2度目の命は2人の為に   作:魔王タピオカ

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 シュユ「どうも、前回のあらすじのコーナーだ」

 キリト「前回は、ユウキとシノンの口喧嘩...というか静かな争いだったな。結果はユウキの圧勝だったけど」

 シュユ「もっと仲良く出来ないもんなのかね...」

 キリト「ま、そこん所も含めてだな。さてどうなる35話!!」


35話 道理を壊せば

 「ねぇ悠、知ってる?」

 「何を?」

 

 これは、(記憶)だ。幼い自分と同じくらいの少女が仲睦まじく話すその光景は、どこか非現実的で、それでも現実味を感じられる。矛盾しながらも、この光景が(記憶)である事は嫌でも分かった。

 

 「お姉ちゃんが言ってたんだけどね、無理を通せば道理は引っ込むんだって」

 「...どういう事?」

 

 外見的には3、4歳くらいの自分ではそんな諺が分かる訳が無い。(シュユ)が前世の記憶を取り戻したのはユウキと初めて出会ってからだ。この頃の悠は普通の(とは言え感情の起伏は乏しいが)子供であった。少女は姉から聴いたという知識を胸を張ってシュユに話していた。

 

 「難しい事は教えてくれなかったんだけど、やりたい事とか知りたい事が有ったら、たまには何も考えずに行動してみると良いんだってさ」

 「そうなんだ」

 「うん!だから、悠もやってみると良いんだよ!男の子は、女の子を泣かせちゃいけないし泣いてるのを知らないフリするのもダメなんだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「--寝てたのか」

 

 辺りを見回してもユウキは居ない。まだ買い物の途中なのだろう。シュユはフレンド画面を開き、その中の名前の1つを見詰める。その名前には既視感を感じるのだが、どこかで何者かが思い出す事を阻止している様な、そんな感覚を感じていた。門番に塞がれた扉の様に、その記憶は固く閉ざされていた。

 

 「無理を通せば道理が引っ込む、か。.....ちょっと、道理をぶち壊すとしますか」

 

 彼は家に書き置きを残し、外に出る。フレンドの閉鎖(クローズド)モードを解除し、『シノン』の体力を見る。すると、戦闘中の様で減っていた。が、回復される事は無く、下手をすれば死にそうになっていた。

 シュユは走り出す。だが、シノンがどこに居るのかは分からない。いざとなればSAO中を回って捜し出す覚悟だった。が、それは呆気ない形で必要無くなってしまう。横から聴こえた女性の声が、シノンの居場所を教えたのだ。

 

 「君の捜し人は今行ける最上の階層、そこのエリアボスと戦っているぞ」

 「どうしてそれを知ってるんだ?」

 「そんな事を訊いている場合か?...まぁ、名だけは言っておこう。私は【マリア】、また逢えるさ、絶対にな。だから速く行くと良い」

 「....ありがとう!!」

 

 シュユは【葬送の刃】をサブ装備枠に入れると全力で走る。SAOトップのAGIを持つ彼の全力疾走、瞬く間にシュユの後ろ姿は遠くなっていった。

 

 「...そう、また逢えるさ。君は『月の香りの狩人』と同じ存在(モノ)になれるのだろうかね、未熟ながらも狩人たる君は....」

 

 そして【マリア】は空気に溶け込む様に、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノンは無茶な戦いの真っ最中だった。今回の階層はエリアボスを倒してからではないと階層ボスまで到達できない階層なのだ。シノンはそのエリアボスに1()()()挑戦していた。背後は霧の壁で閉ざされ、撤退する方法は15分間耐え抜くか攻略するしか無くなった。否、もうシノンは死んでも良かった。

 熔鉄デーモンが持つ大剣がシノンの右側に叩き付けられる。更に薙ぎ払い。シノンは反射的に槍を地面に突き刺し、その反動で跳躍して突きを放つ。しかし、腑抜けた突きの速度では熔鉄デーモンを捉える事は出来ず、容易く槍を掴まれて投げ飛ばされる。巨大な金属の柱に叩き付けられ、視界の左上にある体力バーの下にスタンを表すマークが現れる。ソロ攻略で、ボスの目の前でスタン。普通に考えて、死なない訳が無かった。

 既に生など捨てたも同然のシノンの右目の目尻に、雫が滲む。こんな時でも脳裏に浮かぶのは自分を忘れた『彼』の事で、そんな自分を嘲笑う様に口角を少し上げると、シノンは眼を閉じた。

 

 「詩乃ッ!!」

 

 シノン(詩乃)が次に眼を開けた時に見えたのは、体力バーが半分消し飛んだ熔鉄デーモンと、見慣れながらも渇望していた灰色の背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスとの戦闘エリアと通常のフィールドを分ける【悪夢の霧】を抜ける。既に脚はガタガタだが、その程度では止まらない。

 SAOの世界は()()()()。つまり、現実と差異は無いのと同じ。かなりの距離を走り続けているシュユの脳からはこの仮想の身体に疲労の信号を送り、脚が重く感じる様になっている。だが、それでもこの世界が仮想である事に変わりは無い。その仮想現実が突き付ける現実を、思い込みの妄想で塗り替える事すら可能なのだ。当たり前ではあるが、容易な話ではないのだ。

 エリアボス【熔鉄デーモン】に追い詰められ、絶体絶命の少女を見付ける。後ろから見える横顔には見覚えが若干ある。しかし、その顔立ちには確実な記憶が有った。ならば死なせてはならぬと、身体が勝手に動く。

 走る速度を上げ、【千景】を納刀する。まだ足りない。火力を出そうにも、【葬送の刃】の攻撃力はそこまで高くはない。付与された効果こそ『異常』の2文字だが、そこは攻撃力の低さでバランスが保たれている。大鎌形態でサブに入れていれば補正が掛かるのはある意味裏技なのだろう。補正が掛かっている状況下での威力ならば、ソードスキルの有無とDPS(秒間ダメージ)の差で千景に軍配が上がる。もっと威力を、そう願いつつもう1度千景を納刀する。すると、1度納刀した時の強化状態とは比べ物にならない速度で体力が減り、凛と鈴のような音が鳴る。聞き慣れた葬送の刃の溜め終了の合図と同じ音、それを聞き届けたシュユは彼女の名を呼ぶ。同時に、その刀を振り抜いて。

 

 「詩乃ッ!!」

 

 抜刀系ソードスキル【天閃(テンセン)】が熔鉄デーモンの胴体を薙ぐ。シュユの体力の一部を犠牲にした一撃は熔鉄デーモンの体力バーを半分消し飛ばし、大きく怯ませていた。畳み掛けようと攻撃を仕掛けるが不自然に堅く、明らかに一時的に防御力が上がっていた。

 ショートカットメニューから2つポーションを実体化させると、自分とシノンに振り掛けて瓶を踏み砕く。実は、回復の判定は瓶が消失するか中身が少しでも使われた状態で瓶が砕かれる事なので、時間短縮が可能なのだ。

 熔鉄デーモンは自分の身体に剣を突き刺し、自らに宿る焔を剣へ移す。炎属性が威力に乗った剣だ、マトモに喰らえばほぼ即死だろう。

 シュユは葬送の刃を剣形態にして【雷光ヤスリ】を使う。雷の属性を付与するエンチャントアイテムにはもう1つ【黄金松脂】が存在するのだが、威力の伸び率が良く効果時間が短くてもDEXによる補正で効果時間を長く出来るこちらの方が相性が良いのだ。

 シュユは【ソニックリープ】で接近しつつ攻撃、更に熔鉄デーモンの足元で【ノヴァ・アセンション】を使用。途中で距離を取られ、7回しかヒットしなかったがかなり体力は削れている。そして、()()()()()()()()()()()()

 

 「スリップダメージか、面倒な...」

 

 シュユの様な低VITプレイヤーにとって毒などのスリップダメージはかなり厄介だ。壁役を張れる程の体力が有っても危険なスリップダメージが、紙装甲のシュユにとって脅威でない訳が無い。

 しかし、恐れていては倒せない。シュユはリロードが終わった【ソニックリープ】で空へ跳び上がりつつ突進、そのまま熔鉄デーモンの頭に重範囲攻撃【ライトニング・フォール】をブチ込む。脳天が雷属性付きの剣でブチ抜かれても熔鉄デーモンはまだ死なず、その身の焔を爆発させようと力む。その隙を逃さず、シノンはがら空きの胴体に槍の投擲系ソードスキル【ストライクランサー】を使用。強化された槍の一撃が熔鉄デーモンの鋼鉄の身体に皹を入れ、そのまま砕く。

 目の前に現れる『congratulations!!』というウィンドウなど見えないかの様にシノンは叫んだ。

 

 「どうして来たの!?私の事なんて覚えてないんでしょ!?」

 「おい、詩乃--」

 「えぇ、そりゃあそうよね!!ユウキと違って私はあなたと小さい頃から一緒に居た訳じゃない!思い出だって少ない!あなたが覚えてないなら、諦めもついたのよ!!なのに、なんで来たの!?こんなに辛いんだから、死んだって--」

 「--オレは詩乃の事を忘れてなんかいない!!」

 「嘘よ!」

 「嘘なんかじゃない!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ!!」

 「でも、あなたは私の名前を聴いて誰だ?って言ったんでしょ!?」

 「そうだ!でも、それは詩乃じゃない!オレが覚えてないのはSAOでの事、現実の事は殆ど覚えてる!!」

 

 そう、シュユは『シノンとは誰だ?』と言った事は有れど、『詩乃は誰だ?』と言った事は無いのだ。故に、現実世界でのシノン――朝田詩乃の事は覚えている。だが、朝田詩乃=シノンという形に結び付かず、その結果放たれた言葉が『シノンとは誰だ?』という疑問の言葉だったのだ。

 

 「どうして....?なんなの、それ....」

 「.....ユウキ?」

 

 そんな呆気ない幕切れを、許す筈が無い者が居た。涙を流し、その眼を恋慕に狂わせた少女が、利き手に剣を携えて立っていた。

 

 「シュユにはボクが居れば良いんだよ。それ以外には何も要らない。シノンも、他の誰でも、ボクとシュユが一緒に居る事を邪魔するのは許さない。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺すッ!!!!!」

 

 既にユウキは、正気ではなかった。


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