転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第十一話 ボスに辛勝後の連戦は酷いユメだ

 ギィは静かに驚いていた。水晶で観戦した勇者候補・レオンとカザリームの戦闘がカイの言っていた通りの結果となったからだ。正しく予言通りだった、究極能力(アルティメットスキル)純潔之王(メタトロン)』に目覚めたことすらも。

 

 究極能力(アルティメットスキル)の素養を見抜けるギィは大罪系ならばどんな究極能力(アルティメットスキル)に目覚めるか予想できる。しかし、美徳系なら話が変わってくる。

 

 ギィに不可能な美徳系究極能力(アルティメットスキル)の覚醒の予想を、カイはして見せた。いや、カイの言動から察すれば、それは予想ですらない。カイが言ったように、それは予言だ。

 

(未来観測のスキル、そんなものが実在していたとは……。いや、そのスキルを持っているにしては奴の動きが不自然すぎる……)

 

 カイはカザリームの仕掛けた罠に一度はまっている。未来観測ができるならばそんなものは回避できたはずなのだ。

 

(観測できる未来が限定されている……?)

 

 限定的な未来観測。ギィの中で最もあり得ると思えたのがそれだった。カイは確かに言葉の節々に未来を知っているような素振りがある。だが、未来全てが見えているとしたら、以前のカイに対するギィの不意打ちは通じていないはずだ。現実は通じていた。

 

(なんにせよ、奴は未来を知っている。そして、奴が『彼』と呼ぶ者に敵対する……。奴は、俺にとって敵か?)

 

 ギィはカイがこの世界にとっての敵か図りかねていた。目的はとある者との戦闘。しかし、曰くその者は世界と魔王の味方なのだとカイは言った。では、その者の敵となるカイはギィにとって敵なのか。ギィには分からなかった。

 

(情報が少ない。そも、その『彼』の来訪が事実かも分からん。ならば、後に敵になるにしろならないにしろ、実力を見ておくのに越したことはないか)

 

 ギィは一旦今までの思案を打ち切って水晶を覗く。水晶には、カイとレオンの戦闘が映っていた。ギィはその光景に観測系スキルを用いながら凝視する。カイの手の内を一つでも暴いてやろうと。

 

◇◇◇

 

 何度も閃光が駆ける。何度も閃光が爆ぜる。しかし、人間(魔王)は傷一つなく立っている。

 

「おいおい。強能力持った瞬間それブッパなんて、オンラインゲームだったらチンパンジーって言われても仕方ないよ?思い人も愛想尽かしてしまうかもしれないね。いや、尽かされたから君の元から消えたのかな?」

 

「貴様!知った口を利くな!」

 

 思い人との絆を侮辱されたレオンは激情する。攻撃がどんどん単調になっていく。

 

「全く酷いなぁ。君の思い人のこと、色々と教えてあげようとしてるのに」

 

「ほざけ!」

 

 あまりにも真っすぐで読みやすい踏み込みによって放たれるレイピアの突きは、地面から突如生えた釘の壁に阻まれる。

 

「クロエ・オベール」

 

「なっ!?貴様、クロエを知っているのか!!」

 

「さっきからそう言ってるじゃないか。少しは人の話を聞いた方が良いよ?それこそ、本当にその子に嫌われちゃうからね」

 

「……っ」

 

 挑発だと分かっていてもレオンの怒りは収まらない。早くこの不気味な男を半殺しにして情報を訊き出すことしか頭になかった。

 

「まずだけどさぁ。君って「クロエ・オベール」の姿を覚えているかい?」

 

「何をバカなことを。俺がクロエの姿を忘れるはずが―――」

 

「じゃあ髪の色は?」

 

「髪の色だと?クロエの髪は綺麗な……。……!」

 

 レオンはカイの問いかけでようやく気付いた。クロエ・オベールの髪の色を思い出せない。

 

「目の色は?肌の色は?性別は?性格は?」

 

 思い出せない。

 

「その子にしてもらったことは?その子にしてあげたことは?その子にかけられた言葉は?その子にかけた言葉は?」

 

 思い出せない。

 

「その子との、絆は?」

 

 何も、思い出せない。

 

「そんな……そんなはずは……」

 

 レオンは自覚させられた記憶の穴あきに空虚感を覚えて膝から崩れ落ちる。

 

「ねぇ、いつまで大切な人が居たなんて幻想(ユメ)を見ているんだい?」

 

「夢……?」

 

「そう、幻想(ユメ)さ。ストレス(心の重圧)から身を守るためにそういう妄想を生み出す話、結構あるだろう?」

 

 レオンは空間の歪みだか時空の亀裂だかに飲み込まれ、この世界に転移してきた。平穏だった日々がなんの脈絡もなく奪われ、明日の命すら不確かな世界に放り込まれた。間違いなく相当なストレスがあっただろう。そんな自分を必死に生かすため、脳が記憶を捏造し、生きる活力を生み出すというのも無理な話ではない。

 

「俺は、今日まで何のために……。どうして俺は……」

 

 レオンは渦巻く心をうまく言葉にできず、その感情すら無意味な夢に思えてきて虚無感に苛まれる。

 

「辛かったろう?今まで必死に自分を騙してきて。でももう良いんだ。もう幻想(ユメ)なんて見なくて良い。僕が、このオールイズファンタジー(全部幻想)な世界から解き放ってあげよう」

 

「……」

 

 俯くだけのレオンに、カイはゆっくりと近づいていく。

 

「良い目覚めを、レオン・クロムウェル」

 

 レオンに今、カイの釘が振り下ろされよう(朝の目覚ましが鳴ろう)としていた。

 

「バカか貴様は」

 

「え?ぐっ!」

 

 釘を持つ右の腕が捕まれて意表を突かれ、カイは一瞬固まってしまう。

 

()()()は、()()()()()()()だ」

 

 カイの腹部へと光球が叩き込まれる。魔物でなかろうとも問答無用で焦がすミニチュア太陽のようなそれが、カイの腹部に直撃して爆ぜる。光の氾濫が収まった時、倒れ伏すカイをレオンが見下ろしていた。

 

「ぐふっ……。どうにも、手加減した、みたいだね……」

 

 直撃した腹部が熱で炭化してるのはともかく、その他の部位は重度の火傷で済んでいる。あの至近距離で全力のそれを食らっていれば、カイは灰になっているはずだ。

 

「ああ、お前は色々と知っているみたいだからな。あえて生かした。最後に油断したな、魔王カイ・ヤグラ」

 

 レオンは心を折られたフリをして、カイが警戒心もなく近づいてくるのを待ったのだ。直撃さえ当てれば倒せることは、カイが瞬間移動までして避け続けていたのを見れば明白であった。ならば、後は隙を突くだけ。そうしてレオンは見事、カイの隙をついて一撃を叩き込むことに成功した。

 

「クロエの、記憶……。全部覚えてるはずは、ないんだけど……」

 

「あいつが俺の()()()()()()()だって覚えてるだけで充分だ。後はあいつを取り戻してから考えればいい」

 

 如何なる理由で記憶が薄れているとしても、自分にとってクロエが大切な家族であることは覚えている。それが真実であると、レオンは微塵も疑わない。

 

「はは……。自分を信じてってやつかい……?全く、少年漫画の、勇者みたいなことを……」

 

 カイから見てその行動は王道の勇者を想起させ、「自分を信じる」という点に人間の善性(プラス)を感じた。その姿はまさに、『真の勇者』だった。

 

「ああ……。やっぱり、負けるのは良いね……。君みたいな、プラス(勇者)に負けるのは、全く、清々しい……」

 

 悔しいが、恨めしくはなかった。少年漫画のような展開。約束された悪役(マイナス)の敗北。カイが望む最高のそれには及ばないが、100年程の渇きを潤すには事足りた。

 

「勝手に満足するんじゃない。お前には、色々と喋ってもらうぞ」

 

「ああ、良いよ……。勝者は、褒賞を受け取る、正当な権利がある……。それこそ、魔王を倒した勇者には、金銀財宝を、てね……。僕の知る限りのことは、そうだね……。三つまでは、答えてあげよう……」

 

「ぬかせ。全てだ、お前にはクロエについて全てを訊き出す」

 

 レイピアをカイへと向ける。「お前の命は俺が握っている」と言うかのように脅す。

 

「その手の脅しは、オールイズファ(全部無)―――」

 

 その瞬間、カイは何者かに踏みつぶされ、その体は肉片を散らす。カイの命は無残にも刈り取られた。レオンは飛び退いてレイピアを構え、カイを踏みつぶした男を視認する。男は、赤い髪をしていた。

 

「随分と呆れた倒され方だ、カイ・ヤグラ。全力勝負を望んでいると言うが、お前はいつも手を抜いているではないか」

 

 侮蔑した視線で赤髪の男はカイの死体を見下す。レオンがその行動に懐疑心を抱いて一つ瞬きをすれば、いつの間にか死体が消えている。

 

「本当の全力は、『リムル()』まで取って置いてるんだ。『リムル()』くらいじゃないと、何もかもが無茶苦茶になっちゃうからね」

 

 最初に見た時と同じ不気味な笑顔を携えた男が、最初に見た時と同じように五体満足で立っている。レオンは敵とも分からない者が目の前にいることを忘れてレイピアを取りこぼしそうになった。

 

「何故だ、今さっき死んだはず……」

 

「そんな驚くことかい?僕が一度殺されれば死ぬなんて現実、受け入れるわけないだろう?後、退魔の光に浄化されるってのもね。そもそも僕は純粋な人間だから浄化なんて意味がないよ?」

 

「お前が「純粋な人間」というのはひょっとしてギャグで言っているのか?だとすれば微塵も笑えない」

 

「ギャグじゃなくて事実だからね。……微塵も信じてないって顔だね。いったいなんて言ったら僕の言葉を信じてくれるのさ」

 

 苦笑いじみた笑顔のカイを男は猜疑の視線で睨み続ける。

 

「お前が悪霊の類だと言うなら信じてやろう」

 

「何だい?君も神話生物(そんな)扱いかい?酷いなぁ、僕ほど純然で整然で真正な人間は居ないって言うのに」

 

 カイは天を仰ぎ見てから項垂れるが、どこか演技のようで真実味が帯びない。そんなカイの様子では男も態度を変えるわけがない。レオンはそんな仲が良いのか悪いのか分からない交流を見て唖然としている。

 

「ところで。彼に用があって来たんだろう?そろそろ無視は可哀そうだから構ってあげたら?」

 

「それもそうだな。初めて会うな、レオン・クロムウェル。カイとの戦いは見ていたが、カイが不甲斐なくてな。その実力を十全に測れなかった。だから……」

 

 今までのまだほんわかとしていた雰囲気は消え去り、男からレオンに戦意が向けられる。カザリームとは比べ物にならないエネルギーを感じ、レオンは緩みかけていた気を引き締める。

 

「このギィ・クリムゾンが直々に見定めてやろう」

 

 『真なる魔王』ギィ・クリムゾンが、『真の勇者』レオン・クロムウェルに喧嘩を申し込んだ。




 レオンって「時の勇者」時代のクロエに会ってるはずなのにクロエって気付かなかったようなんですよね。多分ヒナタと混ざってる時期って世界の修正的なものでクロエに関する記憶ってかなり曖昧になってるんじゃないかなぁ。という独自解釈です。

※原作でレオンとクロエが対面していない設定を確認いたしました。ですが、「クロエとは対面しないまでも傍から外見は見ている」、「レオンはクロエの記憶が曖昧で時の勇者をクロエと判別できなかった」の以上2点を本作の独自設定として扱い、本作に修正を加えずに続けます。原作と設定が違うことに対して、ご理解の程をよろしくお願いします。

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