「さぁて、次はどこに行こっかなぁ」
狭間空間にて、カイは五体満足なまま教卓に腰かけ、足をプラプラと揺らしていた。
狭間空間とは言ったが、その意味を改める必要があるだろう。
以前の狭間空間は転スラ世界のあの世とこの世の狭間に作られた空間だが、現在はあらゆる世界の狭間に作られた空間である。
例えるなら、それぞれの世界を星々に当てはめた場合の宇宙にこの空間はあるのだ。宇宙船か、はたまた浮遊惑星と言ったところである。
故に、あらゆる世界観と気持ち程度の縁があり、しかして『転生したらスライムだった件』の世界とはカイによって繋がりを
そんな空間で、カイは次に行く世界を悩んでいるのだ。
「『めだかボックス』も良いかもしれないけど、あそこの主人公はリムルと似たように敵も仲間にする類だからなぁ。
などと悶々しながら次の行く先が決められないでいた。
「ワンチャン『とある』の『
選り好みが過ぎるのか、条件に当てはまる存在が全然見つからない。
それもそうだろう。まず以って、現実改変のできる人間を殺せるというのがボーダーだ。チート主人公が流行っている昨今だって、そこまでヤバいのはなかなか居ない。
「これは困っちゃったなぁ……―――ん?」
カイが何の気なしに窓越しで外を見れば、まるで夜空に輝く一等星のような光を目に収めた。
しかし、それはおかしいのだ。
ここは狭間空間、世界と世界の狭間にぽつんとあるだけの空間で、その外には夜空どころか星1つだってありはしない。ただ暗闇が広がっているだけなのだ。
もしかしたら、カイのように世界と世界の狭間を行き来できるモノはあるのかもしれない。
だが、逆にあったとして、そのモノとの邂逅は異常事態だ。
「……あれ、近付いてきてないかい?」
カイはその異常事態を予測し、光を観察していたが、その光は徐々に大きく、眩しくなっていた。しかも、そのペースは加速度的に上がっている。カイの狭間空間を標的にして真っすぐ向かってきているのは確実だ。
「これは……、まずい?」
カイがそう首を傾げた瞬間だった。
光が窓ガラスを突き破り、着地の余波で床にヒビを入れる。思った以上に大きくなかったその光に、カイは目測を見誤り、対処が遅れてしまったのだ。
これにはさすがのカイも身構える。
「見つけました!カイさん!」
ヒビの中心点に立っていたのは、なんと、静江だった。
「なんだ、静江ちゃんか。驚かさないでよ」
未知との遭遇を仄かに期待していたカイは、静江に見せつけるようにわざとらしく肩を落とした。
「カイさん、必死に探したんですからね!」
「必死に探した程度で見つかるものでもない気がするんだけどなぁ」
何度でも言うが、ここは世界と世界の狭間にある空間。無限とも思える程広く、ただ闇しかない空間。
そんなところで教室1つ分しかない大きさの物を見つけ出すのは、砂漠の中から1粒の砂金を見つけるのに等しい。
「私はもう迷わないので。カイさんとの縁を信じて真っすぐ飛べば良いだけです」
そんな不可能を可能にしたのは、まさしく静江の
「やれやれ、これだから『
「ご自身を棚に上げないでください」
「僕は『
親密な静江に対して、カイはそう突き放した。突き放す彼は、何処か寂しそうだ。
「カイさん、確かに私は
「そうだろうね、それで良いよ。
カイにとってもう、静江は
「ですが!私はカイさんの後輩を止めたつもりはありません!」
それでも、静江は未だにカイの後輩だった。
カイが「唯一の後輩」と呼んでくれた事を、静江は忘れられない。彼女にとって、あれは大切な現実なのだから。
そして、その言葉を聞いたカイは――
「そうかい」
――穏やかに笑っていた。
その笑顔に涙が1筋流れたのを静江は見たが、一瞬きした後にはそれが幻想だったかのように、跡形もなくなっている。
「それで。どうするんだい?連れて帰るとか言わないよね?」
穏やかな笑みもそこそこに、いつもの不気味な笑みに変わった。
静江の親愛はともかくとして、もう意味のない世界に連れ戻されるのは絶対にお断りなのだ。
「いいえ、カイさんの道を邪魔するつもりはありません。私の行く手を阻まない限り、ですが」
「ほうほう、それは良いね。阻めば、本気でやってくれるのかい?」
「消滅させはしませんよ」
「そいつは残念」
後少し育った彼女ならあるいは、とカイは思ったが、静江にその気はないようで、分かりきっていながらも肩を竦めた。
「話を戻すとですね。お別れの挨拶をしに来ました」
「君は、まぁ残留を選ぶだろうね」
静江は教え子たちの行く末を見届けるために、諸々のスキル、そして最終的に『
「ええ。ですから、しばらくお別れです」
「しばらく、ね」
「はい。教え子を全員見届けたら、すぐにそちらへ向かいます」
揺るがぬ決心を携える静江に、カイは苦笑いを浮かべてしまった。ちょっと予想以上に親愛度が高い。
「……これから数多の世界を旅する予定だから、探し出すのは今回の比じゃないけど」
「安心してください。絶対に見つけます」
不可能だと、言いたいのだが。前述の通り、『
「ま、じゃあ僕が悲願達成に至っていない事を祈るんだね」
「はい、祈っています」
「……僕から言っといてなんだけどさ。先輩の悲願は達成こそ祈るべきじゃないかな」
「大切な人の死を望む人はいません」
「ご尤もで」
カイはなんだか疲れてきたので、教卓の上で横になった。
「とりあえず。一旦お別れだね」
「そうですね……。またお会いする日まで」
「はいはい。またねー」
横になったまま手を振られる、なんとも締まらない別れだが、静江がそれを咎める事はない。
カイらしい別れであり、どうせまた会えるのだ。多少惜しみはすれど、未練は覚えない。
静江は毅然と席を立てば、破った窓からロケットの如く飛び立っていった。
「さてさて。静江ちゃんが
カイはない頭を捻り、次に行くべき世界を考える。
彼の
「「To be continued.」なんてね」
本作はこれにて完結です。
短編として最初の一話を投稿して、2年と約3か月。筆者としましては、短いような長いような、そんなユメの如く曖昧な時間でした。
読者の皆様。ここまでお付き合い、誠にありがとうございました。
皆様の心にわずかでも残るような作品になっている事を願いつつ、締めの言葉とさせていただきます。
それでは、またどこかで。
「じゃね、バイビ」なんてね。