※全巻読みましたがかなり前なので色々とおかしいと思います。
※気にしないでください。
※最初はさくら荘にオリキャラを入れるはずがアフターになってしまいました。
※この先何が起こるかわかりません。
※それでもよろしければどうぞ。
12月24日。誰にとっても特別な日に更に幸福な出来事が訪れた二人がいる。病室のベッドで産まれたばかりの赤子を抱く姿がまるで聖夜に訪れる祝福のように、数時間前母親になったまっしろな女性である。傍で母子を見つめるのが聖夜の幸福に授かった彼女の夫だ。これまでクリスマスとその前夜はあまり幸福に見舞われなかったが、今回ばかりは違った。第一子の誕生である。
「空太」と女性が夫を呼ぶ。
「なんだ、ましろ」と男性が妻に応えた。
「バームクーヘンが食べたいわ」
「もう少し我慢してくれ。退院したらいくらでも食わせてやるから」
ましろの突拍子なお願いはいつものことだ。空太は慌てず受け流した。
「そう、残念」
妻は残念がるが空太には早急に決めたいことがある。
「それより息子の名前だけど、どうする?」
息子の名前だ。これまで何度もその話題で盛り上がることはあったが、中々命名するに至らない。
「バームクーヘン」
「お前がバームクーヘン好きなのはわかったから」
「それより、じゃないわ。とても大切よ」
「バームクーヘンを息子の名前にするのはやめようか」
ましろの中ではバームクーヘンの話はまだ続いていたらしく、空太は強制的に話を終わらせた。今度こそ名前の話を切り出す。
「お前、一生に一度だぞ。人生左右するんだぞ」
「……わたしは二人から名前を取りたい」
「と、言うと?」
『空太』と『ましろ』の名前から取るという。
画数とか、色々なことはおいておく。
これまで何度も仕事柄色々な名前を考えてきた二人にとってそれほどの難問ではないのかもしれない。空太はましろの提案が嬉しかった。先程のバームクーヘンを問題視しないほどに。
ましろはキリッと命名する。
「『空白』よ」
「はーい、アウトォォォ!」
–––結果はバームクーヘンを超えた。
思わず空太は病院で、病室で、仮にも息子の前で叫んでしまう。我に返った時に寝ている息子が泣きわめかないかハッとするも、ましろの腕の中ですやすやと眠る姿を見てほっとした。
当然、内部事情を知っている看護師からは小さく怒鳴られてしまったが、空太は理不尽だと思った。
「あのな、ましろ。それどっかの出版業社で聞いたことあるから。できれば避けようか」
「なんで?」
「大人の事情だよ。お前だって盗作とかダメだろ。それに我が子がヒキニートなったりいじめられっ子とかなったりするの嫌だぞ。」
ましろの仕事は漫画と時々、画家だ。
「まだ、話は終わってないわ」
「一応、聞くぞ? 由来は何だ」
「空白に不可能は–––」
「はいストップ!」
「なに? 空太」
「お前今なんて言おうとした?」
「–––ないの。キャンバスのようにまっしろなら何にでも染まれるから、なりたい自分になって欲しいと思って」
「……それは最終手段にしようか」
「……わかったわ」
「まぁ、別にそこまでダメというわけじゃないんだがな。あくまで俺達の名前からとったわけだし……」
「……思いついたわ」
今度はどんな名前だろうか。
最愛の人の顔をじっと見て、ましろはこくりと頷く。
「空がいいわ。妹が産まれたら白にするの」
「すまん。俺が悪かった。お前原作知らないんだな。知らないんだよな? わざとやってるわけじゃないんだよな」
ましろがいつか盗作疑惑で炎上するんじゃないだろうか、空太は今からひやひやした。尤も自分達の青春を題材に彼女が描いていた漫画はほぼ脚色のない大人へと至る淡く切ない恋愛モノの物語だが。今更だな、と思い返して空太は笑った。
「取り敢えず、俺達の名前からは離れようか」
「いやよ。空太もいや……?」
断固としてましろは譲ってくれない。
愛している彼女にそんなことを言われてしまえば、空太も折れざるを得ない。
「嫌じゃないがどうするんだ……?」
空太に名案があるわけでもない。
ましろはいつの間にか窓の外を見ていた。
「見て、空太。雪よ」
言われて見てみれば外は雪が降り始めていた。まだ積もるほどではないが、明日には積もりそうな勢いだ。
「ホワイトクリスマスか……」
「雪……雪……雪……。ゆき」
「おい、それ名前か?」
反芻するましろに声を掛けると、きょとんとした反応を返されてしまう。まるで空太が頭おかしいみたいな扱いだ。
「雪は雪よ?」
「そうだな。雪は雪だ」
「わたし達の子供の名前の話はどこにいったの?」
「それ俺が悪いのか!?」
紆余曲折したのがいつからだったのか、お互いの中で重なり合うことはない。
「わたしは空が好き。雪も好き」
一瞬、「空太が好き」と言われた気がしてドキッとした。夫婦になった今も、彼女の左手の薬指にある証があるというのにやはり少し気恥ずかしかった。
「……蒼い空が好き」
「あぁ、そうだな」
「……白い雪も好きよ」
「俺も好きだよ」
空太はましろを見ていた。ましろの視線は今も窓の外。雲の向こうにある、蒼い空でも見ているんだろうか。
「困ったわ」
「何?」
「選べないの」
「名前か」
「登場人物には簡単に名前が決まるのに、自分の子供になると複雑なのね」
今まで他人事だったことが、急に大切な行為だと気づいたようだ。
「たいへんよ、空太」
「今度はなんだ?」
「空がまっしろに塗り潰されてるの、キャンバスみたいに」
大真面目な顔でましろが言うものだから、空太の表情筋は緩む。
「……空に浮かぶ白い雲が好きなのに」
「そりゃ、これだけ覆い尽くしてたらなぁ……」
「空太、雪を止めて」
「無茶言うな」
これまで何度も無茶なことは言われてきたけど、ここまで向こう見ずなお願いをされたのはいつ以来だろうか。あと雪を止めるだけでは根本的な解決にはなっていないと思う。あの雲を退かさなければいけない。
それからましろはずっと窓の外を見続けて、空太はましろと窓の外の間を何度も視線を移して、無言で時間だけが過ぎていく。雲はやっぱり進んでいるようには見えない。
「……美雲」
何秒、何分、何時間という時間そうやって過ごしていたのか、ましろは小さく呟いた。たとえそれが誰にも聞こえない声でも、空太はちゃんとましろの発言を聞き届けていた。
「一応、聞くけどなんでだ?」
ましろの視線は産まれたばかりの我が子へ。大事そうに抱き締めるその姿が空太の脳内へ焼きつく。空太が今まで見た絵の中で一番美しい気がした。それくらいましろの微笑む表情が魅力的に写った。
「雲はいろんなものが詰まっているの」
「それって科学的な話?」
「違うわ。好きなものがいっぱいよ。空を浮かぶのも雲、雪を降らせるのも雲よ」
普通のことを言っているような気がしたが、ましろの舌は止まらなかった。
「空は泣いたり笑ったり時々、怒ったりするわ。雲がそうさせるの。だけど、空に浮かぶ雲は色んな形になって綺麗なの。だから、泣いたり笑ったり、わたしみたいに自分を見つけて欲しいから、美しい雲で『美雲』なの」
いつも以上に真面目なましろの瞳に空太は吸い込まれるようだった。
「お前らしくていいな。お前も雲みたいだから、付いて回る小雲みたいで」
「へんな空太。美雲はこの子の名前なのに」
女心は秋の空、雲のように掴み所がない。
きっと、画家であったましろだからこそ辿り着けた名前なのだろう。
自分には見えない何かがある。自分にはない発想。
泣くのは空で、だけど雲が泣かすとは、空太も思いつきはしなかった。