「オレ達に着いてきて貰おうか、
「...はい?」
「断っても良いんだぜ?そうなれば、子供と女がどうなるかは御察しだがなぁ?」
「ッ....分かりました、着いていきましょう」
カーヌスは着いていってしまった。明らかに素行が良くない、男達に。
「あの教会の援助は止めて、オレ達に援助しな」
「嫌です!」
「はぁ~、オレ達は別にコルを無駄遣いしようとしてる訳じゃないんだぜ?ただ、あんな戦えもしねーガキに投資するくらいならオレ達にしろって話だ」
「ふざけないで下さい!投資なんて思ってないし、子供を助けて何が悪いんですか!?」
「おーおー、落ち着けよ。おい、『アレ』持ってこい」
「うっす」
鎖で手足を縛られ、見下ろされるカーヌス。その要求はディーテの教会への援助を取り止めて男達にコルを渡せ、というものだった。だが、それではいそうですか、と止められる程カーヌスは芯が無い男ではないし、止められるのならシュユに警告された時点で止めているだろう。
そんなカーヌスに、子分であろう男が持ってきた壺が見せられる。転がされているカーヌスからはその中身は見えないが、何とも言えない音が聞こえてくる事からロクでもない物なのは確かだった。
「これは虫をぶちこんだ壺なんだがな、これをどうすると思う?」
「え、ま、まさか--」
カーヌスの頭を掴んだ男。それだけでカーヌスは察した、察してしまった。そして男はその壺の中にカーヌスの頭を--
「--その通りだッ!!」
「~~~~~~~~~~~ッ!!」
壺の中に入れた。顔面に襲い来る虫の甲殻が当たる事による痛み、顔面を這いずり回られる気持ち悪さ、声帯の無い身体から生じるキチキチという生理的嫌悪を掻き立てる音が全てを支配する。口を開ければ虫が入ってしまう為、声にならない絶叫が壺を震わせる。拘束された手足がバタバタと動かされ、それでも尚解放されずに暴れる。暴れる事しか、出来なかった。
「どうだ、オレ達に援助する気になったか?」
「--ペッ」
「....そうかい、ならもっと堪能させてやるよ!」
カーヌスの顔にわざわざ自分の顔を近付けた男に、唾を吐き掛ける。額に青筋を浮かべた男はもう1度、2度と壺の中にカーヌスの頭をぶちこむ。虫が潰れ、体液が顔を伝う。口に入っても味はしないが、吐き気を一気に催して嘔吐してしまう。吐瀉物が壺の中にぶちまけられるが、男は構わずにカーヌスの頭を壺に入れ続けた。鼻孔と耳孔から虫が侵入してくる。粘膜を傷付けられ、身体は強張って侵入を拒絶しようとするが拘束されている身体ではそれも構わず、体内を虫に蹂躙される。鼻から入った虫はどうにか口から排出するが、耳に入った虫はどうしようもない。頭の中をグチャグチャにされるような、そんな感覚に苛まれる。
それでも体力バーが減る事は無い。これは攻撃ではなく、オブジェクトに包まれているだけの判定だ。言わば、シーツに顔を押し付けているのとシステム的には何ら変わらない。だが、その気分は天と地ほどの差がある。こんな事をされれば、精神が弱かったり虫が嫌いな者ならばとっくに精神が壊れていても不思議ではない。
もう、どれだけ時間が経ったかは判らない。目を開けようにも、虫が入ってくればもっと直接的に頭がグチャグチャにされる。そんな感覚は味わいたくないのだ。
「....チッ、中々強情なヤツだな」
「どうすんすか?」
「もうめんどくせぇ。まぁ1回ポッキリでも、それなりに金は持ってんだろ。毒は?」
「有ります」
「じゃあ打っとけ。その内死ぬだろ」
「うっす」
カーヌスの背中に、メスが突き立てられる。視界の端で、凄まじい速度で溜まっていく毒の蓄積値。そしてそのレベルは、3だった。
「う、わあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
あまりの恐怖に鎖を引きちぎって逃走するカーヌス。手足にダメージが入り、体力バーが減るがそれを上回る速度で体力が減っていく。カーヌスはメール画面を開き、シュユにメールを送った。たった一言、「たすけて」と。
「カーヌス!!」
カーヌスは安全圏に入れなかった。男達がそれを阻んだからだ。迷宮区周辺の森に入り、木の下でポーションを飲みながら命を引き延ばす。男達に見付からない様にしながら、だが。
シュユはフレンドの機能を駆使してカーヌスの居場所を見付けると、枝の間を跳び回るというAGIに物を言わせる移動方法でカーヌスの元に辿り着いた。既にカーヌスの体力バーはイエローにまで達していた。
「待ってろ、今解毒を--」
「--無理です。この毒のレベルは3、解毒不可能なんです」
このSAOの
現時点でレベル3の状態異常を治せるのは準ユニークアイテムとも言われる【女神の祝福】だけで、それを持っているのはKoB団長のヒースクリフしか居ない。
今から第1層の転移門に向かい、第55層に居る
「シュユさん、頼みが有ります」
「ふざけるな!誰が引き受けるかよ、自分でやれ!」
「僕を覚えていて下さい。そして僕の武器を使って、このゲームをクリアして下さい。そうすれば皆に覚えていて貰える...僕は、きっと皆の記憶に残れます」
「ディーテはどうする!?お前を死なせて、オレがどんな顔をして会いに行けと言うんだ!」
「僕の工房の所有権と、あらゆる財産をあなたに譲ります。ですから...」
「話を聴け!お前が死んだら、妹さんが哀しむんじゃないのか!?妹を泣かせるのか、兄貴のお前が!!」
「そんな事、したい訳が無いでしょう!!でも--」
ほんの一瞬前までは冷静に、シュユの言葉に耳を貸さずに話を続けていたカーヌスはその両目に涙を浮かべて言った。
「--託すしか、無いんですよ。もう時間が無いんです。だから、託します」
「それでも、生きるのを諦めるな!」
「それこそ、シュユさんの嫌いな理想論ですよ。...シュユさん、あなたは優しい人だ。ぶっきらぼうに見えますが、実は誰よりも優しい。だからこうやって声を荒げる事が出来る」
「違う!オレは面倒を被りたくないだけだ!」
「そうやって、どうして自分を偽るんですか?...その理由を知る事はしませんし、もう僕には出来ません。でも、きっと現れます。真正面からぶつかって、あなたがあなたを認められる様にしてくれる、そんな人が」
「オレはそういう人間だ、買い被るな!変な妄想を、押し付けないでくれ!」
「...ねぇシュユさん。僕の考えは間違いでしたか?未来ある子供達を助けるのは、悪い事でしたか?僕の行いは、愚行だったんですか?」
カーヌスの問いに、シュユは応えられない。何故カーヌスがこんな状況に置かれているのか、理解してしまったからだ。
「カーヌス...!」
「それでも僕は、優しさを信じたい。だから、あなたも--」
カーヌスを抱き留める両手が、カーヌスをすり抜けた。視界に飛び込んでくるのはポリゴンの蒼い光。とうの昔に見慣れた、死亡時のエフェクトだ。
だが、いつもとは違う。シュユは怒った。何故優しいカーヌスが死なねばならないのか、何故カーヌスを選んだのか、という加害者への怒り。そして何よりも、こんな時でも激怒する事が出来ない自分自身に、怒りを蓄積させていた。今まで蓄積していた自分への怒り、それらがカーヌスを想う怒りに集積し、沸々と熔岩の如く赤熱している。
「ハッ、死んだか。...お?もう1人カモ発見だな。
「お前も、だと....?」
獣が暴れる。シュユの中の目覚めかけた獣が、理性と神が施した感情の節制を破壊せんと暴れる。
「おぉ、そうだ。あの熟練鍛冶士、お前の専属だろ?アイツみたいに、お前も消してやる」
「--ぁ」
「...あ?」
節制と理性の鎖に皹が入る。神により組み込まれた他の世界の王と狩人の因子が混ざり合い、そして新たな存在を創り上げる。止めろ、これ以上は駄目だと神の施した節制がシュユを抑えようと、いつもの様に感情を抑えようとする。
「貴様がァァァァァァァァァァッ!!!!!」
鎖が、壊れた。
-神の世界-
「あ、やっちまったな」
「やっちまった、とは?」
テレビの前でその様子を見ている神がそう呟いた。天使はそれを耳聡く聞き付けると、神に問い掛ける。神はやれやれと肩をすくめると、話し始めた。
「人間...つーか、俺が運命を弄った存在は皆、自らの意志で現実をねじ曲げてきた。最初の存在、【黒詠虚白】は滅ぶ筈だった世界を自らの命を犠牲にして世界を護った」
「知っています」
「次の【紅神桜華】は殺さねばならない筈の2人の姉妹を助け、そして自分も助かった」
「ですが、心を許した存在は犠牲になりました」
「だが後に転生した存在が現れただろ?...で、コイツの1つ前の存在【赤羽響介】は自らを犠牲にして隕石を遠ざけて地球への激突を防ぎ、最後には死にたくないの一心で地球へと戻ってきた」
「両親とかつての仲間を殺して、ですが」
「そう。そして今回、コイツを転生させる時の特典とデメリットを決めた。数はルーレットだが、内容は俺が考えたんだぜ?」
「【現実で関わったヒロインの救済】と【ユニークウェポンの獲得】、【リアルラックの向上及びVR適性S】ですよね」
「そうだ、それが特典だ。だが、俺達は0か1、1か100の調整しか出来ない。だから、実質的にはVR適性は限界突破している訳だ」
「そう、なりますね」
そう、神とは言えども全能ではない。だからこそ能力は不完全で、人格的にも不完全なのだ。
「だから、俺はアイツにリミッターを掛けた」
「リミッターを?」
「そうだ。前例に倣えば、アイツも世界を変えちまうかも知れない。だが
「それならユニークスキルを与えれば良かったのでは?」
「馬鹿か、もう飽きたんだよ。打倒され得るからこそ、見ていて楽しい。それに、アイツの適性は感情の昂りと共に跳ね上がる。ユニークスキルなんて要らない。アイツの体質がユニークスキルみたいなもんだ」
「は、はぁ...」
「さぁ、始まるぞ」
「何がでしょうか?」
天使の問いに、神は笑って答えた。
「
カーヌスを殺した男達のリーダー格の男は、突然叫んで静止したシュユを見ていた。が、次の瞬間に視界は割れ、そしてその次の瞬間に凄まじいダメージフィードバックが男を襲った。体力バーは猛烈な勢いで左端へと進み、呆気なく辿り着く。目の前に現れた死亡を告げるウィンドウを認識し、男の意識は闇へと沈む。
男が率いていたグループは
「た、助けてくれぇ!!」
シュユはカーヌスが遺した紐付きの家の鍵を手に巻いて空いているアクセサリの装備枠に入れると、呟いた。
「匂い立つなぁ.....!」
「へ--」
男の首は【千景】により斬られ、体力バーは全損した。彼はバンダナを装備解除し、【老狩人の狩帽子】を装備すると幽鬼の様にゆらりと歩き出した。
「【獣】はどこだ...オレが、狩ってやるよ」
どちらが獣なのか、シュユに教えてくれる者は誰も居ない。
今回は流石に空気を読んで自重します。本文の空気をぶち壊すのは流石に遠慮したいので。