神様さえ、知らない場所へ。   作:Artificial Line

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彼は、人であるということを誇りたかった。


Act-1 Someone is Always Moving on the Surface
【Act-1-1】人らしさ


――――彼は圧巻されていた。

 

人の活気、喧騒、馬車が石畳を進む荒々しい音。

そのどれもに圧倒されていた。

 

横を行くメイにはバレないように、それでも彼はしっかりと目を見開いていた。

すでに武器は血の遺志へ変換し格納している。

メイに『その武器を持ったまま市街に入るのは不味いかも…』と言われたためだ。

彼としては、未知の土地に行くというのに手元に武器が無いのは不安であったが、

それは唯の杞憂であったと思い知らされる。

血の遺志に武具を還した時、メイは目を白黒させて驚いていた。

だが空気を読んでくれたのか、踏み込んだことは訊いてこなかった。

 

人々がしっかりと生活し根付いている都市を、彼は初めてみた。(思い出した)

その一つ一つを見逃すまいと、彼は脳裏に焼き付けていく。

獣臭も、死臭も、血臭もしない。

僅かな月の香りは漂っているが、それは目の前を行くメイからも感じられるもの。

 

恐らくは彼女の種族であるという()()特有の香りなのだろう。

 

道中メイは、彼にこの土地について詳しく話してくれた。

 

城塞都市アリスライキは、東部大陸最大の人間の帝国、

ヴィカーナ帝国の最東に位置している。

堅牢な城壁に囲まれ、その内部に市街が広がっており、様々な人種、種族が闊歩する大変活気のある都市である。

もともとこの都市は、アリスライキの更に東に広がっている色の無い霧、そこから溢れる異形共に対応するための城塞都市だった。

しかし、色の無い霧の向こうに未知の文明のものと思われる廃都市や、新素材、新モンスターが確認されると世界中から()()()達が集まり始めた。

探索者とは、世界中に残された遺跡や滅んだ国々を探索し、そこで得たモノを売ることで生計を立てている者たちのことだ。

広義の意味ではモンスター退治や商隊の護衛などで生計を立てている者たちも探索者と呼ばれている。

現在では数多の探索者達が集まり、別名()()()()()とも言われている。

 

最初期こそアリスライキはヴィカーナ帝国軍が駐屯する城塞であった。

だが駐屯軍の規模が多ければ多いほど物資の補給や娯楽施設が必要になってくる。

 

帝都から帝国最東に位置するアリスライキへの補給は、帝国にとって悩みの種であった。

その悩みの種を解決したのが、メイ達の国。西部大陸に位置する神族国家であった。

彼らはアリスライキ自体を城塞都市化することを提案。

多くの豪商の神族やその眷属たちを入植させることで大都市へと発展していった。

 

帝国はこの提案を受け入れざる得なかった。

帝国にとって神族国家は盟主のようなものでもあったし、当時の情勢ではそうすることが最適解であると結論づけたからだ。

 

「凄いな…」

 

「そうかい?まあこの街は様々な種族が暮らす大都市だからね!名無しくんがいたところはどんなとこだったんだい?」

 

「…建造物群はこの街よりも発展していた。だが陰鬱な空気に包まれ、住民はほとんどいなくなってしまっていたが」

 

「…なんか言いづらいことを訊いちゃったみたいだ。ごめん」

 

彼の悲しげな雰囲気を感じとって、メイは思わず謝罪する。

彼は気にするな、と短く返答をした。

 

アリスライキには様々な()()()が存在している。

クランと言うのは探索者達の組合のことだ。

数多のクランがあり、それぞれの特色がある。

大規模なものでは千人規模のものから、2~3人ほどの小規模なものまで様々。

例外はあるが、その多くが入植した神族の一柱を中心として設立された。

 

彼とともに歩くメイも、クランを持っているらしい。

彼女ともうひとり、人間の少女二人だけの小規模なものだと彼女は照れくさそうに言っていたが。

 

「さあ着いた!ここが私達のホームさ!ささ入って入って!」

 

彼女は市街の北部にある3階建ての建物で歩みを止めた。

レンガと白壁で作られた瀟洒な建物だ。

見ようによっては喫茶店にも見えるかもしれない。

玄関には看板がかかっており"クラン・スマイリーホーム"と書いてあった。

 

ドアに付けられた鐘がカランカランと鳴る。

メイに続いて彼は中へと入っていった。

 

どことなく狩人の夢にある館を思い出すような、落ち着いた内装であった。

 

「そっちがキッチン、でここが応接室、1階はクランの業務スペースになってるんだ。私達が生活しているのは上の階だね」

 

彼は興味深そうに室内を見回していた。

人の生活感を感じられる建物に踏み込んだのは実に久々なことだった彼は、感動すら覚えてしまっていたのだ。

 

「それでこっちが…どうかしたのかい?」

 

「ああ、すまない。人の生活を感じられる場所に踏み入ったのは久しぶりでな。少しクるものがあってな」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

―――メイは、彼の背後にナニかを幻視した。

血濡れの背広。狂気に飲まれつつも、しかしその歩みを止められない哀しい狂人(狩人)

狂気すら糧とし、突き進む同族(上位者)の姿。

 

メイは少し動揺した、だがそれ以上に彼がなにかとてつもない重責を背負っているのを直感する。

啓蒙の高まりを感じる。

神族たるメイの身ですら、未だに測れないものは数多くあるのだと言うことを改めて彼女は感じる。

 

メイは思わず彼の頬に手を添えた。

大柄な彼との身長差故、メイが背伸びをする形になる。

マスクをしているためメイからは彼の瞳しか見えないが、

宇宙が広がるようなその瞳が大きく見開かれているのが見て取れた。

 

「名無しくん。私は君のことを深くは知らない。ついさっき知り合ったばかりだからね。当たり前さ。でもこれだけは言える。もう君だけが重荷を背負う必要は無いんだよ。君だけが潰されるような重責を抱える必要は無いんだよ。君は傷つき過ぎている。もう休んでもいいんだ」

 

『休んでもいいんだ』

 

彼の胸に、メイの言葉が温かく染み込んでいく。

目を更に大きく見開き、ゆっくりと膝を落として彼女と視線を合わせていく。

相変わらずメイからは彼の瞳しか伺うことが出来ない。

だが、メイには今の彼が吹けば崩れてしまいそうなほど、儚いものに見えた。

 

「私は…私は…数多を鏖殺し、数多くを見捨てて来た。助けられたはずの命も、救えたはずの運命もたくさんあった」

 

彼女は、彼の瞳を覗き込みながら黙って彼の独白を聞く。

それは懺悔のようで、苦しくて、哀しくて。

彼がいままでどう過ごしてきたのかは全然知らない。

だが、メイは彼に自分と同じものを感じ取っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼女はその感覚を実体験として知っているからこそ、彼の言葉の続きを待った。

 

「悪夢の中を彷徨い歩いた。何度も、何度も何度も何度も何度も。幾千を超える死を経験し、万にも届く獣を狩り尽くした」

 

「遂に掴み取った悪夢からの開放も、獣狩りの夜の終わりも。何も残してはくれなかった。あったのは虚無感だけだ」

 

「私は…俺は…僕は…自分が何であったのか思い出せない。人であろうと夜を駆け抜け、だが最後には本当に人では無くなってしまった」

 

「こんな私が…休んでも良いのだろうか…止まってもいいのだろうか…」

 

数瞬の間が、二人の間を過ぎていく。

メイはゆっくりと息を吐き、言葉を紡いだ。

 

「―――当たり前じゃないか!同じ香りの同胞よ!」

 

そういって、メイは彼の両頬に優しく手を添え、ゆっくりとマスクを下ろした。

乱雑に生えた髭と、それなりに整った顔が現れる。

年の頃は20代後半ほどから30代前半だろうか。

髭を剃ればもっと若くみえるかもしれない。

 

狩人()の両頬に、メイの温かい手が添えられる。

 

「繰り返しになるが、私に君の過去はわからない。それでも辛い運命に抗い続けたということだけはわかる」

 

「―――同じ香りの同胞よ、私の(クラン)にこないか」

 

言葉がつまる。

上位者となった彼の思考は、だが今は只人で有りたいと願った。

何故メイにあんな独白をしてしまったのかもわからない。

上位者たる自らが、何故こんなエラーのような行動をしてしまったのか、理解が出来ない。

 

ああ、だがしかし。このエラーこそが、()()()()というものだろうか。

ならばこのエラーのまま、人らしい感情のまま、一時を過ぎしてみようではないか。

 

彼は右頬に添えられた彼女の手に、自らの手を重ねながら答える。

 

「―――――喜んで、月の香りの女神よ」

 

 

 

 

 

 

 

アリスライキの市街を、金髪の少女が歩いていた。

腰ほどまである美しい金髪をポニーテールでまとめ、少女は手に抱えた紙袋を落とさないように歩いている。

 

「あら、ルヴィリアス嬢ちゃん。お買い物かい?」

 

「食堂のおばさん!ええ、食材が切れていたので商業街へ出向いていました」

 

彼女、ルヴィリアスという金髪の少女は、声をかけてきた婦人に明るい表情で返事をする。

【挿絵表示】

 

ここ最近、アリスライキ自体の景気も上昇傾向にあり、食材も安く手に入って彼女は助かっていた。

駆け出し探索者であり、クラン・スマイリー唯一の探索者の彼女にとって、食費は悩みの種である。

彼女がこの地に赴いた半年前、とある事象のせいでアリスライキの物価がとんでもないことになっていた事もあって

いまの高景気は非常に助かっていた。

 

彼女、ルヴィリアスは帝都の名門貴族の第二令嬢である。

何故、貴族令嬢である彼女が、最東に位置しているアリスライキで探索者なぞしているのか。

それは彼女の家、レイア家とメイ・スマイリーとの関係に起因していた。

メイとレイア家は、メイがクランを立ち上げる前からの主従関係である。

メイ・スマイリーはレイア家に寵愛を授け、レイア家はそれによって発展した。

ルヴィリアスに対しても、メイは幼少の頃から可愛がっており、

メイのクランへ所属することが彼女の幼少の頃からの夢であった。

気の強い彼女の要望と、娘への甘さから当主たる父が折れ、晴れて

クラン・スマイリーの一員となる。

 

半年前にメイのもとに来たルヴィリアスは、持ち前の容姿とコミュニケーション能力を駆使して

アリスライキでの生活にもすっかり馴染んでいた。

 

それでもクランのメンバーはルヴィリアス一人とメイ一柱だけであり、決して楽な生活ではない。

もうひとりぐらいメンバーが増えれば楽なのに、とは彼女の本音である。

 

食堂のおばさんと軽い世間話をした後、再び歩みを進める。

しばらく進めば、彼女の今の家。クラン・スマイリーのホームだ。

 

到着したルヴィリアスは、紙袋の中身を落とさないように気をつけながらホームの扉を開ける。

 

ふと、嗅いだことのない匂いがした。

メイ達神族達の匂いにも似ていたが、明らかに違う。

高貴な香りの中に、確かに血と臓物の匂いが紛れ込んでいる。

 

そもメイは今、アリスライキ周辺の森へ、ポーションの材料を取りに行っているはず。

今は午後14時過ぎ。

この時間に帰ってくるとは考えづらい。

 

ルヴィリアスは警戒しながら廊下を進む。

出来るだけ足音を立てないように、慎重に。

 

――応接室の方で男の声がした。

ルヴィリアスの全身に緊張が走り、身を引き締める。

このクランには彼女とメイ、女性二人しか所属していない。

さらに客人が来る予定も無かったはず。

中のモノに気取られないよう、警戒しながら応接室の扉から中を覗き込んだ。

 

黒い男だ。

そして男の先にはメイの姿も目に入る。

黒い外套を身に着けた男が身をかがめ、メイの前に跪いていた。

状況が理解できず、彼女は困惑する。

 

あの男は誰だ?なぜメイ様がこんなにも早く帰ってきている?この匂いの原因はあの男か?

 

彼女は持ち前の思考力で即座に考えを巡らせる。

 

ふいに男の口から言葉を漏れた。

 

「―――――喜んで、月の香りの女神よ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ルヴィリアスの思考はホワイトアウトする。

いまの言葉はまるで()()()()()のようではないか。

確かに人手は欲しいと思っていた。

が、こんなにも怪しく、濃厚な血の匂いを漂わせた男がメイ様の信奉者になるなど冗談ではない!

独善的で理不尽な言い分だとは彼女自身も理解していた。

それでも年端もいかない少女にとって、感情の手綱を完全にコントロールするのは難しい。

 

それまで冷静に状況を見極めようとしていたルヴィリアスだが、そんな冷静さはどこ吹く風。

感情に従うまま彼女は叫んでいた。

 

「メイ様ーーーーーー!!!!」

 

その叫びに驚いたのか、メイの肩がビクッと跳ね上がる。

それに対し男は、冷静に立ち上がり、肩越しにルヴィリアスを見やるだけだった。

 

「る、ルヴィリアス…帰ってたのか…」

 

「ええ只今戻りました。…ではなくてですねッ!その男は誰ですッ!?それにさっきの言葉は!?」

 

「き、聞いていたのか…本当はもっとちゃんとした形で紹介したかったんだが仕方ない」

 

数瞬の間を置いて、メイが言葉を続けた。

 

「紹介しよう!今日から私達の家族に加わった名無しくんさ!」

 

SEでも流れそうな雰囲気で、メイは男を紹介する。

対するルヴィリアスはあんぐりと口を開けて絶句してしまった。

彼女にとってもっともあってほしくはない展開であったがゆえに。

ルヴィリアスがなにかを言おうと口をパクパクさせていたが、それよりも先に言葉を上げたのは男だった。

 

「初見となる。生憎と今は名乗る名前は持ち合わせていないが、今日から彼女に世話になることになった。よろしく頼む」

 

名無しと紹介された男は挨拶の後、異国のモノと思える一礼をした。

 

「みっ、」

 

「み?」

 

やっとのことで言葉を出したルヴィリアスに対して、メイが訊き返す。

 

「認めませんからァーーーーー!!!!」

 

アリスライキの昼下がり。市街には少女の絶叫が響き渡った。

その後、若干のヒステリーを発症した彼女を諌めてまともに言葉を交わすまでには1時間ほどのときが必要であったという。

 

 




狩人様喋りすぎな気もする。
だけど、彼らだって、こんな葛藤や迷いを進み続けたのかな
っていうフロム脳の暴走。

お気に入り、感想ありがとうございます!
ほんとモチベ上がります!

蛇足感はありますが、狩人様のラフ画です。
新しいペンで大苦戦。

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