転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第四十二話 理想(ユメ)の始まり

「カイ・ヤグラァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 

 リムルが怒りを叫ぶのとほぼ同時に、一筋の光がカイの頭部を穿った。

 リムルの攻撃、「神之怒(メギド)」である。

 

 穿たれたカイは、そうされた者の末路と等しく、体をゆっくりと横たえる。

 だが、その後は等しくない。

 

「あはは!いいぞ、リムル!その怒りが欲しかった、その満ち充ちた殺意が欲しかったんだ!!」

 

 一瞬きすれば何事もなかったように無傷のカイがそこに居り、満面の笑みを浮かべていた。

 

「さぁ、僕を殺せ!リムル・テンペスト!!」

 

「お望みなら、何度でも殺してやる!!」

 

 歓迎するように両手を広げたカイへ向け、今度は幾筋もの光が差し込む。

 しかし、その光はまるで幻想のように消え失せた。何をされたかはリムルにも解析できない。だが、予想の範囲内ではあった。

 

 まだ解析が終わってはいないが、カイが特殊な事象改変スキルを持っているのは既知だ。この程度の攻撃なら対処くらいできると、リムルは予想していた。

 数多の魔王に対し、魔王種でもないのに特例で『魔王』を拝命しているくらいだ。まず以ってその実力は魔王種以上。さらにはギィの攻撃を受けても死ななかったのを見ている。究極能力(アルティメットスキル)以下は有効打にならないと、リムルは見越していた。

 

「分かってるだろう、カイ!罪には罰を。驕れる人間は諫めるって、俺は誓ってるんだ!」

 

「じゃあどうするんだい、リムル。君の杓子定規では、僕に対する罰ってどのくらいになるのかな?」

 

「お前が消したのはシュナ1人。だから、お前の魂1つで許してやる」

 

 制裁の直前に至っても反省の色がないカイに、リムルは更生の余地もないと断じた。

 だから、転生の可能性も与えない魂の消去という判決を下す。

 

 リムルは手のひらを広げ、何かを握り潰すモーションを取った。

 すると、カイは妙な圧迫感に見舞われる。もちろん、物理的な圧迫ではない。

 

 リムルが数多持っていたスキルの統合して得たスキルの1つ、『虚空之神(アザトース)』。

 そのスキルには、「魂暴喰」という魂を喰らう権能がある。喰らった魂をどうするかも、この権能の一部である。

 

 リムルはその権能を使っているのだ。

 リムルの手のひらは魂を噛む顎。カイの感じる圧迫感は魂にかかる圧力。そして、リムルはその圧力を徐々に強め、今、手のひらを握り込んだ。

 

「か、は……」

 

 魂を噛み潰されたカイは静かに倒れ込み、それを成したリムルはそんな彼を見下ろす。

 

「……お前とは、仲良くなれる気がしたんだけどな」

 

 同じ日本人であり、同じ釜の飯を食った仲。

 だが、2人は決定的に違ったのだ。纏う運命が、あまりにも違いすぎた。

 

「お前と仲良くなるなんてのは、お前が言うところの幻想(ユメ)だったのか……」

 

 友になれると思った人間に対する寂寥感と、配下を守れなかった無力感がリムルを襲う。

 リムルは、思わず目を瞑ってしまった。

 

「そうだね、まさしく幻想(ユメ)だよ」

 

「は?」

 

 唐突に聞こえたカイの声にリムルは目を開ける。

 そこにはまたしても、何事もなかったように立つカイが居た。

 

「お前、何をどうやって!肉体や精神が壊されたどころじゃないんだぞ!?」

 

 魂が消滅しても復活できるなど、常軌を逸している。そんな事ができる存在など、埒外にも程があった。

 

「ん?何かしたのかい?幻想(ユメ)でも見てたんじゃない?」

 

「ゆ、ゆめ……?」

 

 確かに魂を消滅させたカイが、とぼけた様子で首を傾げていた。その様子が、にわかには信じられないが、夢だった事へ信ぴょう性を与える。

 

「でも、そうかぁ。リムルは配下1人じゃ魂1つで勘弁しちゃうんだね?」

 

 カイが、リムルすら怖気を感じる程の気味悪さを放つ。

 リムルは間違いなく悪寒を感じていた。何かヤバい事を仕掛けてくると、直感できた。

 

「じゃあ、全部(オール)で行こう」

 

 しかし、間に合わなかった。

 この瞬間、リムルのあらゆる感知から全配下が消え失せた。

 

「そう、全部(オール)全部(オール)なんだ、リムル!」

 

 次の瞬間には、リムルが感知できるカイ以外の人類が全て消え失せた。

 

「あれも、これも、それも、どれも!万人(オール)万物(オール)森羅万象(オール)六道(オール)三千世界(オール)!!」

 

 世界を構成する要素が、1つ1つ大雑把にも執拗に消し去っていく。

 

 残ったのはリムルとカイ。それと、まるで文章の余白のような、どこまでも真っ白な空間だった。

 

「何が……。何がどうなってるんだ!『智慧之王(ラファエル)』……、シエル……!何がどうなってるのか応えてくれ!おい、シエル!!」

 

 訳の分からない状態に狂乱し、リムルはこの世界に来てからずっと支えてくれた相棒(スキル)の名を叫んだ。カイに『智慧之王(ラファエル)』の変化が知られるのも気にせず、「シエル」の名前を叫んだ。

 だが、返事は返ってこない。あの頼もしい声が聞こえない。

 

「リムル」

 

「カイ、シエルの声が聞こえないんだ!……お前が、何かしたのか?」

 

 自棄になったリムルはカイに問いかけてしまうが、それが愚行である事に、問っている際中に察してしまった。

 

「リムル、よーーーーく聞くんだ」

 

「い、嫌―――」

 

「シエルも幻想だ」

 

 弱々しくも首を振ろうとしたリムルに向かって、カイは無情にも事実を突きつけた。

 

全部幻想(オールイズファンタジー)なんだよぉ!!!あっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」

 

 カイは呆然自失となったリムルを見て、高らかに嗤う。

 

「よぉくだ、よぉく考えろよ。おかしいだろ。おかしかっただろう!?なぁ、リムル!」

 

 嗤うだけに飽き足らず、カイは追撃を止めない。

 

「何か高い徳を積んだ訳でもない平凡な人生の人間が死んだら転生してぇ!」

 

 30そこらで死んだとすれば、不幸にも若くして死んだ事にはなる。だが、それだけだ。特別な事なんてしていない。なのに次の人生を、記憶も引き継いで迎えられた。

 幸不幸の吊り合いが取れない。これはおかしい事だ。

 

「『大賢者』だの『捕食者』だの特別な力を手にしてぇ!」

 

 さらには生まれながら強い力を手にした。努力をした訳でもなければ、特殊な血統だった訳でもない。

 強い力を持つ理由がない。これはおかしい事だ。

 

「世界に4体しかいない竜の、それも300年前まで暴れてた奴と仲良くなってぇ!」

 

 転生して最初に会った存在が世界屈指の竜であり、その竜が優しく接してくれた。

 出会いに恵まれすぎている。これはおかしい事だ。

 

「全部列挙するの面倒だから他は割愛しようか。強いてもう1つ上げとくとするなら、大量の死者を蘇らせてる事かな?」

 

 多数の配下を殺されたのに、余す事なく全員を蘇らせた。

 死がそう簡単に覆せるはずがない。これはおかしい事だ。

 

「……」

 

「分かっただろう?リムル!君の人生は都合が良すぎるんだ、まるで小説投稿サイトに投稿された無双系主人公みたいに!」

 

 言われて、リムルは自覚した。

 そう、リムルの人生は都合が良すぎたのだ。悲劇を嫌った筆者が書いた物語のように、あまりにも綺麗すぎる。

 そんな人生が、果たしてあり得るのか。

 

「そんな都合の良い現実が、ある訳ないんだよ!!」

 

 そう、あり得ないのだ。そんな都合の良い人生はあり得ない。

 

「全部……。ユメ、だったのか……。俺が、ユメを見てたのか……」

 

 リムルは、悟ってしまった。

 自身の生きた人生は自身の見るユメであったと、リムルは信じてしまったのだ。

 

「その通りだよ、リムル。いや、三上(みかみ)(さとる)。これは幻想(ユメ)だ。きっと、君は病院のベッドの上で、永い眠りに就いているんだ。これは、そうして見ている幻想(ユメ)

 

「あ、ああ……っ」

 

 リムルは、顔を覆った。

 あんなに綺麗だったモノすべてが存在しないモノだった。その虚しさがリムルの心を空っぽにする。

 

「三上悟、この幻想(ユメ)から覚めよう。ここに居ても、虚しいだけだろう?」

 

 不気味な程優し気に、カイは言葉をかけた。その言葉は不思議な程、リムルの弱った心に染み、甘やかす。

 

「……」

 

 弱ったリムルは項垂れ、相手に全てを任せた。

 もう何もする気が起きなのだ。

 

「じゃあ、良い目覚めを。三上悟」

 

 カイは釘を手にした右手を振り上げた。

 そして、それはリムル目掛けて振り下ろされる。

 

 その釘を振り下ろされる時間が、リムルにはひどく長く感じられた。

 走馬灯のようなモノか、リムルは自身が今まで見ていたユメを想起させられたのだ。

 

 想起すれば本当に、どこまでも良すぎる人生だった。

 『大賢者』、後のシエルから多大な協力を得ていた。

 ヴェルドラとはこの世界最初の親友となった。

 シズと出会い、色々勝手に意志を引き継いだ。

 クロエたちに対して教師の真似事をし、彼らを救い導いた。

 クロエには後々に色々と世話にもなった、良い意味でも悪い意味でも。

 ユウキには随分と翻弄された。

 その他にも色々。大変だったが、楽しいユメだった。

 

―リムルさん

 

 声がした。シズの声だ。

 

(思えば、シズさんとの出会いがターニングポイントだった気がするな)

 

 あの出会いがあったからこそ、様々な因果が引き寄せられたように、リムルは今更ながら感じた。

 シズの教え子たちもそうだし、ユウキやヒナタもその縁に含まれるだろうか。

 何だったら、魔王であるカイやレオンともシズ経由の縁かもしれない。

 

 こうして思い返せば返す程、このユメがどれ程素晴らしいモノだったのか、リムルは思い知らされる。

 

(ユメ、だったんだよな……)

 

 まさしくユメだった。ユメである事を疑えない程、素晴らしいユメだった。

 

(ユメさ。あんなの、ユメ以外ないだろう。俺が妄想したユメでもないと、辻褄が合わない)

 

 全てが、ただリムルの描いたユメだった。そうである事に、疑い様はない。

 

(ユメ、俺が作ったユメ……。ユメ、だから……。起きなくちゃいけないんだよな……?)

 

 夢はいつか覚めるものだ。それは当然の事実である。

 

(でもさ、俺……。なかった事にしたくないって、思っちゃうんだよ……)

 

 己の手で綺麗に描いたユメ。それはある種芸術にも等しい。これをなかった事にするのは、書き上げた小説の原稿を丸ごと破棄するようなものだ。

 

 だから、脳裏に過ってしまう。このユメを、幻想(ユメ)にして良いのかと。

 

(したく、ない……!!)

 

 リムルは咄嗟に、振り下ろされる腕を掴んだ。

 

「ん?どうしたんだい、リムル」

 

 首を傾げて訝しむカイを、リムルは涙を溜めた目で直視する。

 

幻想(ユメ)にしたくないんだ……。だって、あれは俺の理想(ユメ)だったんだから!!」

 

 そうだ、あれはリムルの描いたユメ。理想だったのだ。

 何処までも己が望むように綺麗に書き上げた、世界だったのだ。

 

「リムル。残念だけど、ユメは見続けられないものなんだ。いつか、現実を見なくちゃいけない」

 

「違う、あれは俺が見ていたユメなんかじゃない!俺が、俺たちが作り上げた世界だ!決して、妄想の産物なんかじゃない!!」

 

 諭すように語りかけるカイへ、リムルは癇癪を起した子供のように喚きたてた。

 

「返してくれ、俺の理想(ユメ)を!」

 

「リムル、そんな都合の良い事はできないんだ」

 

「ご都合主義でも無双系主人公でも何でも良い!誰がなんと言おうと、あれは、俺が作った世界だったんだ!!」

 

 カイの腕を払い除け、リムルは虚栄でも構わず毅然と立ち上がる。

 

 それは、ある意味で宣誓だった。

 リムルは、あの世界も自身の人生も、創作物である事を受け入れたのだ。

 しかし、他人の創作物である事は受け入れなかった。あくまで、あれは自身の創作物である事を主張したのだ。

 

 故に、彼は己の運命を手にする。

 

《確認しました。異常性(アブノーマル)現実手記(エッセイ)』を獲得・・・成功しました》

 

「アブ、ノーマル……。そうか、これがカイやシズさんが使っていた力。事象を改変するスキル!」

 

 リムルは自身の手に入れた新たなる力、異常性(アブノーマル)現実手記(エッセイ)』を直感的に理解した。それがカイの持つスキルと同種(正確に言うと正反対だが)であるという事。そして、そのスキルの使い方を。

 

「カイ、これでようやく同じ舞台だ」

 

「そうだね。これでようやく、君と僕は対等で、真逆で、敵になった」

 

 リムルが対抗手段を手に入れたと知っても、いや、知ってさらにカイは口の端を吊り上げた。

 それは何故かと言えば、本当にようやく、リムルが自身を殺し得る力を手に入れたからだ。

 

「さぁ、どんな力か見せてくれ。ま、使う前に生きてたらね」

 

 カイはリムルに全力を出させるべく、次の一手を打つ。

 

Ygnaiih(イグナ)……ygnaiih(イグナ), thflthkh’ngha(トゥフルトゥクンガ).我が手に銀の鍵あり。虚無より現れ、その指先で触れ給う」

 

 次の一手は、神格の召喚だ。

 

「させるかよ」

 

 リムルはカイの詠唱を止めるべく、「神之怒(メギド)」に似た一筋の光を放ち、カイの右腕を消し飛ばした。

 

「無駄だよ、リムル。そんな攻撃じゃ、僕は傷を受けた現実を逃避(傷を再生)できる。ほら、このとお―――り?」

 

 カイの右腕は、消し飛ばされたままだった。それどころか、猛烈な激痛がカイを襲う。

 

「っ!?ど、どうして……。どうして逃避できない!」

 

 ここに来て、カイの笑顔は崩れ去った。激痛に苛まれ、現実を逃避できず、まさに目前まで絶望的な現実がやってきたのだ。

 

「当たり前だろ、この世界は幻想じゃない。幻想になんてさせない。これは、俺が描いた現実。『現実手記(エッセイ)』だ」

 

 リムルの異常性(アブノーマル)、『現実手記(エッセイ)』。

 その能力を端的に表してしまえば、理想を現実に変えるスキルだ。

 リムルの思い描いた理想が現実となる、そういう因果逆転のエッセイ。それこそが、リムルの『現実手記(エッセイ)』なのだ。

 

「く、くく……。まさか、この土壇場で僕アンチの能力引き当てるとか……。さすがだよ、リムル……。さすが原作主人公(アブノーマル)だ……」

 

 傷口が炭化している右腕を抑え、カイはなお笑った。笑うしかなかった。むしろ笑わない方がおかしい。

 だって、カイの望んだとおりだ。リムルの異常性(アブノーマル)はカイに完膚なきまで敗北をくれる力だったのだ。

 カイにとって、これほどの吉報はない。

 

「それで、どうするんだい……?君の世界を取り戻すなら、僕を殺すしか、ないけど」

 

「その必要はねぇよ」

 

 カイはリムルのその手にかけさせるべく煽ろうとすれば、何の事なくリムルに返されてしまった。

 

「言ったろう?これは俺が描いた現実だ。描き直すのも、俺の思い通りなんだよ」

 

 世界を構成する要素が、1つ1つ丹念かつ繊細に修復されていく。カイが幻想にしたリムルの配下も、最初に消されたシュナも、例外なく全てが描き直される。

 3回程目を瞬かせれば、世界は何事もなく元通りになった。

 

「おや……。これはもう、僕には打つ手なしだね……。それじゃあ、リムル。僕に、何かする事は……ないかな?君の世界を消すなんて、大罪を犯した僕に……する事があるだろう?」

 

 カイに抗う術はないが、そもそも彼はもう抗う気がなかった。

 勝敗なんて一目瞭然。後は、とびっきりの終止符を打つだけだ。カイが望む終わりを、リムルからもらうだけなのだ。

 

 しかし、リムルは手を差し出す。

 

「……何のつもりだい?」

 

「カイ、俺の仲間になれ」

 

 その手は、勧誘だった。

 

「カイ。俺はここに来てやっとお前が分かった。お前が持ってる力、過負荷(マイナス)。それは、お前を不幸にする力だな」

 

 『現実手記(エッセイ)』という異常性(アブノーマル)を手にしたリムルは、自身の力がどういうモノか分析した。もちろん、対極にある過負荷(マイナス)も。

 リムルとカイが立つ舞台は同じではなかったのだ。リムルは幸福な舞台で、カイは不幸な舞台だった。世界観としては一緒のモノだが、決して同種の力ではない。

 

「俺ならお前のその力、どうにかしてやれる。だから手を取れ。お前を救ってやる」

 

 リムルはカイの不幸を知り、傲慢にも憐れみ、救おうとした。

 それが、カイの怒りを買うとも知らずに。

 

「ふざけるなよ」

 

 カイは目を見開く。笑いもせず、不気味さも出さず、ただ怒りを露にした。

 

「誰が救ってほしいと言った!誰が憐れんでほしいと言った!」

 

「……え?」

 

「言ってないんだよ、そんな事一言も!お前たち恵まれた人間は、優越感とか自己満足を満たすために、僕たちを恵まれない人間と勝手に決め付ける!勝手に蔑み、勝手に救う!」

 

 カイを知った気になっていたリムルは、カイが初めて表す激情に呆けた。それが、知った気になった付けだ。

 

 カイは憐れんでほしくも愛してほしくもなかった。他人より恵まれない存在と批判されたくもなかった。

 

「僕がはっきり言葉にしたのは、「僕を殺せ」って事だけだ!」

 

 只々、この人生の最期を、完膚なきまでの敗北で締めたかっただけなのである。

 

「どうしてなんだ、どうしてそうしてくれない!?なぁ見ただろう、僕が如何に危険かを!僕がどれ程理解の範疇外かを!知らなかったとしても今知ったよなぁ!」

 

 でも、そんな願いの1つさえ叶わない。叶えてもらえない。

 故に、過負荷(マイナス)。何もかも上手くいかない事を定められた人生なのだ。

 

「最悪だ、リムル・テンペスト……。君に期待した僕が馬鹿だった。もう良い。もう転スラ(この)世界に居る意味がない……」

 

「ま、待て!待ってくれ!お前の事を知ったかぶったのは悪かった。やり直そう、お前とやり直せる理想を俺は描いてみせる!」

 

 カイがこの世界から出ていこうとしているのを察知し、リムルはそれを制しにかかった。

 

「君の思惑を潰せるとなれば、僕の溜飲も少しは下がるよ」

 

「いや、逃がさないからな。お前がどんな幻想で上書きしようと、俺が現実を描き直してやる」

 

 『幻実当避(オールイズファンタジー)』を『現実手記(エッセイ)』で無効化しようとする。

 世界を幻想に堕とされたそれすらも無効化してみせたのだ。無効化は可能なはずなのである。

 

「いいや、リムル。逆だ。僕は逃避しない」

 

 最後の最後、カイはリムルを嘲笑う。

 

「僕は、僕自身が転スラ(この)世界に存在しない現実を、受け入れる」

 

 そんな宣言を言い終えると、カイの姿は忽然と消えてしまった。まるで、そうであったのが現実であるかのように。

 

「カイ。おい、カイ!何処だ、何処に行った!逃げるな!」

 

 リムルは叫んだ。自身の描いた理想が叶わない無力感か、喧嘩別れでもしたような喪失感か。思う限り叫んだ。

 でも、無駄なのだ。

 

主様(マスター)

 

「シエル!お前も探してくれ、カイ・ヤグラがどっか行っちまって見つからない!」

 

(失礼ですが主様(マスター)。先程から呼称しているその「カイ・ヤグラ」とは、誰の事でしょうか)

 

「……は?」

 

 カイがこの世界に居ない事が、現実だったのだ。




 最終回と言ったな、あれは嘘だ。もうちょっとだけ続くんじゃ。まぁ、エピローグみたいな一話で次こそ終わりですが。

 はてさて。またリアルタイムで本作を追ってくださっている読者様方、またもや投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
 言い訳ですが、2週間で4~5000字書くくらいを予定しているんですが。そう、今回は7000字行ってるんですね。いや、ちゃんとプロット通りにやってればこんな事起こらないんでしょうけど。本作って割と勢いでやってるもので。

 まぁとにかく。泣いても笑っても、本当に、本当の本当に、次回で終わりです。
 来週投稿する予定です。しっかりその予定に合わせて執筆しますので、ご心配なく。

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