転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第三十六話 世界とは、生命を微睡のユメに閉じ込める揺り籠

「異世界からの召喚、条件の設定、絞り込み……。研究は遅々として進まず、実験するには危険性が高い、か……」

 

 レオン・クロムウェルは自身の領地内に設けられた魔法の研究施設、特に異世界からの召喚について研究していた場所からの道すがら、徒労感と無力感を独り言と共に吐き出した。

 研究といっても、静江を召喚したあの時以来、異世界からの召喚は行っていない。如何なる仕組みによって異世界から呼び出されているのか、試行の記録から分析するに留めている。実際の異世界からの召喚は、もっぱら協力者に任せっぱなしだ。確実性が欠ける実験を愚かしくも続ける性分ではないし、無関係な者をその召喚で巻き込んでしまう事へのリスクを考慮した上である。

 

「やぁ、レオン・クロムウェル。元k―――」

 

 突然視界に映ったカイ(虫図が走る男)に対し、レオンは一切の呵責も躊躇もなく、究極能力(アルティメットスキル)純潔之王(メタトロン)』の光を放つ。ほぼノーモーションだったため、カイはあえなく塵となった――

 

「「目が、目がぁぁぁぁぁぁぁ!!」なんてね」

 

――が、光が治まった瞬間には何もなかったかの如く立っている。

 

「ちっ」

 

「開幕舌打ちって。愛想が悪いねぇ」

 

 嫌気を隠しもしないレオン。分かってはいたが、この微塵も好感を持たれていない態度には、さすがのカイも苦笑いを浮かべた。

 

「俺は忙しい。とっとと何処かへ消えろ」

 

「忙しいって。自分の領地に引きこもり続けているだけじゃないか。もしかして、無職の引きこもりかい?」

 

「なるほど、死にたいんだな」

 

 レオンは自身の言葉の最中にレイピアをカイの頭へ突き立てていた。

 

「わぁお、これは中々斬新……でもないか。ハロウィンの日に渋谷にでも行けばたくさん見れそうな姿だね。ほら、フランケンシュタインみたいだよ。あれはレイピアじゃなくて螺子だけど。でも鍵みたいなのがぶっ刺さってるバリエーションとかもあるよね、フランケンシュタインって。後は、なんかもう螺子とかじゃなくて角が生えてるやつとか」

 

 しかし、右から刺された刃が左から出てようが構わず、カイは平然とレオンの横に付いている。

 

「……何の用事だ」

 

 構いきれなくなったというか、さっさと用事を終わらせて出てってもらう方にレオンは切り替えた。

 

「観光かな?ほら、君の領地って黄金郷エル・ドラドなんて言うだけあって見た目はとても綺麗でしょ?観光には持って来いかなって」

 

「……」

 

「冗談冗談。全く、ギャグの通じない男だなぁ」

 

 ふざけた事をぬかしたカイに、レオンはもう居ないモノとして扱って足を速めたが、一応ちゃんとした用事があるカイは追い縋る。まぁもちろん、レオンはその程度で足を止めない。反応するだけ揶揄われてストレスが溜まるだけだ。

 

「あ、もうガン無視だね。じゃあ君の気を引くために、静江ちゃんの用事の方から済ませてもらおうか」

 

「……シズエだと」

 

 カイの口からその名が出た事で、さすがにレオンも足を止めざるを得なかった。

 

「シズエ・イザワは死んだはずだろう」

 

「おや、やっぱり気になるかい?」

 

「……」

 

 カイの口角を上げた事で彼の思惑に引っかかったような、非常に癪な感覚に陥り、レオンはカイを睨みつける。

 

「ま、リムルからの伝言も聞き届けていたし。君も案外、自分が呼び出してしまった者への責任は感じていた訳だ。全く女々しいねぇ」

 

「……さっさと用事を済ませろ」

 

「済ませたいのは山々なんだけどさ、なんか心の準備とかで決心付かないみたいなんだよね」

 

「……はぁ?」

 

 まるで他人事みたいな言い回しで、しかも言うに事欠いて決心が付かないとは。殺意すら滲ませていたレオンも思わず呆れてしまった。

 

「ほらほら、この瞬間湯沸かし器も驚きの呆れようだ。そろそろ決心付けてくれよ、静江ちゃん」

 

 カイは自身の左側、何もない空間へと視線を投げ、溜息を吐く。とことん訳が分からず、レオンも何の気なしにその空間を見た。

 

「……お久しぶりです、レオン・クロムウェル。私は、井沢静江(シズエ・イザワ)です」

 

「な!?」

 

 どこかからか女性の声が聞こえる。その声は面影があり、聞き覚えのある声だった。俄かには信じがたいが、レオンはその声を静江本人のモノと直感する。

 

「……カイ・ヤグラ、シズエ・イザワを使って何をするつもりだ。アイツの尊厳を踏みにじり、あまつさえそれで俺を脅そうというなら……。消滅させる(殺す)ぞ」

 

 レオンの怒りは再沸騰、いや、そんな生易しい領域ではなく、怒髪天を衝かんばかりに怒り、カイの胸倉を掴み上げた。

 それが、レオンが静江に対して如何程に責任を感じていたかの証左である。

 

「止めてください、レオン!私がこうなっているのは、私の選択、私の意思です!カイさんに強要された訳でも脅迫された訳でもありません!」

 

「弁護はしなくて良いよ、静江ちゃん。多分何言っても僕の脅迫を疑うから。それよりさっさと用事済ませてね。じゃないと僕も退くに退けないよ」

 

 静江がどうにかレオンの怒りを鎮めようとするが、カイの言葉通りにレオンの怒りは一向に鎮まる気配がない。

 どうせマイナスに解釈されるなんてカイにとってはいつもの事。なので改善(プラスに)しようとなどせず、むしろ静江を急かすための材料とした。

 

「……レオン。私は、貴方に感謝しています」

 

 明らかにそんな感謝を述べる雰囲気ではないが、良い雰囲気なんて望めないのが過負荷(マイナス)だ。その点は静江も理解し始めている。なので、空気を読んでいない自覚をしながら、静江は感謝を述べる。

 

「感謝だと?こんな世界に自分本位で呼び出した俺にか」

 

「……イフリートを憑依させようとした貴方なら察しているでしょうが。私は、貴方に呼ばれなければ元の世界で死んでいました」

 

 静江の言葉に、カイを吊り上げるレオンの腕は、僅かに力が弱まる。

 

「お前は、呼ばれて幸せだったって言うのか?この世界で碌な目に合ってないお前が?」

 

「はい。私を地獄から逃がしてくれた貴方に会えて、私を導いてくれたカイさんに会えて、私を強くしてくれた時の勇者様に会えて、私を慕ってくれた教え子たちに会えて、私を救ってくれたリムルさんに会えて。私は、間違いなく幸せでした」

 

「……そうか」

 

 静江の本心から述べられる感謝を受け、レオンはカイを降ろした。

 静江からカイに洗脳されているような節は窺えない。カイが静江を利用しようとしているのではない。少なくとも、カイに身も心も囚われているようではなく、レオンは内心安堵したのだ。

 

「俺の都合で呼び出し、放置した事には謝罪する。償いにもならないだろうが、お前の行動を縛るつもりはない。お前が何をしようと、邪魔はしない。好きに生きろ。……できれば幸せに、な」

 

 レオンの顔はカイに対するような険がなく、最後の方は優しげですらあった。

 

「ありがとうございます」

 

「はっ!何処に礼を言う箇所がある、変人め」

 

 レオンの照れ隠しじみたぶっきらぼうな対応に、静江はただ目を細める。

 気に食わなかったというか、キャラではなかったのか。レオンは静江が居るだろう場所から顔を背けた。

 

「ツンデレさん」

 

「言葉の意味は分からんがぶち殺すぞ」

 

「それはもっと殺気出して言う言葉だね、さっきみたいにさ。あ、「殺気」と「さっき」をかけたギャグではないからね」

 

 付き合いきれないのでレオンはその場を後にしようとする。

 

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 そんな背中へ、カイは特大級の爆弾を投げ放った。

 

「今……何と言った……?」

 

「時の勇者と世に語られる女性こそ、君が探し求めた存在だ。そう、僕は言ったんだ」

 

 投げ放たれ爆弾の衝撃で、油を差し忘れたブリキの人形のように緩慢な振り返りをするレオンへ、カイは懇切丁寧に噛み砕いて表現し直した。

 

「……アルロス」

 

「ハッ!ここに」

 

 レオンの招集に応え、突然現れた(と言ってもカイのするそれではなく、あくまでユニークスキル『瞬間転移(テレポート)』によるもの)銀の甲冑に身を包んだ男、アルロスが跪く。

 

「時の勇者の姿を想起し、俺に『思念伝達』で共有しろ」

 

「ハッ!」

 

 否応なく、訳も問わず、主の指令をアルロスは忠実に実行する。

 

「…………違う、クロエじゃない」

 

「……おや」

 

「……だが、クロエだ」

 

「ああ、そういう事」

 

 レオンの珍妙な言い回しにカイは納得した。

 

「どういう事だ、カイ・ヤグラ。どうして俺はクロエと識別できない者を、クロエと判別できる」

 

 レオンがあのような珍妙な言い回しをした理由がそれだ。レオンは今しがた共有された時の勇者の姿を、レオンの体や精神ではクロエと思えないのに、レオンの魂が「彼女は自身の大切な妹のような者」だと叫んでいる。非常に複雑怪奇な状態に、レオンは直面していた。

 

「ま、『純潔之王(メタトロン)』1つじゃそのくらいの抵抗がせいぜいって事だね」

 

「煙に巻くな、簡潔に言え!これはどういう事だ!俺は何者かに認識を狂わされてるのか!?」

 

 レオンは焦りを持ってカイに掴みかかる。自分が大切な存在をしっかり認識できないなど、レオンには断じて許せない。

 

「者、というか世界だ。君は世界に認識を狂わされている」

 

「ふざけるのも大概にしろ!」

 

「ふざけていないさ、いたって真面目。良いかい、レオン・クロムウェル。僕は今日君の目の前で一言も嘘を言ってない、冗談は言ったけど。だからしっかり聞け、レオン・クロムウェル」

 

 笑みを崩さぬカイは、一際不気味な笑顔を浮かべる。

 

「世界が、そう仕組んだ。世界がクロエ・オベールを最強の勇者にしようとレールを敷いた。これは、運命だ。誰も抗えない。誰も覆せない。誰も変えられない。運命を変えるなんて話はそこら中に転がっているけど。僕から言わせれば、運命を変えて未来を変える事も、運命の内さ」

 

 カイは汚泥を煮詰めた瞳を見開いている。レオンは、知らず知らず身震いをしていた。

 

「でも安心すると良いよ、レオン・クロムウェル。君たちの幸福は確約されてる。ま、そういう事で、君のやりたいようにやると良い。プラス()のやる事だ、マイナス(悪いよう)にはならないさ」

 

 皮肉気に眉を顰め、カイはその不気味さを引っ込めた。

 

「じゃ、用事は全部済んだから。じゃね、バイビ」

 

 そうしてにこやかに手を振り、カイは幻想だったかのように消え失せる。静江も、狭間空間経由でカイに付いていった。

 

「……」

 

 レオンだけが呆然と立ち尽くす。アルロスが傍に控えているが、配下の前である事を考慮する余裕がない。

 

「……いいや、何も深く考える必要はない」

 

 幾ばくかの後、正気を取り戻したようにレオンは顔を引き締める。

 

「運命だろうが世界だろうが知ったこっちゃない。アイツを、クロエを取り戻せるなら」

 

 そう、レオンにとってそれ以外は些事。考慮に値しない。

 

「時の勇者……。確か、ルミナスが何か喚いてたな」

 

 時の勇者の足跡を探るべく、その名に関して荒れていたルミナスに、レオンは白羽の矢を立てた。




 今日投稿するって言ったのに、もうこんな夜を更けてまいっている時間でございます。一応最低限約束は守ったって事で、石を一つ投げるくらいでご勘弁ください。

 まぁ、何か忙しかったし、何か執筆意欲が振るいませんでしたね。別に無人島へ移住してた訳でもないっていうのに。……ホントダヨ?
 とりあえず、今後はできるだけペースを守れるように、誠心誠意尽くしてまいります。

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