2度目の命は2人の為に   作:魔王タピオカ

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115話 終幕

 あの戦いは終わった。悠が持っている情報誌には少年と少女達が写っており、カメラに向けて笑顔を浮かべている。その中には勿論悠も含まれているが、文面に書いてあるのは黒の剣士が――和人がAR世界に現れたSAOボスを薙ぎ倒したという事のみ。VR世界の事は全く書かれていなかった。

 

 「…久し振り、になるのかな?」

 「初めましてではないからな。まぁ、生きてるキミに会った事は無いんだけど。…なぁ、ユナ」

 

 後ろから掛けられた声に振り向く悠。そこには水色のワンピースを着た少女――ユナが立っていた。その髪にはかつて悠があげたリボンが結ばれている。

 

 「…英雄(ヒーロー)にはならなかったんだね。()()()、きっとあなたでも振れたのに」

 「別に、世間から認められたいから助けに行った訳じゃない。こういう事はぽっと出のオレじゃなくて、英雄のアイツに背負って貰わないとな」

 

 ラディウスとの戦いが終わった後、和人はボスドロップである【終焉へ誘う劔】を振るい現実で暴れるボスを全て倒したのだ。その事は既に調べがついており、恋人の記憶を取り戻す為に奔走したというストーリー性もある和人はマスコミの望む存在だった。

 対する悠の活躍は世間には知られていない。ラディウスとの戦いに居た者も限られており、同じ恋人の記憶を取り戻す為の奔走も悠のソレは伝手を辿っての繰り返しだ。ストーリー性こそ有れど、一部の者しか知らない活躍よりも多数の者が知る活躍をして物語の主人公の様な真相への辿り着き方をした和人の方が持て囃されるのは当然の事だった。

 

 「あなたに承認欲求みたいなものは無いの?」

 「有るさ、当然。ただ、そこまで強くないだけだ。オレの活躍はオレの大切なヤツらさえ知っててくれれば良い。そんなに大人数から持て囃されるの、慣れてないしな」

 「1つ聴いて良い?」

 「勿論」

 「私のお父さんはどうなるの?」

 「普通なら懲役どころか、下手したら禁固刑になる所だが…動機がどうであれ、オーグマーっていうデバイスを開発した功績と娘を喪った事で心神喪失状態になり、ああいう手段に縋るしかなかったっていう精神状態を加味すれば、それなりに軽くはなるだろうな。オレ達の言葉が力になるかは解らないけど、掛け合ってみるつもりだ。それなりの会社の息子の嘆願だ、無視するにも完全に無視は出来ないと思う」

 「…ありがとう。でも、なんでそこまでしてくれるの?」

 「なんで、か…」

 

 悠は足元を見る。そこにはユナこと『重村悠那』の墓があり、ただ無機質な石に文字が刻まれている。ここはSAO事件被害者の共同墓地だ、サチとカーヌスの墓もここにある。一瞬誤魔化そうという考えも浮かんだが、それはかつての考え。今なら言えると悠は口を開いた。

 

 「オレ、何だかんだ後悔してたんだ。SAOでのことを」

 「……」

 「目の前で助けられなかったヤツも居ればオレが殺したヤツも居る。攻略の為の致し方ない犠牲、なんて言い方をされた事もある。でもな、どれだけ皆に気にするなって言われても後悔が拭える事は無かった。罪も雪げやしなかった。だから皆のSAOの記憶が奪われた時、オレは半分嬉しかったのかも知れない。やっと忘れて貰える、やっと悩まされる事も無くなるってな」

 「でも、あなたはあの場に現れた。エイジを倒して、あの100層ボスに致命打を与えたわ」

 「あぁ、そうだ。クラインに言われたんだよ。お前は俺達にとって英雄(ヒーロー)だった、ってな。その一言で全部吹っ切れたよ。オレは皆の英雄にはなれない、でも個人の、その人の英雄で在る事は出来る。そう思った。だからオレは仲間の、アイツらの英雄になる為に戦ったんだよ。最初で最後、【狩人】が英雄になる為にな」

 「…そう」

 

 段々とユナの姿がブレていく。当然だろう、彼女は幽霊などという非科学的なものではなく、SAOサーバーに保存されたプレイヤー『ユナ』の自我データの残滓。『ユナ』が重村悠那として完成するのはSAO生還者の記憶を完全に読み取った場合のみ。このユナは違う事にリソースの大半を割り振っており、今こうして悠の前に現れる事が出来る事自体が奇跡と同等の出来事だ。

 

 「そう言えば、私の事は覚えてくれてたの?」

 「まぁ、一応はな。元々数少ない【吟唱】スキル持ちって事も有るけど、ちゃんと他の事でも覚えてるさ」

 「え、あの時の出会い?」

 「いや、違う。それもある事にはあるが…キミは勇敢だった。【吟唱】持ちなんて支援役がスキルを使ってヘイトを稼ぎ、リンチに遭って死亡した。それを聞いた時、オレはキミに敬意を払ったんだ」

 「そう、なの?」

 「あぁ。他の皆を生かそうとしてヘイトを自分に向けるなんて、やろうと思ってやれる事じゃない。でもキミはそれをして、そして皆を生かして脱出させた。…オレは何人も殺してきた。だから、称賛されるべきなのはオレなんかじゃない。キミの様な、誰かを護って散っていった人達。彼らこそが、真の英雄なんだとオレは思う」

 

 その言葉を聴いたユナは微笑む。そして、悠に最期の願いを言う。単純で、簡単に出来る事を。

 

 「ね、1つ頼んでも良い?」

 「…あぁ」

 「これから、違う私がアイドルとして歌い続けると思う。現に、私はそっちにリソースを割り振ってるしね。だか、ファンになって欲しいなって。あと…『私』が居たコト、覚えてて欲しいな…」

 「…2つじゃないか。でも、良いぜ。だが――」

 「――え?」

 「オレはあっちの、黒ユナのファンじゃない。他ならぬキミのファンだ。それを履き違えないでくれ」

 

 あの時47層で聴いた、音楽に疎い悠ですら振り向く程の音楽。それを奏でていたのは皆が知る黒いユナではなく、かつて生きていた本物のユナの歌だ。だからこそ、彼はユナのファンにはなれど黒いユナのファンにはならない。それだけは変わらないのだ。それを聴いたユナは笑う。そして、一言だけ言って悠の目の前から掻き消えた。

 

 「ありがとう」

 

 ユナは消えた。恐らくはコピーされているであろう黒いユナの自我崩壊を止める為に。SAOサーバーのAIはそれぞれがオリジナル、確立した自我を持つ。故に複製されると自分の複製が居ることに耐えられず、エラーを蓄積し続けいつか崩壊してしまう。それを止めに行ったのだろう。

 そして悠は晴れ渡る空を見上げる。抜けるような晴天、決別を告げるには充分過ぎる天気だろう。

 

 「…さよならだ」

 

 彼は決別した。罪を重ね、後悔してきた過去と。もうここに来る事は無い。彼はもう【狩人】ではなく、また【英雄】の名を背負ってはいない。これから彼は普通の日常を歩むだろう。恋人は2人居るが、結婚は日本でなくとも出来る。むしろ結婚に囚われる事すら馬鹿らしく思える。

 もう目覚めなければならない。良い夢からも、悪夢からも。どれだけ夢の中が心地良くとも、悩まされようとも、生きていくのは現実だ。生きていかねばならないのだ。だから、ここに置いていく。全部の因縁を、ここに。

 

 「悠、早くしないとバス出ちゃうよ!」

 「そんなに急がなくても良いじゃない。直ぐに後のバスは来るのよ?」

 「でも時間は待ってくれないよ!それに後からALOでパーティーだし、デートの時間が無くなっちゃう!」

 「それは…不味いわね。悠、早く行きましょ?」

 「分かった、今行く!」

 

 全ては長い夢だった。だから、目覚めた後には余韻が残る。そんな日常も悪くはないと、彼は笑う。仲間と、恋人と、そして自分。この大切なモノを抱えて、生きていこうではないか。

 

 「オレ達は、2つの世界で生きていくさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      2度目の命は2人の為に   完結




 これで本作は完結となります。今までご愛読頂いた方々、本当にありがとうございました。ここでは裏話や補足、次回作について話していこうと思っております。ここまで読んで頂けたら幸いです。

 さて、本作の主人公シュユこと『秋崎悠』ですが、実は転生者だったんですよね。まぁ転生者あるあるの特典は全て帳消しみたいなものでしたが。デメリットとメリット、それぞれ3つずつで合計6つの特典でしたが、これがほぼ意味を成さなくなったのには理由が有ります。
 まずデメリットから1つ目、原作知識の消去ですがそもそも無趣味の人間でしたので、元々知らないんですよね。ですから意味が無かったり。
 2つ目、何だかんだ仕事をしていると言えばしていた原作の改変は元々の原作を知らないので有るようで無い感じです。変えるべき場所を知らなければ変えるも何も有りませんし。
 3つ目、感情の制限も途中から、というかヤーナムで発狂していた時にはもう有りませんでした。そもそも人間を人間足らしめる感情なんて縛れる訳が無いんです。例え神の成す事でも。
 メリットですが、殆どデメリットみたいなものでしたね。むしろデメリットよりも悪影響だったような…?ユニークウェポンの獲得に関しては武器の性能を頼ってゴリ押ししますし、VR適性に関してはゼロモーション・シフトを使えましたがとんでもない負荷が掛かるので実質デメリットみたいなものです。特に周りの人の胃には大ダメージだったでしょう。
 さて、3つ目のリアルラックの向上です。コレ、お前本当にあるのか?というレベルで悠は不幸な目に遭っていましたが、実は有るんです。とびっきり、最上級の幸運が。つまり、キリト達と会えた事ですね。これが無くては物語が始まりませんが、そもそも生まれがキリト達とは一切関わらない所になる可能性だってありました。それが本作のメインヒロイン2人の近く、かつ一緒に暮らせた事。これが悠の最大の幸運でしょう。

 実はこの小説、ヒロインは1人にする予定でした。ユウキかシノンの2択には変わりませんが、SAOの中でもトップクラスのトラウマや暗い過去を抱える2人ですね。ゲーム版はにわかなので、取り敢えずこの2人にしましたが神の言葉が降りてきて、結局ダブルヒロインになったんですよね。

 次回作ですが、『乃木若葉は勇者である』という作品になります。そこにスパイスとして『GOD EATER』の設定を改変しつつ入れる感じです。既に話の流れは組み終わっていますので、直ぐに書けると思います。そちらの方も読んで頂ければ嬉しいです。

 それでは、重ね重ねになりますが本作を読んで下さった方々に感謝の念を。本当にありがとうございました、次回作にご期待下さい!

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