「…父さん」
書斎の大きな椅子に腰掛け、背もたれに身体を預ける。ギシリと軋む椅子の音だけが響き、今家に自分以外誰も居ない事を思い出す。
正確には詩乃が居るのだが、詩乃はALOではなく悠がプレゼントしたGGOを楽しんでいるハズだ。どうせ2人の為にしか使わない小遣いなので、別に痛い出費ではない。だが詩乃曰く「一緒にゲームしたいのは和人ではなく悠と木綿季」だそうで、暫くはリサーチらしい。
因みに木綿季は里香とシリカ――綾野珪子と一緒にショッピングだ。女子会的な感じらしく、悠は快く送り出した。ただ詩乃に関しては和人が共にGGOに居るらしく、少しモヤっとしている。これじゃSAOの頃の2人と同じだな、そう苦笑する。
その感情も、今日の早朝に交わした父とのやり取りを思い出すと曇ってしまう。
『父さん、今度の――』
『ゴメンな悠、忙しいんだ。後にしてくれ』
『…いや、大丈夫。行ってらっしゃい』
SAOから帰ってきてから、悠は父との距離が離れたと思っている。両親が共働きなのは勿論理解している。父は社長で母は看護師、どちらも当然夜勤も有れば早朝からの出勤も有り得る。それでも両親は悠に、更に言えば血の繋がっていない詩乃や木綿季にも平等に愛情を注いできた。そんな父だから、自分がSAOを渡した事に自責の念を感じているのかも知れない。もしそうなら父を責めるのはお門違いだろう。
悠のスマホが震え、予定の時間が来た事を伝える。念の為画面を確認するとリマインダーが予定していた時間が来た事を通知しており、悠はある物を持って自宅を出た。
バスを数本乗り継ぎ、到着したのは墓地だ。だが悠の両親は健在であり祖父母は物心つく前に亡くなっており、親族関係で墓地に来る意味は無い。当たり前だ、この墓地はSAO事件被害者の為の墓地。彼が入るかも知れなかった墓地だ。今日の悠の目的は1人の墓参りであり、もう1人は後日に改めようと思っている。
「……………」
一時期はどのメディアでも取り上げられた事件だが、終われば呆気ないものだ。今の墓地はがらんとしており、幾らお盆ではないとは言え人が殆ど居ない。いずれ完全に人の記憶から無くなり、書籍などの記録媒体に記されるだけの事件になると考えて、悠は首を振る。
それから目的の墓に辿り着くと花を置き、両手を合わせて目を閉じる。様々な医術を用いてもなお記憶の大半が未だに朧気な悠だが、彼女ともう1人の彼の事は忘れていなかった。
「…立派に戦ってたんだ、忘れる訳が無い。お前は勇敢だったよ。…安らかに」
「――あの…」
そして立ち上がると後ろに気配を感じる。隣の墓に墓参りしに来たのかと思い少し避けようとすると、声を掛けられる。もしかしたら他の人に向けたのかも知れないが、この場に居るのは自分しか居ない。気配は自分と話し掛けてきた人しか無い為、ゆっくりと振り向いて問い掛ける。
「はい、どうかしましたか?」
「ウチの娘の…
予想はしていた。声でサチの友達ではないのだと判っていたが、まさかこのタイミングでかち合ってしまうのかと嘆息する。そして悠は迷う。確かに
そう考えていた時、幸の母親らしき人が持っている本を見付けた。
『SAO事件人物録』
その本は見た事があった。SAO事件の主犯、茅場晶彦の事とSAO事件で活躍したプレイヤーと人を殺したプレイヤーの事が書いてある本だ。出版社曰くSAO生還者にインタビューしたものらしく、事実大体の主要な事件は正しく書いてあった。
ただ問題は『シュユ』についての記載だ。あらゆるメディアで扱いが英雄と犯罪者に二分される彼は最も評価が分からない人物だ。『黒の剣士キリト』に『閃光のアスナ』、『絶剣のユウキ』、『魔弓の射手シノン』はどれを見てもSAOの英雄として持て囃されているが、『灰の狩人シュユ』は違う。1つは【真の英雄】、また違う本を読めば【最悪の殺人者】。流石にリアルに抵触する様な情報は無いが、それ故に好き放題言われているのも事実。
そして彼女らが持っている本は、シュユを犯罪者てして扱っているソレだった。
「…少し長くなります、座れる場所な有った筈です。そこに行きましょう」
「まず自己紹介を…アバターネームなのは勘弁して下さいね」
「ええ、大丈夫ですよ。見知らぬ者同士ですからね」
言おうか言うまいか、悩む所はあったが嘘を伝えるのは嫌だ。そう思い悠は自分のもう1つの名前を口にした。
「オレはシュユと言います。…その本にも、載っています」
「シュユさん…えぇ、存じてます。色んな本を読みましたが、
「…そうですか。それで、さっきの質問ですが、オレの知るサチさんとあなたの言う幸さんが同一とは限りません。まずオレが覚えている限りの特徴を言っていくので、本当に合っているか答えて貰って良いですか?」
「勿論です」
「それじゃあ――」
ここから数個の問いを投げ掛ける。性格と外見、それぞれ自分が知る限りの情報を掻き集めた質問は容易く答えられ、間違いは訂正され、嫌でも目の前の女性がサチの母親なのだと思い知らされる。
「――これで充分ですか?」
「…そう、ですね。それで、何を訊きたいんですか?」
「では、あなたから見たあの子の事と出会いを」
「分かりました」
取り繕おうとしたが、それは却って相手への無礼に当たる。そう感じた悠は包み隠さず、自分が知る『サチ』の事を話し出した。
「彼女とは偶然出会いました。端的に言えば敵に襲われて死にかけてた彼女を、傍を通り掛かったオレが偶々助けたってだけです。それから何故かオレはサチに戦い方を教える事になって…何せオレは彼女と獲物が違うので、本当に基本的な立ち回りしか教えてなかったんです。でも途中で槍から片手剣と盾…つまり1番前に出る戦い方を教えて欲しいと。オレは盾なんて使わないのでひたすら組み手をやって、それで実践形式にしてました。…結局意味が有ったのか、オレが成果を見る事は無かったんですけどね。
サチは…正直に言って良いですか?」
「ええ、お願いします」
「では…サチは正直、戦いのセンスは無かったと思います。しかも臆病で、本来は鍛冶師やらの生産職になるべき人だった。それでも戦おうとした理由は、オレには解りません。それは彼女の友達にも、もしかしたらサチ本人にも解らないのかも知れません。誰より臆病で痛みが怖くて、死に怯えて今にも狂いそうなのに踏ん張っていた。
だからこそ言います。彼女は誰よりも勇敢だったと。恐怖から街に籠もる人は何人も居ました。それでも彼女は確実に安全な
ですから、是非あなたの娘を誇って下さい。今よりも、もっと。サチは、幸さんはこんな
そこまで言って、買っていた緑茶を飲む。その時にやっと口の中がカラカラに乾燥していた事に気付く。思いの外緊張していたらしい。
「あなたは…お優しいんですね」
「どうでしょうね。…ただ良い人ぶってるだけかも知れませんよ?あなたも読んだ筈です。その本にも書いてあるでしょう?オレがやった事、大体全部合ってますから」
「…私、実は結構酷い性格なんですよ」
「どういう事ですか?」
「正直、ああいう本に書いてある事はどうでも良かったんです。私がSAOに関する本を買ってるのはあの子が、幸の事が載ってるか知りたかったから。でも、あなたが憶えていてくれてました。私、実はSAOが終わってから毎日
「そんな…!」
「私にとってあなたは娘の事を憶えていてくれた唯一の人です。少なくとも、皆さんが言う『黒の剣士』よりも何倍も善い人ですよ」
善い人、その言葉が胸の中を駆け回る。何人も何人も殺した自分がそんな訳が無い。そう考えながらも喜んでいる自分が居る。自罰的な思考になりがちな悠は自分を責めていた。許される訳が無いのだ、と。
「…あ、そろそろ私のバスの時間です。それじゃあ、お暇させて貰いますね」
「分かりました。お気を付けて」
「ご丁寧にありがとうございます。――あ」
「どうかしましたか?」
座っていたベンチから立ち上がり、帰ろうとする幸の母親。だが何かを忘れた様に彼女は振り向き、言った。
「あの子は悪い人、怖い人とは関わらなかったんです。あなたこそ自信を持って下さいね。あなたは、紛れも無く善い人ですから」
「ぇ、ぁ…………………?」
悠は俯き、彼女は去っていった。悠には解らなかった。自分が未だに許せなかった。木綿季と詩乃は未来へと進めているのに、未だ
因みにタイトルは某アニメをパク――オマージュです。面白かったですねぇ、私はアカネちゃんの「うっそ〜」が好きでした(ノンケ)