ジャンヌの目の前に立っているのはあの時置いてきてしまった少年だった。元々着ていた衣服をボロボロにして彼はしっかりとジャンヌとヴラドの間に割って入ったのである。
彼の左手から出ていた花弁の盾は中心から花弁が散るように消えていった。
「あんた………なんで…?」
ジャンヌの弱々しい問いにヴラドから目を離さずに少年は答える。
「ワイバーンを倒してたんだけど、二人がいないことに途中で気づいて抜けてきたんだ。」
「でも、あの時はワイバーンなんてそれこそ数百匹いたじゃない。それを全滅させてここまで来たの?」
「いや、それは他の人に任せて二人を探しにいったんだ。そうしたらあのサーヴァントの杭が見えてここまで駆けつけて来たんだ。」
「じゃあ私がボコボコにされてるの見たんでしょう?それなのになんでここに来たのよ?」
「放っておけなかった。それだけだ」
あまりにも簡単な答えにジャンヌは空いた口を閉じることができなかった。この少年は本当のサーヴァントではないと言っていた。
なのになぜ彼はここに来たのか。私と奴との戦いを見ていたのなら相手の戦力なんてそれこそ子供でもわかるものなのに。
それを彼は放っておけなかったなんて理由で私のもとまで駆けつけたのか。
ジャンヌの記憶。その処刑の記憶が脳裏に焼き付いている彼女は人の醜さを悪を知っている。
ジャンヌ・ダルクという女性は数多くのフランス人を救った。だというのに彼女に向けられたのは嫌悪の視線や罵詈雑言。
人の醜悪さを知っている彼女だからこそ目の前にいる少年の行動は訳の分からないものだった、
もしもあの時に彼のような人がいたのなら………私は………
「余の前に立ちはだかる者がまだいたとは。貴様名は何という?」
「衛宮士郎だ」
「では問おう。貴様は何故ここに来た?まさか相手の実力もわからずただ余の前に来たわけでもあるまい」
「そうだな。確かにあんたの実力は見た。さぞや名のある英霊なんだろう。でもな知ってるか?正義の味方っていうのは相手がどれだけ強くても逃げ出したりしないんだよ」
そう言って少年は両手に夫婦剣を生み出す。そして片方の切っ先をヴラドに向ける。
「俺が俺である限り、俺は目の前の命を見捨てたりしない」
かつての世界では彼は一人の幸せのためにその全てを犠牲にすると決めた。だがそれも既に過去の話。
ここから先は一人の兄の話ではない。
衛宮士郎という男の物語だ。
「正義の味方か………。余も数々の戦士を殺したものだが、まさか死した後にそのような理由で戦うものに会うとは。サーヴァントとは面白い。」
ヴラドはそのまま高笑いをあげた。その顔は愉快なものを見たときのように。だが、その笑いが終わったときの目は、口は、表情はただ獲物を狙う狩人のような冷ややかさになっていた。
「よいだろう。正義の味方などという夢物語に信を預けた少年よ。余が悪だというのなら貴様の全てで余を乗り越えてみせるがいい!」
そこからのヴラドの攻撃は早かった。槍兵の名に恥じぬ俊敏さで士郎に向けて駆けていく。その槍で心臓を突き刺さんと狙う。
士郎は弓を投影し姿勢を定め、左手に矢となる螺旋剣|カラドボルグ|を投影させる。矢を放つ前に一呼吸入れ狙いを定める。この距離ならいくらサーヴァントといえど避けられないはずだ。
「偽・螺旋剣|カラドボルグⅡ|!」
ヴラドは士郎の攻撃に築いた様子ではあるがその速度を緩めることはしなかった。真正面からその己の槍をその矢に叩きつける。
そして大きな爆発を起こした。
土煙がヴラドの姿を覆い隠す。
手応えはあった。
明らかに奴はあの剣を叩きつけたのを士郎は見た。螺旋剣は空間さえねじ切る貫通力を持った剣だ。たとえ俺の力が弱まっていたとしても相当のダメージは与えられたはず。
だが、士郎の予測は裏切られた。土煙が晴れその中から出てきたのはしっかりと槍を手にしたヴラドの姿だった。
「これが英霊………っ!」
状況の確認ができたのなら次の手を講じるのみだ。彼は自分の力で英霊を完封できるとは思っていない。ならば力で駄目なら手数で勝負するしかない。
今度は士郎からヴラドに向けて駆けていく。スピードを落とさぬまま右手の莫耶を突き込む。それをあっさりと払い返す勢いで槍を士郎の頭めがけて突き刺しに来る。
それに士郎は下ろしていたもう一方の剣を彼の槍に叩きつけることでヴラドの槍を今度は士郎が払いその一撃をかわした。
「ふんっ!」
士郎はガラ空きになった胴に向けてさらにもう一方の剣を食い込ませる。そのまま力任せにヴラドの体を切り払った。ヴラドの体は切り払った方向に飛んでいく。
士郎にとっては渾身の一撃だったと思う攻撃だった。二刀ならではの戦い方。一つを疑似餌として対応させて、更にもう一つの攻撃にされたとしても、態勢を立て直したもう一方の刃が相手を切り裂く。
戦い方としては初歩中の初歩。
だが、だからこそ気になる。あれほどのサーヴァントならば士郎のその程度の小細工に気づかないわけがない。あれには何か…
「狙いがある……か?」
そこには確かに吹き飛ばされたはずのヴラドの姿があった。そこには胴にあるはずの裂傷が全く見受けられない。
「無傷っ⁈」
ジャンヌはたまらずに悲鳴をあげる。あれほどの一撃を受けてなお、本当のサーヴァントというのは傷の一つも受けないものなのか。
だったら最初から私たちには勝ち目なんて………
ジャンヌの目から徐々に光が失われていく。目の前には自分を覆うような暗闇。もう勝ち目なんてないのならここで心を閉じてしまったって………
「それは違う」
絶望にとらわれそうになっていたジャンヌを救ったのは少年のそんな一声だった。
「あいつは確かに血を出しながら俺の一撃を受けた。なのに今の姿はその一滴すら見受けられない。きっと何か絡繰りがあるはずだ」
そう言って少年はヴラドに迫る。
それに応えるようにヴラドも地面を蹴った。互いの距離が己の間合いに入った瞬間にどちらも高速でその刃を激突させる。
数秒の鍔迫り合いに中折れたのは士郎の刃である莫耶だった。
当然である。相手はサーヴァントの武器。ヴラドではないがその武器そのものが宝具として昇華されるものもある相手の武器である。
ただの少年の武器が彼らの獲物に勝るはずもない。
ヴラドは口角を上げて己の勝利を確信した………はずだった。
だが、そこが彼の使う力『エミヤ』の異端な部分でもあった。
士郎は折られた勢いを殺さずに体を回転させることでヴラドの一撃を避ける。ヴラドに直感のスキルがあるなら彼のそんな小細工は通じなかっただろう。
士郎は瞬時に折られた莫耶を投影。後ろに回り込んで右手に持った干将でヴラドの背中を切りつける。
その直前でヴラドの周囲に無数の杭が出現した。
「ぐっ!」
とっさに反応し莫耶を体の前に割り込ませるが、杭は莫耶を粉々に破壊し士郎の右肩を直撃した。
「常に警戒はしていたはずだったんだけどな」
「己が攻撃するときが一番無防備になっているものだ。余は確実に貴様を殺すつもりでいたのだがな」
右肩を抑える士郎を見てヴラドは不敵に笑ってみせる。
「貴様の力は本当にそんなものか?もし、そうならここで幕引きといこうか」
「捧げよその血を…その命を!」
急速に膨れ上がった相手の魔力に反応して士郎は頭を回転させる。
奴にはどうすればダメージを与えられる?俺の夫婦剣では傷を与えられない。螺旋剣すら奴には通じなかった。アイアスで防いだとしてもいずれは魔力切れで俺は倒れる。ならば固有結界か?だがあれば今の俺に本当に使えるのか?考えがまとまらない一手一手を瞬時にシュミレートして切り捨てる。だがどうしても解決の糸口が見つけられない。
その時士郎のズボンのポケットに手が当たった。
まるで雷光が当たったかのように頭が冴えていく。奴の来歴が士郎の中で何度も駆け巡る。そして彼の伝承にも頭が回った時だった
「少年よ。信念を持ったまま死んでゆくがいい」
ヴラドの魔力の高まりが収縮し研ぎ澄まされた刃のような鋭利な魔力へと変わる。
一瞬後には死の光景が広がる。ならば躊躇などしている暇はない。
それを取り出し魔力を流し込む。
「極刑|カズィクル|……」
そしてそれをヴラドに向けて投擲した。
「お前に言われた言葉だ自分が攻撃するときが一番無防備になるときだってな」
ヴラドの胸にその剣が突き刺さる。
ジャンヌの目にはあんな貧弱な剣一本を投げたところですこし死を贈られるだけにしか思えなかった。またも無傷で終わり彼の王の宝具で串刺しにされる光景しか思い浮かばなかった。
だが実際に目の前に広がるのはそんな絶望しかない光景ではなかった。
「ぐおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
ヴラドは己に刺さった剣を抑えながら血を吹き出し絶叫していた。
ジャンヌは傷だらけの体を押して士郎の元へと近づく。
「ちょっとどういうこと?」
「ヴラド三世。史実としては当時最強の軍力を誇っていたオスマン帝国を何度も破ったワラキア公国の王。だが彼の死後、彼には全く縁もゆかりもない者として有名になる。そう『ヴァンパイア』として。」
そう語った士郎の手の中にはこの時代にもある剣が握られていた。
聖職者たち主に聖堂教会の者たちが好んで使う投擲概念武装『黒鍵』がその手にあったのだ。
「まさかあのエセ神父にぼったくられたこれが役に立つなんてな」
今回出てきた黒鍵ですがプリズマイリヤ・ドライにしっかりと美遊兄が例の神父からぼったくられたという内容が載っています。
今作では美遊兄が使った以外にも念のためあのエセ神父から数本買っていた設定になっております。
プリズマイリヤ・ドライ単行本を持っている方は見返してみるといいかもしれませんね笑。
劇場版でも言っていたセリフがあったと思うので、今回の話を見た方はもしよろしければこれを機会に見てみるとこの作品もより楽しんでいただけるのではないかと思います。
感想・評価いつもありがとうございます。励みになるので喜んで見させていただいております。
ではまた次回もよろしくお願いします。