神様さえ、知らない場所へ。   作:Artificial Line

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ルヴィリアス、ルイス
只人である2人は彼を受け入れた。

それは彼を正しく理解していない故か
人の温かさ故か。


【Act-1-END】 温かさ

コンコンと、玄関ドアをノックする音が聞こえてくる。

スマイリーの面々が、とりあえずルイスの荷物を取りに宿屋へと向かうかと話している時だった。

 

「あれ?お客さんかな?人形ちゃん、すまないけど」

 

「いや、私が出よう」

 

え?とメイがそちらへ顔を向けるとアリーヤの姿が目に入る。

だが―――その表情には先程までの微笑みは一切なく、いつかの無表情を貼りつけている。

ドス黒い何かと濃厚な血の匂いが彼の周りに漂い始めていた。

 

その一変した彼の雰囲気を、ルヴィリアスは知っていた。

彼女が初めて彼の戦いを見た牛頭の一件の時と同じだ。

 

ルイスはその雰囲気の変わり様に怖じ気付いたような表情を受かべている。

 

恐怖、それが二人を支配する。

 

―――血の匂いだ。

彼は心のうちでそうこぼしていた。

 

この匂いをアリーヤは知っていた。

忘れるはずもない。

時計塔の最上階、その場で激戦を繰り広げ、幾度も彼を殺した"()()"の匂いだ。

血の女王の系譜、そして最初の狩人ゲールマンを師事した最初期の狩人の1人。

 

そして最後には狩人(アリーヤ)の手によって悪夢から開放された、"()()()()()()()"その人の匂いだった。

 

「じゃあ頼むよアリーヤくん。でもどうしたんだい?」

 

「…………ただの気まぐれだ」

 

メイは再び彼の背後に上位者()の姿を幻視する。

『ああなるほど、確かにこの来訪者の匂いは』とメイは理解した。

 

「――じゃあ任せるよアリーヤくん。"()()()()"もその場で暴れたりしないでくれよ?」

 

意地の悪い笑みを浮かべながらメイはそう言った。

アリーヤの無表情が解け、変わりにメイと同じ意地の悪い笑みを浮かべる。

そこでようやく彼の雰囲気がいつものものへと戻った。

 

恐怖に支配されていた2人がようやく開放され、大きく息をつく。

 

「ああ、善処しよう」

 

彼はそう言うと一瞬でその身に狩人の装束を纏う。

腰にはノコギリ鉈と獣狩りの散弾銃を下げていた。

 

「嘘…一瞬で姿が…!?」

 

ルイスは驚きのあまり声を漏らす。

 

「全くー、善処しようと言っときながら完全武装じゃないか」

 

「"()()()()()()()()()()()"からな」

 

彼はそう言うと玄関へと向かっていった。

 

ルヴィリアスとルイスの顔は困惑の色を浮かべている。

 

「あはー…。ルヴィリアス、ルイスくん。困惑するのはわかるけど、その顔は些か面白いものがあるよ?」

 

慌てて表情を取り繕う2人。

しばしの間を置いて、ルヴィリアスが言葉を上げた。

 

「メイ様、今のアリーヤの様子は…?」

 

「ああ、どうやら来訪者はアリーヤの"()()()()"みたいだよ」

 

「「知り合い…?」」

 

ルイスとルヴィリアスは訝しげに首をかしげる。

とてもでは無いが、さっきの雰囲気は知り合いに向けるものではない。

むしろ――敵にこそ向けられるものだろう。

 

「そ、そうだ!メイ様、ルヴィリアスさん、人形さん。さっきのアリーヤさんの早着替えはどうやったんですか?もしかして高等魔術?」

 

場を取り繕うようなルイスの言葉に、大きなため息一つ。ルヴィリアスが答える。

 

「いや、あれは魔術ではないわ。私達も詳しくはわからないのだけど、あいつ(アリーヤ)の業の一つみたい。聞いても『血の意志の恩恵による物質の収納術だ』なんてよくわからないことを言ってたわ。恐らくだけど、私達の使う魔術とは違う、あいつの出身地特有の業じゃないかしら?」

 

「そ、そうなんですか…。そんな業があるだなんて聞いたこともありませんでした」

 

「そりゃそうよ。帝都でもみたことも聞いたことも無かったわ。人形ちゃん、メイ様はあいつの業についてご存知なのですか?」

 

「う~ん、知っていると言えば知ってるけど、それは彼の記憶()を通して見たものだからねぇ。私の口から言うのははばかられるよ」

 

「私としても詳しい事はお答えしかねます。狩人様から直接お聞きになったほうが良いでしょう」

 

聞いてもよくわからなかったから2人に聞いたのだけど。というルヴィリアスの言葉は胸に飲み込まれた。

 

 

 

「「やはりか…」」

 

玄関を開けた彼の目に写ったのは、思い浮かべた通りの人物。

人形と瓜二つ、どころか全く同じ顔の美女の姿。

 

彼を幾度となく屠り、そして最後には彼の手によって討ち取られた『時計塔のマリア』その人であった。

 

「月の香りの狩人……」

 

「時計塔のマリア……」

 

同時に2人の口から言葉が漏れる。

時が止まったかのような錯覚がその場を支配し、マリアの手は腰に下げた得物(落葉とエヴェリン)へと伸びていた。

 

「貴方もここへきていたとは驚きだ」

 

「それは私も同じだ。時計塔のマリア。こちらに貴公と殺り合う意志はない」

 

アリーヤの目が彼よりも頭一つ分高いマリアの目へと向けられる。

宇宙色の瞳と薄青色の瞳が交差し、数瞬。

 

どちらからともとも言えず視線を外し、息をついた。

 

「―――どうやら本当のようだ。あの時見た貴方の瞳はただの"()()"のようであったが、今は幾分か人らしい」

 

「ふっ。"()()()()"か。そうか。立ち話もなんだ、中へどうぞ時計塔のマリア。聞きたいことも多々ある」

 

「マリア、で構わない()()()()()()()。私も同じだ。失礼する」

 

「ならば私もアリーヤで構わない。今はそれが私の名だ」

 

「アリーヤ、か。ではそう呼ばせてもらうことにしよう」

 

マリアは彼の後を追いスマイリーの本拠へと立ち入る。

応接室らしき場へ入ってソファーに座る彼に習い、マリアも対面のソファーへと座った。

 

2人の"()()"はゆっくりと言葉をかわし始める。

 

「さて、改めてだが私の名はアリーヤだ。あの悪夢では名無しだったが、この地へ着た後、今の主から名前を授かった」

 

「マリア、だ。それも貴方によって開放された(殺された)張本人のな」

 

棘の感じられる言葉を吐くマリアであったが、その顔は憑き物が落ちたような優しい表情を浮かべている。

マスクをしているアリーヤの表情は伺えないが、その目から敵意は感じられない。

むしろ安堵すら感じられた。

 

「…私を超えた貴方は、あの先の秘密も見たのだろう?」

 

「…………ああ」

 

アリーヤの脳裏に、あの蹂躙された漁村の光景が過る。

彼女が秘匿し守っていたその先。狩人の業。罪人たる狩人の、その始まり。

 

「そうか……私に貴方を恨む気持ちは無い。悪夢から解き放ってくれた貴方に感謝こそすれ、恨み憎みなど抱くはずもない」

 

「……感謝するマリア。ああ、そうだ。何故私がここにいるのか話をしようか」

 

彼が語りだそうとする直前、廊下で物音がする。

誰だとそちらへ目を向けたマリアの視界に写ったのは、

―――自らと同じ顔をした"()()"の姿であった。

 

「……」

 

マリアと人形がその視線を重ねる。

球体関節の人形であるという事を除いて、同じ姿の女性が2人。

説明を求めると言う風に、マリアがその目線をアリーヤ(月の香りの狩人)へと向けた時だった。

人形の口が開かれる。

 

「――初めましてマリア様。私は人形。最初の狩人ゲールマン様がマリア様のお姿を元に作られた、狩人様達のお世話役です」

 

「―――ッ!!…そうか。師が…」

 

些か複雑な気分であるといった顔のマリアだったが、すぐに表情を取り繕い顔を上げた。

同時に人形の横へと現れた金髪の少女の姿が目に入る。

 

「人形ちゃんもお客さんと知り合い?」

 

「ええ、私の(オリジナル)ですから」

 

どういうこと?といった表情を浮かべた少女であったが、すぐにそれを振り払うとマリアへ言葉をかける。

 

「あ、自己紹介が遅れました。初めまして。私はルヴィリアス・レイアです。って人形ちゃんと全く同じ顔ッ!?オリジナルってもしかしてそういうこと!?」

 

「私はマリアだ。私も君と同じく状況を把握しきれていない」

 

アリーヤへと視線を向け直すと、彼はフッと笑ったような表情を浮かべた気がした。

 

「そうだな。ルヴィリアス。メイとルイスも呼んできてくれ。マリアと私の、そして人形の事についてここで詳しい話もしておこう」

 

狩人(アリーヤ)は何かを決めたような声色で、そうつぶやいた。

 

 

 

いつまで立っても帰ってこないアリーヤを怪訝に思い、ルヴィリアスと人形は話し声のする応接室へと向かった。

 

中を覗き込むとアリーヤと、彼の装束に似た服装の長身の女性がソファに座っていた。

人形と瓜二つの女性の姿に思わず声を上げてしまったルヴィリアスだったが、アリーヤからメイとルイスを呼んできて欲しいと言われ現在へと至る。

 

応接室にはアリーヤ、マリア、人形、メイ、ルヴィリアス、そして加入したばかりルイス。6名が揃っていた。

 

全員が集まったのを見て、アリーヤが声をかける。

 

「全員揃ったな。まず初めに断っておくが、これから話すのはルヴィリアス、ルイス。貴公達2人にとっては荒唐無稽のように感じられるだろう。それに決して気持ちのいい話ではない。聞き終わったあと、貴公らがどのような態度をとったとしても構わない」

 

「…別に構わないわ。あんたの事情が知れるなら、私は構わない」

 

「ぼ、僕も先程入れていただいたばかりですが、アリーヤさんの事を知りたいです!」

 

2人のその返答を聞いて、アリーヤはその視線を少し緩めた。

そんな彼に対し、メイは声をかける。

 

「…いいのかい?私も君の口から身の上話が聞けるのは嬉しい。だけど…」

 

「構わないさ、メイ。いずれは話すべきだっただろう。それに"()()"に対して秘め事なぞ気持ちのいいことでもない」

 

「そうか…」

 

メイはそう呟くと、その目を閉じた。

対してマリアは彼の"()()"という発言に驚いていた。

マリア自身も永くに渡る悪夢によってその心を擦り切らせていたが、

あの時相対した月の香りの狩人(この男)は、それ以上に"()()()()"というものをなくしていた様に思えていたからだ。

それが"()()"とは。マリアはその口元を僅かに緩め、彼の言葉を待った。

 

「では語ろう。私の見た"()()"を」

 

彼はゆっくりと語り始める。

 

気がついたら記憶を失い、ヤーナムの診療所にいた事。

そこにあった自らのものであろう「青ざめた血を求めよ。狩りを全うする為に」という手記だけを頼りに足掻いたこと。

 

幾度と無く死に、目覚めを繰り返したこと。

夢で彼を支え続けた人形のこと。

数多の人を救おうとし、だが救えなかったこと。

 

古い狩人達の悪夢に囚われたこと。

そこで秘密を守っていたマリアに幾度も殺され、最後にはマリアを打倒したこと。

漁村の先で秘密を見たこと。三本のへその緒を使い、上位者たる資格を得たこと。

メルゴーの乳母を狩り、メンシスの狂人達の儀式を完全に打ち砕いたこと。

 

そして―――助言者、最初の狩人ゲールマンを悪夢から開放し、月の魔物を狩って上位者へと至ったこと。

 

幼年期を過ぎ、青年期へと入った時変態し、在りし日の自らの姿へと戻ったこと。

その後に見たことも無い鐘を見つけ、それを鳴らすとこの世界にいた事。

 

全てを語り終えた彼の表情は、そのマスクと枯れた羽の帽子のせいで全く伺えない。

 

ルヴィリアスとルイスはその顔に驚愕を貼りつけていた。

同時に身を襲う啓蒙の高まりが招いた怖じ気。

 

「これが私についての話だ。2人にとってはとても信じられる話しでもなかろう。これからは有りもしない妄想をする狂人か化物として扱ってくれて構わない」

 

彼はそう嘯く。

この美しい世界で生を過ごしてきた只人の2人にとって、これは夢物語と思われても仕方のないことだ。

何を言われても、嫌悪されても致し方ないことだと狩人(アリーヤ)はその目を閉じる。

 

だが―――

 

「それが何?確かに信じられない話だし、気持ちの良い話しでも無かったわ。でも―――だからってあんたのことを蔑む理由にも嫌悪する理由にもならないわ!ふざけないで!私が知っているのは"()()"のアリーヤよ!異世界人だろうが、過去がどうだろうが、あんたが人じゃなかろうと私には関係ない。私が知ってるのは、私の事を放っておいて未到達領域を見つけ出して、その後メイ様に怒られて私の訓練に付き合ってくれている大馬鹿(家族)の強者だけよ」

 

どこまでも柔和な笑みを浮かべてルヴィリアスは言い切る。

彼女にとって、たとえその話が事実かどうかなぞ関係もないことだった。

彼女自身も言ったとおり、ルヴィリアスが知っているのは自らの行いを反省して共に歩むことを決めた家族の姿のみ。

この一週間、彼女へ様々な事を教えてくれた強者の姿のみ。

 

「ぼ、僕もルヴィリアスさんと同じで、嫌悪したりなんてとても出来ません。だってアリーヤさんは僕を助けてくれたじゃないですか。そのお話が事実であろうが、なんだろうが関係ないです。むしろどうか僕にも稽古を付けてください!お願いします!」

 

ルイスはそうして頭を下げる。

 

上位者たるアリーヤは、その光景に呆気に取られるしかなかった。

 

「正気か貴公ら?私は人ではない、化物なのだぞ?それについ最近出会ったばかりではないか。何故…」

 

「あんたの過去も、出会った日数も関係ないわ。だって」

 

「―――家族でしょう?」

 

マスクと帽子に隠れたその目が、確かに見開かれる。

そしてふっと笑いを漏らした。

 

「そうか…」

 

「そうさ!アリーヤくん!私達がそんな事で君を軽蔑するわけないだろう?そもそも私は君の過去を見ている!この2人がそれを知った程度で軽蔑するような人間なら、君を勧誘したり、ルイスくんの加入を認めたりなんかしないさ!」

 

アリーヤの心に温かい何かが満ちていく。

やはり人は素晴らしい生き物だ。彼は胸中にそうつぶやいた。

 

その様子を見ていたマリアも目を見開いていた。

以前のあの陰気な街に、このような"()()()"人間はいただろうか?

いや、誰も彼もよそ者を嫌い、排他的な雰囲気に満ち満ちていた。

 

マリアの面倒を見て、働き口まで提供してくれた食堂の女将しかり、

この世界の人間は存外温かさにあふれているらしい。

 

「ありがとう。―――さて、マリアが何故この世界にいるか聞いていなかったな」

 

アリーヤは空気を変える様に、そう口にする。

 

「私は、先程の彼の話の通り、アリーヤに打倒(開放)された。意識が闇に飲まれ、ああようやく終われると思ったのだが、気がつけば見たこともない草原と街道。アリスライキ周辺で目を覚ましたというわけさ。しばし何故死んだはずの自分がここにいるのか理解できなかったが、近くでラライラの食堂の女将が野盗に襲われていてね。考えるよりも先に身体が動いていた。それ以来、私はラライラ婦人の世話になっている。二ヶ月前の話だ」

 

「では貴公も何故この世界に(いざな)われたのかはわからないのだな」

 

「ああ。だが私と貴方が同じ世界に呼ばれたなど、偶然とも思えない。きっと何かがあるのだろう」

 

その場にいる者たちに無言の間が訪れた。

しばしの間を置いて、マリアが口を開く。

 

「考えてもわからないものはわからないか。フッ。まあいい。私はこれで失礼しよう。騒がせたな」

 

「あ、もう帰っちゃうのかい?もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

「これ以上はラライラ婦人に迷惑がかかるからな。これで失礼するよ、メイ」

 

マリアの返答に、メイは残念そうな表情で「そっか~」と声を上げる。

 

「そうか。何かあれば"()()()()()"が、構わないか?」

 

アリーヤの問いかけに、マリアは小さく笑みを浮かべると

 

「私を打倒した男の頼みだ。婦人の迷惑にならない範疇であれば、応えよう。ああそれと今度店に顔を出してくれ」

 

「ああ、そうさせてもらおう」

 

「ではな。月の香りの狩人(アリーヤ)。人形。そしてスマイリーの面々よ。また近い内に会おう」

 

そうして踵を返し去っていくマリアに、スマイリーの面々は各々の言葉で送るのだった。




難産でした。
蛇足感もありますが、これにてAct-1導入編終了です。
次回からはAct-2に入っていきます。

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