転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

41 / 45
第四十話 ユメを越えて

「私は何がやりたかったんだろう。何がしたいんだろう」

 

 静江は考える。好きなように生きるための、その好きな事を、静江は考える。

 未練がある浮遊霊のように、静江は徘徊する。

 

 町を巡ってみた、栄達を極めるそれも、限界集落のそれも。

 

「違う。私の好きな事はここにない」

 

 賑わいを肌で感じる事、閑散に寂寥感を抱く事、旅する事、人を観察する事。どれも違う。

 その賑わいを壊そうとも、その寒村を栄えさせようとも、静江は思えない。路頭に迷った人たちに手を差し伸べたいとは思ったが、静江が彼らに差し出せる手はなかった。誰とも触れ合えない手が、そこにある。

 

 そう、静江は誰とも触れ合えない。彼女の『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』は他人との接触を許さない過負荷(マイナス)

 

「誰とも触れ合いたくないの?私は……」

 

 静江は首を振る。誰とも触れ合いたくないのなら、『結言状(ダイイングメッセージ)』という他人と話すための異常性(アブノーマル)を持っている事と辻褄が合わない。

 

「何かを見届けたかったの?誰かと話したかったの?」

 

 『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』は何かを見届けたいがために、己を現世へと縛り付けるスキル。『結言状(ダイイングメッセージ)』は誰かに言葉を贈りたいがために、あらゆる障碍を越えて言葉を届けるスキル。それらのスキルが心の底にある願いから生まれたとすれば、それは静江の願いをかたどっているはずだ。

 

「でも、『当然変異(オルタナティヴェイト)』?」

 

 『当然変異(オルタナティヴェイト)』は否定するスキル。しかし、何を否定したいがために生まれたスキルかは分からない。

 

「分からないけど、立ち止まってちゃ駄目。まずは、何を見届けたかったのか、誰と話したかったのか、探らなきゃ」

 

 探ると言うが、静江は思い当たるモノが既にあった。それがある場所に、とりあえず所在が分かる方に、彼女は真っすぐ足を向ける。

 

 静江がそんな自分探しをする中、世界では東の帝国の活発化が噂になっていた。

 

◇◇◇

 

 空を浮遊する事で障害物を無視できる静江も、目的地、イングラシア王国の王都への道のりは長かった。無意識に遠ざけ、遠い場所を巡っていたせいもあるだろう。その長い道のりで、静江は自身の無意識を自覚していた。

 

 王都の関所。わざわざそこを通る必要がないのに、自然と通り道に選んでしまう。門番に一切声をかけられず通り過ぎてしまえた事に、多少の寂しさを覚えた。

 だが、寂しさに囚われる事なくさらに足を進める。

 向かう先は、自由学園。静江の教え子たちが通っていた学校だ。

 

 そう。静江が思い当たっているモノとは遺してしまった教え子たちの事だった。

 

 静江が記憶にある道を、教え子たちの教室に至る道を辿る。

 程なくして着いたその教室は健在であり、中には人の気配があった。

 

 静江が壁を1枚擦り抜ければ、教え子たちの顔が見られるだろう。だが、ここまで止まらなかった足が、ここに来て止まってしまう。

 顔を見せる事ができないのに顔を見てしまう事を、静江は逡巡していた。

 

「貴方たち!」

 

 教室の扉を潜れずにいた静江の耳に、つんざくような怒号が響く。

 

「この声は、ヒナタ?」

 

 学園に通う必要がないだろう日向の声が、懐かしくも教室から聞こえた事に、静江は興味をそそられた。その興味が、静江の背中を押す。

 

 壁を擦り抜けて中に入ると、教え子の中でも学園に通っている子供たちが身を縮こまらせ、その子供たちに日向が相対していた。

 

「また新任の先生を追い返したそうね。これでいったい何度目かしら」

 

 やはりと言うべきか、日向が子供たちを叱りつけていたのだった。

 

「だ、だって……あんな大人たちから教わる事なんて……」

 

「黙りなさい。この世界の常識さえ学び終えてない貴方には、教わる事なんていくらでもあるわ」

 

 子供たちの1人、三崎剣也(ケンヤ・ミサキ)が口を尖らせながら言い訳すれば、日向はそれを一喝した。

 日向の言葉は尤もである。この子供たちに戦う術を教えられる人間は、残念ながらこの学園の講師の中に居ないとしても、世界の常識、学問を教えられる人間はいくらでも居る。

 ただ、それすらも子供たちは突っぱねたのだ。

 

「で、でも、ヒナタ先生!僕たちにしっかり教えてくれる人が居ないんです!どの人も僕たちの様子を気にして、怯えてて……。誰も、シズ先生やリムル先生みたいに、しっかり向き合ってくれないんです!」

 

 別の子供、ゲイル・ギブスンが声を上げた。その声は、ここに居る子供たちの、虚しさの叫びだ。

 真剣に教え導こうとする大人が誰一人として居ない。大人たちは子供たちの強力な力に怯え、怒らせないようにと顔色を窺ってばかりなのである。

 

 彼らの叫びに、静江は胸が締め付けられた。彼らにしっかり向き合えるのは、リムルと、自分しか居なかったのだ。

 だと言うのに、静江は彼らを置いて逝ってしまった。

 

「そうよそうよ!私たちに教えたいって言うなら、リムル先生かシズ先生を連れて帰ってきなさいよ!」

 

 また別の子供、アリス・ロンドが自身らとしっかり向き合ってくれる者たちの帰還を求め、涙を溜めながら叫んだ。

 静江は胸が苦しくなる。

 

(この子たちは、私の帰りを待ってる……。見捨ててしまった、こんな私を……)

 

 置いて行ってしまった。見捨ててしまった。その子供らに抱いていた思いも忘れて、ただ楽になりたいと、何も言わずに消え去ってしまった。

 そんな罪の意識が静江に突き刺さる。

 今すぐ消えてしまいたいと、自分の存在を否定したいと、彼女はマイナス(負の感情)に囚われる。

 

「はぁ……。貴方たち、シズ先生は……」

 

 日向が自身を非難するモノと勝手に思い込み、マイナスな静江は耳を塞ぐ。残念ながら、幽霊のような状態にある静江の手は音を遮断できない。

 しかし、そもそもの話として、耳を塞ぐ必要などないのだ。

 

「……シズ先生は帰ってくるわ」

 

 日向は非難などしない。彼女は、静江が帰ってくる事を、「またいつか」という静江の言葉を、信じているのだから。

 

「ケジメを付けて帰ってくると、先生は言ってたわ」

 

「本当……?」

 

「本当よ。先生は帰ってくる」

 

 日向は静江の帰還を確信し、子供たちもそれを信じて涙を拭う。泣き出したりはしない。疑う事もしない。

 だって、全員が信じている。全員が静江の帰りを待っている。

 

(そう、そうよ……。私が消え去ったって、なんの償いにもならない。なんのケジメにもならない)

 

 静江はさっきまでのマイナスな自身を否定する。これでは駄目だと、本当に合わせる顔がないと。

 

「先生が帰ってくるまで、貴方たちは良い子にしてるのよ?じゃないと先生が怒って帰ってこないかもしれないわ」

 

「シズ先生はそんくらいで怒ったりしねぇよ!シズ先生の事、なんも分かってねぇなぁ」

 

「へぇ、なるほど。だとすると、先生の代わりに私が叱っておくべきかしら……」

 

「そ、そんなあげあし取って!大人げねぇぞ!」

 

 少し大人げない日向と生意気な剣也のやりとりに、静江は思わず笑みをこぼした。

 

「そうね、ヒナタ。甘やかしちゃったところもあるから、これからはちゃんと叱るようにするわ」

 

 ちゃんと導ける先生になると、静江は決意する。この言葉は日向たちに届いていないが、静江なりの宣誓だった。

 

「その前に、ケジメをしっかり付けてくるわ」

 

 叱らなくてはいけない教え子がもう1人居る。

 静江は東に向く。その視線の先、遥か先方に居るだろう手のかかる教え子を見据えた。

 

 時は移ろいゆく。静江が東の帝国に着いて教え子を探し始める時には、既に2体の竜がその激突を終えていた。

 

◇◇◇

 

「馬鹿、な……。時間跳躍……?それも、完全なる形で、望みの場所へ……"時空の果て"から、だって……?在り得ない……そんな、そんな馬鹿げた事が出来る者など、存在するハズがないんだ……。それでは、それではまるで超越神じゃないか!」

 

 静江が教え子を、優樹を見つけ出した時には、全てが終わろうとする間近だった。

 言い訳をするなら。『真の勇者』・『真なる魔王』級の存在が跋扈し、激闘を繰り広げていた事。優樹が巧妙に姿を隠し通していた事。その2つがこれ程までに遅れた原因だ。

 『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』が如何に干渉の一切を受けないスキルとはいえ、掠っただけで死にそうな攻撃が飛び交っていれば、さすがの静江も恐怖して歩みが遅くなる。

 おまけに、『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』のせいで情報収集は自身の五感のみになる。そんな状態で巧妙に姿を隠している者を探し出すのだ。むしろ、よく間に合った方である。

 

 しかし、間に合ったとは言いづらい。

 

「お前は、お前は一体誰なんだ!?」

 

 優樹の罪は全て暴かれ、追い詰められ、すぐにでもリムルが断罪しようとしている。そこには、『真なる魔王』のギィとミリム、全盛期に戻りつつあるラミリス、全盛期の状態で再現されたルドラ、竜種であるヴェルグリントがいる。

 この状況で、静江は優樹を守らねばならない。優樹を生かさなければならない。それが、彼らの先生として帰るためのケジメである。

 

(ええ、分かっているわ。無謀でも無茶でも、やり遂げなきゃいけない。それが、優樹の先生をちゃんとやれなかった私のケジメ。これから教え子たちをちゃんと導くための証)

 

 静江は、全ての教え子を導かねばならない。見捨てて逝ってしまった事を帳消しにするためには、それくらいの成果がなければならないのだ。

 

(否定しろ、私!今までの弱っちい自分を!教え子を守り導けない自分を!!)

 

 だから、静江は自身を否定する。

 『不幽霊』と『結言状』(今までの自身)『当然変異』させる(否定する)

 ああ、足りない。こんなものじゃ足りない。

 足りないのなら、他から持ってくるしかない。

 

(……イフリート。貴方とは結局分かりあえなかったけど、ごめんなさい。貴方を利用します。私の好き勝手に、貴方を奪います)

 

 リムルに確保されているが、手放したつもりはない。だから、それに手を伸ばす。あまりにも理不尽に奪いとる。

 でも足りない。足りないのだ。静江には、教え子1人守る力もないのだ。

 

(好きに生き!!好きに死ぬんだ!!そんな事もできないのなら……、私なんていらない!!!)

 

 静江は否定する。『当然変異』(自身の根本)すら否定する。

 でも駄目だ。彼女だけの力では足りない。

 だって彼女は、1人では生きられなかったのだから。いつも誰かに助けられて生きてきたのだから。

 

(嫌だ……。嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)

 

 後何を否定すれば良い。己の全てを賭けて、他から奪い取って。後何をすれば良い。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああああああああ!!!」

 

 否定するモノは何も残っていない。もう何もできない。

 

 

 

 

 

 本当に?

 

 

 

「こんな現実なんてっ!!!私は嫌だ!!!!」

 

 なんだ、残っているじゃないか。

 

―そうさ。現実なんて、否定してしまえ

 

「え……?」

 

 声が聞こえた。脳裏に、自身を助けてくれた人の声が、静江には聞こえたのだ。

 

―やぁ、静江ちゃん。聞こえるかい?今、君の頭に直接語りかけてるんだ。なんてね

 

「カイ、さん……?」

 

 カイの声が、静江にははっきり聞こえる。

 

―語りかけてるって言っても一方通行。ビデオレターみたいなものさ。もうすでに体験したかな?条件付きで再生されるビデオレターみたいなやつ

 

「あ……」

 

 そう、これは以前のビデオレターと同じ、静江が何かの条件を満たした場合に再生される録音である。

 

―今回の条件はざっくり言って、君が現実すら否定したくなった時。正直に言えば、これは君のために残しておいた救急措置だ。君が諦めないように、()()を、残しておいた

 

 カイの録音と共に静江の中へと何かが入り込んでくる。

 

「これは……」

 

―僕の過負荷(マイナス)、『幻実当避(オールイズファンタジー)』の因子だ。まぁ、それだけで僕の過負荷(マイナス)が得られたりはしない。ただ、一回分だけ現実を否定できる。もちろん、過負荷(マイナス)だから都合が良いようには変えられないけどね

 

 それは、一回分だけ静江を生かすための『幻実当避(オールイズファンタジー)』。カイが残せた、最大限の助力。

 静江がカイによってスキルを得たせいか、はたまた『当然変異(オルタナティヴェイト)』と『幻実当避(オールイズファンタジー)』が特別相性でも良かったのか、奇跡的に貸与できるものである。

 

―好きに使ってね、使わなくても良いけど。それじゃ、この辺で。じゃね、バイビ

 

 場にそぐわぬ軽い雰囲気で終了する録音に、「カイさんらしいな」と静江は笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます、カイさん。これで、私は好きに生きられます」

 

 静江は、その一回分の『幻実当避(オールイズファンタジー)』を現実の否定に使わない。

 自身の否定に、組み込んだ。

 自身を否定する能力に、現実を否定する能力。

 その二つが、静江の持つ全てとカイの残したモノが奇妙にも、奇跡的にも、不都合にも、最高で最悪な交わりを果たす。

 

《確認しました。過負荷(マイナス)不幽霊(スリーピー・ホロウ)』、異常性(アブノーマル)結言状(ダイイングメッセージ)』、過負荷(マイナス)当然変異(オルタナティヴェイト)』、過負荷(マイナス)幻実当避(オールイズファンタジー)』の因子が融合・変異された事により消失。新たに異常性(アブノーマル)不誘惑精(ノンローグスピリット)』を獲得しました》

 

 静江は新たな力を得た。

 異常性(アブノーマル)不誘惑精(ノンローグスピリット)

 それは、今まで浮遊惑星のように惑っていた自身を否定して生まれたスキル。

 それは、静江が惑わず誘われず、己の障碍を跳ね飛ばす、あたかも流星の如く真っすぐ突き進む力である。

 

「諦めろ。お前はやり過ぎた。悪い事をしたら、反省が必要だろ?せいぜい、悔い改めるといい。俺の中の『虚数空間』で、お前の愚かさと未熟さを。それが、お前に許された全てだ」

 

「駄目です」

 

 リムルが優樹へ向けた断罪を、静江は弾いた。

 彼女は己が望まぬ結末を否定し、弾いたのだ。それが超越した神のようなリムルのモノであっても。

 

「……シズ、さん?」

 

「シズ、先生……?」

 

 『不幽霊(スリーピー・ホロウ)』を失って幽霊のような状態で居られなくなった静江は、しかし『不誘惑精(ノンローグスピリット)』によって炎の精霊じみた人をかたどる炎の姿を世界に刻み付けている。

 

 声音も姿も静江の面影があるそれに、リムルと優樹は息を呑んだ。こんな時に姿を見るとは思ってなかった者との、もう二度と会えないと思っていた者との邂逅だ。無理もないだろう。彼らの記憶にある優しく儚げな様子ではなく、凛々しくて毅然とした様子なのだからなおさらだ。

 

「リムルさん、ユウキをこの世界から追放するなんて駄目です」

 

「え?それってどういう……?」

 

 突然現れ、急に否定する静江。リムルにはまるで訳が分からなかった。

 

「シズ先生!僕を助けに来てくれたんですね!」

 

「いいえ、それも違うわ」

 

 優樹は静江が自身の理想を理解して助けに来てくれたのだと、都合良く解釈した。が、残念ながら、その勇気の都合が良すぎる解釈も否定される。

 

「ユウキ、私は……。貴方を叱りにきました」

 

「は……?」

 

「追放なんて、何も償えていないやり方はさせません。これから、貴方はしっかりと罪を償うんです」

 

「え……。そんな、馬鹿な……。どうして、どうしてシズ先生まで僕の敵に!」

 

 優樹に向けられる静江の顔に優しさはない。しかし慈悲はあるのだが、追い詰められている優樹に静江の慈悲を探り当てる余裕はなかった。

 

「そうだ、お前は誰かが作った幻影なんだ……。ふざけるな、この僕によりにもよってシズ先生の幻影を見せるなんてっ!消えろ、紛い物!」

 

「いいえ、ユウキ。私は井沢静江。貴方の先生を任されながら、貴方を導けなかったシズ先生です」

 

 源流能力(オリジンスキル)情報之王(アカシックレコード)』。優樹が得ていた転スラ(この)世界のあらゆるスキルを再現するスキル。そのまさしく源流のスキルで究極能力(アルティメットスキル)暴食之王(ベルゼヴュート)』を再現し、その顎を静江へと放った。

 だが、そんなもので静江の歩みは阻めない。『不誘惑精(ノンローグスピリット)』、決意の炎たる彼女は揺らがない。顎の役目を担う魔力は弾かれ、霧散した。

 

「あ、ありえない……。この僕の力が、こんな呆気なく……」

 

「ユウキ、貴方は何でもできる子でした。だけど、何でもできる貴方は、みんなを傷付けてしまった」

 

「っ!?止めろっ、来るなっ!」

 

 優樹は後ずさり、子供の癇癪のように攻撃を繰り出す。子供の癇癪と言うにはあまりにも強力な、『情報之王(アカシックレコード)』でまた再現した究極能力(アルティメットスキル)憤怒之王(サタナエル)』の虚無崩壊だが。

 

「嫌です。意地でも貴方の下に行きます」

 

 これもまた、虚無崩壊エネルギーが静江に触れた端から霧散する。静江は障碍を意に介さない。それが彼女の異常性(スキル)なのだ。

 

「……っ!!」

 

 もう優樹の目前に静江が迫っている。今まで見た事のない怒りの形相に尻もちをつき、己の長い人生で初めてのお叱りに恐怖を抱いていた。

 そんな優樹を、静江は見下ろす。とても冷徹な面持ちで、しかしとても悲し気で、されど決心に満ちていた。

 だから、静江は優樹のその頬を叩く。

 

「っ!」

 

「ユウキ、貴方は確かに世界を救おうとしたのかもしれない。けど、それでみんなを傷付けたら、誰も幸せになれない。貴方が傷付けたみんなも、みんなを傷付けた貴方も」

 

「……先、生?」

 

 冷徹な怒りの形相はそのままだが、でも、静江は涙を流していた。誰が優樹にそんな凶行へと走らせたか、彼女は知っているから。

 

「でも、ありがとう、ユウキ。私のために、世界を救おうとしてくれたのよね。私のせいで、世界を壊そうとしていたのよね」

 

 静江は優しく優樹を抱擁する。

 彼をこんな凶行に走らせたのは自身だと。彼をこんな事をさせないように導けなかったのは自身だと。彼女は知っているから。

 

「ねぇ、ユウキ。今度は、みんなと笑顔になれる世界を目指しましょ?私も、一緒に居てあげるから」

 

「だ、だけど、先生……。僕にはもう、取り返しのつかない事をしてしまっているんだ……。誰も許してくれる訳がない、誰もが僕を殺しに来る」

 

 とても穏やかに見つめる静江へ、優樹はかつてそうだったように、素直に先生へと答えた。その思いを吐露した。

 

「貴方は、確かに許されない事をたくさんしたかもしれない。けど、それが償いをしなくて良い言い訳にはならないの。どれだけ許されない事をして、どれだけ償っても許されないからって、償いから逃げてはいけないの」

 

 弱々しく、今にも泣きそうな教え子に、先生は厳しく諭す。

 

「安心して、ユウキ。貴方が償い切るまで、私も一緒に居るわ。貴方が償いを終えるまで、貴方を守り導くわ。だって、私は貴方の先生なんだから」

 

 そう、静江は優樹の先生なのだ。厳しくもする。優しくもする。守りもする。導きもする。

 それが、彼女の好きな生き方なのだから。

 

「先生……っ。先生!」

 

「ごめんね、長い事1人にして。辛かったね。怖かったね」

 

 優樹は静江に泣きながら抱き着く。静江の炎を、優樹は暖かく感じた。

 

 これから優樹と静江は傷付けた者たちに謝罪を述べ、贖罪を態度で示していく。

 いつ終わるとも知れない償いだ。それでも、彼は折れない。彼女が折らせない。

 如何なる罵倒を吐かれても、石を投げられても、神楽坂優樹は償いを続ける。傍らに、彼の先生、井沢静江を置きながら。




 ザ・難産!!おまけに、いつもは4000字前後、行っても5000字くらいなのに、今回はおよそ8000字!!まぁ、特殊ルビが多いから内容の濃さは8000字相当ではないでしょうが。
 それにしたって今回は悩みに悩んだ。なんでかって?最後まで優樹の処遇と静江の異常性が決まらなかったからです!!!
 優樹の方はまぁ、静江関連として。その静江のだいたいは完全に本作のオリジナル要素でしたからね。原作との整合性で最後まで苦しんだ次第です。

 とりあえず、静江に関する本作の独自展開は今回にてだいたい締め括ったモノとさせていただきます。

 という事で、次回はカイの方を締め括りましょう。
 次回をお楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。