ギィは考える。
カイという男はあまりに謎だった。如何なる分析系スキルを以てしても、スキルも魔素も持たぬただの人間としか分からない。しかし、スキルを持っていないということはあり得ない。
カイが死ぬ瞬間は
そのことからギィは自らの情報を隠すスキルと過去を改変するスキルの二つを持っていると考えた。だが、その予想も違うことを理解した。
カイを目の敵にするカザリームとクレイマンの企てを、予想の正否を確かめるために邪魔しなかった。もし予想が当たっていればカイは死んでいたが、たかが一人、魔王の一柱とてギィにはさして問題とならない。「その程度の魔王を振るい落とせた」と喜びこそすれ、惜しむことも悲しむこともない。
そんな思いとは関係なく、前述の通りその予想は外れ、カイは生き残ったわけだ。条約違反の鎖から抜け出したことは驚くこともない。スキルが封じられた状態からスキルを使用したことなんてギィもやろうと思えばできることだ。カイが予想以外のスキルも持っていたと考えれば不思議ではない。
だが、その後カイが行ったことには度肝を抜かれた。いや、いっそ恐怖したと言っても過言ではない。
カイは、
輝き放つ泡とうねる触手の化け物。その見た目からも異世界の生命体であることが分かったが、その見た目以上に観測される魔素量に驚愕した(正確には魔素ではなくそれに似たエネルギーだが)。
では、そんなモノを呼び出せたカイは何なのか。単純に考えれば、あの異世界の創造主に仕える者。そしてそれが正解なら今までわけが分からなかったカイのスキルも、異世界の創造主に与えられた
その結論に至ることで疑問のいくつかは解消されたが、重大な疑問が一つ浮かび上がる。
「あの男は何をしにこの世界に来たのだ?」
カイの目的は不明瞭だった。一時期は勇者候補や魔王候補の心を折り続けていたが、今は世界中を旅する傍らで挑んできた者の心を折っていた。戦闘狂というには誰も殺さず、旅好きというには血の気が多い。はたから見て、頭の端から狂っているとしか思えなかった。
「問い質す必要があるな」
魔王に任命した時は見逃したが、この世界を壊す危険性があればそうしてやるほどギィは魔王として、『調停者』として怠慢な男ではなかった。
すぐにカイの足元にワープゲートを作り、今自分のいる白氷宮の玉座の間に繋げる。何の抵抗もなく、カイはワープゲートから
「久しぶりだな。って、ん?」
カイは着地に失敗して頭から落ち、首をあらぬ方向に曲げながら横たわっていた。
「……今ので死ぬか、普通」
「
次の瞬間には無傷なカイが目の前に立っていた。ギィは既に見慣れた光景なので驚きもしない。
「僕を3メートル以上の高さから落とすのは止めてね?スペランカーみたいに足腰が弱いわけじゃなくて、不運が重なって頭から落ちるんだから。人って3メートルくらいでも死ねるんだ!そう、頭から落ちればね!」
相も変わらず何が楽しいのか分からないが笑顔のカイ。
「カザリームとクレイマン、あとついでにディーノも返り討ちにしたらしいな」
「身に覚えがないな。
はぐらかそうとしたところをギィに風穴空けられ、冗談も通じないのを理解してカイは苦笑いで話を合わせることにする。風穴はもう消えている。
「もしかしてまずかったかな?彼らが魔王から降りたりした?心まで折った覚えは本当にないんだけど」
「いや、アジトに籠っただけでまだ覇気はあるようだ。ディーノはダグリュールのところで自棄酒しているみたいだが。まぁ、魔王がいくら減ろうが増えようが俺の気にするところではない。俺が気にしているのは、お前の召喚したアレについてだ」
ギィは声のトーンを下げ、鋭くカイを睨む。下手な魔物ならそれだけで縮み上がりそうだが、カイは意に介さない。
「ああ、ヨグ=ソトースのこと?彼が、いや彼女だっけ?まぁなんでもいいや。で、ヨグがどうしたの?」
「そのヨグ=ソトースというのとお前の関係は何だ」
ギィは怪訝な表情をする。仕える身にしては主の呼び方がフレンドリーだったことに違和感を覚えたのだ。そういうフレンドリーな主という可能性がまだあるが。
「ヨグとの関係?ん~何だろうね。かかると思ってなかった電話番号にかけたら出ちゃった感じ?」
「は?」
「
「……」
ギィは久方ぶりに感じる頭痛に眉間を押さえた。カイの言ってることは意味不明だ。
「お前があれに仕えているとか、お前があれを従えているというわけではないんだな?」
「ヨグに仕えるくらいなら
知らない個人名とおそらくニュアンスが違う単語が出てきたが、説明されても意味が無いモノだと流す。ギィは少なくとも、「安心院」というのが「ヨグ」より言葉の通じる存在、「虚空」というのが神出鬼没なカイすら脱出できない異空間と認識した。
しかし、カイの言葉が真実ならば疑問は最初に戻る。
「お前は、何が目的で動いているんだ」
情報の断片では確かな真実に至れないと踏んだ単刀直入な問い。ギィは虚偽を許さぬように威圧する。
「ああ、それが訊きたかったんだね。いいよ、答えよう。そう変なことでも
カイはいつもの笑顔のまま目を見開く。人の悪性を煮込んだような濁り切った沼。ギィの感想はそれだった。
「僕はね、負けたいんだ。僕は僕と全力で戦える存在との戦いで、悔しさも恥ずかしさも言い訳も微塵も残らない完膚無きまでの敗北がしたいのさ」
「全力で戦ったうえで、負けたい?」
ギィには分からなかった。ギィ自身にも全力で戦いたい欲があり、そうしたい相手がいる。だが、間違っても負けたいとは思わない。最後に立っているのは自分であると、それこそが全力で戦う意味だとギィは思っている。
「まぁ、
濁った沼であるのに爛々と輝く目が、如何に本気かをギィに悟らせる。
「……その相手は俺や、ルドラではないんだな?」
「うん、違う。いつか来るんだ、
カイは糸目になる。今までは本心を晒しているようだったが、今も別に嘘をついているようではない。高ぶっていたのが落ち着いたのだろう。
「その、いつか来る『彼』というのは
「いいや、彼は敵じゃないよ?むしろ味方だね、魔王にとっても世界にとっても。強いて言えば、
「そいつに負けた後、お前はどうする」
「この世界からは出ていくよ、それ以上の目的はないからね。まぁ、生きてればの話だけど」
カイはともすればリムルが自分を完全消滅させる可能性も考えていた。が、むしろそれは望むところなのだ。『
ギィは内心驚愕する。この男すら完全に殺しきる存在がいずれ来る。俄かには信じられないが、虚偽とも思えなかった。
「ところでお茶か何か出ないの?お茶請けでもいいよ?ああでもそうなるとやっぱりお茶が欲しくなるよね!」
「……喉が焼けるほど美味いとっておきの酒があるが?」
「消化器官が全て焼けそうだから止めとくよ。じゃあ僕はそろそろ行くね。じゃね、バイビ」
カイはにこやかに手を振って幻想のように消えた。ギィも特に止めることはない。訊きたいことはおおよそ訊いた。
「『
ギィは楽しそうに微笑む。「次の聖魔大戦こそ、ルドラと決着がつけられるかもしれない」と、ギィはその時が待ち遠しくなった。
転スラの世界って神が居ないんだからクトゥルフ神話の神々を見たら創造主と間違えるんじゃないかなぁって自己解釈です。
転スラってエネルギー量が多い順だとヴェルダナーヴァで次点がギィなんですよね。リムルが色々チートになる前の話ですが。そう考えると、創造主の次が覚醒してるとはいえ魔王って結構間がありすぎる気がしました。もしかしたら転スラ世界では真なる魔王が他の世界でいう神のクラスなのかもしれませんが。
ちなみに「悪夢を見せる」って言ってますが実際は地獄的な場所にダストシュートされてるだけです。