「はい、リラックスしてねー。息吸って〜、吐いて〜。………よし、オッケイ」
「ありがとうございました。結果は?」
「まぁ大丈夫かな。プレイしてる時に何か違和感とかある?」
「違和感…というか、こう当たるか当たらないかの微妙なラインで視界がスローになったりはしますね」
「あーね。それは大丈夫、VR適性が高い人に多い事だからさ。キミ程ズバ抜けた適性が有れば無い方がおかしいからね」
今悠は国が運営する病院で検診を受けていた。それはVR適性が余りにも高過ぎるが故の事だ。通常のアミュスフィアでは悠本来のパフォーマンスが封じられてしまう為、研究の意味を含めて医療に使われる『メディキュボイド』や軍の訓練でも使われるスペックを持つ『アドバンスド・アミュスフィア』を使っている。その為悠は体調がおかしくなる可能性が無きにしも非ずなので定期的に検診を受けておく事にしている。
「…あ、秋崎君。キミ、限定解除使ったでしょ」
「えぇ、まぁ」
「アレ、とんでもなく負担掛かるから乱用は本当に駄目だよ?アレは君のアミュスフィアの性能を高める…というか、ナーヴギアの性能とほぼ同じにするって感じだからね。流石に死にはしなくとも下手をすれば現実の身体にまでフィードバック来るから」
「最悪どうなりますか?」
「多分戦う分には心拍数が上がる程度だけど、死んだら不味いかもね。下手すれば心臓が止まる…かも知れない」
「流石に死ぬ訳にはいかないので、留意します。…とは言え、余程譲れない事が関わってない限りやりませんが」
「君もそうだけど、桐ヶ谷君と紺野君にも言っておいて欲しい。君達3人は不確定要素の塊みたいなものだからね」
悠、和人、木綿季の3人はSAO生還者の中でも最高クラスのVR適性値を持つ3人だ。意図的にゼロモーション・シフトを使える3人であり、それ故にリハビリに時間が掛かった3人でもある。
その中でもズバ抜けている悠は最近現実で生き難さを感じる事がある。それも当然、悠の仮想脳は既に現実の脳とほぼ同等かそれ以上に発達している。しかも1度現在のVRゲーム界を支えている【
だがその後遺症も深い。後遺症とは言っても肉体的なものではない。むしろ悠は健康優良であり、壊している所は身体には無い。悪いのは心、つまり悠は心的外傷によるストレス障害を患っていた。
その症状は幻聴と悪夢だ。幻覚こそ見ないが、1人でいると今まで殺してきた者の怨嗟の声が耳の奥底に響く。だが、それならまだ良い。イヤホンで耳を塞いで音楽を垂れ流せば幾分かは緩和出来るからだ。しかし、悪夢は違う。悠と言えど人間、つまり睡眠は欠かせないものだ。だからこそ寝るのは不可欠であり、それ故に悪夢からは逃れられない。最近は両親と詩乃と木綿季にその事を話し、夜は共に寝る事で気休め程度に精神を安定させている。
だが、夢の中に2人が現れる事は無い。表面上は後悔などしていないと言う彼だが、そんな訳が無い。結果的に良かったと言えるだけで後悔なら幾らでも有るのだ。毎晩毎晩その後悔と犯してきた罪を主観でフラッシュバックさせられ、その感触を覚えたまま起きる。その度に悠は叫んで死にたくなる。精神安定剤と睡眠薬を飲んでおり、悪夢に悩まされる為質の良い睡眠は摂れず、既に限界が近かった。それでもすんでの所で持ち堪えているのは全て友人達のお陰であり、家でも詩乃と木綿季の2人が居なければ保たないだろう。
それでは駄目だと1人で行動する事が増えたが逆効果で、2人に会った時の反動が大きくなっただけだ。いつかは1人で立たなければならないというのに、ままならないものだ。
「…じゃあ、失礼します」
「悠君、少し待ってくれ」
「どうしました?」
「…いや、すまない。気にしないでくれ」
「…?分かりました、それでは」
診察室を去る悠の足取りは軽く、何かに駆られる様に早足だった。それを見た医者は嘆息する。
「…難儀なものだ。世の中は彼の事を既に許しているのに、彼自身が自分を許せていないんだからね。…彼を許せるのは、もう――」
悠が殺してきた者は全て
うら若き少年の自己犠牲の善行、それがプレイヤー『シュユ』が成した行動だ。その中に何も悪い事は無く、それ故に彼の行動の英雄性は増していた。むしろ輝かしい功績
目覚めた時は祝福されず、漸く悠は英雄として見られる事が出来た。だが、彼がそれを認めていなかった。何よりも当事者である彼自身が自らの成した行動を許せず、前に進もうとしているが故に
「――いや、それは僕が推し量れるものではないね。…少しでも救いが有れば、きっと…」
医者はそう呟く。権力がどうこうという、そんなものに興味を持たない彼は良い医者だ。だからこそ、自分の患者である悠の未来を心から願っていた。
そして自宅に帰った悠が聴いたのは、クラインの腕が折られたという報告だった。
この章、つまりOS編のテーマは『決別』です。ちなみに他の章にもしっかりテーマは有ります。