転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第十七話 救われるユメを見たくて

 時の勇者が居なくなって幾年月。燃え尽きたように無気力な時期もあったが、優樹に励まされ、自由組合(ギルド)で冒険者の教導などで優樹を手助けした。意図せず転移してしまった異世界人の子供たちの面倒を見たりもしたが、そのうちの一人、坂口日向は「時の勇者様も居ない以上、ここで学ぶことはもうありません。さようなら、先生。もうお会いすることもないでしょう」と姿を消した。優樹はどうにか所在を探していたが、イングラシアを出国した辺りから行方が分からなくなったらしい。

 

 やはり人生は良いことばかりではない。日向が去ってからだったか。悪夢にうなされ始めた。灼熱の大地、周辺を焼き尽くす業火。私が日本で最後に見た光景が、私の夢を侵食していった。私はそうして直感した、「イフリートがもうすぐ主導権を奪う」と。

 

 何処へ行けば良いだろう。イフリートに体を乗っ取られれば、少なくない被害を及ぼす。自害すれば良いか?その場合、イフリートが解放されるだけではないか?私には分からなかった。これからどうすれば良いのかさえも。

 

「カイさん……」

 

 ブルムンドで受けた魔物狩りの依頼を終えた森で私は一人、最後に頼れるだろう人、頼りたい人の名前を口から零した。

 

「呼んだ?」

 

「!?カイさん!」

 

「何だい?人を呼んでおいて実際来たら驚くのかい?」

 

 人は不気味という白髪の男の笑顔、場の空気に囚われないマイペース。間違いなく本物であるカイに私は溜めていた涙を一筋流す。

 

「カイさん、助けてください。私は、多分もう永くないんです。イフリートを抑えられません。どうか、どうか私にどうすれば良いか教えてください!」

 

 私は恩人の一人である時の勇者を封印した張本人であることも忘れて、カイに縋った。

 

「ん?ああ、もうそういう時期か。あれ?でも確かレオンを一発ぶん殴りに行く話じゃなかったっけ?どうだったかなぁ……。忘れちゃったし良いか」

 

 頭を掻きながら何かを考えるカイはしかし考えるのが面倒になったのか、私の顔を真っすぐ見た。

 

「ジュラの大森林に行けば良いんじゃないかな。もしあそこで暴走しちゃっても、魔物がどうにかしてくれるでしょう。そう、『リムル(とびっきりの魔物)』がね」

 

「ジュラの大森林ですか?そこに行けば、どうにかなるんですか……?」

 

「ああ、万事解決さ」

 

「……分かりました」

 

 具体的なことは教えてくれなかったが、私にはカイの助言以外に頼る物がない。カイを信じて従うことにした。

 

「じゃね、バイビ」

 

「あ、待って!」

 

 伸ばした手は空を切る。まだ訊きたいことが多くあったのに、どうか最期を看取ってほしかったのに、カイはそんな思いなど知らずに幻想のように消え去る。

 

 手を胸元へと戻す。一人寂しく、虚しい気持ちが私の心を占有していた。どうにかこの気持ちを吹き飛ばすことはできないか。そんなことを思案しながら町に戻った私の耳に、少し騒がしい三人組の会話が届いた。

 

「「行って良いぞ」じゃねーよ!」

 

「それ、自由組合支部長(ギルドマスター)の目の前で言ってほしいでやす」

 

「うんうん」

 

「……」

 

 とても明るい会話。冒険者チームなら珍しくもない会話に、私は惹かれた。

 

「三日後にまたジュラの大森林かぁ」

 

「短すぎる休暇でやすね」

 

「言うな、お前ら……」

 

 誘蛾灯に誘われる蛾のように、私は彼らに近づいた。

 

「失礼。君たちはもしかしてジュラの大森林へ向かう予定か?」

 

「え?あ、はい。そうですけど」

 

「私の名はシズ。もし迷惑でなければ、同行させてもらえないかな?」

 

 偶然か、運命か。私はエレン、ギド、カバルとジュラの大森林へ向かうことが決まった。

 

◇◆◇

 

「離せお前ら!意地が悪いぞ!」

 

「意地が悪いのはどっちでやすか!あっしが育てた肉をよくもぉ!」

 

「私のお肉よ!」

 

「……」

 

 目の前で肉を奪い合う三人を、リムルは呆れて見ていた。

 

 目の前で争っている三人(ギド、カバル、エレン)、それとリムルの隣に座る一人(シズ)はヴェルドラが消失したジュラの大森林を調査に来た冒険者であることをリムルは聞き及ぶ。原因と思って突いたモンスターの巣穴から出てきたモンスターに襲われていたところをリムルの配下であるゴブリンたちが助け、バーベキューで持て成していた。

 

「シズさんだっけ?どんな死に方したかは訊かないが、アンタも大変だったろう」

 

 リムルはその冒険者との会話で、唯一シズだけに異世界人であることが見抜かれ、シズの方から自身も異世界人であることを明かされた。妙な親近感を抱いてリムルは気安く声を掛けた。

 

「ううん?私は死んでないよ?」

 

「え」

 

「私はこっちに転移する直前は死にかけだったけど、レオン・クロムウェル、『白金の悪魔(プラチナムデビル)』と呼ばれる魔王に召喚されたの。それで死にかけの私を、カイさん、『過負荷(マイナス)』カイ・ヤグラがレオンにお願いして助けてくれた。重傷を治すために、イフリートを憑依させられちゃったんだけどね」

 

 魔王という単語が出てきたことにリムルは内心感動しながら、嬉しくも辛そうにも見えるシズの語りを聞く。

 

「ん?「イフリートを憑依させられちゃった」ってのは?」

 

「イフリートは炎の精霊で、憑依できればその精霊の力を借りられたりするの。多分、カイさんとレオンは私の大火傷に有効だと思って憑依させたんだろうけど。私とは少し相性が悪くてね。私は、炎が嫌いだから……」

 

「……」

 

 リムルは真剣な面持ちで(スライムだから面持ちも何もないが)静聴し、シズも不思議な親近感で話の続きを口にする。

 

「私が元の世界で最後に見た光景は一面の炎。とても怖い音が鳴り響く中、住み慣れた町は紅蓮に染まっていた」

 

「……もしかして、空襲か?」

 

「正解。カイさんが、東京大空襲だって教えてくれたよ」

 

 リムルは目の前の女性が年齢にそぐわない見た目であることに驚きつつ、シズの悲惨な人生を憐れんだ。

 

「炎が嫌いな理由は、それだけじゃなくて。私は、この炎の力で冒険者としての先生を傷付けてしまったの。幸い、その人は強い人だったから大怪我は負わなかったけど。この貰った抗魔の仮面がなければイフリートを御せなくて、今でも人に近づくのが、少し怖い」

 

 シズは仮面を外し、膝の上で寂しそうにそれを撫でる。

 

「でも、やっぱり仲間は良いね。彼らのお互いを信頼したり、遠慮なく喧嘩し合ったりする姿を見て、そう思った。ちょっと危なっかしいけど。彼らと旅ができて良かった」

 

 目の前で肉の奪い合いをするのを微笑ましく感じた後、シズはその笑顔のままリムルへ顔を向ける。リムルはシズの人間性に惹かれ、もっと話したいという欲に駆られた。

 

「腹ごなしに散歩でもどうだ」

 

 リムルはその欲求に従い、シズを外に連れ出した。

 

 散歩、と言いながらリムルは配下である嵐狼牙族(テンペストウルフ)のランガの背に自身とシズを乗せ、疾走させていた。

 

「凄いね、魔物の町なんて」

 

「俺たちの町は気に入ってもらえた?」

 

「とっても」

 

 シズは通り過ぎていく綺麗な街並みの感想を率直に述べた。リムルはその感想を聞けて少し照れ臭く、誇りに思う。

 

「そうだ!面白いモノを見せてやるよ」

 

「面白いモノ?」

 

 リムルは『大賢者』に『思念伝達』で記憶の一部をシズに見せられるか確認し、可能であるという返答を受けて実行する。

 

「これは……?」

 

 シズの脳裏にはボロボロの町を清掃する人々や徐々に発展していく町の様子が映し出された。

 

「終戦後の復興の様子だ。俺が直接見たわけじゃないけどな。みんな戦争で負けた後、自分たちの町を立派にしようって頑張ったんだよ」

 

「そっか、こんなに綺麗になったんだね」

 

 映し出される景色はシズの故郷とは似ても似つかなかったが、それでも感じた郷愁と感慨深さにシズは胸の内を暖めた。

 

「こっちでも同じさ。みんなで楽しく住めるような立派な町を作る。そのために俺たちも頑張ってるんだ」

 

 強い意思を以ってリムルは断言する、良い町を作るのだと。町を作ろうとした最初の目的である「自分が楽に暮らせるように」というのはあえて口に出さなかった。

 

「もっと発展させるつもりだからさ。良かったらまた遊びに来てくれよ」

 

「……ありがとう、きっとまた。うっ」

 

 シズは脳裏の美しい街並みが火に沈むのを幻視した。そして、刻限が来てしまった。

 

「シズさん?どうしたんだ、顔色が……」

 

「うぐ、あああああああああ!」

 

「!?」

 

 心配して顔を覗き込むリムルを、シズはぎりぎり残っている意識で遠く突き飛ばす。

 

「主よ!」

 

「おっとと……。シズさん、どうしちゃったんだよ!?」

 

 離れた主の元へランガはすぐに向かう。リムルは突然様子がおかしくなったシズに呼び掛けるが、シズは応えずに殺気まで放っている。

 

(対象の魔力が増大しました。警戒してください)

 

 そう『大賢者』がリムルに警告すると、シズを中心として大きな火柱が上がった。

 

「リムルの旦那!なんかすげぇ火柱が見えたけど……て、げ!?あ、あれ、シズさんか?なんだってこんなことに」

 

 木々すら突き抜けた火の手を視認し、カバル、ギド、エレンが駆け付け、カバルがその異変に畏怖を言葉にする。

 

「ま、まさかあの炎。シズさんって、『爆炎の支配者』シズエ・イザワだったでやすか!!」

 

「「な、なんだってーーー!!?」」

 

 ギドの名推理への解答にうるさい反応するカバルとエレンの声のかき消しをするように地面が一度爆ぜる。

 

「あんたら、さっさと逃げろ!」

 

「そんなわけにはいかねぇよ。ここまで世話になったんだ」

 

「それに、一時とは俺たちの仲間でやす」

 

「ほっとけないわ!」

 

「……分かった。気を付けろよ」

 

 三人の意思が固いのを理解し、リムルはここに残ることを許した。リムルたちは毅然とシズを睨む。

 

「ハナ、レテ……」

 

「シズさん!」

 

「オサエキレナイ……。ワタシカラ、ハナレテ……」

 

 シズは苦悶を浮かべながら、リムルたちを傷つけないように必死に意識を保っていた。

 

「心配するな、シズさん。俺たちがアンタをその炎から解放してやる」

 

「デモ……」

 

「任せろ」

 

「……オネ、ガ、イ」

 

 シズは心優しいリムルの言葉と、リムルがカイの言っていた『とびっきりの魔物』であることを信じた。

 

「さぁ、行くぞ」

 

 リムルの発破に呼応するように―――

 

「GAAAAAAAAAAA!!」

 

 シズの姿は変質し、辺りは燃え、そして()()()




 予約投稿を忘れてたのは、クラスのみんなには内緒だよ☆
 序盤にちょろっと出ながら原作を守ろうとするとっても良心的な主人公、カイくんですが。まぁ、色々とやったから多少の影響は出るよねって。

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