転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

36 / 45
第三十五話 そのユメは夢寐にも忘れられない

「お前が俺の玉座までわざわざ足を運ぶとは、珍しい事もあるものだ。なぁ、ルミナス・バレンタイン」

 

 ギィは自らの前に佇むルミナスを直視する。

 最初に「魔王」の概念を生み出し、同時に最初の『真なる魔王』となったギィ・クリムゾン。

 最古参ではないが、長くその座を守り続ける魔王の古株であるルミナス・バレンタイン。

 両者は決して仲が良い訳ではない。さりとて悪い訳でもないが、互いの居城に足を踏み入れる事は滅多にない。それこそ、ルミナスがこうしてギィの玉座に姿を出すのが、数百年ぶりというレベルの事だ。

 

「礼を失しているのは許せ。火急の用じゃ」

 

「だろうな」

 

 そんな数百年ぶりの事をルミナスがしているのだ。ギィも余程の事であるのは察しが付いている。

 

「端的に言おう。ヤツを呼び出してほしい」

 

◇◇◇

 

「魔都開国編はリムルの国以外大人しいし、そのリムルの国には用事がないし。暇になっちゃったなぁ」

 

「マトカイコクヘン?なんですか、それ」

 

「ああ、こっちの話だから気にしなくて良いよ」

 

 どこかの道、切り開かれて作られたようであるから、どこかの国に繋がるだろうそれ。カイは当てもなく旅として、静江と共に歩いていた。静江は浮遊しているが。『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』にも慣れたモノである。

 

「この時期はテキトーにグルメツアー、だと静江ちゃんが食べられないか。じゃ、世界の名所巡りかな」

 

「私は何でも構いませんよ、カイさんと一緒なら」

 

「自己主張がないのか、信頼されているのか。どっちだろうね?」

 

「信頼の方ですよ、意地悪ですね」

 

マイナス(ひねくれ者)だからね、僕は」

 

 『過負荷(マイナス)』である事を免罪符として用いるカイに、静江はついつい苦笑してしまう。人からの厚意を真っすぐ受け取れないカイは、確かに言葉通り「ひねくれ者」だと、静江も思ってしまった。

 

「じゃ、行き当たりばったりで行k―――」

 

「どうかしましたか?カイさん。……カイさん?」

 

 一秒にも満たない時間、まさしく一瞬カイから目を放していた静江は、不自然に言葉を切ったカイに目を戻そうとした。

 しかし、カイの姿は忽然と消えていたのである。

 

「カイさん!」

 

 予告もなく消えたカイに違和感を覚え、不慮の事態が起こった事を理解した静江。彼女はただ無力にも声を上げた。

 

◇◇◇

 

 さて、消えたカイは何処に行ったかというと――

 

「スーパーヒーロー着地!膝の皿が割れた!彼らは特殊な訓練を受けています。良い子は真似しないでね☆」

 

「……何やってるんだ、お前」

 

――ギィの玉座の間にて、片膝と片手の握り拳を地面に付ける着地(スーパーヒーロー着地)を失敗し、ギィに呆れられていた。

 

「いやだって、いきなり足元にワープホール出すんだもん。びっくりしちゃうよ」

 

「以前は足を踏み外して真っ逆さまに落ちてきたから、今度は足から真っすぐ落ちれるようにしてやったんだろうが」

 

 ギィは以前の失敗を反省した上で呼び寄せたのだが、マイナス(不幸)であるカイはその優しさを無に帰す。まぁ、カイは以前のように首の骨を折って死ななかったし、膝の皿が割れたのが幻想だったように、もうすくっと立ち上がっているのだが。

 

「それで、僕に何か用かい?高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する旅で忙しいんだけど」

 

「用があるのは俺じゃない」

 

(わらわ)じゃ」

 

 カイの意味不明な言動はあっさりと横に流し、ルミナスがその存在感を放った。

 

「貴様に訊きたい事がある」

 

「ちょっと失礼、電話が来ちゃった」

 

「は?」「は?」

 

 これから真面目な話をしようという時に、相変わらず空気を読まず、カイは無駄に親指と小指を立てた右手を耳に当てる行動(電話のジェスチャー)をした。もちろん、ルミナスもギィも電話が何か知らない。しかし、カイはお構いなしである。

 

「もしもし静江ちゃん?……ん?静江ちゃん?静江ちゃーーーん、もしもーーーーーーし。あ、駄目だねこれ」

 

 さっきからずっとカイだけに静江の『結言状(ダイイング・メッセージ)』が届いているのだが、カイが返事しても彼女は慌てふためき続けている。カイの返事が聞こえている様子はない。

 

「そいえば『結言状(ダイイング・メッセージ)』って一方通行だっけ。狭間空間にだったら音声送れるのになぁ、全く……。ギィ、ルミナス。悪いけどすぐに戻ってくるからちょっと待ってて?」

 

「……」「……」

 

 カイはギィたちが答える前に姿を消した。一旦静江の下に戻り、状況を説明しに行ったのだ。

 

「はい、ただいウボァ……」

 

 1分もせずに帰ってきたカイへ、ギィたちは攻撃を見舞った。

 

「いや、悪いとは思うけどさぁ。殺す事はないじゃん」

 

「どうせ死なないだろう?」

 

「素直に死ね」

 

 すぐに死んだ現実から逃避したカイだが、ギィとルミナスから無駄に辛辣なコメントを貰っては肩を竦めるしかない。

 

「さてと。なんだかお急ぎみたいだし、さっさとルミナスの用件を訊こうか」

 

「……時の勇者の封印水晶を盗み出したのはカザリームか」

 

 カイへの不愉快な気持ちを抑えつつ、ルミナスは実に端的に問い詰めた。

 

 前回の魔王達の宴(ワルプルギス)でカイから忠告を受け、ルミナスはすぐさま封印水晶の所在を確認したのだ。そして、その封印水晶は影も形もなかった。自身しか知らぬ場所での安置も、警備の厳重化も、水晶直前の罠も、何1つ効果を成さずに盗み出されていた。

 それができる手段はルミナスにも見当が付かなかったが、誰がそれをしたのかは推測できた。

 あの時間にルミナスが水晶の前から離れる事を知っていて、なおかつその時間に自由に動けた存在。丁度魔王達の宴(ワルプルギス)で話題に上がっていたのだから、頭を悩ませる事はない。そう、カザリームだ。クレイマンが指示を受けていたという元魔王である。

 陰謀を巡らせるのは得意な臆病者と、ルミナスはカザリームを認識していたし、魔王となった時期が比較的近いために力量も近しい。自身を出し抜く程度はできるだろうしするだろうと、そうルミナスは判断した。

 そうして今、忠告をしたからにはその陰謀を読んでいただろうカイに、答え合わせを願っているのだ。

 

「ルミナス、僕に答えを求めているのは分かるけどさ。君は僕の言葉を信じるかい?」

 

「信じる信じないはこちらで決める。疾く答えよ」

 

「嫌だって言ったら?」

 

 カイのその一言へ、ルミナスは魔力を溢れさせる事で返事とする。殺気を表現しているだけではない。力を見せつけているのだ、大罪系究極能力(アルティメットスキル)色欲之王(アスモデウス)』を得る事で増した力を。

 あらゆる究極能力(アルティメットスキル)の中で生と死を操る事に関してのみ最強であろうその力の前に、カイは油断すれば舌なめずりしてしまいそうな程不気味な笑みを浮かべた。

 

「浮気は駄目だよね、知ってる知ってる。NTRは僕にとって地雷ジャンルだし」

 

 このルミナスなら完膚なきまでに負かしてくれるのではないかと、少しばかり期待しながらも、しかし誘惑を払い除けるようにカイは左右に首を振った。

 

「イングラシア辺りに目を光らせてると良い、ルミナス・バレンタイン。僕から言えるのは、それだけさ」

 

「……チッ」

 

 答えないまでも答えのその先を、贈られた本人が分からないように贈るカイ。答えを返さないカイへルミナスは舌打ちを返礼にした。

 口を割らせなかったのは、どれだけ拷問しても無駄だという事が既知であるから。それと、あの不気味な笑みを浮かべた時、カイから怖気の走る負のオーラが溢れだしていたように感じたからだ。究極能力(アルティメットスキル)を持つ今のルミナスを以ってしても、自身の魔力が負のオーラに押し負けるような幻覚を見せられたのだ。

 故に、悔し紛れの舌打ちだったのである。

 

「手間を取らせたな、ギィ」

 

「構わん。俺は俺で面白いモノが見れた」

 

 わざわざ自身を頼ったルミナスに多少ながらもギィは不機嫌だったが、その不機嫌を帳消しにして余りある成果を確認していた。

 大罪系究極能力(アルティメットスキル)の一席が埋まっている事。聖魔大戦でルドラとの決着を望むギィにとって、それは福音なのだ。

 

「ふん。では、それを手間の対価としてくれ」

 

 用件を終えたルミナスは、何が面白いモノだったかも訊かず、そそくさとその場を後にした。

 その場に、カイとギィだけが残る。

 

「ルミナスは居なくなったし、静江ちゃんも離れてるし。君に頼み事するには都合が良いね」

 

「お前から頼み事だと?」

 

「ちょっとね。リムルと戦う前に適当な相手でウォーミングアップでもしようと思ってるんだ」

 

「適当な相手、か……。勇者と名を上げ始めたマサユキとかいう奴か?」

 

 ギィも半ば冗談のつもりの発言だったが、カイにはとかく不評なようで、目を開く程げんなりしていた。

 

「名ばかりで実力が伴っていない奴であるのは知ってるが、そんなにか?」

 

「運だけの春日だよ」

 

「運だけの春日」

 

「幸運極振りって事。僕との相性最悪。まず間違いなく僕は過去最悪な運負けをするだろうね」

 

 誰と戦っても負けるのは確定事項。その事にはちゃんと覚悟しているカイだが、それでも運負けは悔しいとか恥ずかしいとか以前に萎える。しばらくチーズ蒸しパンになりたいくらい萎える。そういう意味で、本城正幸(マサユキ・ホンジョウ)はカイが最も相手したくない相手なのである。

 

「相手にする予定なのは、時の勇者だよ」

 

「……封印されているはずだが」

 

「封印っていうのはね、解かれるためにあるんだ。邪龍封じてようが勇者封じてようが、いずれは解かれる。ぶっちゃけ言うと時の勇者の封印は近々解かれるのさ」

 

 封印に関しては妙な納得感があるのでギィも違和感を抱かないが、違う部分に違和感を抱く。

 

「解かれるにしてもだ。お前はすでに負けているのだろう?負けた相手には挑まない主義ではなかったか?」

 

「何度やっても意味がないから挑まないだけだよ。一回目の負けは、どの程度の負かし具合かを試すって意味がある。そして、今回はウォーミングアップって意味さ」

 

 ギィは腑に落ちる思いだった。

 何故カイが何度も同じ相手に挑まないのか。単純だ。意味がないからだ。

 勝ちたい訳ではなく完膚なきまでの敗北が欲しいから、とりあえず望みが薄くても1度試してみる。それで完膚なきまでの敗北をくれないのなら、望みがないから2度と挑まない。それが、カイが持つ主義の詳細だった。

 

「お前の主義はよく理解した。では、俺への頼み事とは何だ。お前のウォーミングアップと俺への頼み事に何の関係がある」

 

「当たり前の話だけど、僕は時の勇者にこっぴどく負けるだろう?その際、僕は時の勇者に封印されるかもしれないんだ」

 

「万々歳だな。そのまま封印されていろ」

 

「ギィ・クリムゾンはそれで良いのかい?」

 

 そのカイの問いかけは意味深長だった。少なくともギィはそう受け取り、頭を回す。

 「良いのか?」という問いは、つまり良くない事がある示唆だ。ギィはカイが封印された場合の不都合を考える。

 

「封印は、解かれるか」

 

「その通り」

 

 前述の通り、封印は解かれるものなのだ。それがいつになるとしても、誰がするにしても、事故にしても、故意にしても。

 

「お前は、あのスライムとの戦いを果たさない限りはこの世界を去らないんだったな」

 

「そうだよ、その言葉に嘘はない。安心院(あんしんいん)さんに誓ったのもそれだったっけ。ま、何でも良いけど」

 

「お前がもし、あのスライムが死んだ後に封印が解かれようものなら……」

 

「僕はこの世界を永久に去らないかもね」

 

 あくまでも「かも」の話である。しかし、ギィにとって見逃せぬ可能性だった。

 カイにはこの世界から是が非でも出て行ってもらいたい。それがギィの偽らざる本心だ。

 

「頃合い、ではいつごろか難しいか。じゃあ聖魔大戦が終わって世界が落ち着いてきたら、僕の封印を解いてね」

 

「……頼まれてやっても良いが、封印解除にはおそらく時間がかかる。お前がウォーミングアップに選ぶんだ。勇者として完全に覚醒した時の勇者、そいつが全力でかけた封印を解かなければいけないのだろう?」

 

 完全覚醒に至っていなくてもヴェルドラを封印せしめた勇者。そんな存在が覚醒して全力で施す封印だ。解除が想像を絶する難度なのは火を見るより明らかである。ギィも不可能とは言わないが、甘く見積もって数年、下手すれば百年単位の時間を要するだろう。

 

「さすが、ギィ・クリムゾン。そうだよ、僕は時の勇者が完全に覚醒した辺りを狙うつもりだ。でも、解除する必要はないよ。破壊してくれるだけで良い」

 

「それなら確かに時間は要らないだろう。しかし、死ぬぞ」

 

 解除と破壊では難度に雲泥の差があり、もちろん破壊なら如何なるモノでもできる自信がギィにはあった。が、封印されたモノを万全に取り出したいから封印を解きたいのであって、封印の破壊となれば封印されたモノも無事では済まない、実に本末転倒である。

 

「……いや、お前なら死なないのか」

 

 ふと、そんな予測でも推測でもなんでもない、強いて言うなら予感がギィの口から漏れた。カイはその漏れた予感にニッコリと微笑む。

 

「死んだ後の事、地獄か天国か。そんな幻想の領域は僕の領分だ。死んだ後に死んだ現実を受け入れない(蘇る)くらいはいつもの事だろう?それに、万が一それで蘇れないとしても、僕は本望さ。それこそ、完膚なきまでの敗北だからね」

 

 死ねればカイの領地、あの狭間空間に魂が飛ばされるようになっている。狭間空間までは時の勇者の力は及ばない。

 だがもし、狭間空間に飛べない程、狭間空間を維持できない程消耗していたならば。悔しさも恥ずかしさもない、全力全開の戦いで完膚なきまでの敗北に至っている事になる。それで本願成就。カイは別に、完膚なきまでの敗北をくれるならリムルでなくても良いのだ

 

「……お前からの頼み事、任されてやる」

 

 頼み事を聞き届ける以外の選択肢があったかは怪しいが、とりあえずギィは聞き届ける選択をした。納得の有無である。

 

「ありがとう。それじゃあまたね。バイビ」

 

 カイはにこやかに手を振って、まるで幻想だったかのように消え去る。しかし、ギィの脳裏に焼き付いた幻像は、消えてくれなかった。




 一回投稿を休んだ分の補填で今週も投稿。以降は投稿ペースを戻します。
 
 カイ君の魔都開国編スルー宣言。魔都開国編はカイ君興味ないし、本作としても回収すべきものはほとんどないのですっ飛ばします。原作としては意味があるシーンですが、そこでカイ君が何かする姿が思い浮かばなかった。
 本作は本作に重要なところを回収していってちゃっちゃと進めるような話の構成にしていますので、ご了承のほどを。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。