カイの
例えば、カイが死亡した際に蘇る事例。それは、その死因となる出来事がある現実をそんな出来事がなかった現実に改変し、その原因となる出来事がなくなったがために結果である死がなくなる。死んだことをなかったことにするのではなく、死ぬ原因を改変して死ぬ結果をなくしているのである。
この能力は「個人」を対象にした改変ができない。あくまでこの能力の対象は「現実」の一点に絞られている。異世界に転移するのも、釘を生み出すのも、自らを蘇生するのも、全て「現実」を改変した結果なのである。
「個人」の記憶を改変することはできないこの能力であるが、「現実」の記録は改変できる。カイが誰かを殺したという「現実」を改変すれば、あらゆる痕跡が存在しなくなり、結果となる誰かの死がなくなる。人にその事実は記憶されてしまうが、世界にその現実は記録されない。この能力の強みは世界から痕跡を消せることとも言えるだろう。おまけに後出しが利く能力だ。世界からの何某かの強制に、『
そして、もう一つ覚えておかなければならないことがある。
◇◇◇
「気分はいかがですか?
「クレイマンも居るんだね。女の子は居ないのかな?居たらこの後の展開にワクワクできるんだけど」
「よくこんな状況で微塵でもワクワク展開を期待できるなー、お前」
「なんだ、ディーノも居るのか。もしかしてあれかな?僕の誕生パーティかな?みんなそういうサプライズはびっくりするからよしてくれよぉ。後一つ言っておくと僕の誕生日は3ヵ月ほどズレてるよ?後、僕は永遠の17歳だから蝋燭は17歳分にしてね!」
「ケーキは用意してねぇしそもそもお前の誕生パーティじゃねぇ!お前の頭にはいったい何が詰まってんだ!!」
この危機的状況でもいつものように気味悪く陽気に振る舞うカイに、カザリームは怒りを表した。
「夢と希望と欲望さ!」
「聞いてねぇ!!!いいか説明してやる!お前を縛る鎖は『条約』違反の制裁、
「……ちょっと待って?条約?僕、そんなの聞いた覚えがないんだけど」
カイは目こそいつもの糸目だが、その口も眉も端が下がっていた。
「そうさ、そうさ!お前は『魔王』の中でもイレギュラー。魔素も持たないお前は魔王の『条約』告知を受けられない!ああ、俺たちもまさかとは思ったんだ。だが、試しにお前が違反しそうな条約作ってみても、お前は全く反応しねぇし条約に触れそうな行動も自重しねぇ!それでお前は見事『条約』違反したわけだ!」
『条約』の内容は、
カイだけを狙った条約は、カザリーム・クレイマン・ディーノの三柱の可決で施行され、他の魔王はその思惑に気付いたまま撤廃しなかった。しかし、そもそもイレギュラーであるカイに『条約』違反が適応されるかは不明確であったが、何の問題もなく適応されたのが現在である。
カザリームはようやくカイの笑顔を崩せたことに喜悦を感じる。ようやく臨んだ展開になると。
「ま、待ってくれ!ぼ、僕は違反するつもりなんて無かった、知らなかったんだ!」
「知らなかったで済まされるかよ。俺たち魔王がしっかり守ってるルールだぜ?それをお前は破っちまったんだ。分かるだろう?他の奴らもきっとお冠だ。代表して俺が罰しようって話じゃねぇか」
「お願いだ許してくれ!何でも言うこと聞くから!」
誇りも情けもない姿に、カザリームだけでなくクレイマンすら笑みを禁じ得ない。二柱は必死に笑い声を抑える。
「何でも言うこと聞いてくれるのか?」
「もちろんだ何でもする!靴でもなんでも嘗めろと言われれば嘗める!」
「そうか、じゃあ。死んでくれよ」
「……え?」
カザリームの貫き手がカイの胸を貫く。心臓を潰した感覚を手に感じ、引き抜いた。カイは力なく、支えもなく倒れ伏した。その目がもう開くことはない。
「くくっ、くふふ……、あーはっはっはっはっ!ちっぽけな人間ごときが魔王になんぞ憧れるからだ身の程知らず!」
「ふはははははっ!やりましたね、カザリーム様!もうこの忌まわしき男に気分を害されることもありません!」
今回の計画者である二人は、気味が悪かった男の亡骸を見て哄笑を響かせる。
「本当に、やれたのか……」
ディーノだけが動き出さないか気が気でなく、仔細に監視し続ける。動かない。動くはずがない。あの状態から復活することは例えギィやミリムのような『真なる魔王』でも不可能だろう。しかし、それでもディーノは不安が拭えなかった。
「クソッタレのクソ人間が!この俺様を怒らせるからこうなるんだ!悔しかったらなんか吠えてみろ!」
「「ワンワンワン、ワンワンワン、ワンワンワワワン、ワンワンワン。僕らはイヌだぞ元気だぞ」、なんてね」
「は……?」
先ほどまで何度も踏みつぶしていた死体。ボロボロになるまで踏んでやろうと思っていたカイが突然消え、鎖に縛られたまま五体満足な姿で立っていた。
「な……何故だ!条約違反してその鎖に縛られたらスキルなんて使えねぇはずだ!てめぇ、いったい何をしやがった!」
驚愕に固まるクレイマンとディーノ。カザリームも怒りを燃料にどうにか動き出して怒鳴る。
「あ、この鎖も邪魔だね。まぁ、鎖に縛られたままなんて現実、僕は受け入れないんだけど」
「なっ!?」
ついに鎖すらもどこかへと消し去られる。長く生きてきたカザリームでも、そんな光景は今の今まで見たことはなかった。あるはずがなかった。あの鎖はこの世界のルールを用いて生み出される最高の鎖だ。逃れることなどはこの世界の住人にできるわけがない。
「踏みつけたり罵倒したりは、まぁ僕も条約違反した身だからね。お互い水に流そう。なんて僕が言うわけないだろう」
次の瞬間にはカイが吐き気すら覚えるような笑顔を浮かべ、三柱の足を釘で地面に縫い付けていた。
「ぬ、抜けねー!」「ただの釘がどうして」
「逃がさないよ?だって君たち、僕をはめるためだけに僕が違反しそうな条約作っただろう?みんなで寄って集って僕を虐めて。酷いなぁ、本当に酷い。だから……」
「ひっ……」
カイは目を見開いてカザリームの目を見つめる。その目はカザリームをも脅えさせるほど、生き物が嫌悪するモノすべてを煮詰めたように、暗く濁っている。
「君たちにも酷いことをしようと思うんだ」
足元の空間に穴が開く。下を見れども底の見えぬ穴に、三柱もカイも吸い込まれるように落ちていく。
「
カイの呪文に呼応するように、どこまでも落ちる空間が軋むような音を立てる。
「我が手に銀の鍵あり。虚無より現れ、その指先で触れ給う。我が父なる神よ、薔薇の眠りを越え、いざ窮極の門へと至らん!」
底の見えぬ穴の先、深淵の虚空がボコボコと泡立つ。生じた泡は割れることなく徐々に増え、その泡の隙間から海産物のような触手が生える。泡が玉虫色に変色すれば、爛々と、まるで一つ一つが恒星のように輝きだす。
「なんだ、あれは……。何なんだ、あの化け物は!」
カザリームたちは本能で理解する。あれは、異世界の存在、宇宙からの侵略者であると。彼らは「
「さぁ、脳に瞳を宿そう。宇宙は屋根裏にある!なんてね、あっはっはっはっ!」
カイが楽し気に両手を広げたのを合図にして、化け物の触手がカザリームたちへ伸びる。
「何だよこれっ、何なんだよこれ!」
「あああああああああああああ!カザリーム様!カザリーム様ぁ!!」
ディーノもクレイマンも触手に呑まれていく。
「止めろ……。止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「あーーーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」
正気が蒸発したカザリームは、ただ恐怖に囚われて無意味な絶叫を上げる。カイはそれらの声をかき消すかのように、高々と笑っていた。
「まぁ!
いつものように糸目で不気味な笑顔のカイが悠然と立ち、カザリームたちはただ地面に横たえていた。
「何が……起こったんだ……」
「さぁ。
「夢……?」
カザリームは汗を拭う。滝のように流れていた冷や汗。しかし、その冷や汗の原因を靄がかかったように思い出せない。他の二人も放心している。何かがあった。それだけは確かのはずなのに、自らの心が「何もなかったことにしろ」とうるさく叫ぶ。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。まだまだ世界の美味しい物が僕を待ってるんだ」
カイは何事もなかったように笑顔で、部屋の扉を開けて退出しようとする。
「ああ、そうだ。僕も今後『条約』告知を
扉を開けた意味もなく、カイは幻想のように消えた。カザリームはそれを呆然と見ていた。
SCP-070-JP「わんわんらんどと犬ではないなにか」http://ja.scp-wiki.net/scp-070-jp
著者:broken_bone
SCP-100-JP「屋根裏部屋の宇宙」http://ja.scp-wiki.net/scp-100-jp
著者:tokage-otoko
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Q・あの呪文って召喚の呪文じゃないよね?何で呼べたの?
A・
自分たちの知るモノが世界の全てであるというのはまさに幻想なわけです。というより、この世の中は科学では証明できないものがあると考えた方が