神様さえ、知らない場所へ。   作:Artificial Line

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自身の別の末路。
狂った狩人。
いや、一般人から見れば私もズレているのか。


【Act-2-3】上位者はズレている

彼女、リリウム・ウォルコットは我が目を疑った。

BFFからローゼンタールへ協力を仰ぎに、また主からの勅命を全うするためにこの場へとやってきた彼女だったが、

"狩人"がこの場にいる報告は受けていない!

何故ここに彼がいるのか。

しばし逡巡する。何か目的があってのことか?それはそうだ。

理由もなく彼がこの場にいるとは思えないし、そもそもローゼンタールの面々が招き入れるとは考えにくい。

 

彼女の思考の最中、―――不意に"狩人"が口を開いた。

 

「…リリウム・ウォルコットか?」

 

唐突な問いかけに、リリウムの思考は一時停止させられた。

横目でジェラルドを流し見ても、彼自身も困惑しているようであった。

どうやら"狩人"がココにいることはジェラルド自身も把握していなかったことらしい。

 

「…人違いだったか?失礼した」

 

リリウム達が困惑と驚愕で口を噤んでしまっていた様子を見て、"狩人"はどうやら思い違いだったかと判断したらしい。

そのまま言葉を切って正門へと歩みを進める彼をみて、ようやくリリウムは口を開くことができた。

 

「いえ…私はリリウム・ウォルコットです。"狩人"様…でいらっしゃいますよね?どうしてこちらに?」

 

リリウムの問いかけに、"狩人"はその歩みを止め視線を彼女たちへと向けた。

マスクで表情は隠されていて一切読めない。

唯一見える瞳も、ただ"宇宙色"の闇が広がるばかりであり、ジェラルドとリリウムの2人は言いようのない不安感に襲われた。

感情が読めない。なんの色も映っていない瞳。

百戦錬磨といって差し支えのない2人を持ってしても、その異様さが背筋を撫でた。

 

「ああ、合っていたか。正解だ。"狩人"…今はアリーヤという名前を頂戴している。何故ここにいるかか」

 

しばしの逡巡の後、彼は言葉を紡ぐ。

 

「その前に横にいる青年は何方だろうか。申し訳ないが"田舎"の出身でね。この街についての造詣はほとんど持ち合わせていないのだ」

 

その問にリリウムが答える前に、ジェラルド自身が声を上げる。

 

「ジェラルド・ジェンドリンだ。ローゼンタールを率いている。"狩人"、以前君には団員が世話になった。遅れたが、礼を言わせてもらいたい」

 

ジェラルドの言葉を受けた"狩人"の瞳に若干の色が灯った。

あまりにも感情に欠ける色だったが、それでも2人を襲っていた言いようのない不安感は薄れていった。

 

「気にすることはない。たまたま居合わせただけだ。それで何故私がここにいるかだったな。恐らくはそちらと同じだ、リリウム・ウォルコット。私は管理局から"世界の果て"で起きている異常についての調査を依頼された。故に以前助けたそちら(ローゼン)の探索者たちに、詳しい事情を訪れた次第だ」

 

表情を伺うことは叶わず、その瞳からも先程以上の変化は感じられない。

だがそれでも、不思議な事にリリウムは彼が嘘を付いているとは思えなかった。

 

「一先ずは友軍扱いということだな。リリウム・ウォルコット。ジェラルド・ジェンドリン。貴公らとは今後協同する機会もあるだろう。その際はよろしく頼む」

 

そう言って、異邦のモノと思われる一礼を彼は行う。

帝都の貴族たるリリウムもジェラルドもその礼式に見覚えはない。

帝都で式典や遊宴で異国の使者と関わる機会の多かった2人だが、その今までの経験からも彼の異様さと類似する国家や団体を2人は思い浮かべることはできなかった。

 

明らかにこの大陸の者ではない。

そして、こうして実際に対面してリリウムは気づいただが、彼からは"月の香り"が漂っていた。

その匂いは人間のモノにあらず。その匂いは神族特有のモノ。

 

人間ではない?神族の一柱なのか?

 

「こちらこそよろしくお願い致します。"狩人"、いえアリーヤ様。リリウム達としても貴方様との協同は思いもよらぬ吉報です」

 

「ああ、リリウムの言う通りだ。今回の一件には君は関知しないものだと勝手に思っていたよ」

 

ジェラルドの言葉に、初めて"狩人"がフッと小さく"笑った"。

それに少し、リリウムは驚く。

 

神族の中には永い時を過ごしたことによって感情の起伏が著しく無くなった者も存在しているということを、リリウムは知っていた。

だから"匂い"も含めて彼をそういった神族だとアタリを付けていたのだが、今の笑みはまるで"人間のようではないか"。

 

"人形"などと揶揄されるリリウム自身であるからこそ、その笑みに驚きの感情を抱かずには居られなかった。

 

「新参者の私に、随分と関心があるのだな貴公らは」

 

「それはそうだろう。たった一ヶ月で未開拓領域到達を達成し、A-ランクまで至った"狩人"。いまアリスライキで君に関心を持たぬ探索者なぞいないさ」

 

そうか。と彼は呟き、再び最初の雰囲気へと戻る。

掴みどころがない。何もかもを失った神族かと思えば、人間にも思える感情を灯す。

メイ・スマイリーが突如見出したと巷で噂される"狩人"。

素性は一切不明であったが、リリウムはより一層この男への懐疑心と好奇心が強まっていた。

 

何者なのだろうか。

短くはない期間、探索者として過ごしていてかつそれなり以上の立場にいる2人の元には数多の情報が入ってくる。

特に強者や頭角を表し始めた組織の情報などは優先して入ってくる。

だが、その2人の立場を持ってしても、この"狩人"の情報は殆ど掴めていない。

 

"まるで突然現れた"ようなこの男に対する強い好奇心を、リリウムは抱いていた。

それは"人形"と揶揄される少女に灯った、珍しい感情。

 

「それではそろそろ失礼しよう。リリウム・ウォルコット、ジェラルド・ジェンドリン」

 

「リリウム、で構いませんアリーヤ様。またお会いできるのを楽しみにしております」

 

「私もジェラルドで構わない。重ねて礼を言おうアリーヤ」

 

「承知した。ではな、ジェラルド、リリウム」

 

彼はコートをはためかせながら歩みを再開した。

漆黒の衣服が陽光の陰へと溶け込むように消えていき、石畳を叩く靴音のみが辺りへと響いていた。

 

「……リリウム。どう思う?あの男」

 

しばしの後、ジェラルドが口を開く。

 

「そうですね…端的に申し上げるならば、"人間"には見えませんでした」

 

リリウムのその言葉に、ジェラルドが目を細める。

 

「確かに。あれは間違っても人間では無いだろう。だがかといって神族であるとも言い難い」

 

「…今は行動を起こさず、静観するべきでしょうか?」

 

「それは私達の考えることでもないだろう。どうせ頭にカビの生えた老人共が決める」

 

アリスライキの昼下がりはそうして過ぎていく。

"狩人"を知らぬ彼らにとって、上位者との初邂逅は言いようの無い不安感を残すものとなった。

 

 

 

 

 

アリーヤがローゼンタールの本拠地を訪問した後日。

現在時間は早朝。日課であるルヴィリアスとルイスとの訓練も終わり、アリーヤは一時の休息を過ごしていた。

人形の入れてくれた紅茶を口に運ぶ。

中庭に隣接されたテラスで、スマイリーの面々は朝食を摂っていた。

 

人形が調理した目玉焼きをパンに乗せ、口に運んでいたルヴィリアスが不意に口を開く。

 

「そう言えば、昨日はあの後どうしていたのよ?あの性格悪そうな管理局の職員が帰ったあと、あんた帰ってこなかったでしょ?」

 

あんた(アリーヤ)は昨日の出来事を逡巡する。

ローゼンタール本拠地でリリウムとジェラルドと邂逅した後、世界の果てへと痕跡の捜索に赴いていた。

さしたる成果は得られなかったが、一つだけ見つかったものがある。

それは"車輪で引き裂かれた"ような探索者の亡骸を4体ほど発見したことだ。

アリーヤはその痕跡に、嫌というほど見覚えがあった。

 

ローゲリウスの車輪による殺傷痕と、その死体の痕跡は酷似していたのだ。

 

 

 

ローゲリウスの車輪

 

かつて殉教者ローゲリウスが率いた処刑隊の武器

 

カインハーストの穢れた血族を叩き潰し

夥しいかれらの血に濡れ、いまやその怨念を色濃く纏っている

 

車輪仕掛けの起動により、怨念を解放すれば

その素晴らしい本性が露わになるに違いない

 

 

 

あの"悪夢"で幾度か見えた処刑隊の狩人や、協力者、敵対者が振るっていた異形の武器。

アスカの話と照らし合わせると、まず間違いなく"別世界からの侵入者"がこの世界にいるという事だろう。

それもアリーヤと同郷の狩人である可能性が高い。

 

だがこの話はルヴィリアスたちにはするべきではないだろう。

余計な不安を煽る事になるやもしれないし、なによりこちらの"悪夢"の残骸に巻き込むわけにはいかないだろう。

 

自分(別世界の狩人)の不始末は、自らでケリをつける。

 

「ああ、ネイサンから依頼を受けてな。それの調査を行っていた。一段落してマリアの店で夕食を摂っていたら夜も耽っていてな」

 

嘘は言わず、だが本当のこともぼかして伝える。

探索者達の亡骸からドッグタグを回収し、管理局へと引き渡した後

マリアの勤めている食堂で報告も兼ねて食事を摂った。

 

その後一度夢へと帰還し死者たちからアイテムの補充を行ったあと、朝誰にもバレないように本拠地へと帰ってきたのだ。

 

狩人と戦う可能性が高い現状、装備のメンテナンスは怠りたくない。

負ける気などは毛頭ないが、いまこの身はスマイリー所属の探索者である。

護るべき者があると言うのは、アリーヤにとってはじめてのことであった。

 

故に今まで行ってきたトライアンドエラー(死んでもいつか倒す)は行えない。

この世界での死亡経験が無いので断言はできないが、上位者としての権能も含め、恐らくは再び"悪夢であった"事になるだけだろう。

 

だが自らが死んでいる間に"家族"に何かがあれば目も当てられない。

夢を見る狩人は死なない(死ねない)が、その場で即時復活はできないのだから。

 

「依頼って最近の異常現象の調査でしょ?メイ様から聞いたわ」

 

「あはは~。まあ話しても問題ないところしか話してないよ?本当だよ?」

 

アリーヤのジト目を、メイは苦笑いしながら受け流す。

 

「でも凄いですねアリーヤさん。管理局から直々に依頼が来るなんて、それこそ最上位の探索者だけですよ!」

 

ルイスは嬉しそうにそう話す。

そうなのか?と視線をルヴィリアスへと向けると、彼女は口を拭いてから説明を始める。

 

「管理局は探索者への依頼の斡旋を行っている。これは知っているわよね?でもそれは基本様々な所からの依頼を管理して探索者たちに"クエスト"として発注してるだけなのよ。管理局自体からの依頼は、殆どがリスクの高い内容よ。そんなの一般の探索者には任せられないでしょ?だから管理局が選抜した上級探索者達にだけ発注しているの」

 

「なるほど。信頼されているといえば聞こえはいいが、管理局にとって私は体のいい捨て駒が見つかったということだろうな」

 

「あんたねぇ…」

 

ルヴィリアスが眉間に皺を寄せ、額に手を当てる。

 

はて、何か彼女の気分を害する事を言ってしまったのだろうか?

 

「アハハハ…。それでアリーヤくんは今日どうするつもりなんだい?やっぱり調査?」

 

「ああ。とりあえずマリアの所に寄ってから世界の果てに向かうつもりだ」

 

「……まあいいわ。ネイサンって管理局の職員は"スマイリー"に依頼をしたんでしょ?じゃあ私達も手伝うわ、ね?ルイス?」

 

そのルヴィリアスの言葉を聞いて、アリーヤは思わず口に運ぼうとしていた紅茶を止める。

その瞳には若干の困惑が浮かんでいた。

 

「まて。それはダメだ。何が起きるかわからないし危険すぎるそれに…」

 

「はいはい聞かないわよ。あんただけが食い扶持を稼いでくるっていうのは癪だもの」

 

「僕もルヴィリアスさんと同じです。お手伝いさせてくださいアリーヤさん」

 

アリーヤが否定の言葉を口にする前に2人が言葉を挟む。

ダメだ!それはダメだ!

 

「まあまあアリーヤくん。2人も君に鍛えられてその力の出しどころに悩んでいるのさ」

 

メイまでも…。アリーヤはカップを置いて少しうなだれた。

 

さてどうする。現状"鐘"の音が響いたという所、更には異常事象が起きているのは世界の果てに限定されている。

市街での調査に限定するのであれば、リスクは低いか…。どのみち下手に否定をしすぎても彼女達の懐疑心を煽るだけになる。

 

「……仕方ない。ただし、世界の果てへ赴くのは異常解明まで控えてくれ。いまのあそこは"何が起きるかわからない"」

 

「ハァ!?探索者に探索するなっていうの!?そんなの…」

 

「ルヴィリアスさん。アリーヤさんがココまで言うんだ、僕たちじゃ下手に危険を振りまくだけになるかもしれないですよ。気持ちはわかりますが抑えましょう…」

 

ルイスがそう言ってくれたお陰で、食い下がってきたルヴィリアスも渋々その口をつむぐ。

内心で彼に感謝しつつ、アリーヤは言葉を続けた。

 

「私以上に"ヤバいやつ"が裏にいる可能性もあるんだ。解ってくれルヴィリアス」

 

「…ハァ。わかったわよ。市街での聞き込みだけに限定してあげる」

 

彼が取り戻した朝の団欒。

アリスライキの市街は喧騒を奏で始めていた。




最近時間がないのでルビの編集は後日させてください…。
あまり納得の言っていない文になってしまいましたが、多分まとめて後で編集させていただきます。
説明会みたいになってしまった。
すまねえ…一気に忙しくなって時間が取れなくなってしまいました。

次話は戦闘描写もマシマシにできそうです。

メイ・スマイリー脳内キャラ画 
【挿絵表示】

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