カイは自らが敵役・悪役で有ることを良しとした。彼は、「自分は悪役である」と納得し、「自分は『
彼は自覚していたのだ、「自分は根っからの
そして、彼はその『必要悪』という概念に深い理解、いや、強固な持論を示していた。「それは最後に負ける者、勝利が許されぬ者である」と、彼は論じる。ならば、「悪役を買って出た自身が勝ってはいけない」と自らに戒めた。
「まぁ、そうする前から
「『
彼はそうして、勝たない
「色々それっぽいことが語られてるけど、難しく考えなくていいよ。そうなるしか無いし、そういうのも嫌いじゃないからそうしてるだけさ。だから僕に対して『憐憫』も『比較』も、まして『愛欲』なんて結構だよ?僕は好きなように生きて、好きなように死ねるんだから、他人より幸せ者さ。不幸だけどね」
彼は憐れまれることを嫌っている。誰かと比べられることに虫唾が走る。自分が愛されることに寒気を覚える。彼は『
「とりあえず、『魔王』って称号、かっこいいと思わない?思うよね?だからちょっと僕が『魔王』であることを認めさせに行ってくるよ」
◇◇◇
「いいいいいいやあああああああああああーーーーーーーー!!!!!」
ウルグレイシア共和国のウルグ自然公園に存在する『精霊の棲家』。そこに幼い少女のモノのような悲鳴が木霊する。
「あっはっはっはっ!待ってくれよぉ、僕は何も悪いことをしようとしてないさ!」
「じゃあその振り回してる網は何!?」
『精霊の棲家』、その迷宮内でカイととある妖精による追走劇が展開されていた。追われる妖精は必死の形相で涙すら漏らし、追うカイは喜々として虫網を振り回している。
「現状と全く関係無い話なんだけどさ、僕が元居た世界には『オ○ホ妖精』っていうジャンルが有るんだよね!」
「言ってることは全く分かんないけど絶対危険なヤツだし絶対今と無関係じゃない!絶対無茶苦茶関係してる!」
「先っちょだけ、先っちょだけだから!」
「やっぱり関係してるじゃない!嫌っ、助けて、みんな助けてぇ!!」
彼女のSOSに呼応して超常現象が起こる。大地が割れてはカイを飲み込み、冷気が満ちてはカイを凍結させ、火が起こってはカイを灰塵と化し、風が吹き荒れてはカイを細切れにする。
「まぁ!
しかし如何なる殺人方法をとっても、次の瞬間には何事も無かったかのように追ってくる。
「嫌、嫌、嫌ぁ!!」
逃げ惑う妖精にとっては悪夢だろう。仲間たちの魔法も効かず、自らの『精神支配』も幻影魔法も全然通用しない。
(どうして!?アタシ魔王なのに、十大魔王の一柱・『
そう、カイから無力な幼子のように逃げ惑っているのは魔物の中でもその名を名乗ることが十体にしか許されていない『十大魔王』。その称号を持つ一体、『
とりあえず、こうなった経緯を彼女は思い出してみる。
~~~~~~
彼女がいつもの如く暇を持て余して迷宮を徘徊している時だった。
「やぁ」
「ううぇ!?」
唐突に男が目の前に現れるモノだから彼女は驚きの悲鳴を上げる。
「あ、アンタ誰よ!迷宮の入り口は!?そこ通った気配を感じなかったし、他の精霊たちも気付かなかったんだけど!」
この迷宮は彼女の管理下であり、迷宮内において彼女が察知できないモノはほとんど無い。その上で精霊たちの監視も加われば、なんの兆候も観測できず人間一人分の質量が現れるわけは無い。故に、彼女はこの異常に慌てふためいている。
「え?なんで僕が迷宮の入り口を探してそこから入るなんて
「はぁ!?」
然も気付かれないのが当然という態度には怒りと混乱が入り混じる。
「あ、自己紹介が遅れたね。僕は『
「!」
カイが何かをこちらに振り下ろし、ラミリスはそれをぎりぎり回避する。振り下ろされた物を見れば、それがただの虫網であることが分かる。
「ん?どうして避けるのさ?僕はちょっと君を捕まえたいだけなのに」
「っ!」
彼女はカイの放つ不気味な雰囲気に恐怖を覚え、虫網など壊せる力が自分に有ることも忘れて逃げ出した。
~~~~~~
(わけ分かんない!!)
誰も分かるわけはない。彼の行動はあまりに突拍子も無く、理解の及ぶ思考回路をしているとは思えない。混乱と恐怖の最中にあるラミリスなら、尚更理解の範疇に無いだろう。
彼女は混乱と恐怖に従ってただひたすらに彼から逃げるために飛び続ける。そうしてゴールも見つからずに続く鬼ごっこだが、「いつまで続くのか」と無間地獄にすら錯覚し始めた辺りで始まりと同じように突拍子も無く終わりを迎えることになる。
「あ」
わずかな地面の隆起、それがカイの足を引っかけた。とっさに虫網を放り投げて受け身を取るべく両手をフリーにしたが、投げ飛ばされた虫網が網の部分を折られながら綺麗にカイの元へ跳ね返ってくる。つっかえ棒になるようにカイと地面にそれぞれ棒の先を向けるが、転ぶカイにはかなり勢いがある。
「ぐ……がっ」
見事に棒はカイの胸を貫いた。恐ろしいまでの偶然なる不幸は彼の生まれついての
「え?あれ?あの、大丈夫?」
先ほどまで何しても死ななかった男が、まさかの自爆でその体を静かに横たえた。これには追われていたラミリスも心配になって安否確認をしてしまう。だが、カイの呼吸音は聞こえない。
「行けっ、○ンスターボール!」
「え?」
「ラミリス、ゲットだぜ!」
カイの発言から考えられる光景と現実は乖離している。実際は虫網を振り下ろしてラミリスを捕らえただけである。
「え?ちょ、え?」
虫網を持つカイと少し前までカイが倒れていた場所を交互に見る。そこに死体だったカイは居らず、目の前に五体満足元気はつらつなカイが居る。
「あっ、ちょっと待って!タイム、タイムを要求するわ!」
今までのカイが精霊たちにやられた時のことを思い出して、またあの何事も無かったようにするスキルを使ったことに思い当たり混乱からは脱した。しかし時既に遅く、彼の虫網に捕まってしまったわけである。
「残念ながらこれはお遊びやゲームじゃ無いんだ。タイムなんて無いよ?」
「待って!ほんとに待って!何でもするからっ」
「ん?今何でもするって言った?」
「ひぅっ」
禍々しいカイの笑みに、ラミリスは恐怖を感じて怯える。徐々に彼の手がラミリスに近づいてくる。体をガタガタと震わせ、彼女の視界を掌が覆ったところで目を瞑ってしまう。来たる痛みに心だけでも備えるが、いつまで経っても痛みは訪れず、代わりに頭を撫でられる感触が伝わってくる。目を開けてみれば網など無くなっており、感触の通りにカイの人指し指で頭を撫でられていた。
「あっはっはっ、目なんか瞑っちゃってさ。いったい君は何を想像してたんだい?薄い本みたいなことかな?」
「う、ウ=ス異本って何よ!アンタ、アタシが誰だか分かってるの!魔王よ、魔王!十大魔王の一柱、『
彼の手を払いのけ、小さな胸(「平坦な」という意味ではない)を張って尊大な物言いをする。
「知ってるよ?そこら辺のモブ妖精になんて用はないさ。
「ど、どんな用事よ」
「僕が『魔王』であることを認めさせるために実力を見てもらうんだ。確か、十大魔王の3名から認められれば、『魔王』って名乗っていいんだろう?」
「腕試しってわけね。へんっ!さっきまでのはノーカンよ。アンタなんかアタシが本気出せばワンパンなんだからね!」
「そうだね。じゃあ……」
そう言ってカイはおもむろに右手をラミリスに伸ばす。
「こ、これ以上アタシに不敬を働くならギィにチクってやるんだから!いやもう遅いわ、もうギィにチクってやる!」
「まぁ、『ギィ・クリムゾン』にも用があるしね。そうしてもらえれば彼も本気を出してくれるかもしれないし、それでいいよ」
涙目で訴えかけてくるラミリスをこれ以上いじるのは、さすがのカイもかわいそうに思えてきたので伸ばした手を戻す。
「後悔するわよ、このアタシを虚仮にしたこと!ギィに消し飛ばしてもらうんだから!」
「はいはい。それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。また遊びに来るね」
「二度と来るなぁ!!!!!!」
今日一番のラミリスの大声にも怯むことなく、カイはにこやかに手を振ってから消えた。
『過負荷』八倉海による十大魔王ボスラッシュ、開幕。
※なお全十大魔王と戦うわけではない模様
八倉くんが初手でラミリスを選んだのは最古参の魔王で一番弱いからです。魔王における最弱がどの程度か把握するために彼女と戦いたかったという特に深くもない理由です。まぁ彼女が個体で最弱というのはあくまで八倉くん(と作者)の偏見ですが。ラミリスは自身の領域・迷宮内かつ強い部下がいれば普通に強い魔王になると思います。リスポーンまでのタイムラグがあるとしても残機無限はチートだと思うの。部下次第で最強になるタイプだと思います。
高頻度更新は今回までとなります。今後の高頻度は作者の気まぐれとなりますので、月一度は確約するとしても、ある程度間隔が開くと思います。どうかご了承のほどをお願いします。