イングラシアに居る異世界から召喚された子供たちの救出。残念ながら、日向はそれを極秘に遂行する事ができなかった。そもそも、子供たちは優樹の陰謀に気付いた者を釣りだすエサの1つだったのだ。
見事釣られる形になってしまった日向は優樹と対峙していた。
「ユウキ、貴様!子供たちを犠牲にするつもりだったのか!」
子供たちの不安定な状態を利用し、次の異世界召喚に必要なエネルギーを彼らで賄おうとしていたのだ。その事実を聞かされた日向は俄かに激高した。
「欠陥品を有効に利用しようとしてただけじゃないか。ただ死なせるのは勿体ないし、犠牲が無駄になるだろう?どうしてそういう風に考えられないかなぁ」
優樹は、ただ正義を振りかざし、合理的な思考ができない日向に辟易する。もう少し利口な人間である事を期待していたのだが、有象無象と変わらない馬鹿であったと、認識を改めた。
「どうしてだ、どうしてシズ先生に救われたお前がこんな残酷な事をする!」
「その残酷な事を減らすためだよ、ヒナタ。この世界も元の世界と同じだ。悲劇が多すぎる。それを誰も変えようとしない。だから僕がやってやるんだ、先生みたいな犠牲を減らすために。僕がこの世界を変革する。この僕にならできる」
「犠牲を減らすために犠牲を出していては本末転倒だ!」
「だーかーら、犠牲はどう足掻いたって出るんだ。少なくするために、多くの犠牲を出してでも、さっさと世界を手にするんだよ。正義だの道徳だの倫理だの、そんなんで悠長にやってたんじゃ犠牲は積もる一方だ。どうしてそんな事も分からないんだ」
あまりにも平行線。あまりにも違いすぎる価値観。決して交わる未来はないだろう。理解し合える時は来ないだろう。その線がぶつかるとしたら、それはまさしく衝突となる。
「シズ先生の教えに従うヒナタの気持ちも重々理解できる。でももう決めた事だ。邪魔をするなら、消えてもらうだけだ」
優樹が表した敵意に日向は構える。だが、構えたところで無意味だった。
「任せるよ、
「殺す事になるけど、良いの?」
「構わないさ」
突然現れた女性が、優樹の
「時の、勇者様……!?何故―――」
「貴女がここに?」と、日向は言葉を続けられなかった。時の勇者の魔力が嵐の如く、日向を襲ったのである。
そこから始まるのは時の勇者による一方的な戦い。日向が命を懸けて子供たちが逃げ切るまでの時間を稼いだが、それだけ。日向は時の勇者に撃ち取られた、
◇◆◇
「やれやれ。
「余計な事ってのは、俺たちの足止めの事か?カイ・ヤグラ」
「時の勇者があんな小僧に操られる様を静観させたのじゃ。高く付くぞ、貴様」
溜息を吐くカイへ、釘で縫い留められているレオンとルミナスはきつく睨む。2人の怒りはカイの殺害も辞さない程に高まっているのだが、何故かスキルを使うどころか、自身らを縫い留める釘の1本も抜く事ができない。そのようにカイが現実を逃避した結果だ。
「まぁ待てって。君たちがあの場に登場しちゃったら、そりゃもう色々ブレイクだよ」
どうしてカイがこうやってレオンとルミナスを必死に止めているかというと、端的に言って、原作ブレイクを防ぐためである。
カイがルミナスにイングラシアを見張るよう無駄に助言したため、彼女が事態を早く認識した。レオンも時の勇者についてルミナスを頼ったため、彼女がイングラシアでの事態を認識する場に居合わせた。おかげで、カイが止めなければ時の勇者と日向が戦っている時に、2人が介入しかけていたのである。
事の原因がカイの行動であるため、カイは余計な事をしたと自覚し、溜息を吐いていた訳だ。
「ステイ、ステイだよ?ほら、今良い所だから」
カイは時の勇者を映している水晶を眺める。その水晶を用意したのはルミナスだが。
水晶の映像ではすでに時の勇者と日向の戦いは、日向の死を以って終了。その死体を聖騎士団から付いてきた日向の部下たちが回収し、激闘のおかげで大量に霧散している魔素を利用した転移魔法で離脱していた。残念ながら、水晶の映像は時の勇者を捉えているモノなので、転移した彼らを追う事はない。
彼らの離脱を見送った時の勇者と優樹は何やら話した後、時の勇者が別行動を始める。優樹は時の勇者をスキルで従えているのだが、全ての行動を制限できる程には彼女を縛れていないようだ。
彼女は何処へやら足を進める。何処かと言えば、日向の死体とその部下たちが逃げた先だ。と言っても、追撃ではない。
「うんうん、感動の再会&今生の別れってところかな?」
カイは原作知識と照らし合わせる。
この場面は確か、時の勇者が自身と日向の関係を日向の部下たちに説明するシーンだ。
時の勇者はクロエの体に日向の魂が同居した存在。日向が持つ『勇者の卵』をクロエへ委譲し、指導役として日向はクロエの過去跳躍に同行する。そうして『真の勇者』を育てる世界の筋書き。
それで、最早指導役の任を終えた日向は天に召される事でクロエの肉体から離れ、クロエを『真の勇者』として完成させようとしているのだ。
「よーしよし、頃合いだ。じゃあ行って良いよ」
「まずお前が逝け」
「まず汝が逝け」
カイがレオンとルミナスを解放した瞬間、『
少しでも気分が晴れたレオンとルミナスは死亡を確認する事もなく(実際死んでようが蘇るのは知ってるので)、すぐに時の勇者の元へ瞬間移動した。
「ほんと、たまに良い事しようとすると碌な目に遭わないね。優しい僕も、さすがに涙が出ちゃいそうだよ」
カイは案の定、レオンたちが居なくなってから蘇生し、誰も見ていないその場所で肩を竦めた。涙が出そうと述べているが、その笑顔は多少苦々しくなった程度で崩れない。
「お、ラッキー。水晶そのまんまだ。日頃の行いが良いおかげだね」
カイはルミナスが映像を切り忘れた水晶をこれ幸いにと活用する。
台詞については、誰か居ればツッコミ、ないし胡乱な目を向けられるだろうが、生憎静江すら居ないので誰もツッコまない。
「どれどれふむふむ……。ああ良かった。レオンがこの時点で介入するのは原作にないから、ちょっと心配してたんだけど。この分には大丈夫そうだね」
ルミナスが今しがた時の勇者から日向の魂を別け、そのまま日向の死体に封入して蘇生していた。
前後でルミナスとレオンで一悶着あったようだが、殺し合いに発展しなかったし、話し合いは早期に折り合いを付けられたようだ。大方、クロエを完全にするためにレオンがルミナスに『
「さて、僕も行こうか」
クロエ・オベールが『真の勇者』となったのを確認して、カイもその場に
◇◇◇
「クロエ……。クロエ、なんだよな……」
ようやく時の勇者をクロエ・オベールと認識できるようになったレオンは、待望の再会で感情が溢れ、涙もこぼれそうな程瞼に溜めた。
「やっと会えたね、レオンお兄ちゃん」
クロエがレオンに微笑む。成長した彼女の微笑みに、想像すれども実像にする事が叶わなかったそれに、レオンの瞼は限界を迎える。
「泣き虫だね、相変わらず」
「……違う、俺は変わった。強くなったんだ、お前を守れるくらいに。お前を、二度と手放さないくらいに。これは……、俺が情の深い男である事のアピールだ」
「何それ」
以前とは比較できない強さをレオンが身に着けているのはクロエも感知している。しかし、昔と変わらず意地を張るレオンの姿に、クロエは安堵した。
「絶対に、取り返してやるからな。クロエ、待ってろよ」
「うん、待ってるよ。助けに来てね、お兄ちゃん」
レオンから久々に庇護対象の妹と扱われるクロエだが、懐かしく、そして甘く、彼女はついつい甘受する。
なんだか二人だけの空間を作っているが、ここには日向やその部下、ルミナスが居たりする。まぁ、ルミナスに至るまで空気を読んで空気になっていた。
そうして、レオンとクロエはお互いの空間にどっぷり嵌まり、抱擁をしようとした。その時だった。
そこに、空気の読めない奴が乱入する。
「
突如、レオンの背後、クロエの視界にその男は現れる。
「――
世界が軋む。その異常事態に、皆がカイへ刃を向ける。カイが犯人であり、まだ途中経過である事は明白だった。このままなら誰かの攻撃が間に合うはずだ。
そのはずなのに、クロエには、その一瞬が異様に長く感じられた。カイの放つ不気味さが、クロエにそう感じさせたのだ。
「――
カイが言葉を言い終えた。それに合わせ、世界がテクスチャを失ったように真っ白になる。クロエを除いて、皆も掻き消える。
世界が、
「さぁ、時の勇者改めクロエ・オベール。第二ラウンドだ」
世界を否定した男は、ただただ不気味に笑っていた。
Q・感動のシーンを滅茶苦茶になんて、いったい誰がするんだ?
A・カイ君だ。