転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第五話 良いユメ見るにはよく眠れ

 カイは『幻実当避(オールイズファンタジー)』という強力なスキルを持っているが、無敵ではないし、まして最強などではない。むしろそのスキルが無かったら最強どころか、もうこの世に生きてはいないだろう。

 

 彼は兎角人間である。そして「自分は『過負荷(マイナス)』である」と受け入れてしまった人間である。彼が過負荷(マイナス)を捨てない限り、彼が強くなることは決して無い。だが、もしそれを捨てれば、彼は不幸から逃れられない。不幸な事故に遭い、不幸な死を遂げる。そういう現実を受け入れなければならなくなる。もちろん、彼が現実を受け入れることも、『幻実当避(オールイズファンタジー)』を捨てることも無いだろう。故に目覚めた、持ち得た「現実を受け入れないスキル」である。

 

「……」

 

 『過負荷(マイナス)』とは、人間の内から生まれる人間の力である。その点は『異常性(アブノーマル)』も同じだ。人間が生まれ持つ素質から生まれるそれらのスキルは人間にしか使えない。例外として『悪平等(ノットイコール)』という安心院なじみと不知火半纏(人外)は存在するが、彼らが人外であるのに人間の形をとるのは『異常性』と『過負荷』(人間の力)を使うためという理由が有るのかもしれない。もしその理論が正しく、強力な力を持つ彼女らですらそのようにルールの隙間を縫わなければいけなかったとしたら、ただの『異常(アブノーマル)』や『過負荷(マイナス)』が人間以外になった場合、持っていたスキルはどうなるのか。

 

 カイの考えた答えは「スキルが使えなくなる」だった。正否は定かではないが、『幻実当避(オールイズファンタジー)』で人外になれるカイが人間枠に押し留まる理由である。

 

 魔物が存在する世界で、カイはただの人間である。しかも、『過負荷(マイナス)』であり正規の転移者で無いため、彼は虚弱な人間だ。彼の持つスキルのせいで完全消滅は不可能だろうが、それでも殺す手段はいくらでもある。そして、別に彼は鋼の精神を持つ人間では無い。殺し続ければ復活するのが面倒になってしばらく死体のままであり続けることもある。そのうち復活はするだろうが、それでもしばらく彼の動きを止めるのに最適なのは復活後即殺(リスキル)を繰り返すことだ。

 

 彼を打倒するには、まず彼が人間であり、無敵では無いことを受け入れなければならない。「彼が弱い存在(マイナス)である」という認識を受け入れれば、あとは上記の通り彼との根競べを制すればいいだけなのである。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「ああああああ、メンドクセェェェェ」

 

「うるさいぞ、ディーノ」

 

 大柄の男がテーブルに突っ伏した怠け者を睨む。

 

「そんなこと言われたってよー、ダグリュール。最古参の魔王三柱による魔王達の宴(ワルプルギス)の開催なんて、メンドクセェことしか思い浮かばねぇんだよ」

 

 「魔王達の宴(ワルプルギス)」、十大魔王三柱により発令できる強制招集。魔王の増減などの軽い議題で執り行われることもあるが、今回はそんな雰囲気では無いことをディーノと呼ばれる男は察していた。

 

 いや、彼で無くても察することができるだろう。何しろ、ギィ・ミリム・ラミリスの最古参三柱での発令だ。その内の一人だけが混じる発令もあるが、三人での発令は大概重要な議題の時だ。実際、この三人での発令には「聖魔大戦の告知」という前例がある。

 

「お前が嫌がったところで、あの三人の招集だ。まかり間違っても辞退はせぬことだな」

 

「しねぇよ。俺だって死にたくねぇ」

 

 ディーノは面倒に思いながらも自身の命を尊重した。彼の反応は大げさではあるが、しかしその招集の強制力は確かに強い。勝手気ままな十大魔王たちではあるが、さすがに最古参三柱の招集は拒否できない。「したら後が怖い」ということではなく、「そこでの議題を知らないことは、他の魔王に後れを取る可能性が高い」という意味合いが強い。互いを牽制し合う十大魔王だからこそ、今回の議題は聞き逃せないのである。

 

 間違い無く全十大魔王が集まるその魔王達の宴(ワルプルギス)に、ダグリュールとディーノはそれぞれ度合いは違えど興味を持って参列することとなる。

 

◇◇◇

 

 静謐なる異空間、純白に染まる四方に偽りの青空で蓋をした空間は広々としているが、円卓と椅子以外は何も無い。誰がここを維持しているのか分からない(全魔王がギィだろうとは思っているが)この空間こそが、魔王達の宴(ワルプルギス)の会場である。

 

 円卓の席は決まっており、最初の魔王であるギィ・クリムゾンの席を便宜上の上座として若い魔王が下座へと回っていく。

 

 現在、魔王達の宴(ワルプルギス)を発令した三柱の席以外は埋まっていた。それぞれの面持ちは固く、口を開く者は居ない。

 

「集まっているな。では、魔王達の宴(ワルプルギス)の開催を宣言しよう」

 

 今回の発起人のギィ・ラミリス・ミリム(最古参三柱)が現れ、ギィが全魔王の出席を確認してから、よく通る声で宣言した。

 

「その前によろしいですか?」

 

「なんだ」

 

 理路整然として落ち着きのあるように見える男・クレイマンの挙手に、ギィは若い魔王の話の腰折に苛立つことも無く発言を許した。

 

「その、肩に担いでいる人間の死体はいったい何なのですか?」

 

 クレイマンはギィが肩に担いだズタボロの人間を指さした。クレイマン以外も気になってはいたが、「おそらくはその死体が今回の議題なのだろう」と察してあえて問わなかった。

 

「ああ、こいつは今回の議題だが。先に自己紹介をさせるか」

 

 ギィはその死体を床に放り投げる。死体は死体であることを示すように、何の身動きもしない。ズタボロの死体は深い切り傷が数か所あるが、もう流す血も無いようで体液が漏れることも無い。

 

「自己紹介させるったって。どう見ても死んでるんだが……」

 

「ギィが殺し過ぎてしまったようでな。しばらくだんまりを決め込んでいるのだ!」

 

「いや、だんまりって」

 

 最古参三柱とフレイ以外、彼らのその対応に懐疑的だった。カリオンは引いてすらいる。彼ら魔王は人間を虐殺することこそあるが、一人の人間を執拗に痛めつけることはしない。する意味が無い上に、手間だからだ。拷問で何か訊き出すくらいなら、関係者を皆殺しにする方が楽である。故に、よりにもよって最古参三柱がそんな奇行をしたというのはあまりに不可思議だった。

 

「おい、そろそろ起きろ」

 

 ギィが何気なく死体を踏みつぶし、踏まれた肉体は肉片を散らす。さすがにこれには何かしら抗議しようと幾人かが発言しようとした時だ。

 

「これは酷い!「ミンチよりひでぇや」ってやつだね!」

 

『!』

 

 肉片がどこかへと消え去り、先ほどの死体が傷一つ無い姿で直立していた。死体の突然の復活に、それを見たことの無いギィ・ラミリス・ミリム・フレイ以外は一様に目を見開く。

 

「まぁ!オールイズファンタジー(全部幻想)なんだウボァ!」

 

「早く話を進めろ」

 

 得意げに両手を広げた男の腹に、ギィが無動作で風穴を空ける。

 

「人の決め台詞を妨害するなんて、全く無粋だなぁ。まぁまぁご紹介に預かったことだし。やぁやぁ魔王の皆さんこんにちは!ん?今は「こんばんは」だっけ?まぁ面倒くさいから「にゃんぱすー!」って言っとこうか!ああ、この挨拶は僕の故郷では時間を問わず使える挨拶なんだ。みんなもぜひ使ってね!ということで僕は『過負荷(マイナス)』、『八倉海(カイ・ヤグラ)』だよ!」

 

 次の瞬間にはカイの風穴が埋まり、饒舌に怪電波を発信し出す。語り出したところで話半分に聞き流した者たちは良かったが、真面目に全部聞こうとした者たちは困惑してしまった。

 

「でだ。こいつは「『魔王』になりたい」ってだけで俺たちに喧嘩売ってきた。そして、ラミリスはともかくとして、ミリムや俺が相手してこの通り、殺しきることができなかった」

 

 ギィの発言に反応は様々。驚愕する者、興味深く聞きに徹する者、鼻で笑う者、それぞれ居る。

 

「はっ!最古参が衰えたもんだな。高々人間一人殺しきれねぇなんてよぉ!」

 

 生意気に威勢を張るのは『呪術王(カースロード)』、カザリーム。彼のこの態度はいつものことなのでギィの感情は揺れ動かない。顔すらそちらに向いていない。

 

「やっていいぞ。実力くらい自分で示せ」

 

「あ、そう?じゃあ、あえてとびっきりかっこつけようかな」

 

 ギィが顎でカザリームを指す。促されて何かしようとするカイを、カザリームは消し飛ばそうとするが。

 

『「幻実当避(オールイズファンタジー)」!』『君たちの生存を』

 

 彼から放たれる濃厚な不気味さ。そこに居る魔王はギィとミリムを除いて気圧され、カザリームも怯んで手を止めてしまう。間違いなくそれが命取りであった。

 

『無かったことにした!』「なんてね」

 

「む?」「え?」「「あ?」」「「「ん?」」」

 

 ルミナス・フレイ・カザリーム・カリオン・ディーノ・ダグリュール・クレイマンに、頭と胸それぞれ一本ずつ釘を生やす。魔王達はわけも分からず意識を闇に落す。

 

「まぁ!オールイズファンタジー(全部幻想)なんだけどね!」

 

 次の瞬間には、何も無かったかのように全員が意識を覚醒させる。何が起こったのか、全員が分かっていない。

 

「で、今何をされたか分かる者は居るか?」

 

 全員が冷や汗をかくだけで、肯定を示す者は誰も居ない。誰もが何をされたか分からない、ギィやミリムまでも。

 

「この中には分析系のスキルを持つ者も居るだろう。にも関わらず、誰もこいつの能力が分からない。これこそがこいつの実力の証明だ」

 

「だから、ワタシたちはこいつを『魔王』に認めようと思うのだ」

 

「非常に不服だけどねぇ」

 

 最古参三柱によるカイへの『魔王』認可。かつてここまでの偉業を成し遂げた者はいないが、それに納得できるような力は示された。否定する者は居ない。しかし、だからと言って全員が全肯定できるわけでも無い。

 

「その男を『魔王』と認めることは構わぬ。しかし、魔素を持たぬ人間に、魔物を統べる王・『十大魔王』と同列に扱うのは問題であろう。魔素が無ければ魔物は従わぬ上、その男が集団を束ねる器を持つようには見えぬ」

 

 そう述べるのは『夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)』、ルミナス・ヴァレンタイン。彼女はそう理論的に述べているが、本心は「あんな気味が悪い男と同類にされたくない」というカイに対する嫌悪である。

 

「ああ、それは俺も考えていた。あまりにもこいつは異質すぎる。だから俺達『十大魔王』とは別の枠組みをくれてやろうと思う。異論は?」

 

「……無い」

 

 これ以上の妥協は不可能と考えて渋々承諾する。他の魔王も府には落ちないが、「それで手打ちにせざるを得ない」といった雰囲気だった。

 

「では、その枠組みの名前を考えよう」

 

『考えて無いのか(ねぇのかよ)(おらぬのか)(無いのね)(無いのですか)』

 

 総突っ込みに動じないギィは正しく魔王だった。

 

「名前ねぇ。異質、異なる……。ああ、じゃあ『異常魔(アブノーマル・イ)―――」

 

「それだけはダメだ。僕を『異常(アブノーマル)』と呼ぶことだけは許さない」

 

 ディーノの思い付きは、カイの殺気で中断された。今まで笑顔だったカイが唐突に目を開いて殺気を帯びた視線で睨むものだから、ディーノは驚いて仰け反ってしまった。他の魔王達も突然の変化に違和感を覚えつつも、「何考えてるか分からないんだから、考えを読もうとするだけ無意味だろう」という結論でスルーした。

 

「では、『番外魔王(エクストラ・イビル)』で如何でしょうか?」

 

「とっても良いねそれ!響きが何となく気に入ったよ!」

 

 クレイマンの命名にカイはさっきまでの笑顔に戻る。

 

「本人がそれで良いようだから、それで決定にしよう。では八倉海(カイ・ヤグラ)、お前は今日から『番外魔王(エクストラ・イビル)』の枠組みと、あとついでに『過負荷(マイナス)』というのも正式に称号として与えよう」

 

「わぁ!いいのかい?そんなかっこいいの名乗っちゃって!じゃあこれから「僕は『番外魔王(エクストラ・イビル)』『過負荷(マイナス)』、『八倉海(カイ・ヤグラ)』だ」って名乗るね!嬉しいなぁ、人に真面なあだ名をつけてもらえるのなんて何年ぶりだろう!人生初めてかもしれないな!」

 

 カイの身振り手振りも交えた喜びようから、本心から喜んでいるように見える。周りとしては不気味だったり殺気を放ったり無邪気に喜んだりで、カイが如何様な人物かが図れず、何とも言えない心情である。ただ一様に「できる限り関わりたくない」という感想を抱いていた。

 

「では今回の議題はここまでだ。何か他に話し合いたいことが有る者は?居ないな。では、解散としよう」

 

 各々会場から退室していく。カイを睨みこそするが、特に声をかける者は居ない。そうしてカイとギィだけになった。

 

「お前が何の目的で『魔王』を目指していたかは知らないが、しっかりと役目を果たしてくれることを期待する。お前はどことなく、「魔王の役目」を知っていそうだしな」

 

「「魔王の役目」?はて、「みんなの邪魔をする」以外に何かあるのかな?」

 

 ギィにはカイがわざとらしく嘘をついているようにうかがえた。何より、言葉ではそんなことを言っているが、顔は邪悪で不気味な笑みであることが嘘をついている証拠だろう。ギィを以てすら気味の悪さに悪寒がするこの男。ギィはカイに他の魔王達とは違う、新しい魔王の可能性を望んでいた。

 

「さて、何やら期待されてるようだけど。他人の期待に応えないのが僕たち(マイナス)さ。勝手気ままにやらせてもらうよ?」

 

「好きにすると良い」

 

 カイはそのギィの許可を得てから、にこやかに手を振って幻想のように消えた。

 

「最後の最後までスキルが判別できなかった。全く、何もかもが無茶苦茶な奴だ」

 

 ギィはどこか楽し気に笑っていた。




 ギィとディーノとカザリームの口調が有ってるのか非常に不安になる。そして、フレイは二度死ぬ。とばっちりである。
 ギィとの戦闘ですが。多少書いてある通り、不意打ちから始まって広範囲即死攻撃でアンリミテッド・リスキル・ワークスされた後、最後はギィが「即死させたらダメそうだから徐々に削ってみよう」という感じにやられてそのまま失血死。面倒くさくなった八倉くんはしばらく死んだふり(死んでる)であれに至ったわけです。
 ミリムが魔王認可に賛成したのは暇つぶし、ラミリスは「認可しないとまたいじめに来そう」だからという感じです。非常にふんわりな気がするけど許して。

 今更ですが。アブノーマルの表記に関して、人種を指す場合は『異常』、スキルを指す場合は『異常性』としています。マイナスは人種もスキルも『過負荷』ですが。

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