転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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※本作には序盤から多大なネタバレを含みます。ご注意ください。


連載版 ~原作開始前~
第一話 二次元転移にユメを見る


 いつから彼がその過負荷(マイナス)を持っていたのか。残念ながら、彼自身それを把握することはできない。彼は生まれ落ちたその時からその能力を持っていて、無意識にスキルを使っていた可能性が有り、それを確かめる術は無いからだ。

 

 語るべきは「何故、彼がそのスキルを持っているか」である。彼の人生は正しく不幸(全く普通)であり、彼の母親は彼が生まれたと同時に死に(今も健やかに健在で)、彼の父は自暴自棄で八つ当たり気味に彼を虐待し(質実剛健で思慮深く彼を見守り)、彼は周りから気味悪がられ苛められ(好かれ友好的で)、いつも笑顔を絶やさぬ男だった。そんな彼が過負荷(マイナス)を得てしまったのは当然の結果(青天の霹靂)と言えるだろう。

 

「まぁそんな僕の半生を語ったところで全く意味が無いんだけど。このモノローグだか地の文だか分からない文章で知ってほしいのは僕が神様転生とかの転生特典じゃなくて、普通(理不尽)に生きたまま過負荷(マイナス)を手に入れた劣等種(マイナス)だってことだね」

 

 彼の過負荷(マイナス)、『幻実当避(オールイズファンタジー)』。

 

 それは、現実(有るモノ)を受け入れずに否定し、幻想(無いモノ)を受け入れて肯定する力。最も有名だろう過負荷(マイナス)・『大嘘憑き(オールフィクション)』が現実(すべて)虚構(無かったこと)にする力ならば、こちらは虚構(無いモノ)現実(有るモノ)にする力である。ただ、『大嘘憑き(オールフィクション)』という最も短所(マイナス)らしい過負荷(マイナス)であるが故に、能力の制限が緩いそれに比べ、『幻実当避(オールイズファンタジー)』の制限は多少きつい。その理由はそう難しいモノではない。無から有を生み出すという性質上、自分に都合が良いモノばかり生み出して幸福(プラス)になれてしまいそうだが、不幸(マイナス)な人間にそんな事が許されるわけが無い。故に、このスキルは自分の人生を幸福にすることも、主人公補正なご都合主義をすることもできない。限りなく普通(ゼロ)に近い不幸(マイナス)を実現することはできるが、彼が幸福(プラス)になることは決してない。

 

「さて、意味不明な能力解説は止めにして。さっさと二次元転移しよう、二次元転移。『トリップ』とか言うんだっけ?僕、結構憧れてたんだ。お誂え向きなスキルもあることだし、さっさと幻想を見る(面白いことをする)としようじゃないか」

 

 彼はそうして夢見た二次元転移を行おうとする。自身をハーレム系主人公に憑依させる等の幸福を望まない限りは、如何なる二次元への転移が『幻実当避(オールイズファンタジー)』には可能である。

 

「『めだかボックス』、も良いけど。僕としてはまず、『転生したらスライムだった件』かなぁ。あの世界で魔王になるとかすっごく面白そうだよね。過負荷(マイナス)である僕にはぴったりだ」

 

 そんなテキトーな理由で彼は転移先を『転生したらスライムだった件』に決定した。

 

「あ、そうだ。言い忘れていたことがあった」

 

 

「この僕・八倉(やぐら)(かい)を見る時は、人生を明るくして、現実からは切り離してみてね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ!オールイズファンタジー(そんな事したって無意味)なんだけどね!」

 

 そうして彼は二次元転移を決行した。

 

◇◇◇

 

 ジュラの大森林に有るとある洞窟。そこはある理由によって非常に高い魔素濃度であり、一般人どころか弱い魔物すら立ち入れない状態となっている。その理由は一つ。

 

(暇である……)

 

 高密度大容量の魔素の塊、世界に4体しか存在しない竜種の1体・暴風竜ヴェルドラがそこにいるからである。

 

(ふむ、封印というのは厄介なものだ。スキルがほとんど使えなければ、いったい何をして過ごせと言うのか)

 

 ヴェルドラは顎を撫でつつ思案するが、良案は思いつかない。

 

 彼がこのようになってしまったのはとある勇者によるスキルのせいである。『無限牢獄』と『絶対切断』というユニークスキルのコンボは、この世界の最強種たる竜種でさえ封印せしめる。暴風竜という名の通り世界中で暴れ回った彼は、ジュラの大森林で暴れているところを勇者に見つかり、見事そのコンボで封印されてしまったのである。

 

(まぁ、姉たちに怒られずに済んだのは僥倖だ。しばらく姉たちの怒りが冷めるまで大人しくするとしよう)

 

 ヴェルドラは4体いる竜種の中で最も遅く生まれた存在であり、竜種に性別など無い――明確に言えば、どっちの性別にもなれる――のだが、現存する2体は女性のように振る舞っているために、ヴェルドラにとって姉であり、ヴェルドラは末弟と捉えられる。

 

 ヴェルドラにはその姉二人に躾けられた記憶があり、苦手意識がある。そのために、彼女らの怒りを恐れ、今しばらくの現状維持を選択した。脱出する手段が今のところ無いのだが、そこら辺は前向きに「いつかどうにかなる」と考える彼のポジティブシンキングである。

 

(それにしても、それまでどうしたものか。思考に耽るにも限度が―――ん?)

 

 彼が瞑想を止め、目を開けた時である。目の前に、一人の男が立っていた。

 

うわぁお!本物のヴェルドラだ!割と成功するか五分五分だったけど、しっかり転移できたんだなぁ。あ、初めまして、暴風竜ヴェルドラ。僕はカイ・ヤグラって言うんだぁ!宜しくね!

 

 唐突に現れた男は何やら声を発し、不気味な笑顔を浮かべたまま身振り手振りしているが、ヴェルドラは意味がある言葉の羅列として認識できなかった。

 

「なんだ貴様は!我を誰と心得る!世界に4体のみ存在する竜種の1体、暴風竜ヴェルドラであるぞ!」

 

 意味の分からない男に対し咆哮をもって応対するが、男は眉を下げて身振り手振りを止めるだけで、特に堪えたような様子はない。

 

あ、そうか!正規の転移じゃないから魔素とかが僕に無くて、『思念伝達』すら受信できないのか。まぁそんな現実、僕が受け入れるわけが無いんだけどね!」

 

 男は得意げに両手を広げれば、ようやくヴェルドラに意味のある言葉の羅列が聞こえてくる。

 

「やぁやぁごめんよ、ヴェルドラ君。チャンネル合わせを疎かにしたら、東京だって『仮面ライダー』が見れないよね。まぁ、僕は『ディ○イド』辺りで見るの止めたんだけど。やっぱり見るなら特撮じゃなくてアニメだよね。今期は何やるんだったっけ?まぁ!テレビが無いからこの話題は無意味なんだけどね!」

 

 コロコロ笑いながら饒舌に語る男の笑顔は、ヴェルドラをして不気味さを感じさせるモノだった。

 

「き、貴様は何者だ!魔素の欠片も感じられぬというのに、何故この場に平然と居られるのだ!」

 

「さっきのはやっぱり聞き取れてなかったね。僕のミスだからとやかく言えないけど。でもどうしようか!もう一度名乗れって言われるともっと大仰に自己紹介すべきだよね!そうだよね!!ちょっと待って今良い感じの名乗り口上考えるから。うーん、どんなのにしようかなぁ。かっこいいのをパクっちゃうのも味気ないよなぁ」

 

 ヴェルドラの冷や汗をかく姿も意に介さず、男はウンウンと唸りだす。

 

「いや、ここはシンプルにこうしよう」

 

 男は組んでいた腕を大きく広げる。

 

「僕は『過負荷(マイナス)』、八倉海(カイ・ヤグラ)だ」

 

 口で大きな弧を描き、その糸目は何を捉えているのか悟らせず、男はあまりにも不気味で不快な雰囲気を漂わせ、名乗りを上げた。そのカイの姿に、ヴェルドラも思わず固唾を呑んでしまう。

 

「あ、それだけじゃ説明不足だよね。魔素が全く感じられないのは、おそらく僕が他の異界人と違う方法で来ちゃったせいだと思うよ?『世界の言葉』とか聞かずに来ちゃったから、構成組織の変換だかチューナーの増設だかはすっ飛ばしちゃったんだろうね。それでそれで、そんな魔素への耐性がゼロ通り越してマイナスな僕がここに居られる理由は「ここに居られない」なんて現実は僕が受け入れられないからさ」

 

「ま、待て!一気に話すな、処理が追いつかん!」

 

 カイの雰囲気に気圧されて呆然としていたヴェルドラの頭では、カイの饒舌は捌ききれなかった。

 

「……正規の方法での転移ではないために、魔素を持たぬ異世界人だということは分かった。では、どうやって転移してきたのだ?「現実を受け入れない」とは何だ」

 

 永く生きているヴェルドラでも、そのような者は見たことも聞いたことも無い。常識外れのヴェルドラからして見ても、目の前の男は常識外れだった。

 

「企業秘密さ。全て教えてしまっても僕としては全く問題ないんだけど、与太話すぎて信じてもらえないだろうし。それにほら、『謎の力を持つ男』ってミステリアスでかっこいいでしょ?」

 

 カイ独特のペースに、ヴェルドラは頭痛を感じて頭を抑える。

 

「もう良い。我の前に現れた理由を述べてさっさと去れ」

 

 ヴェルドラは「この男が近くに居るだけで精神が削れる」と判断し、さっさと満足してもらって消えてもらうことが、今感じている頭痛への何よりの特効薬と考えた。

 

「そうだそうだ、訊きたいことがあってここに来たんだった。君に会えた感動で忘れるところだったよ。ずばり訊くけど、君が封印されてからどれくらい時間が経った?」

 

 笑顔こそ変わらないが、不気味さが鋭くなったようにヴェルドラは感じた。

 

「数年か十数年くらいか。20年は経っておらんだろう」

 

「そう、ありがと」

 

 お互い素っ気ない言葉を交わし、カイは踵を返す。

 

「あっと、そうだった」

 

「今度は何だ!」

 

 顔だけヴェルドラに向け、「ようやくこの男から解放される」というヴェルドラの安堵を断ち切る。ヴェルドラが少しキレ気味なのも無理は無い。

 

「「僕ならその封印を解ける」って言ったら、どうする?」

 

「貴様に解かれるくらいなら永遠にこのままで構わん!!」

 

「ありゃりゃ、嫌われちゃったよ。まぁ、いつものことだしね。じゃ、300年後くらいにまた会いに来るよ」

 

「二度と来るな!!」

 

 ヴェルドラの怒号を一切気にせず、カイは手を振って消えた。ヴェルドラは幻想のように消えた彼の姿に、驚愕するより安心して溜息を漏らした。

 

◇◇◇

 

 ファルムス王国のとある辺境の村。そこはジュラの大森林の境界に近く、魔物による被害が良く起こる村だ。そのために、王国兵が守護の為に巡回に来ることや腕に覚えがある冒険者が魔物討伐の依頼を受けに来ることも多いのだが、十分な戦力が整っているとは言えず、兵も冒険者も大けがで防衛に穴があくこともしばしば。今日もそんな日だったのだが、一人の少女が現れ、圧倒的な力で散発する魔物の襲撃を撃退した。

 

「村をお守りいただいてありがとうございます、旅の方」

 

「いえ、当然の事をしたまでです」

 

 感謝を伝えるために頭を下げる村長に対し、先ほどまでの戦いの疲れを一切見せずに悠然とする少女。村長も、そして助けられた人たちも、彼女から並々ならぬオーラを感じていた。そのオーラも威圧的なモノではなく、温かみを感じるモノだった。

 

 彼女は、『勇者の卵』を持つ存在であり、ヴェルドラを封印した「時の勇者」と呼ばれる者である。誰も本名を知らないが、その名声は聞き及ぶ。各地での魔物退治・撃退は数多目撃されている。故に、まだ『真の勇者』に覚醒していないまでも、名実ともに彼女は「勇者」なのだ。

 

「では、私はこれで」

 

 彼女は村の歓待の申し出を全て断り、自らの使命を全うすべく、すぐにでも旅に出ようとする。

 

「やぁ!えぇっと、今は「時の勇者」だっけ?本名とかは呼んじゃいけない系なのかな」

 

 村長に背を向けた時、その余りにも不気味な男が目の前に立っていた。

 

「貴方は―――」

 

「それとも、()()()()()()()()()()()()()って感じなのかな?」

 

「!」

 

 彼女はその言葉に驚愕する。彼は誰にも話したことのない事実を知り得ているのを彼女は察した。

 

「いったい、貴方は……?」

 

 最初のただの挨拶とは違い、多大なる猜疑心が込められている。

 

「そうだね。ここはセリフを統一しておこうか。僕は『過負荷(マイナス)』、八倉海(カイ・ヤグラ)だ。そしてここで新情報!君みたいな、神とか世界とかに愛されてる者達の敵なんだ!」

 

 声音は冗談に聞こえるそれであるが、漂わせる雰囲気が迫真で有ることを示すように不気味さが増す。そんな手合いと会った事が無い彼女は、「勇者」と呼ばれるに相応しい強者であるにもかかわらず、気圧されて怯んでしまう。

 

「……敵、と言われてもね。貴方は人間みたいだし、魔物だからって退治するわけじゃないから」

 

 彼女は『魔力感知』で少なくとも彼が魔物ではないのと分かっていた。全く感じないのは違和感であったが、魔素を隠せるようになるのは一定以上の力を持つ魔物であり、そういう魔物は完全に隠しきれないほどの魔素を有している。何かのアイテムで魔素を隠しているにしても、その程度で隠せてしまう魔素しかない人間と判断した。

 

「それは、この村を火の海にした放火犯にも言えるのかな?」

 

「え?」

 

 一瞬の出来事だった。背後から木が焼けるような音と熱気を感じ、人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

「これは!?村長さん、大丈夫ですか!」

 

 さっきまで怪我一つ無かった村長が、顔や腕に火傷を負い、服も所々焦げて倒れている。彼女は村長を助け起こし、回復薬(ポーション)を迷いなく使う。

 

「ああ、人命優先するのは当然か。まぁさすがは「勇者」だけあるよね。だけど、みんなを助けられるなんてのは、幻想(ユメ)でしかないよ?」

 

「ッ!そんな、何が、起こったの……?」

 

 また一瞬で状況が変化する。村長が人型の炭になり、家屋も人々も全て焼き落ち、辺りは静寂に包まれる。まるでさっきまでの光景が夢だったかのように移り変わり、しかし現状も悪夢と呼ぶにふさわしい。

 

「どうしてこのようなことを!」

 

 怒りを以って剣を抜き、切っ先を「カイ」と名乗ったその男に向ける。

 

「そんなに驚くことかい?言ったじゃないか、僕は『過負荷(マイナス)』で、君たちの敵だって」

 

 どこに愉快なことがあるのか、彼は口の端を大きく釣り上げている。

 

「さぁ、戦おう。ほんとは完全に孵化した君と戦いたいんだけど、色々と立て込んでるからね。今の君で満足してあげるよ」

 

 大仰に両腕を開いて笑う彼は、不気味さの塊だった。




 はい、短編時から待っていただいた方。長らくお待たせしました。web版を読み終え、ある程度の設定把握が終わりましたので、連載版として本作の投稿を始めたいと思います。
 ただ、本作はかなり気まぐれ更新していく予定です。ご了解の上でお付き合いいただきたく思います。

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