神様さえ、知らない場所へ。 作:Artificial Line
狂った狩人も、穢れた血の一族も。
それは私のたどる結末であったかもしれないのだから。
「アイリーン…本当に貴公なのか…?」
「ああ、正真正銘、あんたに情けない所を見せちまったババアさ」
アリーヤは驚愕というよりも困惑しているようであった。
マリアはアイリーンと直接的な面識は無いが、その匂いと姿からひと目で狩人であることはわかる。
私達の他にもこちらの世界に誘われている狩人がいたのか…。
「貴公もこちらの世界に誘われたのか…」
「そうさ。千景の狩人にボコられた後、少し眠るだけだったはずなんだがね…。気がついたら知らない路地裏。いまから3ヶ月ほど前の事さ。それからこの世界の情報収集も兼ねて商隊の護衛なんぞしていたんだがね。コートと枯れた羽の帽子の
アリーヤとアイリーンは近況の報告をしあう。
3ヶ月前…多少のズレはあれど、ほぼ同時期に狩人が3人同じ世界へと誘われる。
マリアはただの運命の悪戯とは思えなかった。
だがそれよりも…。
「貴女も狩人なのだな。私はマリア。同じ世界からこちらへきた狩人だ」
「マリア…?ああ、ゲールマンの言っていた愛弟子かい。本当に人形と同じ顔だねぇ。あの爺も変わりだねやっぱり」
「師が私の話を?そうか。いやそれよりもその後ろの"
マリアの口から"騎士"という言葉がもれる。
視線の先にはタマネギのような白い重装備に身を包んだ甲冑姿。
狩人は鎧を着ない。
獣の膂力の前に、生半可な鎧なぞ紙切れ同然だからだ。
故に回避を主眼に置いたゲールマンのスタイルが狩人の系譜となったのだ。
だからその背後のタマネギには見覚えがあるわけもなし。
しかしこちらの世界の人間か?といわれると疑問が残る。
狩人にも負けず劣らずの"
「ああ、こっちは…」
「ハッハッハ!まさかアイリーン以外にも狩人がいるとはな!であれば私の"
豪鬼な笑い声と共に"
マリアとアリーヤの2人は目を白黒させて、ジークマイヤーと名乗った騎士の姿を見つめる。
それに別世界からの招待客だと?ということはやはり、私達と同じくこの世界へと誘われた"
「…私はアリーヤ。狩人だ」
「先も名乗ったがマリアだ」
「ふむ、アリーヤにマリアだな。彼の王にも負けず劣らずの素晴らしい"
ソウルという言葉にアリーヤとマリアは内心首を傾げる。
恐らくは血の遺志と同質の何かだろう。
「マイヤーとはこっちに着た直後に出会ってね。似たような身の上同士、一緒に行動していたのさ。中々の
アイリーンの言葉になるほど…。とアリーヤとマリアは頷いた。
ならばますますこの"
こちらの世界でしばらく過ごしてきたが、別世界から何かがやってくるなど聞いたことは無かった。
であれば、今回これだけ"イレギュラー"が揃っているということは異常というほか無いだろう。
「アイリーン。何故ここに?」
「さっきそこの市場で"狩人"がこの食堂に入っていったって話しを聞いてね。あんたの噂は今アリスライキを席巻しているし、なら確かめてみようかと思ったのさ」
なるほど…と呟きながらアリーヤは顎に手を当てる。
気がつけば店内には"イレギュラー"達以外、人影は無くなっていた。
「さて"月の香りの狩人"、改め今はアリーヤかい?あんたはこの世界でどうするつもりだい?それによるが、あたし達はあんたと協力していきたいと思ってる。同じ身の上さね、協力できるところはしたほうが効率がいい。そうだろ?マイヤー?」
「そのとおりだ!私もこっちで何を成すべきか難儀していたのでな!」
アリーヤは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「この世界に誘われた理由は未だ掴めていないが、何かがあるというのは確かだろう。とはいっても目下それの手がかりは無いに等しい。とりあえずは目先の"頼まれごと"をこなしていくつもりだ」
そういって彼は席に付き、これまでの経緯と先程の依頼内容の説明を始める。
マリアはとりあえずと彼らがついたテーブルに飲物を配膳した。
どのような身の上にしろ、今はラライラ婦人に雇われているマリアにとって、彼らは客に変わりなかった。
説明を一通り終えたアリーヤに対し、アイリーンとマイヤーはふむと息をついてから話し始める。
「であればあたしらも協力させてもらうとしよう。"世界の果て"と呼ばれる場所はあたしらがこちらに呼ばれた理由でもありそうだからね。マイヤー、それでいいかい?」
「無論だ。貴公ら狩人と行動をすれば私の目的も見つかりそうであるしな!一向に構わない」
「感謝する。アイリーン、それにマイヤー。貴公らが協力してくれるというのは率直に言ってとてもありがたいことだ。手練の仲間がいるというのはそれだけで手数が広がるからな」
「気にしなさんなアリーヤ。あんたには借りもあるしね。あとであんたの本拠にも顔を出させてもらうとしよう」
その後、"イレギュラー"達は軽い身の上話をした後、各々の目的へと動き出す。
アイリーンとマイヤーの2人は別のアプローチから情報を探ってみると、店を出ていった。
店内に残ったのはアリーヤとマリアの2人のみ。
「では私もそろそろ行くとしよう。マリア、貴公には改めて感謝を」
「気にするな。アイリーンの言葉を借りるようだが、私も貴方には借りがある」
アリーヤはマスクの下の口元を少し緩めた後、ではなといって店を後にした。
それは狩人、そして不死人の新たなる旅への第一歩でもあった。
アリスライキは非常に活気のある街である。
東の大陸、最大の帝国。
ヴィカーナ帝国の東の辺境に位置する都市であるが、世界の果て最前線という性質故
様々な人種、種族が集まる大都市だ。
人間のみならず、神族、亜人種、獣人など数多の種族がまだ見ぬ世界を求めてやってくる。
帝都統括の軍や管理局なども存在しているが、その治安維持には多くの自警団系クランが貢献していた。
ネイサンに言われ、アリーヤが訪れたこのクラン・ローゼンタールもその自警団系クランの一つである。
アリスライキの北側に位置するローゼンタールの本拠地は大きな洋館のような建物だった。
「大きいな…」
「そりゃあアリスライキ第4位の規模を誇るクランですからね」
アリーヤの口から溢れた独り言を、背後から誰かが拾った。
振り返ると、そこには茶髪の人が良さそうな好青年が1人。
「初めまして"狩人"。僕はアスカ・メビウス。ローゼンタールに所属しているC+の探索者です。以前牛頭から追われていた際あなたとルヴィリアスに助けられた者といえばわかるでしょうか」
目的の人物に早々に出会えた事に、アリーヤはマスクの下で少し表情を緩ませた。
ヤーナムでは散々な目にあい、幸薄を自覚していた彼であったが、今回ばかりはどうやら運が良いようだ。
「ああ、あの時の。アリーヤだ。あの後管理局からの事情聴取などで大変だっただろう」
「ええ、まあ。ですがあなたと直接会えてよかった。お礼を申したいと思っていましたので」
「それならルヴィリアスから既に受けたさ」
「それでもです。あの時はどうもありがとうございました。あなたがあの場に居合わせなかったら僕たちは全滅していた。それで今日はどうしてうちへ?」
アリーヤは軽く事情を説明する。
貴公らが目撃したという牛頭を先導していた男について詳しい話が聞きたいと。
「なるほど。では立ち話もなんですし、中へどうぞ。うちの主神さんに是非紹介させていただきたいのですがいま別の客人もの対応をされているので、ご了承ください」
「構わない。それよりも別の客人?」
「ええ、いまあなたと同じ事を聞きにBFFの方々がいらしているんですよ。でもまさかBFFの王女様までくるとは思いませんでしたけどね」
仕立ての良い調度品に彩られた応接室へとアリーヤは通された。
BFFの王女様、リリウム・ウォルコットだったか。
彼女についてはルヴィリアスから軽く話しを聞いていたので知らぬ存在でも無かった。
曰くBFFの箱入りお嬢様であり、天才だとか。
ルヴィリアスと同じく、帝国貴族の一家、ウォルコット家の秘蔵っ娘。
魔術を主に用いた中距離の前衛スタイルは、主の大魔術師との共同を意識したものだそうだ。
ネイサンの話ではBFFにも同様の依頼を出しているようなので、いずれ挨拶でもしておくかと思っていた存在だ。
「紅茶をどうぞ。先にも話しましたが、現在BFFの方々がいらして居ますので主神さんと団長のジェラルドさんは顔を出すことが叶いません。重ねてお詫びします」
「問題ないさ。それに私が話を聞きたかったのは当事者たる貴公であるからな」
アスカの出してくれた紅茶を口にしつつ、アリーヤはそう返す。
彼がここに来た目的はローゼンタールの主神に会うためでも団長に会うためでも無いので何も問題はない。
むしろもう目立ちすぎた彼にとって、これ以上余計に人目を集める行為は遠慮したい所である。
「感謝します。牛頭を先導していた存在についてでしたね?」
「ああ。なにか所感はあるか?」
「詳しいことはあまり…。我々は浅部と中部の境界域を探索している最中でした。そしたら突然咆哮とともに牛頭と奴が現れたんです。あれは2年前に行方不明になっていたパッチという人物だったかと。それと奴が零していた独り言を聞きました」
独り言?とアリーヤは訊き返す。
「ええ。『アイツの言う通りにしてれば探索者の死体から追い剥ぎできるたぁボロい商売だぜ…』って」
アイツ…。それが今回の一件の黒幕たる存在だろうか。
わかりきっていたことだが、パッチはやはり足の一つであるようだ。
「その後パッチがどうなったかわかるか?」
「逃げるのに必死だったので正確な事はわかりませんが、そのまま中部方面へ去っていったかと思います。奴はこの二年市街に顔を見せていませんでしたからね。世界の果て、それも中部に潜伏している可能性も高いと思います」
このアリスライキにおいて世界の果て、それも中部を探索できる人物は限られている。
魑魅魍魎が蠢く別世界なのでそれは当たり前のことなのだが、だがこの世界の基準において中部を探索できるのは中級探索者以上の実力を持つ者だと言うこと。
それをこの一ヶ月でアリーヤは理解している。
アスカの言う通りパッチが世界の果ての中部に潜伏しているのであれば、この世界においては相応以上の実力者である可能性もあるだろう。
「それと、逃げている途中。"
「……なんだと?」
赤い人影。その単語にアリーヤの眉間が皺を寄せる。
鐘の音、赤い人影。身に覚えがありすぎた。
別世界から狩りの主を殺すために侵入してくる"
もしくは女王のために狩人を狩る穢れた血の一族達。
ヤーナムを巡っていた頃幾度も敵対し、殺し殺された彼らの事を思い出した。
"侵入者"達の実力はピンきりだが、中には世界を滅ぼすにたる実力を持っている侵入者も存在する。
アリーヤ自身がこの世界に存在する以上、あの狂った連中が侵入してくる可能性があるのを失念していた。
なおさらにアリーヤがこの一件で動く理由が見つかった瞬間である。
パッチという男。そしてその男が持っている"鐘"。侵入者。
どうやらこの一件はこちらの世界だけの問題ではないようである。
むしろその根幹には元の
「もしかしてご存知なのですか?あの赤い人影を」
「――少しな…。ありがとう。今回の一件、全力で動く理由が見つかった」
侵入者達が関与しているのであれば、家族達の安全を確約するためにもそれらを排除せねばならない。
だが"狩人"たるアリーヤにできるのはいつもどおりの探索のみである。
狩人は狩りと探索に秀でているが、諜報やらコミュニケーションやらには不慣れだ。
であれば
これまでもそうしてきた。いつもと同じ"探索"だ。
侵入者の存在をしった彼は、全身の血が妙に脈動するのを感じた。
リリウム・ウォルコットは現在ローゼンタール本拠の渡り廊下を歩いていた。
横には彼女より頭2つ分ほど高身長の青年が1人。
端正な顔立ちに加え、高貴さを感じさせる美青年。
"ノブリス・オブリージュ"。ジェラルド・ジェンドリンである。
リリウム・ウォルコットひいてはBFFの面々がここに訪れた理由は、
ローゼンタールへの協力要請と一ヶ月前の一件についての話を聞くため。
それにもう一つ。
わざわざBFFの王女とも呼ばれているリリウム本人が訪れた最たる理由。
それを話すためにお付きも連れずジェラルドと2人で歩いているのだ。
「リリウム・ウォルコット。それで、話とは?」
ジェラルドの口が開かれる。
先程ローゼンタールの主神も混ぜて近況の報告と協力の確約は行われた。
であればこのおとなしい娘が2人でお話できませんかなどややこしい事情があるに決まっている。
間違っても色恋沙汰の類ではないだろう。
はたから見れば美少女と美青年が2人、人気もない場所で逢引しているようにも思えるが、
彼女達はそれ以前にアリスライキ屈指の実力者達である。
「はい、ジェラルド様。ローゼンタールの探索者達が"狩人"に助けられた件についてお話を伺いたいのです」
「それは、あの"初老"の命か?」
「はい。王大人の意向です。大人は"狩人"について懸念を抱いて居ます。いまの治安を乱すイレギュラーになるのではないかと。BFFの総意としては"狩人"については静観する事になりましたが、大人は"狩人"の調査も命じられました」
ジェラルドは苦虫を噛んだような表情を作る。
あの狸爺のことだ。和を乱す要因になるかもしれん"狩人"へ懸念を抱くのは当たり前のことだが
自らは動かずうら若き少女に任せるとは。
いかにもあの性悪がやりそうなことではある。
そもローゼンタールに属するジェラルドにとって、"狩人"は自らの部下達を救ってくれた恩人だ。
ともすれば"排除"の意志を見せる可能性すらある王大人に彼の情報を売るような事はしたくない。
まあそもそも彼についての情報は、ほとんど無いにも等しいのだが。
「牛頭から追われていた所を、"狩人"とスマイリーのルヴィリアス嬢に助けられたとしか聞いていない」
「"狩人"の身の上についてのお話などは掴んでおられませんか?」
「我々も彼の事を調べなかったといえば嘘になる。だが掴んだ情報と言えばスマイリーに所属する新規探索者だということと、名前、それに異常な戦闘能力や異能を有するということだけだ」
ジェラルドの言ったとおり、ローゼンタールとしてもあの一件の後
"狩人"についての調査は行った。
だがわかったこととといえば『その異常な戦闘能力』『武具を一瞬で召喚する異能』『"ジュウ"と呼ばれる正体不明の飛び道具』
"狩人"の過去やここに来た経緯などは一切不明。唯一わかった経緯といえば、神族メイ・スマイリーが突然連れてきたということ位だ。
並の組織とは比較にならない諜報力を有しているローゼンタールを持ってしてこれである。
恐らくはBFFも同じような情報しか掴めなかったが故、静観という方針をとったのだろう。
誰でもグリフィンの尾を踏む可能性もあるリスクは背負いたくないということだ。
王大人は危惧しているようだが。
「当事者の方々からは何も?」
「助けられたとしか。ルヴィリアス嬢へは礼をしたそうだが、"狩人"本人とは会えなかったそうだ」
リリウム本人としても"狩人"へ興味があった。
それは強者たる彼女をして、自らが成し得なかった未到達領域の開拓という偉業を短期間で行った存在
ということもあるが、それ以上に先日の"蒼い騎士"との関連性を疑っていたからだ。
一瞬の邂逅ではあったが、あの騎士の強さは異常だった。
ウィンDの実力とその強さをリリウムはその身で理解している。
その"ブラス・メイデン"を討つ寸前まで追い詰めた騎士。
事実リリウムが間に合わなければ、ウィンDはあの騎士によって殺されていただろう。
タイミングが良すぎるのだ。
あの騎士の出現にしても、世界の果ての異常にしても、"狩人"にしても。
リリウムは無自覚であったが、主たる初老の命よりも彼女自身の好奇心が"狩人"についての情報を求めていた。
生まれて16年。短い時間ではあるが、リリウムは自分よりも強い存在をほとんど知らない。
戦闘狂とは違うが、明らかな強者へ興味が湧くのは当然の帰結であった。
―――不意に渡り廊下の先から靴音が響く。
思考を巡らせていた意識を音へと切り替える。
陽光の影、建物内より人影が現れた。
黒衣のコート。枯れた羽の帽子。腰に下げた"ジュウ"と異様なノコギリのようなもの。
彼女達の話題の主、"狩人"の姿であった。
クラン・ヘイティアをクラン・ローゼンタールに変更しました。
こちらのがなにかとやりやすかったので。
感想その他本当にありがとうございます。
励みになります!