転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霓霞霖

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第二十六話 ユメは脳に詰まっている

「準備を急がせなさい。目標が近々イングラシアを発つ可能性が高い」

 

「はっ!」

 

 神聖法皇国ルベリオスにある西方聖教会、聖騎士団本部にて、騎士団長の位を持つ坂口日向(ヒナタ・サカグチ)が部下への指示を出していた。

 

 目標が思った以上に早くイングラシアを発つのもあって、準備は遅れている。急がせるべく、わざわざ騎士団長である日向が兵装舎にまで来ていた。

 

 目標はイングラシアで魔素が不安定な異世界人の対処に当たっていたらしいのだが、それもすぐに問題を解決したらしい。誰も解決できなかった問題を、早急に解決してしまった。

 

「脅威度設定を2段階程上げるべきね、今回の魔物は厄介そうだわ。魔物を束ね、あまつさえ人の世に幅を利かせようとするのだから、頭は人一倍、いや、魔物一倍回るのかしら。リムル・テンペスト」

 

 上記の情報を受け、日向は今回の目標に対する脅威度を修正した。

 

 今回の目標、リムル・テンペスト。その魔物は魔物でありながら魔物を束ね、国を興し、そして人と貿易をしようとしているのだ。あまりにも常軌を逸している。

 その魔物を脅威と受け取ったのか、神託が降りたのだ。魔国討つべし、という神託。教会のかなり高い格から、そう神託が降ったのだと伝えられた。

 

 実際、それが教会の主神たるルミナスから降った物か判断が付かない。だが、日向には関係のない事だ。元より、教会の教えには魔物討つべしという一節がある。聖騎士団長である日向は教えに従い、ただ魔物を狩るだけだ。

 

「魔物の国を離れ、被害を出さないようにするにはこの機会しかない」

 

 日向なら下手な魔物には負けないが、魔国には下手じゃない魔物が揃っているという話。できるならばそんな国に挑みたくはない。だからこそ、魔物たちの頭であるリムルが単身で国を出ている今が好機だった。

 束ねる王が居なければ、魔物の集などそれこそ烏合の衆だろう。

 

「そんなに焦ってどうしたんだい?婚期でも逃しそうなのかい?」

 

 積み荷の進捗を監視していた日向の視界を、男が遮る。今まで居なかった者が唐突に現れた事に日向は目を見開くが、その男を正確に認識して頭を冷やした。自発的に頭が冷えた、というよりは、その吐き気を催すような男を見て、冷える背筋のついでに頭が冷えたようなものだったが。

 

「全員避難!伝令はすぐに警報の鐘を鳴らしなさい!魔王カイ・ヤグラが侵入しているわよ!」

 

 日向の判断は早く、騎士団員の行動も早かった。訓練の賜物と言うべきか、団長の指示を疑う事なく円滑に熟していく。兵装舎は、瞬く間に日向と、カイだけになった。

 

「おやおや、僕一人に大慌てだね。そんな熊が出たんじゃないんだからさ。あ、でもこの世界の人なら熊くらいは動じないか。もっと凄い熊ならこうなるかな?凄い熊ってなんだろう……、IDのシュウ・スターリング(変形戦艦乗りこなす熊)とかかな?」

 

 何が面白いのか分からないが、カイは不気味な笑顔で意味不明な言葉を発していた。日向はその言葉の半分も脳に通さなかった。

 

「あなたが、カイ・ヤグラね」

 

「その通り!僕が窓辺のマーガレットで同じm―――っ」

 

 日向は本人確認が取れたので躊躇なくレイピアで攻撃する。しかし、そのレイピアはカイを傷付けない。

 

「恐ろしく速い攻撃だ、僕なら見逃しちゃうね。本当に兆候も過程も全部見逃したけど!」

 

「噂は事実のようね、『最弱にして最凶の魔王』。戦闘力は一般市民より低いわ」

 

 自身の窮地すら理解していないようなカイに、日向は呆れながら二撃目を入れた。やはりこちらも肉体にダメージは負わせない。

 

「お久しぶり、日向ちゃん。前会った時と口調が違うね?あの時は緊張してたのかい?」

 

「お久しぶり?何の話かしら。私とあなたは初めて会うと思うのだけど」

 

 会話に付き合って油断させ、日向は淡々と三撃目を入れる。

 

「ああ、ごめんね。「私にとってはつい昨日のような出来事だが、君にとっては多分、明日の出来事だ」、なんてね」

 

「会話が成立しないのも噂通りね」

 

 最早話を聞く気も起きず、日向は作業的に四撃目を振るう。

 

「随分トゲトゲしてるねぇ、静江ちゃんの生徒とは思えないよ。君、もうちょっと先生の言う事は聞いた方が良かったんじゃないかい?」

 

「シズ先生と旧知の仲だと言うのは聞き及んでるけど、あなたがあの人の恩人とは信じられないわ。話によると、末期の先生をあの魔物の国に送ったそうじゃない」

 

 五撃目がカイを捉える。

 

「僕はいつでもマイナス(弱い者)の味方だからね」

 

「これ、話の前後は合ってるかしら」

 

 会話が噛み合っているかも定かではなくなっているが、それはそれとして六撃目がカイを襲う。

 

「……ほんと、呆れたわね。あなた、何されているか分かってないの?」

 

 さすがに微塵も避けようとしないカイに、日向は疑念が湧き始めた。

 

「うん?攻撃されているけど、ダメージが全くないね。そういう手品かな?」

 

 カイはこれ見よがしに自身の体を探って見せ、肉体へのダメージがない事に肩を竦めた。

 

「そう、じゃあ手品って事にして。さっさと逝きなさい」

 

「女性が「イキなさい」とか、君はなんてひw―――……」

 

 七撃目が命中した瞬間、カイはパタリと倒れ伏した。

 

七彩終焉刺突撃(デッド・エンド・レインボー)。七度の攻撃で確実な死を与える攻撃よ」

 

 先程までの七度の攻撃は肉体にダメージを与えるモノではなく、精神体(スピリチュアルボディ)にダメージを与えるモノ。そして、七度目で完全に精神体を壊す攻撃だった。

 肉体(ハードウェア)ではなく精神(ソフトウェア)を壊す攻撃。カイは確かに肉体の欠損に対しては無敵を誇ってきたが、精神体の欠損はどうだろうか。

 

 結果は見ての通りである。

 

「……気付かず死んでいった魔物は数多く見てきたけど、あなたみたいに馬鹿な死に様曝した奴は初めてよ」

 

 物言わぬ死体を日向は侮蔑し、見下した。あまりにもお粗末な死である。これが今まで不死とされてきた魔王の死では、笑い話にもなりはしない。

 

「馬鹿な死に様曝すのは慣れててね、僕ってよく事故るからさー。この前なんて転がってる酒瓶踏んでね。転んだ先に割れた酒瓶が、尖ったところを上にして立ってたんだ!もちろん僕の心臓にズップシ。それで死んじゃうんだから爆笑だよねぇ。ま!オールイズファンタジー(全部幻想)なんだけどね!あと酒場は静まり返ってたんだけどね!」

 

「なっ!?」

 

 日向は即座に飛び退く。先程見下していた死体が、何事もなかったように元気であった。

 

「あなた、何で死んでいないの?」

 

「はぁ?僕が死んだって?幻想(ユメ)でも見てたんじゃない?それとも僕が幽霊に見える?それこそ幻想(ユメ)だね!」

 

「そう、あなたの手品(トリック)ね……」

 

 日向は冷や汗をかいた。殺せたはずだ。七撃入れた感触は手に残っている。では、それら全てが、本当に夢だったのか。カイが見せた幻術だったのか。日向は底知れない闇を覗き込んだ気分だった。

 

「これでもさ、期待してたんだよ?精神を壊す攻撃、それなら僕は死ねるんじゃないかって。精神が壊れてしまえば、悔しくも恥ずかしくもないだろう?」

 

 カイは精神体の破壊で自身を蘇生しなくなるのではと、少しばかり期待していた。それも最上ではないが、完膚無き敗北だろう。なんせ、後から悔しさも恥ずかしさも覚える事はないのだから。

 

「でも残念だ。僕の幻実当避(蘇生)は文字通り脊髄反射だったみたいだね」

 

 カイの現実逃避はもう体に染みついているため、精神体が壊され、何も思わなくなったところで体が死の現実を逃避する。蘇生は半ば自動的に行われるよう、体の習慣になってしまっていたのだ。

 

「……まるで、呪いね。体や魂にも渡ってかけられた不死の呪い」

 

「ま、似たようなモノかな。呪いは不死じゃないけど」

 

 日向の所感をカイは部分的に肯定した。言い得て妙だが、『過負荷(マイナス)』は呪いのようなモノだ。生まれた瞬間から付き纏う世界からの呪い、逃れられぬ不幸の運命。カイはあくまでその歪んだ運命を応用して現実逃避しているだけなのである。

 

「さて、僕の信条では「やられたら、やり返す。やられなくてもやり返す」、なんだけど……」

 

 カイが何処からか大きな釘を出現させ、膨れ上がった不気味さに日向は思わず構える。

 

「はいはい……。静江ちゃんと約束があるからね、君には手を出さないよ」

 

 膨れ上がった不気味さは、カイの溜息と共に霧散した。

 

「先生との、約束……?」

 

「ああ。それと、伝言だよ。「あなたが何をしていても、元気であるならば私は嬉しい」、だって。自身で伝えれば良いのにね?」

 

 カイはやれやれと、静江からの言葉を日向に贈った。

 

 日向は呆然と立ち尽くす。静江の制止など聞き入れず離れていった自身に、彼女がそんな言葉を遺すとは予想していなかったのだ。

 

「それじゃ、約束は果たしたからこの辺で。じゃね、バイビ」

 

 カイは手を振って、初めから居なかったかのように消え去った。

 

「元気であれば……」

 

 日向は遺言を噛みしめ、歯噛みする。

 

「先生は、いつまで私を子ども扱いするの……!」

 

 自身より実力のない者に心配されていた事が、日向は気に入らなかった。

 

「私はもう、誰の力も借りずに歩ける!私はもう無力じゃない!」

 

 母を救えなかった自身とは違うのだと、日向は叫んだ。

 

 そこまで導いてくれた者たちが居る事に、今も支えてくれる者たちが居る事に、気付かないまま。

 

◇◇◇

 

「あの、カイさん……?」

 

「ちょっと待って、今良いアングル探してるから」

 

「アングル探しって何ですか!どうしてそれで寝そべる必要があるんですか!」

 

 狭間空間に静江の悲鳴が木霊する。彼女はワイシャツの下を覗き込まれないよう必死に裾を引っ張り下ろしていた。

 

「伝言伝えたら何でもするって約束じゃないか!今すぐその手を退けるんだ!そこには男の夢が詰まっている!そう、裸ワイシャツの、その下に!!」

 

 目を見開くのがよもやこんな時であるとは、静江も予想外だっただろう。しかし、カイは本気も本気なのだ。

 

 だって、女の子のワイシャツ一枚だけの姿、裸ワイシャツがそこに広がっているのだから。

 

「ど、どうしてこんな事に……」

 

 爆発しそうな程の羞恥心に顔を赤く染め、秘所を守るように内股になる。その所作がそそるモノである事を静江は知らない。

 

「僕なんかにお願いをするからだよ、『結言状(ダイイングメッセージ)』で直接伝えられたのに。僕が面倒だって言っても「何でも言う事を聞くからお願いします」と君は返したんだ。悪いけど、その言葉は僕に言ってはいけないベスト3に入る言葉だよ?」

 

「で、でも……」

 

 静江は自身で言葉を伝える踏ん切りが付かなかった。彼女は自身が既に人生を終えた人間である自覚がある。そんな人間が今を生きる人間に干渉してはいけないという、固定観念と言うべきか、義務感と言うべきか、そういう柵があった。

 

 それと同時に、静江はどんな顔して会えば、言葉を伝えれば良いのか、分からなかったのだ。日向に対して、静江は放置してしまった罪悪感がある。大切な教え子なら全力で行方を探すべきだったと、自罰的すぎる罪悪感を抱えているのだ。

 他の教え子にもそうだ。静江は楽になりたいからと、教え子たちを置いてジュラの大森林へ向かった。それは、教え子たちへの裏切りにも近い行為だ。

 今更、会わせる顔がない。

 

「そんなくだらない事を気にしてるのかい?」

 

「くだらない事、ですか?」

 

「くだらないさ、全く以ってくだらない」

 

 静江が問い返せば、カイは見開いた目も細めて苦笑する。

 

「やらなかった後悔よりやった後悔ってね。それに、僕たちは『過負荷(マイナス)』だ。他人の迷惑なんて気にせず、好きな事すれば良い。この前も言ったろう?「好きなように生きて、理不尽に死ぬ」って」

 

 ダメダメな生徒に教授するが如く、カイは優しく諭す。好きに生きて良いんだと。

 

「……この前は「好きなように生き、好きなように死ぬ」でしたよ?」

 

「あれ?そうだったっけ?まぁ大して変わらないでしょ」

 

 自身の発言もしっかり覚えてないカイに、静江は溜息を吐いた。言われた側は一言一句覚えているのに、言った側がこれではやるせない。

 

「後、いつまで寝そべってるんですか……」

 

「いやぁ健康的なふとももだね、静江ちゃん」

 

「……カイさんの変態」

 

「ありがとう、ご褒美だよ」

 

 静江が軽蔑の視線を向ければ、カイは逆に喜んでサムズアップした。息子(サム)はアップ(意味深)してないので健全である。




 くぅ~疲れました。最新話更新です。
 久々の更新というのもありまして、ちょっと書き方を忘れているというか。応募用の原稿に掛かり切りだったのでそっちの手癖が出ているかもしれません。
 正直、過去の感じに修正するか、もう手癖のままに書くかは迷い所さんです。
 後、日向の口調が合ってるか心配です。
 いつも口調気にしてんな、この筆者。

 ついでに、『インフィニット・デンドログラム』、面白いから皆も読もう。私は二次創作書きたいくらいあの作品を気に入ってます。
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