シノン「それもそうよね。幾らキリトとアスナが出てなかったからってここでしわ寄せが来るのはおかしいわよ」
ユウキ「ま、その事は後でしっかりとお話しておかないとね」
シノン「それは任せたわ。さて、じゃあこの62話を楽しんでいってね?」
「皆、居るか?」
「多分居るわよ。…で、ここはどこなのかしら?」
「マップ表示がバグってる。分かんないね」
「でも、不思議な雰囲気ね。夢の中に居るみたい」
「取り敢えず進まないと始まらないな。あの家の中に行こう」
無数の墓が立ち並ぶ石の道を進み、その先にある建物の中に入る。扉は誰かを迎え入れる様に開いており、その狭い室内を曝け出していた。本が乱雑に積み重ねられ、収納箱と思しき箱の中身は整頓という言葉からかけ離れており、中身はグチャグチャだ。作業台も道具や素材がごちゃまぜになって置かれていて、まるで何かに追われている様に作業をしていた様に感じた。
「何も無いね、ここ。しかも埃っぽいし」
「掃除も何もやってないって事でしょ。こんな適当な片付け方をする様な人みたいだし」
「確かに、かなり乱雑に置かれてるな。何が有ったのか分かんないけど、実際汚いしな…」
「…何かを追って、何かに追われてた…?」
「アスナ、どうかしたの?」
「ううん、大した事じゃないの。ただ、この家を使ってた人は何か義務感みたいなのに追われてたんじゃないかなって思っただけ」
「義務、ね」
シノンには心当たりが有った。恐らくこの家を使っていたのは狩人だと思っている。今まで触れてきた情報で、義務や仕事に関しての情報など無かった。そしてシモンを含めたNPCが良く言っていた「早く夜を終わらせる」という言葉はまるで仕事を急かす様だった。つまり、狩人の仕事は一刻も早く夜を終わらせて獣を狩る事。そしてアスナが言った義務感に追われていたという予想が本当に当たっていたとするのなら、狩人以外有り得ないとシノンは思っていた。
「ねぇキリトくん、このお墓見てよ」
「なっ…趣味が悪いにも程があるぞ。こんなのあの2人が見付けたら、少なくともマトモじゃいられないぞ!
アスナが見つけたその墓にはシュユの名が刻んであった。慌ててフレンド欄を確認すると、しっかりとシュユの名前の下には『ALIVE』と生きている証が表示されている。だがこのヤーナムではどんなイレギュラーが有るか分からない。もしかしたらシュユは死んでいるかも知れない。だがこの墓をシノンとユウキが見たらどうなるか、想像は難くない。その未来が分からない程馬鹿ではないアスナはその墓を蹴り倒し、名前が分からない様に粉々に蹴り砕いた。
「…アスナ、何してるの?」
「その、気持ち悪い虫が居て…つい、ね?」
「それは別に良いんだけどさ、キリト離してあげたら?」
「そ、そうね。ありがと、キリトくん」
「あ、あぁ…」
ユウキとシノンが見に来る瞬間にアスナはキリトに抱きつき、そして虫など居なかったのに息をする様にスラスラと言葉巧みな話術で乗り切った。そんなアスナの演技力と機転にキリトはアスナを敵に回さない様にしよう、と固く心に誓った。
この場所は決して広くない。家と裏庭、墓を調べると残りの場所は1つしか無い。名前も分からない、白い花が咲き乱れている場所。目印は大木だろうか?空を支えている様にも見える大木の根本だけではなく、周囲の塀の傍にも墓が乱立している。
「さて…お出ましだね」
紅い月を背後に降りてきたソレは異形そのものだった。先程倒したメルゴーの乳母も言葉で説明し難い外見をしていた。鴉とローブを着た人間が同化したと言えば、ほの姿を知る者なら姿は思い描ける。それは目の前のソレも同じだ。言葉で説明出来ない事は無いが、だが何も知らない人にその言葉で容姿を説明した時、明確にその姿を想像するのは難しいだろう。
その姿は何とも名状しがたい。身体はどう見ても四つん這いになった人間ではあるが、その身体は通常では有り得ない程に痩せさらばえ、肋骨と背骨は剥き出し。外皮か肉か見分けがつかないモノが四肢と胴体背面部にある。次にその貌。頭には触手か感知器官らしき器官が獅子の鬣の如く揺らめいており、その貌はただ穴の空いた仮面を着けた様に無貌。人間に有るべき眼も口も鼻も何も無く、本当に仮面を着けている様に見える。尻尾は複数本の細い触手の様なモノが枝の様に分かれている。
見ているだけで自分の中の大切な何かがズレていく様な感覚を4人は覚えた。ソレは様子見をする様に全員を見詰め、まだ動かない。
【月の魔物】
「っ…ゼアァッ!!」
「わざわざ止まってくれて…ありがとうッ!!」
キリトの斬撃が月の魔物の左手にヒット、更にシノンがすかさず放った矢も顔の孔に吸い込まれる様にして命中した。ボスだというのにそれなりに体力は減少し、メルゴーとは違う赤い血が傷口から噴き出す。
月の魔物は漸く1歩踏み出すと、右手をユウキに向けて突き出した。突きは右にステップして回避、追撃として薙ぎ払われた手を屈んで回避するとその手に矢が突き刺さる。一瞬怯む月の魔物にアスナとユウキが連撃を加え、そして退避する。案の定、ユウキが居た場所に尻尾が突き刺さる。そこから月の魔物は大ジャンプし、シノンの前に着地する。両手での乱打をシノンは敢えて懐に潜り込む事で回避、更に剣に変形させた弓剣で斬りつける。弓として扱うならまだ大丈夫だが、剣として扱うには
「俺を無視しないでくれよ!!」
「私もね!!」
キリトとアスナの斬撃が月の魔物を襲う。その細い身体に見るも無惨な傷が刻まれ、そこから噴き出した血液が全員の服を濡らす。だが構わない。月の魔物の体力バーはもう半分にも満たず、残り体力は4割3分といった所だろうか。メルゴーよりも弱い、そう確信する4人の耳に劈くような咆哮が届いた。
『―――――――――!!!!』
「なっ!?」
「皆下がって!一先ず体力を回復しないと!」
「流石に死ぬわね、早く回復しないと…!」
その瞬間、4人の体力が残り1になった。1割とかそうい
う次元ではない。文字通り残り体力1なのである。キリト、アスナ、シノンはポーションを。在庫が無いユウキは輸血液を砕いて血を取り込む。それを見つけた月の魔物はユウキの周囲一帯に白い靄を発生させ、それを爆裂させた。
「ああああああァァァァァ!!??!」
そしてユウキの絶叫。血を浴びたユウキのパラメータには何も変化は無い。多少のダメージはあるものの、普通のボスの攻撃ならもっと体力は減らされる。靄の爆裂にはダメージが無かったらしいが、ユウキの様子は少なからず尋常ではない。助けに行こうとしたシノンの前で、有り得ない事が起きた。
「…殺さなきゃ」
だがユウキは必要以上に死体をいたぶっていた。剣を突き刺し、肉を斬り裂き、グチャグチャと音を立てて肉を穿り返していた。その顔に笑顔は無い。
再び白く白く染まっていく視界。その中で、シノンの視界には最後までユウキがグチャグチャにした死体が残っていて、上げる血飛沫をシノンはただ無感情に俯瞰していた…
私は月の魔物イベントボスだから弱い説を強く推してます。