カイが転スラ世界に転移して約100年。最初の数十年間は勇者・魔王候補に挑み、後は飽きて世界漫遊に費やした。そうして当てもなく彷徨って、ようやくこの空虚を少しは埋められるだろう報せが耳に届いた。
魔人を討伐し続ける勇者が居る。
そんな報せだ。その勇者は村を救ったり人を助けたりはしていない。魔人討伐がそういう結果をもたらしたこともあるだろうが、それが主目標でないことに周りは気づいていた。
――異世界の人間を召喚する方法を知らないか?
勇者は討伐する魔人に毎度その質問をしている。知らない魔人は殺された。知っていると騙った魔人は殺された。何が目的かは知られていないが、数十年間勇者的行為を続けたことは確かである。良くも悪くもその名は広まり、魔王にも知られている。
野良の魔人を殺すだけなら魔王は誰も気にはしない。だが、何を考えたかカザリームが手下の魔人をけしかけた。彼はもしかしたらカイと同じ人間である勇者に憂さ晴らしをしたかったのかもしれない。しかし、それが彼の失策となる。最初からカザリーム自身が動いていれば、初めから全力で当たっていれば、その勇者が順調に『勇者の卵』を成長させることはなかったろう。その実力をさらに磨くことはなかったろう。
カザリームはそろそろ痺れを切らす。心の深奥に潜む
「で、わざわざ僕を呼び寄せたんだからその光景を見せてくれるんだよね?ギィ・クリムゾン」
「文脈をしっかりとしろ。何が「で」で、何が「その光景」なんだ」
世界漫遊を続けていたカイはまたいつの間にかにギィのワープホールに落され、彼の玉座の前にいた。
「じゃあまず何故僕を呼んだのかから訊こうか」
「お前が一番勇者候補の情報を集めていた。カザリームが挑もうとしている勇者候補はどの程度だ」
「ああ、僕の予想が当たってて良かったよ。彼は君のお眼鏡にも適うんじゃないかな?『勇者の卵』を持つ本物の『勇者』候補だからね。それに、魔王の素質もある。結果は勇者的だけど、過程は魔王的だからね」
カイが今回の勇者候補も調べていることは明白だったが、ここまで情報をこちらに流した行動がギィは違和感を覚えた。
「あれはお前の言っていた『彼』か?」
「違うよ?まぁ彼も惜しいとは思ってるから、カザリームがやられた辺りで僕も挑んで来るけどね。ほら、早くしないとカザリームがやられちゃう。生中継してくれなきゃ僕はもう生観戦に行っちゃうよ?」
「……ほら、これで良いだろう」
カイの目の前に水晶が置かれたテーブルが現れる。ギィとしてはまだ訊きたいことがあるので、気味が悪いとしても引き留めざるを得ない。
「わぁい、ありがとう!この中継者が居れば遠くを見れるスキルも便利だよねぇ。僕はどう足掻いても覚えられないけど」
「カザリームはやられるのか?」
「うん、惜しいとこまでいくだろうけどやられるね。空いた十大魔王の枠はこの勇者候補を誘うと良いよ」
まるで見てきたかのようなカイの発言をギィは訝しむ。
「何故そこまで確信を持って言える」
「勇者候補君も大分経験値を貯めこんでるからね。今回の戦闘で『真の勇者』に覚醒するよ。強敵に出会って成長するなんて、お決まりのパターンだろう?」
ギィの玉座にひびが入り、周辺が抉れる。ギィによる無秩序の魔素放射。カイに対する威嚇だ。
「「そう言える確証は何だ」と訊いているのだが。お前は体に訊いた方が良いのか?」
「そうカッカするなよ。憤死しちゃうよ?」
殺意すら込めてギィが睨むのを平然と気味の悪い笑顔でカイは見つめ返す。数秒はそうしていただろう。
「止め止め。もう君には負けてるから僕には戦う意味がないんだ。さすがの僕も「次は勝てる」なんて
そうして膠着状態を解いて肩をすくめるのはカイの方だった。
「なんて言えばいいのかな?僕が未来を知ってるとか言ったら笑わない?」
「笑えない冗談だ」
「あっはっはっ!ほら、信じてくれないじゃないか!僕はだから言いたくなかったんだよ。ほらじゃあ予言してあげよう。勇者候補君は今回の戦闘で
「……」
ギィは自らの手のひらに水晶を呼び出す。カイが未来観測のスキルを持っているかどうかは分からないが、少なくとも予言の正否だけは今この場で確認できる。
「ああ、良かった。大事な場面は見逃してないようだ」
水晶には、カザリームとレオン・クロムウェルの戦いが映っていた。
◇◇◇
「てめぇら人間が、調子乗りやがってよぉ!この俺様の企てをことごとく無茶苦茶にしやがって!」
カザリーム率いる中庸道化連の面々と相対するレオンの間には多くの骸が横たわっている。それらはカザリームの配下だった者たち。手にかけたのは、たった一人の人間、レオン・クロムウェルである。今やカザリームの配下で残っているのは幹部であるラプラス・フットマン・ティアの三名だけだ。肉壁程度の魔人も居たが、強者も居たはずだった。量で圧倒する計画が個人の質で狂わされ、カザリームはその怒りを隠すこともない。
「くっ……」
しかし『勇者の卵』たるレオンでも量は量だ。その四名まで追い詰めたのは正しく高い質の成せることであれど、『勇者の卵』ではそれが限度。レオンは膝を屈するまで疲弊していた。
「くはっ、はっはっはっ!さすがにもう動けませんってか!良いぜ、ようやくだ。じゃあ塵も残さず消えろや、人間!」
カザリームとその配下で囲まれた四方。その四方から純粋な殺意がレオンに差し迫る。
(こんなところで……。クロエ、俺は……)
妹のように大切だった者、クロエ・オベール。レオンは自分の目の前から忽然と消えた彼女を呼び戻すため、知識を求め、魔人を狩り続けてきた。彼にとって、彼女を守ることこそが全てだった。彼女を取り戻すことが全てである。今まさに、自分の終わりが目の前に見えるこの一瞬すらも。
(そうだ、俺は……あいつを取り戻すまで!)
折れかけていた意思が奮い立つ。震えていた四肢が屹立する。
「クロエに会うまで!死ねないんだ!!」
レオンの瞳に光が灯る。逆境においてなお立ち上がる高潔なる精神。正しくそれは、『真の勇者』のそれだった。
《『勇者の卵』の孵化を確認しました。
レオンの中に満ちる力、レオンはその力を感じるままに眩く輝き出したレイピアをカザリームへ突き出した。
「砕けぇええええええええ!!!」
一筋の閃光が駆けた一瞬の後、光は拡散して世界を白く塗り潰す。それはただの光ではない。魔を打ち払う聖なる光である。
「そんな、バカな……」
世界が色を取り戻した時には、拡散した光によって四方からの攻撃は打ち消され、カザリームは右半身を失っていた。最初の一閃に直撃していない他三名も重大なダメージを負っている。半身を失った事実を受け入れたようにカザリームはゆっくりと倒れ、炭のように砕け散った。ここに、約束された逆転劇は幕を閉じる。
「勝った、のか……」
レオンは灰燼を呆然と見つめる。カザリームの配下たちは逃走を決め込み、どこかへと消える。
今まで戦ってきた魔人とは格の違う敵。レオンは魔王と名乗った存在を打ち破った現実が、今だ受け止められずに立ち尽くしていた。そんなレオンの気を引くように、何処から拍手の音が聞こえてくる。音の方を見れば、白髪で糸目の男が気味悪く笑いながら手を叩いていた。
「おめでとう、レオン・クロムウェル。君は物語の勇者さながら、寄せ来る敵を、魔王を打倒した。そして、名実ともに『真の勇者』になったわけだ」
「……お前は?」
唐突に現れたその男。どう見たって怪しい者であるが、魔素が一切感じないがゆえにレオンはただの人間だということを知覚していた。だからこそ、人間に対する程度の警戒しかしなかった。
「観戦者さ。君が倒した魔王、カザリームって言うんだけど。彼とはちょっとした因縁があったんだ。彼が戦っているようだからね、事の成り行きを見守ってたんだよ。そしたら見事、君が倒してくれたじゃないか」
「因縁?」
「彼にね、はめられたんだ……。そして殺されてしまった」
「……そうか」
レオンは彼の下がった眉を見て察した。この目の前にいる男は、誰か親しい者をあの魔王に殺された被害者であると理解した。
「せめてものお礼だ。受け取ってくれると嬉しいな」
「これは?」
男より投げ渡された物は液体が入った瓶だった。
「
「……」
レオンには男の悲しみを如実に感じ取ってしまった。彼自身、大切な人と離れ離れになってしまったからだろう。
「そんな僕の話はどうでもいいさ。さぁ、その薬を飲んで見せてくれ。僕に勇者を称えさせてくれ」
「ああ、分かった」
レオンは疑うことなく瓶に入っていた液体を自身の腹へと流す。効果はすぐに現れ、レオンの傷と疲れ、消耗を回復させていく。
「傷は癒えたかい?」
「ああ。礼を言う」
「礼なんていらないさ。僕は僕のしたいことをしたまでだからね。それじゃあ……」
「っ!?」
レオンは空気の変化を感じる。魔力感知によるモノではなく、もっと生物の根幹にあるような受動器によるモノ。背筋が凍るような不気味な雰囲気を感じ取った。
「戦おう、レオン・クロムウェル。僕は『
不気味に笑う目の前の男の特徴と世に伝え聞く「最凶の魔王」の特徴が一致していることに、レオンはようやく気付いた。
完全回復薬は八倉くんの自作じゃなくて、作れる人を脅していくつか作らせた物です。
ということで次回「vsレオン・クロムウェル」です。さて、八倉くんはどんなふうに負けるのか。こうご期待。