「さて、話し合うべき事柄は話し終えた。他に議題がある者は居るか?……居ないな。では、解散とする」
ギィは誰も議題が出す様子がないのを窺い、
各々の背後に扉、それぞれの拠点に繋がるワープゲートが現出した。用のない者はさっさとその扉を潜る。特に、ディーノはいの一番にこの場を離れた。
レオン・クロムウェルも、その扉へと近付いていく。
「ちょっと待ってくれ!」
「……なんだ、
リムルが急いでレオンを引き留めれば、不機嫌そうでありながらもわざわざリムルの二つ名を呼んだ。
余談だが、リムルの二つ名はギィが勝手に付けた。勝手に付けたのだが、
「シズさんが、お前に感謝してたぜ」
「……そうか」
リムルからのシズの感謝を伝え聞いたレオンは一呼吸置き、顔だけをリムルに向ける。
「伝言、確かに受け取った。……リムル・テンペストだったな。覚えといてやろう」
不愛想ではあるものの、それだけをしっかりリムルに伝え、レオンは扉を潜った。
「カイ・ヤグラぁ!!その鬱陶しい小細工を止めぬか!!!」
「「無駄無駄無駄無駄ぁ!」なんてね!」
レオンとリムルが良き邂逅をしている横で、ルミナスとカイは何やら戦っている。というかルミナスの一方的な攻撃が、カイの
リムルは「えぇ……」と思わず呟いていた。
「時の勇者の恨み!貴様の身に何度も刻み付けてくれる!」
「酷いなぁ、僕は何もしていないよ?時の勇者の封印水晶をプレゼントしただけじゃないか。プレゼント、気に入らなかったのかい?そんな訳ないよね~?水晶に頬刷りしてたり、舌這わせてたりしてるくらいだもんねぇ~~~~~~~~????」
「ブチコロス!!!」
ルミナスの攻撃は苛烈になるが、やはりカイを擦り抜けていた。リムルは主にダメージを受けている床を見て、魔王の強さを無駄に確認する。
「それよりもさ、ルミナス。今はその水晶、無事かい?」
「二度と貴様が触れられぬように万全の対策を講じておるわ!!」
「……本当に?」
ニッコリと不気味に笑うカイの姿に、ルミナスは一瞬だが息を呑んだ。
「僕が分からない場所に置いたって対策かな?残念ながら僕は水晶の場所を知ってる。城に警備を置いたって対策かな?それも僕なら警備に見つからず水晶に辿り着ける。水晶の前に罠を置いたって対策かな?それも無駄無駄。それこそ、
「貴様……!」
「安心してよ、ルミナス。僕はあんな水晶に興味はない。封印されてない勇者ならまだ興味はあるけど、僕じゃ封印は解けないからね。でも、でもだ。封印を解く事ができる者としては?」
「……まさか!」
ルミナスは焦り、扉を潜る。
カイ程度でさえどうにかできる対策、他の者がどうにかできないなんて話はない。「ありえない」なんてありえない世界だ。ルミナスはその可能性に気付けた。
「ふぅ……。ようやく煩いのを追い払えたよ。まったく、しつこいのは嫌になっちゃうね。リムルもそう思わないかい?」
「え?いや、どうだろうな?」
ただただ残った被害に圧倒されていたリムル。急に話題を振られてもまともに対応できないので、サラリーマン時代に培ったコミュニケーションスキルで話を聞いていた風に返した。
「ま、「でも、そんな事はどうでも良いんだ。重要な事じゃない」、てね。リムルさ、君に聞きたい事があったんだ」
「な、なんだよ」
カイの不気味さはまだ滲み出ている。リムルは本能に近い部分が警戒心を掻き立てる。
「人間、元同族をさ、1万人以上殺した気分はどうだったのかってね?」
「人間を、殺した……?」
カイの問いかけが、リムルに人殺しを再認識させた。敵国であったファルムスの兵士を殺した事を、人間をたくさん殺した事を、リムルは鮮明に思い出す。
「戦争状態だったからね、誰も咎めはしないさ。むしろ君は褒め称えられるだろうね。それはそれとして、どうだったんだい?気に入らない奴を殺す感覚は、しちゃいけない事をした気持ちは。清々したかい?清々しただろう?倫理観とか道徳とか理性とか、そんな事気にせずに人を殺したんだからね。気持ちが良かったろう?呆気もなく蹂躙したんだからさ。思い通りに、ぐちゃぐちゃに、蟻を踏み潰すみたいに、蜻蛉の羽根を毟るみたいに、蛙に爆竹を仕込むみたいに、浮いてるクラスメイトを虐めるみたいにさぁ!」
殻である善性を丁寧に剥ぎ、中身である悪性をカイは暴こうとする。
三日月を模すカイの口、その口先は、まさしく闇夜に紛れた悪行を照らし出す月光のようだった。
その月光を浴びたリムルは――
「いや、気持ち悪かったよ」
――罪から逃げず、その身を晒した。
「もっとさ、上手くできたと思うんだ。人がさ、金にがめつかったり、口実を作るのが得意だったり、自身を騙せたりする事。ちゃんと知ってたら、シオンも、誰も、死なずに済んだはずなんだ……」
「……」
リムルは悔いていた。己の情けなさを悔いていた。自惚れを悔いていた。知った気になっていた自身を悔いていた。
「だから、俺は戒める。そうやってがめつくなっちまう人を、魔王として。そして、これからは共に歩めるよう最善を尽くす、魔物の王として」
悪性が人に、己にある事を強く認識してなお、リムルはその先にある善性を導き出した。己が犯してしまった罪を、他人が犯した過ちを下地に置き、重ね塗りの如くその上で良き未来を描こうとしている。
「そうかい」
カイは目を薄く開く。その目は、心底つまらなそうだ。
「ま!過去を悔いていても何にもならないからね!人間の素晴らしさは過去から学べる事。「人間は成長するのだ!してみせるッ!」、てね」
そんな目を覗かせたのは一瞬で、次の瞬間にはコロコロと笑っている。
「呼び止めて悪かったね、僕の用件は終わりさ。それじゃあ、これから頑張ってね」
「あ、ああ。それじゃあ、俺もこの辺で」
カイからの奇妙な送り出しに従い、リムルは扉を潜った。
そうしてほとんどの魔王が
示し合わせた訳ではないのに、その場にはカイとギィが居残った。ギィは神妙な顔をしている。
「その様子だと、僕に言いたい事があるみたいだね」
「ああ。以前あのスライムに下した評価だが、覆してやる」
ギィの真剣な物言いに、カイは楽しくも不気味な笑みを浮かべた。
「詳細を聞こうじゃないか、ギィ・クリムゾン」
「……あのスライムは、異常だ。珍しい、稀有なんてもんじゃない。あの存在は例外、イレギュラーだ」
ギィはこの
「大罪系
大罪系と美徳系、相反する
大罪系
美徳系
魔を極め、同時に聖を極めるなど、
なのに、あのスライムは得ていた。そんな存在は「特別」なんて言葉では表しきれない。まさしく「例外」だ。
「ああ、ああ!その言葉が聞きたかった、その顔が見たかった!分かるだろう?分かってしまっただろう?リムルは例外、『
何処までも楽しそうに、これ以上ないという程嬉しそうに、カイは語る。
「あれが、『運命』を持つ者か」
「その通り、まだ使いこなしてはいないけどね。ついでに言うと、リムルは僕の正反対。僕が世界に嫌われる『運命』を背負っているとするならば、彼は世界に愛される『運命』を背負っているのさ」
ギィはその説明が腑に落ち、固唾を呑み込んだ。
カイは日常のように事故にあって死んでいる。「世界に嫌われている」と言われれば納得しかできないだろう。では、その正反対となるリムルは果たしてどれ程世界に愛され、どれ程リムルの都合に合わせて世界が回るのか。
ギィは一瞬想像し、身の毛もよだつ感覚を思えた。
「……嫌われ具合、愛され具合に強度があるとしたら。あのスライムの強度はどれくらいだ」
「さぁ、それはまだ僕も測りきれていないよ。願望交じりの推測を述べるなら、僕が嫌われてるくらいに、リムルは愛されてるんじゃないかな?」
「……」
カイがニコニコ笑う程、ギィの顔つきは深刻そうになる。
「安心しなよ、彼は君の味方だ。ひいては世界の、ね。今日窺ってそう判断した。彼の『運命』は本当に、僕じゃ揺るがしようがない。本気でやればできなくもないけど、それは僕の本意じゃない」
「……真実なんだな」
「誓うよ、僕の『運命』に」
そう言うカイに、不気味さはなかった。その開かれた目にも濁りがない。「誓っている」と言うより、「願っている」と言うようだった。心から、どこまでも。
「今だけは、お前の言葉を信じよう」
全ての不安が拭われた訳ではない。だが、希望がある事をギィは認識した。
「そうかい。じゃあ、僕もこの辺で。じゃね、バイビ」
一瞬きすれば元通りの不気味さで、カイはにこやかに手を振って消え去る。
「……」
ギィは自身の椅子に深く座し、円卓の中央をしばらく見つめていた。
ほんわか(?)していた集会の裏で、人知れず世界の危機を察知するギィだったのでした( ˘ω˘ )
本作だとなんかギィのキャラが便利やな……。カイのヤバさを他よりも知ってるし、未知の力が紛れ込んでいる事を知ってるし。
あ、ちなみにこの