってくるまでの間、ずっと好きなことだけを考えて過ごすのだった。

 

だけど、私の中からあの夢が消えることは決して無いのだった。




どうも、ソウリンです
アップダウンの激しい回
不穏な回
前半だけ見たら、あれ?別にこれ千聖の誕生日に投稿してもいいんじゃね?ってなるけど、読み進めたら、あ、うわぁ、やっぱ無いわ、ってなる回
因みに、今話の登場人物、みやちさの二人だけなんですけど、実はみやちさ二人だけの回って第3話以来なんですよね
超貴重だったりします
そして、今回のサブタイトルは、自分が敬愛するボカロP、ピノキオピーのすきなことだけでいいです、です
自分はプレイしてないから知らないんですけど、音ゲーのjubeatにも収録されているそうなので、それで知ってる人もいるかもしれませんね
ピノキオピー、本当に大好きなんです
ピノキオピーの凄さを示すなら、あの米津玄師こと、ハチさんがその実力を高く評価していることで知られていますね
実はこの二人、ボカロ界のほぼ同期だったりします
ピノキオピーの曲の特徴といえば、ハチャメチャでいながら奥の深い染み渡る歌詞と、驚異的な中毒性を誇るメロディーのコラボレーションが凄いんですよね
そんなピノキオピー、リアルライブ活動も行っております
リアルライブでは、正にボカロと人の融合!初音ミクとピノキオピー本人が歌ってコラボしております!
そんなピノキオピーのライブブルーレイが、先月28日に発売されました!
自分も買いました!興味ある方はぜひ!
ピノキオピー、ガルパでカバーしてほしい曲も多いんですよね
腐れ外道とチョコレゐトとか、ありふれたせかいせいふくとか、ぼくらはみんな意味不明とか、おばけのウケねらいとか、閻魔さまのいうとおりとか、ぜろとか、恋の恋による恋のための恋とか、挙げれば切りが無い!
無理かも知れないけど、いつかカバーしてくれないかな
まぁ、ピノキオピーについて語り出したら自分切りが無いんでここまで(笑)
次話タイトルもピノキオピーの曲から付けますね
それとお礼を一つ
☆9評価ありがとうございます!
これからも、いただいた評価に恥じない作品目指していきますので、よろしくお願いします!
これからの励みにもなりますので、評価、感想などいただけるとありがたいです!
2章もラストスパートに入ってきましたからね
このペース維持できると、4月、5月には2章終われそうな気がする
まぁ、なるべくこのペース維持できるようにがんばります!
では、今回はこの辺で
次回は雅編です。ガルパ3周年と同時、16日午前0時に投稿します
ではでは、次回もよろしくお願いします!
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