「いやいやはやはや、「知る」と「見る」じゃ違うね。「百聞は一見に如かず」と言うけど、あれは確かにびっくりだ。見ただけで
カイは狭間空間で連ねた机に横になりながら、感慨深いようにしみじみと感嘆していた。
ちなみに、今度は野生の魔猪に轢かれて死んだカイだった。リムルの目の前から消えてすぐの出来事である。
「リムルさんが、「宿敵」なんですか?」
カイのだらけ様や惨めな死に様はいつもの事なので気にせず、静江はまたカイを探る。
「そんな事も言ったっけね。その言い方はちょっと正しくなかったんだけど、場の流れとか空気とかあるじゃない?あの時はラスボスみたいな事を言ってみたかったから、そういう言い方になっただけさ」
カイは静江の質問に明確に答えるべく、「よいしょっと」と静江の方に向き直る。寝そべったままだが。頬杖突きながらの姿は様にならないが、こういう人だと静江も知っている。
「以前言った気がするけど、君には言ってなかった気がするね。誰に言ったんだっけ……。ギィ辺りだったような……どうだったかなぁ……」
「何を言ってなかったんですか?」
話が逸れそうなのを静江は無理矢理修正する。彼女にとって、聞いておかねばならない事のように感じたのだ。
「おっと失礼。僕の目的についてさ。静江ちゃんには僕が
「はい、聞いてないと思います」
「じゃあまぁ単刀直入に言うと、僕は完膚なきまでに負けたいのさ。一片の恥ずかしさも惨めさも悔いも憂いもない敗北が、僕はしたいんだ」
カイから不気味さが漏れる。それは意図的に出したようなものではなく、本当に漏れてしまったような不気味さだ。静江からして、それは隠していた本性を晒すような自然さだった。
「完膚なきまでの敗北……。それは、終わりを受け入れさせてくれるモノ、ですか?」
カイはいつも不気味に笑っていて何を考えているか分からない。時折その糸目を大きく開いたりする時もあるが、その時の言葉が本音かというと、それも分からない。ただそれでも、言葉の所々に真意が混ざっているのを静江は直感していた。
「完膚なきまでに負けたい」のも本心だろう。そしておそらく、「終わりを受け入れさせてみろ」というのも。
「最上がそれだろうね、僕の『
カイはニッコリと微笑む。
「終わりを求めているなら……」
「ん?」
「私の『
静江が述べ終えた瞬間、静江の目の前の机が大きな釘に串刺しにされて爆散した。静江は驚きはせず、ただ悲しく俯いた。
「……その顔見るに、僕がそうした動機は察してるのかな?」
「……はい」
糸目から薄く瞳を覗かせるカイに、静江は頷く。
こうなる事は予想できていた。カイが怒るだろう事を静江は理解していた。
カイが求めているのは『敗北』だ。間違っても『死』ではない。
それを理解していながら、しかし静江はよりカイを理解するためにそうしたのだった。
「なんだよなんだよぉ!人が悪いじゃないか、静江ちゃん。怒ると分かっててやるなんて、さては君も
「私は『
「いや、そうなんだけど。そうじゃないんだよなぁ……」
静江の天然な返しに頬杖を瓦解させるカイ。カイと静江が言及する「
「私は、カイさんのようにはなれませんか……」
恩人であり先達、
「そもそも僕に倣おうとしてるのが間違いなんだよねぇ。『
「人、それぞれ……」
「そう、人それぞれ。君らしくやってみれば良いさ。「好きなように生き、好きなように死ぬ」、なんてね」
静江の感じ入る姿に、カイは何処となく暖かな笑顔を浮かべていた。頬杖突き直しているが。
「その、もう一つ良いですか?」
「一つと言わずいくらでも。君の質問にはできる限り答えてあげよう」
「どうして、私の質問には全て答えてくれるんですか?」
静江の質問に、カイが答えを渋った事はほとんどない。それだけではなく、静江のためにプロジェクターまで用意され、カイから何か学べるように準備されている。
それらの対応はあまりにも優しすぎる。少なくとも静江が疑問視するくらいには、カイは静江のための行動をいくつも取っていた。
「ん~?僕が誰かに優しくするのって、そんなに変かい?」
「その……、はい」
「すっごい躊躇った上で正直になったね、君。即答されるより地味に傷付くんだけど」
今度は読めてたので頬杖は崩さなかったカイ。だが読めていたとしても、傷付くモノは傷付く。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫、他人に分かりづらい優しさなのは自覚あるから」
「そもそも優しいのか」という静江の猜疑の目に、カイは目を逸らす。
「さて、その質問にもしっかり答えるけどさ。結構恥ずかしい事だから、一度だけだ。ちゃんと耳を傾けて聞いてくれ」
「……」
カイは寝転がるのを止め、わざわざ静江と机を繋げて対面の椅子に座る。さながら二者面談のように真面目な場を整えるカイに、静江は聞き逃さぬよう傾聴の姿勢を取った。
「君は、僕にとって初めての仲間で、初めての後輩なんだよ……」
とても静かに、本当に恥じ入るように言葉を零すカイの様子は、不気味さより寂しさが目立つ。
「『
「その通りさ。僕には、仲間が居なかったんだ。故郷でも、
カイは肘を突いて手を組み、その目を隠す。吊り上がった口だけが見えるカイの顔は、無理して笑っている男の顔のように静江からは見えた。
「これでもね、『
自分の生まれ故郷でも探した。この世界でも探した。しかし、カイは静江以外の誰一人として『
「ようやく、ようやく君が、僕と同じ力を得てくれた。本当、ようやくさ。最初に会った時、僕の恩人扱いを怒ったろう?君だけだったんだ、僕にとって、君だけが……仲間になってくれるかもしれない人だったんだ……。そんな人すら、希望がないって知ったら……。僕はもう、馬鹿みたいに叫ぶしかなかったのさ……」
語りに小さな嗚咽が混じる。カイの机を、いくつかの水滴が濡らした。
「でも、その後に君はちゃんと『
そこで一旦言葉を切り、カイは顔を拭う。そうしてから顔を隠すのを止め、カイは真っすぐ静江を捉えた。
「それでだ。仲間になってくれるかもしれない人だけど、僕の態度次第では仲間になってくれないかもしれないんだ。それなら、優しくもするだろう?」
「カイさん……」
「ま!
カイはシリアスをぶち壊すかのように、椅子を蹴飛ばしながら勢いよく立ち上がり、静江に背を向ける。声音こそいつもの茶化したそれだが、静江には、そういう時の不気味さが伝わってこなかった。
「ふふっ、そうですね。そういう事にしておきましょう」
静江は可笑しくてつい微笑を抑えられず、抑えられなかった事に開き直って朗らかな笑みをそのままにした。
「なんだいなんだい?自分で勝手に納得しちゃって。そういう自分の胸の中だけにしまっておくのさ、なんだか乙女のロマンチックみたいでこの小説の趣旨から外れてないかい?」
静江の方に振り向いたカイは既に不気味さを纏い直している。しかし、先程の現実は確かに静江の胸に刻まれていた。
「何を言ってるのか全く分かりませんけど。カイさんが割と嘘吐きなのは分かりました」
「残念だけど、僕に虚言癖はないよ?逃避癖はあるけどね」
「それはそれで何となく分かりますね。カイさんって現実を受け入れないところがありますから」
「うん、まぁ、君の僕に対する理解度が上がったようだね」
「はい」
「それは上々」
静江の強い肯定を受け取ってから、カイは教室の出口へと歩いて行く。
「じゃあ、そろそろあっちに戻るよ」
「そうですか。良ければ何か面白いモノでも見せてくださいね?」
「言うようになったね、静江ちゃん。良いぜ、今度はどんな死に様を見せて上げようか」
「はい。帰ってくるの、待ってますね」
静江もカイも、そうして互いに笑顔で別れた。
次回カイがリムルとすぐに戦わない理由を語ると言ったな。あれは嘘だ。
構想の時点では一話分丸々カイと静江の会話回にするつもりはなかったんだけど。なんかカイ君がめっちゃ喋りたそうだったから喋らせました。つまり私は悪くない。
前半が会話回で後半が理由語りにする予定だったんですけど、静江相手に理由語りは変な気がしたのもあったんでね。まぁ、次回か次々回にギィに対して打ち明けるようにしようかなと。なお、カイ君次第で内容は変更されます。カイ君次第で(大事な事なので二回言いました)
それではまた今度。