転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第三十三話 雪融けの日をユメみる

「二人とも。どうか、私を信じて、私の話を聞いて」

 

 静江の静かな、されど真摯な嘆願に、リムルと日向は口を噤んで耳を傾けた。

 

「日向。貴女は、思考を誘導されているの」

 

「この期に及んでいったい何を。私に、誰が、どのような思考誘導をしたというのですか。シズ先生、死んだ後の寝言は笑えませんよ」

 

「テメェ……」

 

「待って、リムルさん!日向は私を避けるよう、そういう思考誘導を受けているの!」

 

 恩師である静江に毒を吐く日向の態度はリムルの癇に障ったが、静江の必死の弁護に矛を収める。

 それに、リムルはその話に説得力がある事を認めていた。静江の記憶にあった、日向の一転した態度。一日前まで素直だった人物の急に転身する違和感。思考誘導を受けていたというなら納得である。

 

「日向。貴女は優樹に、私の下を離れるよう、思考誘導を受けたの」

 

「そんな、まさか……」

 

「ま、マジで?あのユウキが?」

 

 静江が告げた真実に、日向とリムルは耳を疑った。

 

「シズ先生、ご自身が何を仰っているのか、分かっているんですか!貴女は、自身の教え子を悪人に仕立て上げようとしてるのですよ!?」

 

「私自身、今でも信じられてはないけど……。でも、間違いないと思う」

 

 日向が信じられないよう、静江も信じられない。信じたくはない。しかし、静江は優樹の本性を見てしまった。目的達成のためなら手段を問わず、犠牲が出る事をいとわない彼の本質を。

 彼の目的にどう繋がっているのかは不明だが、おそらく日向への思考誘導も目的のための布石なのだろう。

 

「貴女は、よもやあの魔王に狂わされましたか!あの狂っている魔王、カイ・ヤグラに!」

 

「カイさんは私を狂わせてなんかいない!全て本当の事なの!」

 

「証拠はあるのですか、ユウキがそうした証拠は」

 

「それは……」

 

「そもそもです、貴女が本物の井沢静江である証拠もない。それこそ、貴女はシズ先生に成りすました誰かで、私を思考誘導しようとしているのではないですか?」

 

「そんな……!私はっ―――」

 

「埒が明かない」

 

「な!?」

 

「リムルさん!?」

 

 醜い師弟の言い争いにリムルは耐えられなくなり、スライムに戻って日向を飲み込んだ。

 

「最初から、こうすれば話が早かったんだ」

 

 リムルのスライム体に溺れる日向の顔が、血の気の引いたような蒼白になる。

 

「リムルさん!止めて、止めてください!」

 

 静江は手を伸ばすも、リムルを掴む事はない。静江は幽霊のような状態であり、彼女から彼らを知覚する事はできても、双方向で接触する事ができないのだ。声を伝えているのだって、『結言状(ダイイング・メッセージ)』のおかげである。彼女から声以外を伝える事はできず、彼らは声以外知覚できない。

 故に、言葉だけで止めなければいけないのだ。

 

「日向は悪くない!彼女がこうなってしまったのは全て私のせい!だから、だからっ……!」

 

「いいえ、シズ先生。私が、悪かったのです」

 

「……え?」

 

「これで、一件落着だな」

 

 日向は拘束を解かれ、顔はまだ青かったが、何処か晴れやかな様子だった。リムルも何故か達成感に満ちた笑みを浮かべている。その現状に静江の理解が追い付かない。

 

「リムル・テンペスト。貴方、私の思考誘導を解いたわね」

 

「ああ、俺も仕掛けられてた事があったんでな。一度解いた事があるんだから簡単だったぜ」

 

 先程『智慧之王(ラファエル)』から教えられるまで、思考誘導を仕掛けられていた事も『智慧之王(ラファエル)』がそれを勝手に解いていた事も知らなかったリムル。彼はそんな事を何処吹く風で得意げに胸を張る。

 

「じゃあ、日向はっ!」

 

「ええ。どうやら私は、シズ先生から離れるように、孤高であるように、人の優しさを嫌悪するよう思考誘導を受けていたようです。それと、一人で生きていく力を求めるようにも」

 

 日向は優樹の謀略に気付けていなかった事実を恥じ、その過去を悔しんだ。

 

「ですがシズ先生!先生から早く離れたかったのは、私の本心なのです」

 

「そんな、どうして……」

 

「先生が、憑依していた精霊に蝕まれていた事を、私は感じていたんです。シズ先生が弱っていく姿なんて、見たくなかった……。先生が死ぬところなんて、私は見たくなかったんです……」

 

「日向……」

 

 思考誘導が解け、当時の悲しみを鮮明に思い出させられているのもあるだろう。日向は胸の痛みに耐えるよう、強く拳を握り、強く奥歯を噛んでいた。

 

「貴女と死に別れるくらいなら、貴女に会うんじゃなかった……。親しい人との別れを思うのがこんなに辛いなら、誰とも親しくなんてなりたくなかった……。こんな事ならいっそ、野垂れ死んでいれば……」

 

「日向。私は……、貴女が何をしていても、元気だったなら私は嬉しい。「死んでいれば」なんて、悲しい事は言わないで?」

 

「っ!……はい、……ごめんなさい」

 

 悲しみで凍える日向を、静江は優しく諭し、凍り付いた心を温めていく。日向が流す涙は、きっとそうして融け出た思いなのだろう。

 

「リムルさん、ありがとう」

 

「借りを返しただけさ。シズさんからもらったスキルには世話になってるし、何だったら現在進行形で世話になってるからな。おっと、これじゃ借り続けてるままか?返しきれないなこりゃ」

 

 静江からの感謝にリムルは笑顔で応対しつつ茶化し、それ以上の報酬を寄越さないように制した。

 

「私からも、礼を言わせて。リムル・テンペスト、シズ先生と和解させてくれてありがとう。貴方が居なかったら、永遠に仲違いしたままだったわ」

 

「おっと、お前はタダとはいかないぞ?借りがないどころか貸しがあるくらいだ。だから、この侵攻を止めるっていう形で具体的に返せ」

 

「分かってる。貴方は、悪い者ではなかったわ」

 

 日向からのそれにも同じく、しかしこっちからは具体的なお返しをリムルは要求する。日向は少し苦笑しながらも、その要求を呑んだ。日向にはもう戦う意味も価値もないのだ。

 すぐに撤退を示す信号弾を打ち上げた。リムルもそれを見て、配下たちに交戦終了の意を『思念会話』で伝える。それでさっきまでの闘争は嘘のように終わった。

 

 死傷者0、被害軽微の戦闘の終わり。リムルと日向は沈黙し、その場に佇んでいる。

 

「シズさん」

 

 沈黙を破ったのは、悲嘆に満ちたリムルの声だった。

 

「シズさんは、生き返るつもり、ないか」

 

 リムルが、そして日向がそこに佇んでいた理由。それは、静江との別れが惜しいからだ。

 

「リムルさん、それは……」

 

「俺なら、シズさんの元の体を用意できる。シズさんの今の状態はよく分からねぇけど、絶対に復活させてみせる!だから、帰ってこないか?」

 

「シズ先生。私は、もう一度貴女と別れるなんて嫌です。だから、どうか……。どうか……!」

 

 リムルも日向も、静江との出会いが自身の転機だった事を認識している。静江との出会いが大切なモノだったと思っている。ならば、別れたくないと思うのは、至極当然の事である。

 

「……」

 

 静江は二人の思いを一身に、いや、一心に受ける。同時に、残してしまった教え子たちが脳裏を過った。

 帰って良いのか。帰るべきなのか。帰りたいのか。静江は、悩んでしまった。

 

「……ごめんなさい」

 

「シズさん!」

 

「シズ先生!」

 

「本当に、ごめんなさい。私自身どうしたら良いのか、分からないの。だから、お願い。もう少し、悩ませて」

 

 身勝手な事は静江も自覚している。これだけ思ってくれる人が居るのに、それに応えない自身の罪深さはしっかり認識している。

 それでも、こんな中途半端な状態で彼らに応えたくなかった。今度見せる顔は、晴れやかな顔にしたかった。

 

「悩むなんて、帰ってきてからでもできるだろう!?」

 

「リムルさん。これは、ケジメなの。たくさんの奇跡に恵まれた事への、ケジメ。それをしなくちゃ、きっと貴方たちに合わせる顔がない」

 

「先生、置いていかないで!」

 

「日向、置いて行ったりなんかしないわ。姿を見せる事はできないけど、ずっと見てるから。ずっと、見守ってるから。今はそれで許して?」

 

 リムルと日向、それぞれに言葉を送る。まさしく遺言(ダイイング・メッセージ)。しかし、これは『結言状(ダイイング・メッセージ)』。遺す言葉であっても、最期の言葉ではない。

 

「二人とも。……またいつか」

 

「……っ!……はい、シズ先生!」

 

「約束だからな、シズさん」

 

 二人の涙を堪える顔に、静江はクスっと笑う。今のは見られなくて良かったと自身の失笑を戒めながら、惜しむべくも、二人の傍を離れる。

 

 静江の声が聞こえなくなって幾ばくか。まるで夢のような時間だった。リムルと日向の思考は奇妙にもそう一致する。だが、夢ではないと、これもまたリムルと日向は思考を一致させ、各々の現実に戻っていった。

 

 

 

 リムルと日向の姿がもう捉えられない遠方。静江は、彼らと別れた方向をじっと眺めていた。

 

「ま、及第点ってやつかな。満点を上げるには、まだまだ我がままが足りないね」

 

「カイさん」

 

 カイが隣に突然現れた事には、静江はもう驚きもしない。

 

「それで、ケジメってどう付けるんだい?指詰めたりしても駄目だろう?」

 

「今は、まだ何も……」

 

 付けなくちゃいけないケジメがある気はしている。しかし、具体的なそれを見出すには経験値が足りないような、そんな抽象的な感じが静江はしていた。

 

「そうかい。じゃあ、僕と旅をしようじゃないか」

 

「旅?でも、既に色んな場所を見せてもらってますし」

 

「自身の目で見るそれと、他人の目を通したそれは、感じ方が違うものさ。それに、自身の目で見ないと味気ないだろう?」

 

 そういうカイに、不気味さは微塵もない。心の底から、親切心で言っているようだった。

 

「……」

 

 ずっとリムルと日向へ向ける未練がましい視線をようやく逸らし、静江はゆっくりと目を瞑る。これは、ある種儀式だ。一旦自身の気持ちを切り替える儀式。

 

 そして、気持ちの切り替えが済んだと思ったところで目を開き―――

 

「はい」

 

―――ただ穏やかに、言葉を口にした。

 

「良い返事だ」

 

 心なしか、カイの笑顔も穏やかだった。




 思考誘導に関する情報は全てカイから聞いたものです。カイは自身のスキルで得た情報を、とりあえず嘘は一切なく静江に伝えておりました。原作に添わせるためにはそうすべきだったからです。
 カイの今回の行動につきまして、世界に不都合与える事はないでしょう。元より、世界は原作通り進む事を望でいるでしょうから。

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