エギル「ん?…ああ、だから今回は俺なのか。ちょっと待ってろ」
シュユ「分かった」
エギル「――ほう、そういう意味か」
シュユ「どういう意味なんだ?」
エギル「意訳が入るんだが、今回は『私は何度でもあなたの名前を呼ぶ』だ。前回は『あなたはいつも、自分をナイフで傷付ける』。どっちもユウキとシノン視点での英文だな」
シュユ「へぇ…まああの作者だ、多分どっかの歌詞とかを変えたとかそんなんだろ」
エギル「ま、別に良いだろ。それじゃ72話、楽しんでくれ」
「楽しいか、悠?」
「うん、楽しいよ」
その世界に『彼』は居なかった。『彼女』と逢うその時まで彼に感情の機微は殆ど無く、幼いながらも惰性で生きる毎日。周りを見れば、満面の笑みで両親と遊ぶ幼い子供達。両親は彼が笑える様に手を尽くし、やりたい事全てをやらせようとした。しかし彼には『やりたい事』すら無く、最低限の表情の機微しか無い。周りの大人達から【能面】と呼ばれるのも無理の無い話だった。
「悠、紹介するぞ!この子は紺野木綿季ちゃんだ!今日から私達の家族だ、仲良くするんだぞ!」
「うん、分かった」
何も無い日々に、1つの光が射し込んだ。その光は
だがソレを不愉快に思った事は1度として無い。その笑顔を護りたいと初めて思い、泣かせたくないと願った。初めて芽生えた大きな感情に彼は戸惑い、そして大事に思った。自分が能面ではなく【人間】である事を証明するその想いを、彼は手放したくないと願った。
「 、ボクは が好き!」
「 、オレもだよ」
彼女が言葉を紡ぐ度、その言葉を聴く度に彼の心の中で彼女が大きくなる。元より確固たる『自分』を持たない彼だ。その全ての想いが彼女を想う心になるのに時間はそう掛からない。
「よろしくね、 」
また、大事な人が増えた。郵便局で強盗に歯向かった時、確かに大切な彼女の為に動いた。でも、今目の前で『黒髪の彼女』と話す『眼鏡の彼女』を初対面にも関わらず信頼したから、という事も要因の1つだった。
だが、その眼鏡の彼女と話す度に彼は満たされた。黒髪の彼女の時と同じく、彼の心は彼女達の為だけに在った。元より命など、有っても無くても自分には勿体無い。彼はいつもそう思っている。だが、自分が命を落として彼女達が哀しむのなら生きようと、彼はそう思った。
「ずっと好きでした、 。その、私と付き合って下さい!」
告白された。だがそれは黒髪の彼女でも眼鏡の彼女でもない、ただの友達。彼には解らない。何故こんな自分が好かれるのか、そして向けられた好意にどう応えれば良いのか。目の前の少女は端的に見れば美少女には違いない。
彼はとても冷静で、冷酷だった。思春期の少女の、一世一代の告白。それを冷静に判断した彼は少女を振った。きっとこのまま付き合えば、少女は振られるよりも酷い傷を負うことになるのだろうと。そして付き合ったとして、自分は彼女達を優先するのだろうな、と。
『――以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る』
始まったのは剣で戦う素敵な世界ではなく、死が溢れるデスゲームだった。彼女達を護らねば。護れないのなら自分にきっと存在する意味は無い。そう彼は思い、誰よりも強く在ろうと決意した。
戦う。武器が折れた。取り替える。致死の攻撃が迫る。躱す為に
何を得た?何を喪った?得たモノに対してどれだけのモノを喪った?
もう記憶ですら朧気だ。でも大丈夫、彼女達を想う気持ちさえ有ればこの頭に響く怨嗟の声も乗り切れる。SAOにログインしてからずっと、死にそうになってもそれで乗り切ってきたのだから。だから大丈夫。
そ
ん
な
わ
け
な
い
だ
ろ
う
?
解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らないオレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?オレは誰だ?怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か
オ レ の 名 前 を 呼 ん で く れ
「「 ッ!!」」
その寸前に手を掴まれる。2人も水に沈んでも、彼を引っ張り上げようと力を入れて引き上げる。だが
「「――!!」」
何を言っているのか判らない。狂った者は他人の話など聴かず、元より理解しようとしない。ヤーナムでも言っていたではないか。獣に言葉など必要ないと。
でも本当に狂って良いのか?それで本当に狂ったとして、彼女達はどうなる?狂った自分の末路は?ヒースクリフや他の誰かに殺されるならまだ良い。だが、この2人に殺されたら?下手をすれば2人は後を追ってくる。つまりは死ぬかも知れない。その結末は、彼女達が死ぬ未来は最も嫌な事だったのでは無いだろうか。
「「――う!!」」
あと少し、あと少しで良い。そうすれば2人の声が聴ける。それは解っている。それでも狂気の中は心地良い。ここから抜け出すのは至難の業で、そして艱難辛苦に自ら向かうのと同じ事だ。辛い目に遭うと解っているのに、何故彼女達は自分を引き上げようとするのだろう。
冷たい狂気に堕ちるその中で、2人の温もりが心地良い。だがそれまでだ。彼は2人の手を――
『あたしね、お父さんに大事に想って貰ってるのは解るんだ。でも、やっぱりこんなに勉強ばっかりで…嫌になる時も有るんだ。悠くんはさ、あたしをどう思ってる?』
――その手を、強く握り直した。
「「悠ッ!!」」
狂気からは逃れられない。これはただ普段から狂気に溺れる事を防いだだけだ。これから先も戦うのなら、きっと悠は狂うのだろう。それでも、戦わなければ護れないなら戦おうと悠は決めた。
世界が壊れる。カーディナルがバグを修正し、本来の
「…ったく、2人のせいで持ち直しちまった」
「…悠?」
「まだ声は聞こえる。戦いになればオレは殺意に呑まれるだろうな。だから2人とも、オレをしっかり繋ぎ止めてくれ。…オレの命は、2人の為に在るんだから」
「え?」
「オレは2人の事が好きだ。どっちかなんて決められない。そんな優柔不断なオレを、2人は愛してくれるか?こんな狂った男を、信じてくれるか?」
「そんなの――」
「――えぇ、答えはもう決まってるわ」
「「
「…ハッ、オレの方が何十倍も重いだろうさ」
そう言って悠は、シュユは2人を抱き締める。やっと見つけた