「まさか、ユウキがそんな人間のはずは……」
あの世とこの世の狭間空間。静江はカイが告げたユウキの本性が信じられずにいた。
「まぁそうだろうね、君の前では優しい子をうまい事演じてたんだし。実際君が信じる部分も間違いではないと思うよ?だけど、彼はそう、無邪気なんだ。子供みたいな発想を本気で取り組む。世界征服なんて
揺れ動く静江を誑かして愉悦を感じるように、カイは笑顔で腰掛けた教卓から追撃している。
「でも、そんな……」
「言っても信じる訳はないか……。ま、いいさ。「論より証拠」って言うしね。実際に見せてあげよう。じゃあ、行ってくるね!」
さすがに盲目に信じ込んでいた人の言葉でも静江は信じきれない。カイはそんな静江に事実を見せようと、何処かに消え去った。
◇◇◇
「それで、クレイマンの方はどんな調子?」
「着々と。今のところヴェルドラ消失に関して詳細不明で不安な要素ですが、同時にジュラの大森林付近はより不安定になっているため計画のいくつかの手順が省略できるかと」
イングラシア王国の
「今のところは計画通りか。……カイ・ヤグラの干渉もない?」
「全くありません。あの男も『ジュラの大森林不可侵条約』に縛られております。その条約がある限りは、干渉を防げるでしょう」
優樹はカイの干渉を警戒していた。最も有名で神出鬼没な魔王『カイ・ヤグラ』。自身と同じ日本出身であると察しながらも、ネジと常識が外れた行動を繰り返す異常人だ。警戒しない訳がない。
「はぁ、全く。何してくるか分からない相手っていうのが一番厄介だよ。君がカイに何されたか覚えていれば、まだ能力が割り出せて対策もできるんだけどね」
「勘弁してください思い出させないでください。いえ、絶対に思い出せはしないのです。しかし、少しでもあの男にやられた記憶を掘り返そうとすると、手足が震え、冷や汗が止まらないんです」
カガリは絶対の上司である優樹に対し、その命令だけは絶対受け付けない。彼女の言葉通り、まだ『カガリ』ではなく『カザリーム』だった当時のやられた記憶は今思い出そうとしてみても思い出せず、刻まれた恐怖心だけがぶり返す。
「まぁ仕方ないね。とりあえず、カイが手出しできない内にジュラの大森林でのプロセスは終えてしまおう」
「ええ、その方が良いでしょう。計画を見直し、省略できる箇所を洗い出します」
これで一端の話し合いは終わりだ。
ここに、闖入者が居なければの話だが。
「そんなに焦って大丈夫?「急がば回れ」って偉大なる先達は有りがたぁいお言葉を残してくれたよ?」
「「な!?」」
声の聞こえた方、応接用のソファーに優樹とカガリが視線を移せば、勝手に紅茶を飲んでくつろいでいるカイが居た。
「ど、どうして貴方が!」
「こんにちは、オカザリちゃん!あ、カガリだっけ?まぁどっちでも良いから僕に性転換の方法を教えてよ、カザリーム!」
「ひっ……!」
自分の正体が見抜かれている恐怖にカガリは脱兎の如く恥も外聞もなく優樹の背後へと逃げ込む。彼女にとって何故知られたかなど考慮する事ではなく、絶対カイに興味を向けられない事が最優先事項だった。
「美少女になるなんて全人類の夢だよね!全身義体にTS転生、ヴァーチャル美少女受肉!僕らはいつだって美少女になりたくて仕方がないんだ!そして全人類美少女にして美少女だけでイチャコラしようぜ!世界はそれで平和になる!」
カイは応接用のテーブルに乗る程興奮しながら饒舌に語る。仔細に観察する優樹からしても、それが演技なのか本気なのか分からない。
「こんにちは、魔王カイ・ヤグラ。いえ、親しみを込めてヤグラカイさんと、お呼びした方が良いでしょうか?」
敵か味方か、目的は何か、聞いて答えるとは思えないが、優樹は奇々怪々のカイに冷静な対応をする。
「あ、僕の名前は数字の「八」に倉庫の「倉」、青い海の「海」で「八倉海」ね?親しみを込めるなら下の名前呼び捨てで構わないさ。同じ日本出身の異世界人なんだ!仲よくしよう!」
ハグでも誘うように腕を広げるカイだが、さすがに優樹はそこまで乗らず、笑顔を浮かべながらいつでも動けるよう浅く座り直した。
「本日、ご訪問頂いた目的は?性転換の方法でしたらお教えしても構いませんが」
「マジで?ああでもいいや。多分君くらいしかできない方法だろう?性転換しようと思えば自前でできるし、僕でも他人に施せる方法じゃないと全人類美少女計画は達成できないからね。それに、それが主目的って訳でもないし」
あわよくば「そんな理解不能な目的であれば」と優樹はカイの発言を真面目に受け取ってみるも、やはりそれが目的ではなかった。カイはわざわざソファーに座り直して頬杖を突きながら、その細く不気味な笑顔を優樹へ向ける。
「目的は、そう。ただの確認だよ。「静江ちゃんの教え子が本当に世界征服なんて考えるのかなぁ」って、事実の確認がしたいのさ」
あっけらかんと優樹の計画を知っていることを明かすカイに、優樹は笑顔を崩して睨み付ける。優樹にとってカイの発言には計画がバレている事ともう一つ、どうにも聞き捨てならないワードが含まれていた。
「どうしてお前がシズ先生の本名を知っている。先生は勇者様に付けてもらった「シズ」の方を愛用して、「静江」の方は滅多に名乗らないはずだ」
「え?気にするのそこかい?まぁうん。あり得なくはないか。君って静江ちゃんには懐いてたみたいだからね。はいはい、そう睨むなって。答えはそんな難しくないさ。静江ちゃんが転移してきたばかりで心細い時に、ちょっと優しくしただけだよ。そうしたら、君が静江ちゃんに懐いたみたいに、僕に懐いちゃったって訳さ」
「嘘を吐くな!!」
優樹は机を握り拳で強く叩き、椅子をひっくり返す。カイは優樹のその様子を怪訝に思った。「もしかして、演技じゃなかったのか?」と思い直すくらいには、優樹の様子は迫真である。
「先生がお前のような魔王にそそのかされる訳がない!先生は、僕を救ってくれた、聖人のようなお人だ!」
「訳が分からないな。そんな人を、そんなに尊敬しておきながら君は悪の道に走るのかい?」
「ああ、僕がしている事は、その過程は間違いなく悪だろう。だが、世界を救う最短距離だ!これから先、先生のような不幸な人を生まないための最低限の犠牲だ!「悪」と謗られようが、誰かの恨みを買おうが、僕は止まらない。僕はこの理不尽な世界を救って見せる!」
優樹は静江への尊敬を嘘にしないためにその理論をぶちまけた。「決して彼女の教え子である僕が、完全なる悪ではなく、仕方のない犠牲を出す正義の味方なのだ」と静江に泥を塗らないよう、今目の前で静江を汚した男に論じる。
「あっはっはっ!なるほど、「清い人に育てられた僕は清い人の代わりに汚れを引き受けてる」ってそんな理論?ああ、なるほどなるほど。舞台裏を見た気分だ。まぁ、僕が多少なり関わっちゃってるから
「……」
優樹は押し黙る。愉快そうなカイの語りに思考する。「舞台裏」「正史」、優樹にはなんの暗喩なのかは分からない。だが、「この男は僕以上に何かを知っている」と察した。
「まぁまぁとりあえず。静江ちゃんが僕に懐いてた証拠くらいは出してあげようか。じゃあまず、何故静江ちゃんは亡くなる直前にジュラの大森林なんかに行ったと思う?」
「……先生があの森の調査依頼を受けたからだ」
「おいおいおい。
「……受注者に腕を見込まれて、後から参加したんだろう。先生は困っている人を無視できないお人だった」
「く、はははっ」
「……何が可笑しい」
カイはついつい笑いを零してしまい、優樹はそれに苛立ちを募らせる。カイにとってみればそれすらも可笑しい事だ。優樹は理解していて逃げている然も正しい言い分で答えに至らないようにしている。それこそが、答えに至っている証左だ。
静江の死ぬ前の行動は、死に場所を探していたにしても、ジュラの大森林を目的地としたのは不可解なのだ。自身が危険な状態だと知っているはずの静江だったら、その危険な状態の原因たるイフリートごと消し去ってくれる存在、例えば魔王、一番可能性が高いのはレオン・クロムウェルの元へ行くはずだ。しかし、静江はそうしなかった。とするならば、静江は誰かにジュラの大森林へ行くよう仕向けられたのだろう。その仕向けた者はいったい誰なのか。
「逃げるなよ、神楽坂優樹。真実は、目の前にある」
カイは毒のような真実をひけらかし、不気味に口の端を吊り上げる。
「お前が、先生をあの場所に送ったのか。先生を、死に場所に追いやったのか!」
「死に場所に追いやったなんて、酷い言い草だなぁ。僕はより良く眠れる場所を教えただけだ。それに、君は静江ちゃんを止められなかったろう?彼女の危険な状態を、君は改善できなかった。そうして暴走による死が回避できなかったんだから、死は必然だろう。それに、被害が出ない場所で死んでくれて良かったじゃないか」
優樹は堪忍袋の緒が切れ、異世界人の異常な身体能力でカイを蹴り飛ばした。優樹にはどうにもカイの一言一言が静江への侮辱に聞こえて仕方がなかったのだ。特に「死んでくれて良かった」という言葉には耐えられなかった。優樹は、叶うなら生きていてほしかったのだ、恩人たる井沢静江に。そして、叶うならば、彼女に平和になった世界を見てほしかった。そんな切なる願いを嘲笑う目の前の男に、優樹は敵対すれば厄介と分かりながら攻撃した。
「お前に、何が分かる!人の形をした化け物が!この悪烈で悪逆で性悪の魔王がっ!お前には人の心が分からないんだろう!分かってたまるものかっ!」
冷静さなど何処へやら。優樹はただ怒りをそのままにカイを罵る。
「あの、主様。あの男、テーブルの角に頭をぶつけて死んでいるんですが……」
カガリはカイの様子を窺いながら落胆した。蹴られた勢いで角に叩きつけられたものだから、カイは頭から出血して横たわっている。
「どうせ死んだフリだ。何度も討伐報告が上がっていて一度も消滅させられていないなら、何らかの不死性があるんだろう」
「死んだフリとか不死性とかじゃなくて、本当に死んでるんだけどな。まぁ!
カイは優樹の予測に反さず、何事も無かったかのようにソファーに座っていた。優樹は何度でも殺せるように臨戦態勢を取っている。
「全く、酷いじゃないか。キックボクサー以上に強く蹴れば、僕なんか容易く死んじゃうよ?ロギア系能力者じゃないんだから。エースは何か、ロギア系なのに「マグマは火を焼く」とかいう謎理論で殺されてたけどね」
「今……何て……」
「ん?」
優樹の様子が一変して、呆然としたものに変わる。
「今、エースが殺されたって……」
「ああ……」
優樹が呆然とした理由にカイは思い当たり、すごく楽しい悪戯を思いついたように笑顔になった。
「そう、そうなんだ!ワンピースのエースは実は白髭海賊団の裏切り者に捕まって処刑されることになって、白髭海賊団とルフィが助けに来てくれたんだけど結局マグマグの実を食べたマグマ人間の海軍大将・赤犬に殺されちゃうんだ!しかもしかも、エースはゴールドロジャーの息子だったんだって!」
「う、嘘だぁ!!」
「それとそれと!ブリーチは崩玉使ってすっごく強くなった藍染に一護が「最後の月牙天衝」とかいって死神の力を失う代わりに使えるすっごい攻撃を噛まして倒すんだよ!さらにね、なんと実は一護は死神と
「や、止めろぉ!!」
「それにそれに!ナルトのカカシ先生、やっぱりあの写輪眼はうちは一族の友人から譲り受けたものでね、その友人は任務中に失ったんだけど実は生きててね!それが暁で「トビ」って名乗ってる「うちはオビト」なんだ!あ、後ナルトはサクラちゃんじゃなくて日向ヒナタちゃんとくっつくよ!?」
「そんな、そんなぁ!こんな、こんな事って……」
優樹は転移して読めなくなったお気に入りの漫画をネタバレされ、その多大なる精神ダメージで崩れ落ちた。
「あーはっはっはっはっはっはっはっ!ねぇ今どんな気持ち!?読みたくて読みたくて仕方ない漫画の続きを荒唐無稽に暴露されてどんな気持ち!?」
「おのれ……。おのれっ、魔王カイ・ヤグラ!お前だけは、お前だけは絶対に許さない!!!」
勇者の友を殺したように高らかに笑うカイへ、優樹は大切な友人を殺された勇者が魔王への復讐を誓うように、涙を流しながら殺意の波動に目覚めていた。
「いやぁもうその言葉が聞けて大満足だよ、僕は。じゃね、バイビ」
主目的から大分逸れたが、思いもよらない展開になったが、それでもカイは愉悦に心満たしてその場から消え失せる。
「くそっ!絶対だ、絶対お前は殺してやるぞ、カイ・ヤグラぁ!!!!」
逃してしまった怨敵に、優樹は怨嗟を吠えた。
◇◇◇
「で、どうだった?」
「いえ……その……。私はどうすれば良いんでしょうか……?」
「「笑えば良いと思うよ?」。なんてね」
狭間空間で、途中までシリアスで最後も二人の会話的にはシリアスだったけどギャグになっていた展開に、シズはどういう感想を抱けば良いか混乱している。カイは素っ気なくテンプレ的に返した。
これは「キャラ改変」に該当するんだろうか……。個人的には「独自解釈」の範疇だと思ってるけど……。まぁ、私の解釈で、更にその解釈を膨らませたのがあんな感じです。
今までもそうだったですが、本作は書きたいところを書いてくスタンスです。だからカイ君が深く関わらない所は書かない感じで。あんまり長くしたくはないですし、他の二次創作も書きたあじあるし。