転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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※オリキャラが出てきます。注意してください。

「でも安心してね!一話限りのモブだから!ってあれ?デジャブかな?」


第七話 良いユメばかりは見られない

 カイは『過負荷(マイナス)』であることを受け入れた人間である。己の醜さを理解し、己の短所を理解し、それらを嫌悪すること無く受け入れた。だからこそ、自分の気味の悪さを制御できる。気味の悪ささえ抑えれば、彼は一片の疑いようも無い人間であるために、人間社会に紛れ込むのは容易である。だが、それはあくまで雰囲気と容姿だけの話である。

 

 カイは何人もの有力な冒険者を引退に追い込んだために、人間社会では現在最も有名な魔王となっていた。ただ、危険視する者は非常に少ない。敵対した者は引退に追い込むが、一切の外傷は与えないからだ。さらに、標的が有力な冒険者であるならばほとんどの人間に害は無い。故に、『八倉海(カイ・ヤグラ)』であることに気づいても、邪険に扱わない者も少なくない。

 

 カイを明確に敵視するのは冒険者だ。そして、冒険者の中には「無傷で帰ってきた」という情報だけを汲み取り、「死なないならば」と挑む者が多い。もちろんカイはそんな者達の攻撃を無抵抗に受けるわけも無く、ことごとく彼らを幻想(ユメ)から覚まさせた。しかしそんな被害者が出ても「今までの奴らが軟弱者だっただけだ。自分たちはそうならない」という考えの冒険者が少なくなく、挑んでは冒険者を引退する者が後を絶たない。カイ自身としては手応えも無いために暇つぶし程度にしかならなくて辟易している。

 

「『過負荷(マイナス)』か、いっそ『異常性(アブノーマル)』に目覚めてくれてもいいんだけどねぇ。そんな都合の良い話は無いよねぇ」

 

 故意に「同族(マイナス)を増やしてしまおうか」とも考えたが、残念ながら素質が有る者は一人も居ない。居てもせいぜいが『特別(スペシャル)』程度で、スキルを付与したり無理やり目覚めさせたりできないカイには施しようが無い。カイができるのは『過負荷(マイナス)』に目覚めさせる切っ掛けを与える程度だ。

 

「ま、それはどうでもいいや。問題は、イングラシア王国だね」

 

 イングラシア王国、冒険者をまとめる自由組合(ギルド)の本部が設営され、冒険者に対する様々な商売で少なくない利益を上げている国である。特に、現国王は冒険者を意識した政策を立てている。その王にしてみれば、カイは邪魔で仕方ないだろう。だからこそ、王はカイの排除を考えた。おあつらえ向きに「魔王討伐」という大義名分があり、兵を動かすにも不都合無い。さらに、「魔王討伐の指揮」という名声も付いてくる。問題となるカイに対する王の勝手な勘違い(心を折る精神作用のスキル)も、「大勢の兵により問答無用で殺せば、幾人かは犠牲になっても討伐は可能だろう」と考えた。王が躊躇する要素は何も無い。

 

「まぁ!オールイズファンタジー(全部幻想)なんだけどね!僕は気にせずグルメツアーを続けるだけさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「準備はどうだ、クレイマン」

 

「問題有りません、カザリーム様。カイ(あの男)が条約締結に気づいた様子は無く、監視も察知されていないようです。今監視している者の目から、イングラシア王国に馬車で向かっているあの男を確認しました。その情報も既にイングラシア王へ流しています」

 

 クレイマンがテーブルにカイが映る水晶を置き、カザリームとともに計画が順調に進んでいることに不敵な笑みを浮かべる。

 

「これで今後あの気味の悪い笑みを見なくて済むと思うとスッキリするぜ。あの時の借りも返せる。万々歳だ」

 

 カザリームとクレイマンは魔王達の宴(ワルプルギス)釘を刺されて殺されたこと(一件)からカイに恨みを持ち、カイの排除を計画していた。魔王を束ねて最強の魔王・ギィを打倒する目論見においても、邪魔になる可能性があるカイは排除したかったのだ。もちろんイングラシア王がどうにかできるとは思っていない。彼らにとって王は当て馬だ。あくまで本命は『条約』である。

 

「条約締結には魔王三柱の協力が必要になるから、他のやつらに呼び掛けるつもりだったが。まさかディーノが乗ってくるとはなぁ」

 

 カザリームは集まっているもう一人・ディーノに向けて、意外感を込めて視線を向ける。

 

「……そう驚くことでもねーだろ。アイツを邪魔に思ってるのは俺も同じってだけだ。いつ何されるか分かんねーから、安眠もできねーんだよ」

 

 ディーノにとってカイは危険分子であり、正しく邪魔なのだ。故に、カイを葬れる可能性を持つカザリームの計画に乗ったのである。

 

「へぇ、そうかい。ま、そういうことにしといてやるよ」

 

 ディーノの俯きに含みを感じるが、カザリームはそれを詮索しないことにした。後で強請(ゆす)りのタネになると考えたからだ。

 

「後は、あの男がかかるのを待つばかりですね」

 

「ああ、今から楽しみだぜ。アイツはどんな命乞いをするんだろうな」

 

 計画の成功を疑わぬカザリームとクレイマンが喜悦に水晶を眺める中、ディーノだけが一抹の不安を抱えて俯き続けていた。

 

◇◇◇

 

「それでねそれでね、僕はただの虫網で妖精さんを捕まえたのさ!妖精さんなら虫網なんて容易く壊せるのにね、気づかないままプルプル震えてたんだぁ」

 

「あははははっ、なんじゃそれ!いやぁ、あんちゃんのホラ話は面白れぇな!」

 

「僕は現実を見ないだけであって、嘘をついているわけじゃないんだけどなぁ」

 

 イングラシア王国へと向かう幌馬車の中、カイは同乗している乗客に小粋な笑い話をしているのだが、どれも真実と思ってもらえていない。他に話したことが「魔王に風穴空けられた」とか「勇者候補の心を折った(蛮勇を諭した)」とかなら信じてもらえないのも仕方ない。

 

「ん?なんだぁ?」

 

 馬車が急に止まり、乗客は訝しむ。周りから聞こえるのは門の前の検問待ちという賑やかさではなく、鎧が奏でるような金属音がいくつも響いているのだ。そうして乗客が外の様子を確認すべく、出入り口の垂れ幕を上げる。

 

「な、なんだお前ら!?」

 

 出入り口の前に立っていたのは甲冑の騎士である。それも目の前だけでなく馬車を囲むようにして居ることに気付いた。

 

「この中に八倉海(カイ・ヤグラ)は居るか」

 

「か、八倉海(カイ・ヤグラ)って魔王じゃねぇか。こんなとこに居るわけ―――」

 

「あ、僕だね」

 

 乗客は目を見開く。到底信じられることではなかったが、カイをよく見れば世に出回っている『八倉海(カイ・ヤグラ)』の情報通りの姿をしている。乗客はそれでようやくカイが本物の魔王であることを察し、驚愕するあまり体が固まってしまう。

 

「バレるのが早いなぁ。おいしい物食べる余裕はあると思ったんだけど。まぁマイナス(僕たち)にそんなうまい話はないよね。二重の意味で!よいしょっと」

 

 カイは固まった乗客を押しのけて幌馬車を降りる。

 

「運転手さーん、行っちゃっていいよー!彼らだって一般人を好んで巻き込んだりしないさー!そうだよね、騎士さん?」

 

「……彼らは邪魔になる。道を空けて行かせてやれ」

 

 目の前の騎士が静かにそう指示し、周りの騎士はそれに従って馬車が通れる程度に円を崩す。馬車は怯えるように走り出し、すぐにこの騎士の輪から脱した。

 

「魔王『八倉海(カイ・ヤグラ)』。大人しくお縄に着き、国王にその首級を―――……え?」

 

 話していた騎士の頭を、兜もお構いなしで釘が貫く。その騎士は静かに倒れ伏した。

 

「強キャラ感出して話してる内はやられないと思った?そんなのは二次元だけの幻想さ」

 

 カイは不気味な笑顔で倒れた騎士を見下ろす。彼から放たれる強烈な気味の悪さに、周りの騎士たちは怯んでしまう。

 

「な、何をしている!?剣を構えよ!この男は魔王、我々の敵だ!!」

 

 どうにか一人が立ち直って威勢のいい声を上げれば、それに発破かけられるように全員が剣を抜く。

 

「国王って言ってたから今回悪いのは王様だよね。直談判しに行かなきゃ!」

 

 カイはイングラシア王国に向かって悠々と歩き始める。まだ数キロあるが、それでもあえてカイは歩くことにした。

 

「かかれ!」

 

 おそらく倒れた騎士の次に偉い騎士が剣でカイは指し示す。騎士たちは一斉にカイへと向かって剣を振り下ろした。カイはそれを一切の抵抗なく受ける。

 

「なっ!?」

 

 いくつもの切り傷と刺さったままの剣に構わず、カイはゆっくりと歩き続ける。

 

「な、何が、どうなって……。何故死なない……」

 

「そんなに動揺することかい?僕が剣で切られたら死ぬなんて現実、受け入れるわけないだろう?」

 

 さも当然というように、血を流し、切断面から生々しい肉を晒しながら、それでもカイは歩き続ける。目の当たりにした多くの者がその異様な光景に正気を失う。

 

「う、うわああああああああ!」

 

「死ね死ね死ね死ね!死んでしまえ!」

 

「あれ、俺、何してるんだっけ……?」

 

 発狂して金切り声を上げる者、狂気にかられて暴力的に剣を振る者、健忘症に陥る者。もはや統率も何もない混沌が生み出される。

 

「おいおい、人を神話生物みたいに扱うのはよしてくれよ。僕はTRPGやる友達が居ないから、いまいちルールが分かってないんだからね。発狂なんてされても精神分析なんてできないよ?」

 

 その声に応える理性が有る者はもうここには居ない。気味の悪い笑顔で肩をすくめつつ、ただ悠然と歩き続ける。

 

「さて、歩いて何分だっけ!僕としては最寄駅から5分が良いかな。家賃高そうだけど!」

 

◇◇◇

 

「何が起こっている!送った騎士たちは、増援は!なぜ一人も戻ってこない!」

 

「偵察に送った者の目から、どうにか現状を把握できましたが。以前、魔王『八倉海(カイ・ヤグラ)』は健在で、真っすぐこちらに向かっているようで」

 

 怒声を上げるイングラシア王に、そばに控えていた高官が微かに震えた声でありながら明瞭に報告する。

 

「騎士たちは!あの人っ子一人殺せない最弱の魔王に何を手こずっている!」

 

「それが、見えた限りですと叫び続ける者や呆然と立ち尽くす者など、統率が完全に失われております。魔王に切りかかっている者もいますが、切られても意に介すること無く魔王は進行中。……今城壁の門を、突破されました」

 

 高官が覗く水晶には、幻想のように消された門を潜るカイの姿が映っていた。

 

「全兵を城壁に集めろ!これ以上奴を進ませるな!間違っても玉座まで来させ―――」

 

「来ちゃった!」

 

 その男は正しく唐突に現れた。何の前触れもなく、その悪寒を感じさせる笑顔で、『八倉海(カイ・ヤグラ)』がイングラシア王の前に立っていた。王も高官も驚愕を露にするが、より衝撃を受けたのは高官だろう。水晶で確認していたその男の傷が、全て消えているのだから。その衝撃故に、高官は声を発することができなかった。

 

「貴様、先ほどまで城壁にいたはず。何故ここに居る!」

 

「ん?面倒になったから城壁に居る現実を受け入れなかった(ワープしてきた)だけだけど?」

 

 イングラシア王はその不思議そうに首を傾けるカイが理解の範疇に居ないことを察し、人も殺せぬ非力な魔王という認識は人間の手に負えない化け物に一変した。

 

「さぁ、お話ししようよ、イングラシア王。僕は君に訊きたいことがたくさん有るんだ」

 

「く、来るな、化け物ぉ!」

 

 ゆっくりと近づいてくるカイに、王は腰に下げていた宝剣を構える。体の震えた構えは見るに堪えず、宝剣は装飾を散りばめた飾りである。戦う者の姿には全く見えない。

 

「化け物呼ばわりなんて酷いなぁ。僕は人間だよ?例え僕がたくさん殺しても蘇るような不死身な存在だとしても。居るだけで周囲の気分を悪くさせる人間社会の異分子だとしても。何もかもが現実と思えない社会不適合者だとしても。僕は人間さ。人間の、悪性(マイナス)の生き物さ」

 

 口の端を大きく吊り上げ一歩一歩を踏みしめる。王は恐怖しか感じなかった。

 

「う、あああああああああ!」

 

 カイが徐々に距離を詰めるのに恐怖を感じた。目の前の徐々に近寄る存在に恐怖を感じた。王は、その恐怖を、その根源を消し去るべく、自らカイへと走り出し、カイの胸に宝剣を突き立てた。

 

「はぁ……はぁ……。これで……」

 

「僕の胸に飛び込んでくるなんて、僕の話をそんなに聞きたかったのかい?でもできればそういうのは性転換(TS)してから頼むよ」

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 その一撃はある意味でこの王の祈りだった。目の前の魔王を倒す切なる思いだった。残念ながらそういうのを無茶苦茶にするのが、過負荷(マイナス)であり、カイである。王は無力を悟って膝をついた。

 

「ねぇねぇ王様?なんで王様は王様なんてしてるのかな?」

 

 カイは膝を折り、王と目線を合わせてその目をのぞき込む。

 

「何故?何故ってそれは、王になりたかったからで……」

 

「なんで王様になりたかったの?」

 

「王になれば、名誉も、富も、ついてくるだろう……」

 

「ねぇ、なんでその名誉とかお金が欲しかったの?お金なんて、王様は王家筋だから生きる分には十分すぎるほどお金があったよね?名誉だって生きるのには必要ない、意味なんてないモノなのにさ」

 

「意味なんて、ない……?」

 

 カイはその呆然としながら疑問を解しようとする王の姿を見て、非常にうれしそうな背筋の凍る笑顔を浮かべる。

 

「そう、意味なんてないんだよ。名誉なんて得たところで、その後に一度でも失敗すれば返上してしまうようなモノさ。得ていた名誉が大きいほど、些細な失態で周りからけなされるんだよ?そんなの意味が無いじゃないか」

 

「意味が、ない……」

 

「そう、意味が無いんだ」

 

   「必要以上の金を得ることも」

 

 「名誉を得ることも」

 

     「名誉を誇ることも」

 

  「名誉を振りかざすことも」

 

       「自己実現欲求を満たすことも」

 

    「尊厳欲求を満たすことも」

 

      「王になることも」

 

        「王に憧れることも」

 

         「夢を見ることも」

 

「だって!オールイズファンタジー(全部幻想)なんだから!」

 

 皮肉で不気味な笑顔のカイが、王には真理を説く賢者に見えた。

 

「そう、だな……。全部、無意味な幻想だったな……」

 

 王は自らを着飾る衣装を見る。王は、それら自身の誇りが幻想であることに気づいてしまった。

 

「おはよう。良い幻想(ユメ)見れたかい?」

 

「ああ。「地位や名誉、富を得る」という夢を、見ていたよ……」

 

 カイの顔を真っすぐ見る王の目は、(ひかり)を失っていた。

 

「君も目が覚めたみたいだし、僕はそろそろ―――ん?」

 

 ここから移動しようとした時、カイは鎖に巻き付かれ、その場から強制的に転移させられた。

 

◇◇◇

 

「あれ?束縛だけじゃなくて目隠しも?ちょっと僕にはハードすぎるプレイだなぁ。で、ここはどこなんだろう」

 

 無重力のような感覚を味わってすぐに視界が奪われたが、肌に感じる風の質が違うことをカイは知覚した。

 

「よぉ、クソッタレの番外野郎。ここがてめぇの墓場だ」

 

「カザリーム?」

 

 身動きと視認が封じられた状態で、カイの耳はそんな聞き覚えのある魔王の声を捉えた。




 人一人殺してる気がしますが、安心してください。オールイズファンタジー(全部幻想)ですよ。

 途中から高官が空気でしたが。まぁ目の前に突然神話生物が現れたと思ってください。眼中にないなら逃げるでしょう。誰だってそうする。私だってそうする。違うという君はCOC探索者。今度セッションするときに私も誘ってください。

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