「ねぇ悠、一緒にお買い物行かない?」
「ごめん、用事が入っててな…」
どうなるのだろうか、悠はそう思っていた。昨日の夜、木綿季が唐突に外出に誘ってきた。それだけなら当然行っていたが、残念ながら悠には予定が入っていた。しかし、そこで断るのは仕方の無い事だ。だが――
「久し振り…ううん、
こうして2人に内緒で、女性と会っているこの状況が見つかれば、ほぼ確実に命は無いだろうと、そう確信していた。
「随分と若く見えるな、ディーテさん」
「それ、老けて見えてたって事?」
「え、いや、そんな訳じゃ…」
「冗談だよ。まぁあっちだとずっと敬語だったし、ずっと修道服だったからね。多少歳が増えて見えてたかもってのは思ってたんだ」
「……………………」
こういうタイプは苦手だ。心底悠はそう思う。
目の前に居る女性(どちらかと言うと女子だろう)はSAOに於いて数少ない互助プレイをしていた『ディーテ』だった人だ。そして今回は2人都内の喫茶店に待ち合わせ、その席の1つにこうして座っているという訳だ。
見た限り年齢は悠より1つか2つ上といった所だろうか。少なくとも下ではないだろう。基本的に女性と関わる事は少ない上に年上の女性の接点など殆ど無い。有っても明日奈や里香くらいのもので、その2人は年上と思っていない(と言うより、SAOから帰還するまで同い年だと思っていた程だ)。
手玉に取る様にからかってくるのは詩乃だが、彼女は殆ど冗談半分で簡単に反論が出来る。だが目の前のディーテは違い、違うのだが決して反論出来るほど違っている訳でもない、絶妙な所でからかってくる。別に機嫌を損ねる訳ではなくとも、何だかなぁと思わせる程度には手強い相手だった。
「はいこれ、名刺ね」
「清水愛華さん…2つ上だったんですね」
「そうなんだ!それで、君の名前は?」
「秋崎悠です。高校1年、16歳ですよ」
「敬語じゃなくて良いよ。あっちでもそうだったでしょ?」
「分かり…分かった。それで、オレを呼んだ理由は?」
「解ってる癖に。…あの人の事、教えてよ」
「…カーヌスの事、だよな」
「うん」
目の前で死なせてしまった専属鍛冶師、カーヌス。
それを彼女は悠のリアルも知らないというのに、墓場に通う事で強引に悠のリアルを割り出したのだ。墓場に花を供え、手を合わせてから立ち去ろうとした時に「君、シュユ君だよね」と呼び止められた時は心臓が止まりそうになったものだ。
そんな愛華が悠を呼び出した竜など明確だ。彼女は知らないのだから、カーヌスの死に様を。
「…幼馴染、だったんだ。年は君と同じ、2歳差でさ。好きだったんだけど、結構避けられててね。結局、何も言えずに死んじゃったんだ。ショックだったなぁ、石碑に線が引かれてたの」
「………そうか、それなら教えるよ。全部、隠さずに」
思い出すのはカーヌスの涙を流しながら浮かべた笑顔。預けられた鍵と、死の恐怖に震えながらも紡がれた言葉。
「カーヌスは人の悪意に殺された。オレも後から知った事だったけど、アイツは鍛冶師の中では有名人だったらしい。だから金を持ってると踏まれたんだろうな。金銭目当てのヤツらに呼び出されて、拒否した結果レベル3の毒を掛けられてたんだ。オレがメールを貰って駆け付ける頃には手遅れで、ポーションも切れてたし転移門に行こうにも妨害されてて、安全圏に入った所で無理矢理連れ出されるのは目に見えてた。…だからカーヌスは死を選んだ。オレに鍵と財産を託して、死んだ」
「…ユウキちゃんが持ってた鍵、カーヌスのだったんだよね。なんで持ってるのか疑問だったけど…アレ、悠君に所有権が移ってたんだね」
「あぁ、だからユウキはあんな馬鹿げた剣を直ぐに持ってこれた訳だ。…そりゃあ勝てる訳が無い」
ユウキがシュユを倒す為にカーヌスの工房から持ってきた剣【聖女の祈剣】。これはカーヌスが造った正真正銘の遺作であり、彼曰く『最も剣として正しく、故に邪道の剣』である。
その基本性能は高水準に纏まっているが、ただそれだけ。変形武器が代名詞とまで言われるカーヌスの武器としては最初期に造った10本の剣以外では無かった純粋な片手剣であり、普通のプレイヤーが使えばただそれなりに強い剣となる。しかし、この武器に付与された効果こそがSAO史上最も強く、それ故に彼以外に造る事が出来ないと言われた由縁である。
その
その剣は既に失われて久しいが、ALOでそれを再現しようと四苦八苦しているピンク髪のレプラコーンが居る。物好きというか負けず嫌いなんだろうな、と悠は思う。
「そんな性能してたんだ…それを邪道とか、ホントにあの人らしいな」
「どういう事だ?」
「カーヌスはね、何だかんだ『天才』って言われるくらい何でも出来たんだ。でも、どう言うのかな…正道ってのが嫌で、どんな事でも普通とは違うアプローチでやるから変わり者って言われてたんだけど…」
「天才、ねぇ…」
悠が知るカーヌスは確かに天才だったが、それでも弱点が有ったのは知っている。それは目の前の彼女と、他人との距離の詰め方だ。決して人見知りではなかったが、興奮するとグイグイ行き過ぎる彼の性格は何も知らない人から見れば嫌に見られる事も有るだろう。更に想いを寄せていたであろう愛華に、「避けられていた」と言わせている。つまり彼は2人きりになる事などを避けていたのだろう。
「オレはアンタとカーヌスの関係を良く知らない。だけど、少なくとも1つだけアンタの認識が違う事だけは解る」
「…なに?」
「カーヌスは他人との距離感の掴み方が下手くそだった。だから、アンタを避けてた訳じゃないんだぜ?…本当は、あなたの事が好きだったんだよ、愛華さん」
「え、嘘…だって…」
「…嘘じゃない。聴いたんだよ、カーヌス本人から」
言おうか迷ったが、それが彼の本心だったのだ。ならば伝えなければと悠は思った。そうでなければカーヌスの想いが勘違いされたまま幕を閉じる。それだけは嫌だったから、悠は真実を告げた。
「…どう捉えるかはあなたの自由だ。でも、オレが言ったのは紛れも無い真実だよ。…じゃあ、また機会が有れば」
そう言って喫茶店から出る。バスの時間を見て帰らなければ、そう思ってスマホを取り出した瞬間、ドンッという鈍い衝撃が背中から伝わり前に1、2歩よろける。肩越しに後ろを見れば特徴的なアホ毛がぴょこんと見えた。背中に抱き着いている様だ。
「ゆ、木綿季…?」
嫌な予感がする。そしてその予感の正体も解っている。外れているなんて事はほぼ確実に無いだろう。
「…ボクとのデートを断っておいて、随分楽しそうだったね。ねぇ、悠?」
(やっぱりかぁぁぁ!!)
ちらりと時計を見ると3時、つまりおやつにはちょうど良い時間だった。そしてこの辺りには有名なスイーツ店があり、その店の特集を見て木綿季が「食べてみたいなぁ…」と口にしていた事を覚えている。安直だが名案が浮かんだ悠は極力動揺を見せない様に取り繕いながら話題を切り出した。
「そう言えば、この辺にはえんじ屋って店があったな。時間もちょうど良いし、行かないか?勿論オレが奢るし」
「…1番おっきいのね」
「りょーかい」
「…あと、ちゃんと聴かせて貰うからね」
「…はい」
それでも機嫌が良くなった木綿季は今にもスキップしそうだ。流石に危なっかしいと手を繋ぎ、一緒に歩く。隣の木綿季は顔を紅くしていて、後ろから抱き着くのは平気なのにな、と苦笑しつつ悠は所謂恋人繋ぎにシフトさせる。
そのまま入店したせいでえんじ屋の店員にカップルと思われ、カップル限定のジャンボパフェを食べた上に代金無料の代わりに食べさせ合う2人の写真を店頭に飾る事となった。それを詩乃に咎められるのは少し後の話だ。