12話 臆病な『普通』
攻略はとんとん拍子、とは言えないものの順調に進んでいた。毎回のボス戦で平均3人、多い時は10人前後のプレイヤーが
そんな【狩人】と【流槍】――つまり、シュユとシノンは第17層の民家に泊まっている。これはNPCのクエストをクリアした報酬で一時的に所有権が譲られた建造物であり、言ってしまえば借家だ。あまり家具を持ち込むと出ていく時に面倒になるから家具はあまり持ち込んでいないのだが、元々裕福なNPCでありかなり家具は充実していた。そんな日常で、シュユは珍しく不満を漏らした。
「.....味が欲しい」
「そうね、本当にそれよ...」
街に出て料理を食べても、味が無いのだ。食感はある。パンは柔らかいしスープは啜れる。野菜はシャキッとしている。だが、如何せん味が無い。パンは食器などを洗うスポンジを食べている気分になるし、野菜は紙を食べている気がする。スープに関しては着色された
と言うのも、デバフに【空腹】があるからだ。内容はSTRとAGIの低下、体力の継続的な減少にソードスキル使用時の剣速が遅くなり
「【料理】でも取ろうかな。枠も空いてるし」
メニューからスキルウィンドウを開き、幾つか空いているスキル欄を眺める。彼のメイン武器である【葬送の刃】は装備する為に必要なスキルが【片手剣】だけで、後は何も必要が無いので戦闘系のスキルを取ってきた訳だが、正直もう取るべきスキルが無いのだ。だから料理を始めとする『フレーバースキル』を習得しても良いかも知れない、そう考えた所でシノンが言った。
「駄目」
「え?」
「私が取るから、あなたは取らないで」
「でもシノンは槍とダガーを使うんだし、スキルの必要数も多くなるだろ?オレなら空きがあるし、オレが――」
「――シュユ」
「ん?」
「...お願い」
「分かった。オレは取らないでおくよ」
シノンに頼まれては仕方が無い。彼は直ぐにウィンドウを閉じると、代わりにシノンがウィンドウを開いて【料理】を習得する。
「食材を買いましょ。スキル上げも兼ねるから、大量にね」
「分かった。じゃあ行こうか」
フレーバースキルは殆どが何かの作成や技能を習得する為に選択するスキルだ。が、その殆どが戦闘に役立つ事は無く、本来のMMORPGなら本当の意味でフレーバー、つまり戦闘ばかりのゲームに癒しを与えるスキルだ。現時点では【釣り】や【作曲】、【演奏】などのフレーバースキルが解放されている。
シノンは適当に食材を買う。現実とは違って食材系統のアイテムは品切れが無いので遠慮なく大量に購入する。コルに気を使わずに買えるのは彼等は殆ど出費をしないからだ。レベリングをすれば相当額のコルは手に入るし、シュユはアイテムを多用するもののエギルが経営する店を利用しており、友情価格で安く仕入れている。だからコルは貯まっていく一方。たまにポーションなどの回復アイテムをNPCから一気買いするが、それでも無くならないので使える時に使っておきたいのだ。
「これだけ買えばそれなりにレベルは上がるわよね。じゃあ作ってみましょうか」
「楽しみだな。さて、どんなのが出来るのか...」
食材を選択し、指示されたアクションをこなすと料理が完成する――
「な、何よコレ...」
筈だった。出来たのは真っ黒な
「っ.....!!???!??!?」
苦味、渋味、酸味、その他諸々の味が脳に直撃する。その全てが少なくとも人間は「不味い」と感じるであろうレベルなのだから最悪だ。そしてシノンは決意する。これをシュユに出してはならないと。実際のシノンが料理が出来る事は知っているシュユだが、これを出せばいつも通りに変わらない表情で食べ、微笑んで「美味しいよ」と嘘を吐くのは確実だからだ。それはシノンのプライドが許さなかった。
「シュユ、料理を作るのに結構時間が掛かるらしいの。だから少し外に出てくれない?」
「いや、オレは待ってるから良いよ」
「私は料理に付きっきりにならなきゃいけないし、退屈になると思うわ。出来たらメール飛ばすから、お願い!」
「ん、分かった。じゃあ出てくる。何かあったらメール飛ばしてくれ」
「うん、ありがとね、シュユ」
何か目的がある訳でもなく、彼はふらっと外を歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ、こんな所かな」
第10層の平原で、1人でレベリングを行う少女が居た。両手持ちの長槍を持ち、仮想の疲労に肩を上下させて戦う彼女はどこか危なっかしく、それでいて何かを振り払う様に戦っていた。この辺りの敵は群れを作らず、しかも大して強くない割には経験値が美味しいと人気だったMOBなのだが、前線が上がるに連れてこの平原を使う人は減っていき、とうとう今日は少女1人になってしまった。
そろそろ切り上げようと長槍を持ち直し、後ろを向いた時に目の前に大槌が振り下ろされ、地面を砕く。少女は衝撃で吹き飛ばされ、転がりながらも体勢を立て直している。だが、この平原ではあんなMOBは湧かない筈だ。そう思って少女は敵の頭上を見る。
【
牛の様な頭の上に浮かぶその名前と体力バー。巨大な体躯に見合う大槌を構え、少女を見詰めるそのエネミーは最近第10層で話題になっているフィールド徘徊型のネームドエネミーだ。ネームドは基本倒されれば2度とリポップはしないので推奨レベルは不明だが、少なくとも少女のレベルでは倒せない。取る手段はただ1つ、転身して逃走するのだ。
が、少女の歩幅とデーモンの歩幅ではかなりの差がある。小回りは少女の方が利くものの生憎ここは平原で、森に入ってもデーモンはその巨体で木々を薙ぎ倒して追い掛けてくる。
戦うしかない、そう決意して少女は槍を突き出す。が、その槍は真上から叩き付けられた大槌によって容易く粉砕され、あっという間に丸腰だ。もう死ぬしかない、そう涙を流して考えた直後、牛頭のデーモンの口から呻き声の様な鳴き声が聞こえた。
「大丈夫か?」
デーモンと少女の間を断ち切る様に立ち塞がったのは、灰色の服を纏った男。バンダナで後ろに流れる様に固定された紺色がかった黒髪が、ダメージエフェクトの紅い光を反射していた。そんな男を見て少女は、何故か安心感を感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
見つけたのは本当に偶然だった。シノンに外に行けと言われたので目的も無く、何と無く階層を行き来して時間を潰していたのだが、第10層で大きいエネミーが何かを追い掛けている様子を見たのだ。近付いてみれば、少女がエネミーに襲われているではないか。
感情が制限されているとは言っても人でなしではない。シュユは大鎌の溜め攻撃を飛び掛かりで、不意打ちで仕掛けた。予想外の一撃に呻くエネミーの身体を回り込み、少女とエネミーの間に入ったのは少女を守る為だ。その理由は目の前で死なれたら寝覚めが悪いから、というロクでもない理由だったりする。
「下がってろ」
「は、はい!」
取り敢えず、見てしまった以上は見捨てないシュユは一言で少女に要求を伝える。その言葉は邪魔だから戦闘には参加するな、という意思表示だったが、あの様子では参戦は無理だろう。(というより武器が無い)
エネミーの頭上を見ればネームドエネミーだと判る。それを確認したと同時にかなりの速度で大槌が振り下ろされる。単調な攻撃に被弾する訳がなく、シュユは左にステップして攻撃を回避する。剣形態に変形させて斬る。案外手応えは軽く、体力バーの数%を剣の一撃で削る。そこまで堅くはないらしい。少女はダメージを与えていなかったらしく、タゲはシュユに完全に移行した。デーモンの薙ぎ払いはしゃがんで回避するが、その風圧で軽く後ずさる程の勢いだ。当たればVITにポイントを振っていないシュユはひとたまりも無いだろう。
「...まぁこれぐらいの出費は仕方無いか。倒せば充分釣りが来るし、な」
2本のナイフを実体化させ、デーモンの顔目掛けて投げる。1本はデーモンの手に阻まれたがもう1本は眼球に刺さった。そのお陰でナイフの攻撃力では考えられないダメージを与える。(それでもメイン武器の方が強いのは御愛嬌だ)
AIにも怒りの感情があるのかは分からないが、デーモンは大きく吼えると攻撃を激化させる。ヒット&アウェイなら剣よりも大鎌の方が適しているので背中に背負う鎌の柄を展開し、先端に刃を装着する。先程よりも速くなったステップで背後に回り込んで縦斬り、振り向きに合わせて左手をX字状に斬り付け、最後に最近取得した【体術】スキルの最も使い方が難しいとされるソードスキル【
このスキルが使いにくいとされる理由はただ1つ、射程の短さだ。このソードスキルを当てられるギリギリの範囲は対象から1㎝、超至近距離だ。基本的に剣や槍といった、接近戦とは言えある程度離れた距離でなければ攻撃が出来ないのがSAOだ。【体術】をメインに据える命知らずはそうそう居ない上に、相手だって動くのだから当てるのは至難の技だ。しかし、硬直が短い上に攻撃中の隙も殆ど無く、しかも威力は絶大というピーキーな性能をしている。正に『当てれば強い』そのものだ。
派手なサウンドエフェクトとライトエフェクトが直撃を告げ、デーモンの身体は一瞬浮き上がると重力に従い落ちる。倒れたデーモンの胸に畳み掛ける様に縦斬りを1度、更に溜めた縦斬りを叩き込むと、デーモンは弾けてポリゴン片となって霧散した。
「【牛頭のデーモンのソウル】と結構な額のコル....うん、まぁ釣りは充分だな。さて、終わったけど――嘘だろ?」
【ソウルアイテム】はボス戦を倒した時に貰える経験値の塊だ。使用すればかなりの経験値が手に入るが、シュユは今までのゲーム経験上何か別の使い道があると思い、使わずに保存している。
少女が居た場所に戻ると、緊張の糸が切れたのか少女が気絶していた。ここにほったらかしにすれば戦った意味が無い、そう結論付けた彼は少女を背負い、最寄りの街へと歩いていった。
実は自分、ユウキが一番好きなんですがSAOを見て初めに好きになったのは『あの子』なんですよね...