転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第二十四話 ユメであれば……

「ギィ!ワタシにマブダチができたのだ!」

 

 わざわざギィが坐する極北の地にすっ飛んできたミリムのそんな開口一番に、ギィは首を傾げたのだった。

 

 ギィは事情を知ってはいた。ジュラの大森林で建国された新たなる国、ジュラ・テンペスト連邦国の国王とミリムは友好を結んだのだ。その国王であるリムルと名乗るスライムがどうやってミリムに取り入ったのかは簡単。端的に言えば、貢物をしたのである。今まで形ある誠意など受け取ってこなかったミリムにとって、そんな簡単な事でも友好を結ぶには充分だった。

 

 しかし、マブダチ。ギィもそれが「親友」に類する言葉なのは知るところだが、こうもあっさりミリムが高々スライムと親友になるものかと、ギィは訝しんだのだ。

 

「あのスライムがそんなに気に入ったのか?」

 

「ギィ、スライムではなくてリムルなのだ。ワタシもしょぼいスライムなど興味はないのだが、リムルは違う。リムルは面白い事をしでかす!ワタシの目に狂いはないのだ!」

 

 自信満々に言い切るミリムの瞳はキラキラと輝いている。本当に純粋に、ミリムはリムルの今後が楽しみでワクワクしている。

 

 ギィは仔細に、じっとミリムを観察する。一片でも洗脳の痕跡はないか、微量でもその瞳に影は差していないか。

 

 答えは、否である。ギィの持つあらゆるスキルを使っても洗脳の痕跡はなく、瞳に陰りはない。

 

「……そうか。そいつは良かったな」

 

 そこまでしてようやくギィは安心し、ミリムに暖かな笑みを返した。

 

「という事で。ギィもしばらくリムルにちょっかいかけてはいけないのだ。破ったらさすがのワタシも怒るのだぞ?」

 

「ああはいはい。言われなくても手は出さねぇよ、あんな木端魔物」

 

 親友を守ろうとする健気なミリムに、ギィは姪の無茶振りに渋々従うように苦笑しながらも承諾した。

 

「では、ワタシは行くのだ!」

 

 ギィの答えに満足したのか、ミリムは来た時のように忙しなくすっ飛んで行った。

 

「くく……。おい、聞いたかヴェルダ。ミリムの奴、スライムと親友になったってよ、それもあんなに嬉しそうに。本当に、お前の世界は面白いもんだ……」

 

 ギィは遥か遠く、親友の居たあの頃に思いを馳せる。「きっとアイツが聞けば笑ったはずだ」と、楽しそうに、寂しそうに、ギィは届かない報告をした。

 

「だよねぇ、この世界って本当に面白いよねぇ」

 

「……」

 

 ギィは不愉快が一周回って真顔になる。そして、指を鳴らす。

 

 ギィの玉座の後ろから肉片が散らばり、血の匂いが広がった。

 

「ねぇ、さすがに酷くない?ちょっと口を挿んだだけじゃないか。それで人を殺すってどんだけ狭量なんだい?」

 

 肉片も血の匂いも消え、不満を顔に貼り付けたカイがギィの目の前に歩み出る。

 

「どうせ死なないだろ」

 

「死んでるよ?オールイズファンタジー(全部幻想)だけど」

 

 肩を竦めて「やれやれ」と、カイはその一言で抗議を止める事にした。何度も蘇るのは面倒なのだ。

 

「で、何をしに来た」

 

 ミリムと話していた時とは打って変わって、ギィは警戒心と不快感を放って隠そうともせずにカイを睨み付ける。

 

「いやぁどうせリムルの事覗いてるだろうからさ、君から彼の所感を訊きたくてね。ぶっちゃけどんな感じ?」

 

「ただのスライムだ。短期間であそこまで成長するのは珍しいが、珍しいだけだ。特別性も感じん」

 

「あれ、そうなの?」

 

 もうちょっと何かあると予想していたカイだったが、ギィは言葉が全てのようで嘘を吐いている素振りもない。

 

「彼、異世界人なんだけど?」

 

「異世界人が魔物に転生するのは稀有な事例ではあるが、類を見ない訳じゃない。実際、俺も一人二人見た記憶がある」

 

「あれ?マジで?ヴェルドラだって知らなかったはずなんだけど……」

 

 意外も意外で困惑するカイ。原作知識で思い出せる部分では、ヴェルドラするその事例を知らなかった。そのためにカイは「リムルが初の事例だ」と勘違いしていたのだ。

 

「竜種とは言え、ヴェルドラは末弟だ。奴の誕生より俺の誕生の方が早い。俺はこの世界の創造者と面識があるんだぞ」

 

 ギィはやや呆れ交じり怒り交じりに肘掛けを指で叩く。

 

「マジか……。そうすると君の結論は?」

 

「成長が早いだけ、異世界人の魂を持つというだけ。俺にとって、あのスライムはただただ珍しいだけだ」

 

「マジかーーーー」

 

 カイは天を仰ぐ、屋内なので結果的に仰ぐのは天井だが。リムルの特別性にギィが気付いていない事を受けて、「実は見て分かるような特別性がなかったのか」と落胆したのだ。

 

 特別な存在。生まれながらにして他と格別な何かを持つ存在。端的に言えば、勇者や英雄、天才に偉人。そういった、明らかに違う存在。

 

 カイは「そういう存在と戦いたい」と常々望んでいる。「そういう存在しか満足させてくれない」と諦観している。

 

「でもまぁいっか。というかむしろ納得だ」

 

 ふとカイの意見は反転した。何が良いのかと言えば「別にそんな分かりやすい特別性でなくても良いか。異常なのは僕が分かってるんだし」と、何が納得かと言えば「原作でギィがリムルにちょっかい出さなかったのはリムルが取るに足らない存在だったからなのか」と。

 

「俺の方から訊くが、お前はあのスライムに()()()()()()んだ」

 

 ミリムの懐きようは異常だ。カイの敵視は異常だ。しかし、ギィには何がそうさせるのか見当もつかない。

 

「自分の目で確かめないと、分からない事もあるもんだよねぇ」

 

 カイは意味深長で不気味な笑顔を浮かべる。

 

「まぁ僕の所感を言っちゃおうか。彼の傍に居るとね、()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 リムルの傍に居ると話が盛り上がった。彼との食事はとても幸福だった。一瞬、自分が彼を宿敵に選んでいるのを忘れるくらいに。思い出しても彼と味方になる未来に後ろ髪が引かれるくらいに。

 

「ミリムを観察したが、洗脳系のスキルは一切使われていなかった」

 

「ちっちっちっちウボァ……」

 

 人差し指を振っていたカイの腹に穴が開く。それも、一瞬きでまるで幻想のようになくなるが。

 

「……ねぇ、僕を殺すのって魔王たちの間で流行ってるの?」

 

「どうせ死なないだろ」

 

「死んでる死んでる。ま、オールイズファンタジー(全部幻想)だけどさぁ」

 

 これ以上手間が増えるのも嫌なので、カイは溜息を吐き出すだけに留め、すぐに佇まいを戻した。

 

「君も観察した通り、彼は洗脳なんてしていない。スキルも使ってないしそういう技術も使ってない。だけどね、人間それだけじゃないもんだよ。それが何かと聞かれれば、強いて言うなら『運命』みたいなものさ」

 

「運命?」

 

「そう、生まれながらに持つ運命。生まれたその時に決まる道筋。逆らう事の出来ない人生という川の流れ。リムル、いや、あの三上悟(人間の魂)はそういう流れを持っている。だけど、多分「味方になりたくなる」ってのが全部ではない気がするね。あくまでその一部って印象を受けたよ」

 

 リムルは多くを味方に引き込んだ。ヴェルドラも、ゴブリンも、ドワーフも、オーガも、リザードマンも、オークも、ドライアドも、自らの仲間にしてしまった。さらに、ドワーフの国(ドワルゴン)とは国交を結び、最古の魔王の一柱(ミリム)とは友好を結び、直に人の国々とも協議を結んでいくだろう。全てが全て味方という訳ではない。しかし、全てがリムルに利益のある形で収まってしまう。

 

 そう、利益のある形となる。味方になったのは、その方が利益となるから。最終的に全てがリムルの利益になる、例外なく全てが、まるでそうなるように初めから決まっているかの如く。

 

 カイはそういう点があるために、「味方になりたくなるのが彼の運命の一部」と評したのだ。そして、その全貌こそがリムルの『異常性(アブノーマル)』と直感している。

 

「……お前は、お前自身のその『運命』とやらを使いこなしているのか」

 

 ギィの中でピースが揃った。

 

 「人間それだけじゃない」、それは人間には転スラ世界の力(スキル)以外にも何らかの特殊能力がある事の示唆。

 『運命』、言い表し方は曖昧ではあるものの実在を確信するカイの断言。

 

 それらの情報がカイの判別できないスキルに繋がった。故にギィは辿り着く、「カイはその『運命』を使いこなしているのだ」と。

 

「素晴らしい。伊達に最初の魔王ではないね」

 

 小気味の良い拍手の音は、しかしギィには気味悪く聞こえる。カイの能力の輪郭は捉えた。しかし、返ってカイの力の底が知れなくなったのだ。カイが如何なる運命を持ち、それをどう使いこなしているのか。一筋の光が、逆に闇の濃さを際立たせてしまう。

 

「……お前はあのスライムとの勝負を済ませたら出ていくんだったな」

 

 感じる寒気を抑え、ギィはもう一つの光明、その闇を打ち払う手段を思い出した。

 

「うん、それについて一切嘘はないよ。負けても勝っても転スラ(この)世界を出ていく。でも、今すぐ戦いに行く気は微塵もないよ?君なら、察しが付くだろうけど」

 

「あのスライムが万全の態勢になるまで持つつもりか」

 

 勝負とは、互いが万全、互いが本気である事に価値がある。ギィは宿敵との決着を待ち詫びる者として、その価値を十全に理解していた。

 

「その通り!だから退去命令とか横槍とかはなしにしてね?」

 

「しないと約束してやる。だが、そっちが言葉を違えた時は全力でお前を滅ぼす」

 

 お茶ら気ながらも邪気を垂れ流すカイに、ギィは最大限の怒気で対抗する。

 

 強すぎる気迫による世界の軋みも、物理的な床や壁の罅割れも気にすることなく、カイはニッコリと微笑む。ギィは一応肯定の意として受け取り、怒気を潜ませた。

 

「僕の用件は済んだけど、そっちは何かあるかい?」

 

「さっさと出ていけ。それ以上お前に望むモノはない」

 

「あ、そう?じゃあとっとと去るさ。じゃね、バイビ」

 

 手を振って消え去るカイ。

 

 ギィは先程までのカイとの会話が「幻であれば」と願いつつ、しかし現実である事を直視して一抹の不安を抱えるのだった。

 

 「もしかしたら、俺では倒しきれないかもしれない」という不安を。




 カイのまだ戦いに行かない理由をギィとの問答中に挿んだ訳ですが、あんまり詳しくは説明できてない気がする今日この頃。皆さまどうお過ごしでしょうか?(?)
 ま、約束は果たしたって事で。

 ミリムの挨拶回りですが、原作ではフレイの元へ直行のところ(実際描写がないだけで、本作みたいに行ったかも?)、付き合いが長くて居場所も知ってるギィへの挨拶を挿みました。洗脳を話題に上げるための前振り以外に深い意味はないです。
 それで、多分このノリだとラミリスのところにも行きそうですが、居場所が分からない(精霊の棲家の入り口がミリムの知る場所から変わってる)ため挨拶に行けないという事になり、次に仲が良いフレイのところに行く感じになるのが本作の設定です。ぶっちゃけ本当に深い意味はないです。

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